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この特集では、浅田真央選手、安藤美姫選手をはじめとする注目選手の活躍や最新情報など、フィギュアスケートにまつわる様々なレポートを写真とともにお届けします。
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フィギュアスケート特集

2009NHK杯 ジョニー・ウィアー 出色のエキシビションナンバー(2)

Jwex029s_2   今回のNHK杯に来る直前、体調を崩したというジョニー。飛行機の中で高熱を出したようで、センシティブな彼の場合、従来ならばそうしたコンディションでは演技もガタガタになったものだ。そのことを会見で問われた彼はこう語った。
「確かに自分はセンシティブすぎることを自覚している。でも、この大会でボクは強くなったと思うんだ。2週間前のロシア大会で4年のブランクを経たプルシェンコの滑りを目の当たりにして、大いに刺激された。戻ってきた彼はまさに“氷上の虎”だったよ。なぜ彼のような強さが自分にはないのだろうって朝も晩も考えたし、それからたくさん滑り込んだ。もはやボクは17歳の少年じゃない。25歳の大人なんだ。たとえ完璧な演技が崩れたとしても、諦めないで最後まで滑ることが大事だと思う」
 プルシェンコの復帰は小塚崇彦だけでなく、ジョニー・ウィアーのモチベーションにも相当な影響を与えているらしい。もちろんそれだけでなく、やはりジョニー自身の内面の充実と成熟がスケートに表れているように思えてならない。
 その最大の果実といえるものが、エキシビションで見せてくれた「POKER FACE」だろう。Lady GaGaの80年代風ポップスの選択眼も素晴らしいが、おそらくこれも自身で練り上げたであろうゴス系のコルセット衣装とフェイスペイントが見事にマッチして、妖しい雰囲気を醸し出している。スタートの乙女座りから腰のくねり、恍惚の表情まで、計算されつくした彼の美意識が全開のプログラムだ。ヒップコンシャスな身体の曲線や、まつげのカールぶりも、そこらの女性よりも色気たっぷりで観客を惹きつけ、まさに「DIVA降臨!」といったところか。この突き抜けっぷり、本人もスケート界に新たな地平を切り開いた感があるのではないか。
堕天使からDIVAまで、聖と俗、動と静、男性性と女性性といった対極の世界を内包して自在に取り出して見せるジョニー・ウィアー。この背徳的で中毒性のあるエキシビションをもっと知ってもらうためにも、ぜひグランプリファイナルに戻ってきてほしいと願わずにはいられない。

text/Kaori Okubo


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2009NHK杯 ジョニー・ウィアー 出色のエキシビションナンバー(1)

Jw_2523s_2   高橋大輔に小塚崇彦、ブライアン・ジュベール、ジェレミー・アボット、アダム・リッポン……と、キラ星のような人気選手が集まったNHK杯だが、なかでも観客から大きな声援を集めていたのは、日本で圧倒的な人気を誇るジョニー・ウィアーだろう。
  会場ではジョニーのドキュメンタリー映画「ジョニー・ウィアー 氷上のポップスター」のDVDが先行発売され、最終日にはジョニー本人が購入者にサインをするファンサービスもあったようだ。
  今シーズン、振付師をデイビッド・ウィルソンに変えて五輪に臨むジョニーだが、これまでの優雅で繊細な滑りから一転、時に雄々しく、骨太ともいえるプログラムを用意してきた。
  ショートプログラム「I Love You, I Hate You」では、ピンクのフリンジと編み上げリボンがラブリーな、彼にしか着こなせない男娼風の衣装で登場。ロシア大会での不調が嘘のように、ジャンプも含めてノーミスの演技を披露した。前半のジャンプに成功すると、観客の拍手と声援を糧にするかのように調子を上げ、メリハリの利いた伸びやかな滑りは最後まで集中力がとぎれることがなかった。「私を見るのよ!」と言わんばかりの自信に満ちた表情で、お上品さをかなぐり捨てて、激しい感情を全身で表現するジョニー。好き嫌いは分かれるかもしれないが、間違いなく彼の個性を生かしきった、彼にしか滑れないプログラムだといえるだろう。
 フリーは「Fallen Angels」(堕天使)。このプログラムについてジョニー自身は「とても気に入っている。堕天使って、まさにボクのキャリアそのものだと思うんだ。だって、一度は頂点に立ちながらも辛酸を舐めて、メディアやジャッジたちからも批判されながら、そこからまた這い上がろうという姿が重なるだろう? この五輪シーズンには本当の自分らしさ、魂から語りかける純粋な自分自身を表現したいと思っているんだ」と会見で語った。自分でデザインしたという衣装も、そういえばトリノ五輪の「白鳥」を彷彿させるものがあり、あのときの白鳥が天使だとすれば、それから4年の間に彼が味わった栄光と絶望たるやいかばかりかと思わずにはいられない。しかし、今ふたたび五輪を目前にした彼は、そうした自分の境遇さえも俯瞰から眺めて笑うことができる。ドキュメンタリー映画の効用もあったのかもしれないが、今のジョニーは確実にタフになったと思う。

text/Kaori Okubo


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2009NHK杯 男子シングルショートプログラム終了(2)

Brian_3109s_2  まずは今シーズンも不安定ぶり全開で、ロシアでも「このプログラムが完成されたらどんなに美しいか」とたくさんのファンにため息をつかせたジョニー・ウィアー。彼の、パーフェクトの演技だ。ジャンプを3つ決めた後は、その表情で、しなやかな四肢で、氷の上すべてが自分のカンバスだと言わんばかりに、2分40秒の間あますところなく描き続けたジョニー・ワールド。中性的な資質ばかりが注目されがちな彼だが、ほんとうに気持ちの入ったジョニーの滑りは、こんなにも自由で力強い――そんな彼の魅力の本質を、再確認させてくれるようなSPだった。

 さらに続くのは、「佐藤有香コーチのもとに移ったことで、今まで以上に自信を持てた」というジェレミー・アボットの、気持ちのしっかりこもったビートルズナンバー。すらりとした身体を美しく大きく使った動きが、彼の心の波動そのもののように見えるアボットらしいプログラム。そこに散りばめられたのは、飛距離のある安定した3つのジャンプ。決して派手さはないけれど、彼にしか出せない清冽な美しさで、観る者の気持ちを洗い流してくれるような演技だった。

 そして今日の真打ち! といってもいいだろう。元世界チャンピオンブライアン・ジュベールの昨年からもう、何度見たかわからない「RISE」! 飽きられてもおかしくない2シーズン目のプログラムだというのに、「あれが見られる!」と、流れただけでわくわくしてしまう音楽にのって、王者は堂々、4回転-3回転を決めてくれた。
「良くなかったエリック杯後は、4日間しっかりオフを取って、その後毎日、プログラムを滑りこんできました。だから、戦える自信はあったんです」そう言うだけあって、「RISE」は去年の名作のままでは終わらなかった。あれからさらにパワーアップして、ジュベールの身体になじんだプログラムに。おどけた指さしや駆け足からもにじみ出るような味わいがあって、国別対抗戦での活躍以来ずいぶん増えた日本のファンの前で、堂々の復活宣言をしてくれた。

 大躍進の予感や、待ちに待った復活を前に、気負いすぎた者。まとわりつく不安の影を払いのけて、本来の輝きを見せ始めた者。初めての舞台で力を出し切れた者、大舞台の手ごわさを知った者。
 一番滑走の村上大介から最終滑走のジュベールまで、12人の青年たちの心の動きが、ひとつひとつ手に取るように氷上に浮かびあがったNHK杯ショートプログラム。 
 やはり、今年の男子シングルの面白さは本物だ。今夜喝采を浴びた3人を中心に、巻き返しをはかる高橋、小塚。もうひと伸びしたいブレジナ、ボロデュリン、リッポン、村上大介。明日のフリーもまた、すべての選手の演技が見逃せないだろう。こんなに楽しかったショートプログラムの何倍も、フリーはもっと面白いだろう。そしてさらに、オリンピックはもっともっと面白くなるだろう。
 自慢の日本男子たちが活躍できなかったというのに、かえって楽しみも増した今夜。もちろんこの後、大和魂の持ち主たちがこの華麗な戦線に加わっていることを、何よりも信じている。

text/Hirono Aoshima 


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真夏の氷上祭典 ザ・アイス2009レポート デニス・テン ――カザフスタンのライジングスター、日本デビュー

Ten533  デニス・テンの最大の魅力は、天性のリズム感のよさではないだろうか。スピンの中にすらリズムを感じさせるスケーターは珍しい。スピンやジャンプがなければ氷の上であることを忘れてしまいそうなほどの卓越したダンサーだから、思わず視線が吸い寄せられ、その踊りに魅了されてしまう。演技があっという間に終わってしまい、もう一度見たいと思わせられる――そんなスケーターとの出会いはたまらなく嬉しいものだ。

 昨年ジュニアグランプリの活躍で注目を集めつつあったテンが、一躍脚光を浴びたのは今年3月のロスアンゼルス世界選手権だろう。カザフスタン出身の15歳(世界選手権時)が、シニアデビューの世界選手権でいきなり8位という好成績を残したのだ。小柄な身体のアジア系の男の子が、回転の速いジャンプを次々と小気味よく決める。ステップはその年齢に似つかわしくないほどに達者だ。加えて、身体の軟らかさを生かしたドーナツスピンにビールマンスピン! 彼の演技に魅了された観客席が、総スタンディングオベーションとなったのはまだ記憶に新しい。

 そのテンがアイスショーで来日というのだから、今年のザ・アイスを心待ちにしていたスケートファンも多かったに違いない。ファンの期待に応えるかのように、ザ・アイスでは2日間で3つのプログラムを披露してくれた。「白鳥の湖」でチュチュをつけて登場したテンは、コミカルながらも美しい白鳥の羽ばたきの動きを見せて、一気に観客の注目を集めた。「sing sing sing」は、客席にアピールを繰り返すリズミカルかつパワフルなナンバー。派手な花柄のシャツも彼にはよく似合って見えるから不思議だ。2日目昼公演の「IN THE MEMORY OF MICHAEL JACKSON」では、ジャンプで転倒のあと、そのまま氷上を泳ぐ真似をして、失敗をアドリブで見事にカバー。舞台度胸のよさも覗かせた。「一番人気のあったプログラムを最終公演で滑るよ!」と言っていたテンが最終公演で見せてくれたのは「sing sing sing」。最後は何を滑ってくれるのかな? という期待もまた楽しみのひとつにしてしまった。
演技中は常に観客を意識して会場を盛り上げる、リンクからはける最後の最後までパフォーマンスを忘れないサービス精神や、初めて訪れた国での初めてのショーなのに、まったく物怖じしない態度は、通常の16歳とはかけはなれているようで、今後、大物になりそうな予感をはらんでいる。
なんといっても今が伸び盛りの16歳。世界選手権での経験は、彼を大きく成長させただろうし、ザ・アイスでの4公演でも1公演ごとに、大地に水がしみこむかのような勢いで何かを吸収しているようにみえた。これからどんな魅力的なスケーターになっていくのか、その成長と活躍が楽しみでならない。

「日本食? 好きだよ。モスクワでもよく日本食レストランに行くよ。マオ? 彼女はベリーストロングスケーター。マオは(モスクワでは)僕のすぐ近くでスケートしているんだけれど、彼女はいつも一生懸命だから僕のことを見ているかどうか分からないなあ」
なんとも大らかな無邪気さ、憎めない雰囲気も魅力の一つ。
「日本はとてもきれいな国ですね。日本で滑ることができてとてもハッピー。タカヒコ、ノブナリ・オダ、タケシ・ホンダ、ダイスケ……みんなリスペクトしています」と、来日がとても嬉しそう。今度は日本でのグランプリファイナルに来てね! のリクエストに「東京のファイナルには出たいけれど、シニアはジュニアと違うから残るのはとても難しいと思う」と真面目な表情で答えてくれた。

text/Hiroko Kato


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真夏の氷上祭典 ザ・アイス2009レポート ベンジャミン・アゴスト ――輝かせる力

Maimma_7780s  今年で3年目となるザ・アイスでは、浅田真央・安藤美姫をはじめとした日本人選手もさることながら、ゲストの外国人選手の輝きも目立っていた。

 浅田舞の成長を感じさせる大人な雰囲気での演技終了後、ベンジャミン・アゴストが出てきてふたりでの演技をしばし披露したのは、観客にとってちょっとしたサプライズだっただろう。
黒の衣装で登場したベンは、浅田の手を引き、妖艶な世界を見せる。浅田の作り出した空気を基本的には変えない上で、出しゃばらないまでも少しだけ、さっきまでとは違った雰囲気を足す。観客の視線を浅田に集中させたまま、先ほどまでの彼女とは違った印象を与える。
 浅田の美しいスタイルもあいまって、ふたりはまるで本物のアイスダンスカップルのようだった。恐らく練習の回数もそこまで多くないなか、こうしたサポートをさりげなく、かつなめらかに行うアゴストの姿は、とにかく『うまい』の一言につきる。

 もちろん、こうした彼の動きはベルビンとの演技でも健在だ。昨シーズンから披露しているレオナ・ルイスの「ブリーディング・ラブ」に、今回は手紙の小道具も交えながらの熱のこもった演技。全体から切なさを感じさせる演技のなかで、ふたりの魅せ方は物語性のあるナンバーで非常に大きなインパクトを観客に与えていた。

「自分を最も美しいと感じるのは、氷上でベンが私を引き立ててくれている時です」
 パートナーのベルビンもインタビューでこう答えている。彼の高いスケーティングスキルはもちろん、その場その場に応じて女性を引き立てたうえで自身もかすませない技術が、世界トップクラスカップルの揺るぎない強さであることに改めて気づかされた。
 バンクーバー五輪では確実に金メダル候補となるふたり。良い意味で無色透明なベルビンをさらに輝かせ、カップルとしての存在感を上げるアゴスト。彼の醸し出す「味」に、今後も目が離せない。

text/Y. Tachibana


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スペシャルレポート From LA  朽木久コーチインタビュー(2) 

Kuchiki2 ――長洲未来選手、今年は足の痛みがまったくないそうで、調子をあげていますね。
「ああ、僕は今は教えていないんですよ。2週間前までは教えていたけど、夏休みになってからフランク・キャロルがトヨタセンターで集中して教えているから」

――そうなんですか。でも、Rちゃんとか、サーシ先生はフランク・キャロルの生徒もけっこう教えていますよね。
「Rはスケートをやめて、今はフェンシングに夢中だよ。そのうちまたフランクが言ってきたら、レッスンさせてもらうつもりだけど」

――未来母子もサーシ先生に習う前、「ともかくこわーくて厳しい先生がいる」という噂は聞いていたそうです。
「あれ? それは僕が若いときで、未来を教えたときはもうそんなに怖くなかったと思うよ。二コル・ボベックを教えたときはお母さんが厳しい人でね、レッスン中は僕の胸のところにマイクロフォンをつけてね。何をどう教えているか、なんて言っているか、全部チェックされていましたよ」

――未来選手はトリプルアクセルも練習したいから、そういうときはトヨタセンター(フランク・キャロルがディレクターのリンク)ではなく、こっちのパラマウントのリンクにくると言っていましたよ。
「そうみたいだね。朝は来ているよね。未来は100年に一度の天才。トリプルはもう、すぐ覚えちゃったから、レッスンの時間があまってトリプルアクセルとか4回転をやっていたんだけど。トリプルアクセルを跳ばせると、他のトリプルも高くなって回転の質がよくなるから、僕はハーネスを使ってよくやらせたんですよ。それと4回転もね。この秘密兵器(ぎゅっとしめると、音をたてるオモチャ)を使って、両手でぎゅっと胸の前でしめる。未来は本当に性格が純粋というか、すなおというか、覚えるのが早いから、”うわー、面白い!”ときゃっきゃ喜びながら練習するんですよ。ただね、スケート以上に好きなものが未来にはあったんです。それはね、学校。未来は学校や学校の友だちも大好きなんです」

――その未来選手も新学期からはホームスクーリングでがんばるということは……。
「それだけ特別な気持ちになっているということでしょう。去年は夏から痛がっていたでしょう。”休みなさい”と言っても休まず、がんばっちゃった。NHK杯のころがいちばん調子が悪かったから。まだ若いし、それまでずっと元気だったからね。世界ジュニアは行かないで休んだら、よくなった。あの痛みさえなかったら、去年もよかったからオリンピック出場の確率ももっと高かったんだけど。アメリカは2枠になっちゃったからね。サーシャ・コーエンが復帰をアナウンスメントしたし、過去にメダルをもらっている人が有利になっちゃうから、どうなるかわからない」

――日本は3枠なんですけどね。
「うん。僕も今回のワールドはロサンゼルスだったから、ずっと会場にいてね。そうそう、信夫(佐藤信夫コーチ)くんにも久しぶりに会ったんだ。やっぱり3人めは小塚かな? 彼は失敗しないよね」

――他に印象に残った選手はいますか?
「いやー、たくさんいるけど、あまり有名な選手ばかりをあげちゃいけない。あ、そうそう、去年の夏、手紙を整理していたらサンキューレターが出てきて、浅田舞、浅田真央、中野友加里、恩田美栄とか書いてあるんだもん。びっくりした。こんな子たちも教えていたのか、と」

――いつ教えたんですか?
「僕は神戸震災で難波のリンクがつぶれちゃうまで、山下艶子先生に毎年よばれて教えにいってたんですよ。まっちゃん(山田満知子コーチ)のところにも顔をだしたら、”うちの子たちスピンがへただから教えて!”と言われて、スピンの入り方とか、練習の仕方を教えたんですよ。あのときの子たちがこんなに有名な選手になったのかと驚いた。みんなスピンはすごく上手だもんね。当時の面影なし」

――でも、ちゃんとサンキューレターを書かせるって、やっぱり山田先生のところは礼儀や躾もしっかりしているんですね。
「そうだよ。サイコロジスト(心理学者)みたいなもんだもの。伊藤みどりが”私、スケートをやめる”と言い出しても、”ああ、そう”と、まっちゃんはほっておく。そのうち練習しだすと、”あら、やめるんじゃなかったの””やめるなんて言ってませんよ””あ、そう”って感じ。選手をその気にさせるのが本当にうまかった」

――なるほど。
「子供を教えるのは面白い。子供に試されているもの。僕も最近ようやくそれがわかってきた。自分がこんなことができるんだ、とかそういうのはだめね。自分ができるってことと、教えるってことはまったく違う。昔は悪いところやいいところがわからなかったけれど、今は面白いようにわかるようになったよ。いろいろな苦労をしてきたけど無駄じゃなかったな、と最近になって思うよ」

text/Yoko Umeda


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スペシャルレポート From LA  朽木久コーチインタビュー(1)  

Kuchiki20484   米国ロサンゼルスを拠点にして、二コル・ボーベック、ティファニー・チン、クリストファー・ボウマン、長洲未来といった名選手たちを次々と指導してきた伝説の名コーチ、「サーシ」こと朽木久氏をインタビューした。朽木氏は日本人ではじめてダブルアクセルを跳んだパイオニアでもあり、ショースケーターの草分け的存在でもあり、1992年のアルベール五輪にペアで出場したナターシャ・クチキ(パートナーはトッド・サンド)の父親でもある。

――スケートをはじめたのは?
「13歳のときですよ。僕は愛知県でした。それまでは野球をやっていたんだけど、肩を怪我してしまって。キャッチャーだったから、投げられなくなってしまった。そのときちょうど今池に小さなリンクができたばかりでね。アイスリンクというより水の上を滑っているみたいだったけど。ザンボーニ(整氷車)とか当時はまだないし。でも、スケートが好きになっちゃって、いつでもスケートのことを考えていたよ。僕のうちはお金がなかったから親からは一度もだしてもらっていないの。酒屋さんでアルバイトしながら自転車をこいで足を鍛えたり、ね。毎日は滑れなかったからローラースケートを買って、どこに行くのもそれで行ったりね。我流というか、人のマネをしてスピンとか覚えたんですよ」

――当時から愛知はスケート熱が高かった?
「いや、そんなに上手な人はまだそのころはいなかった。信夫くん(佐藤信夫)は大阪だったし。まっちゃん(山田満知子)は一緒にやっていましたよ」

――山田満知子先生ってどんなスケーターだったのですか?
「メガネをかけててね。ひょろひょろっと細くて小さな子だったよ。他の子と比べて……お父さんが熱心だったね。ダブルサルコウをきれいに跳んでいた」

――まだトリプルの時代ではなかったんですね。
「そりゃそうだよ。僕なんかスケートはじめて4、5年は貸靴だったから、国体に行ったときも靴の後ろには番号が書いてあったんだもの! お金はなかったけど、あればなんでもスケートのために使っていましたね。勝負とかは気にしなかった。ジャンプとかスピンとか目標があってこれができるようになりたい、という思いで練習していた。ダブルアクセルなんてまだ誰も跳んでいなかったから、あーでもないこーでもないと練習して、練習して、練習して……。転んで脳しんとうを3回もおこしちゃった。そして、日光の関東選手権で初めて降りた。うれしくってね。なんともいえない気持ちになった。だから、僕は子供たちがダブルアクセル降りたときの気持ちがわかるんですよ」

――指導者はいなかったのですか?
「僕は苦労したけど、本当にいろいろな人に助けられたんですよ。オリンピック候補になったときも行けないと思ったけれど、稲田(悦子)先生が“このお金をもって、強化合宿に行きなさい”と言ってくれた。レッスンも何もとっていないのにですよ。僕が“受け取れません”と言ったら、”私もそうやっていろいろな人に助けられてきたから、自分が助ける番になったら助けてあげて”と言われたんです。それで合宿に行って、いろいろな先生からレッスンしてもらうことができた。明治大学に入ってからも、コスチュームとか先輩にもらったものばかりだったし。アメリカに来たのもそう。いろいろな人に助けられたから、僕も困っている人を見たら助けてあげようと思っています」

――井上怜奈選手もアメリカに来たばかりのこは世話したとか?
「ああ。そうでもないんですよ。ただ彼女もひとりで来て、アルバイトとかしながらがんばっていたからね。レッスン料とか無しで、教えてあげただけ。癌にかかったなんて僕は知らなかったもの。この前、テレビの取材が来て初めて知ってびっくりした。あの子は年齢がうちの娘と同じで、92年の五輪は一緒にでているから、自分の娘みたいに思えるんですよ」

――先生がアメリカに来たきっかけは?
「一宮の教会が後援してくれて、スコーバレーのオリンピック(1960年)に行かせてくれた。そのときアメリカで勉強してみたら、と言ってくれる人がいて、最初はサンフランシスコに行ったんですよ。ホームステイというより住み込みのバスボーイですね。働きながら学校にも行かせてもらいました。明治大学に行っているときは、”K堂‘という老舗のお菓子やで住み込みで働いていたんだけど、そこの娘さんが慶応大に行っていて、なんでもできる子だったんです。それで僕も刺激をうけて、アメリカでがんばってみようと思ったんですね。スケートも続けていくうちにアイスショーのオーディションがあり、”受けてみたら?”と言われて受けたら受かった。それで好きなスケートをしながら、世界中をツアーすることになったんです。いろいろなことがありましたよ。アメリカに渡って3年目にニューヨークのマジソンスクエアガーデンで公演があったんです。ある娘さんがミシガンのカラマンズーに交換留学生で来ていて、友だちで見にきてくれるはずだった。でも、その直前にバスの事故があって亡くなってしまったんです」

――奥さんのデニスとはどこで知り合ったんですか?
「いやー、それは、まあ、ははは。彼女とはアイスショーでずっと一緒だったんですよ。結婚したのは71年。ナターシャ(次女)が今、ディズニーオンアイスにいて14年目に入った。お父さんは20年アイスショーにいて、お母さんは10年いたから、”お母さんの記録はもう破った。次はお父さんの20年を破りたいから、私はやめない”と言ってがんばっているんですよ。タマラ(長女)はオリンピックは行かなかったけど、ジュニア・ワールドは行った。今は振り付けをやっています。うちの子たちはスケートが好きでね。ケンカばっかりしているけれど、スケートの練習を嫌がるとか、そういうことは一度もなかったね」

――先生と奥さんが指導されたんですか?
「いえ、自分の子供は教えられませんよ。でも、陸トレとかはやりました。うちには地上用のハーネスがあるんですよ。トランポリンもあった。娘のコーチのジョン・ニックスがね、”トリプルトウを飛んだら200ドルをやる!”と言うから、ナターシャは一生懸命やって跳んだんですよ。そしたら、ジョンは”カルフォルニアはギャンブルを禁止しているから払えないな”なんて言う。それでもうナターシャは”2度とギャンブルなんかしない”って怒っちゃってね。(笑)」

――ユーチューブでティファニー・チンの練習映像をみたら、サーシ先生がホッケースティックを2本持って腰をはさみながらスケーティングさせていました。
「ははは。ジョン・ニックスが彼女のメインのコーチで、僕はスピンやスケーティングやテクニック面を彼女に教えていました」

――ティファニー・チンって、トリプルアクセルを跳んでいたんですね。
「そう。あれはティファニーが自分の力で跳んでいたんですよ。アクセルがきれいな子だったからね。くるくるくるっとダブルアクセルみたいに、きれいにトリプルアクセルを跳んでいた。お母さんはビデオに録画して持っていましたよ。でも、ジョン・ニックスは絶対にプログラムに入れなかったなぁ。もったいなことをした。トーニャ・ハーディングより早かったのに」

text/Yoko Umeda


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世界選手権2009 男子シングル開幕直前  パトリック・チャンと世界のライバルたち 吉岡伸彦強化部長コメント

――世界選手権に向けて、日本男子の2枚看板、どこまで戦えるでしょうか。
吉岡 四大陸選手権で、ふたりは3番4番に入った。ヨーロッパ選手権はジュベールとコンテスティが220点以上で、5位までが220点前後で並んでいる状況です。そのくらいの点数ならば、ふたりとも、四大陸のような演技をしても普通に出せる。当然ふたりとも10番以内に入れると思いますし、きちんと滑りさえすれば順位を足して13(3枠獲得の境界線)は十分可能なところだと思います。単純にふたつの大会の点数を比べても、ふたりは世界で5、6番くらいに位置するんじゃないかな。四大陸で悔しかったことをバネに、さらにがんばってほしいですね。

――四大陸選手権では、若いパトリック・チャン選手が、大きなライバルとして立ちはだかりましたが。
吉岡 そうですね、彼はスピン、ステップともに高いレベルが取れて、GOEでも稼げる。ジャンプも4回転はありませんが、プログラムに入れているものは基本的にはずさず、GOEプラスもつく。それだけのエレメンツをやりながら、スケーティングスキル、トランジッション、音楽表現ですべて点数が出る……。あとは4回転トウループが欲しいところでしょうが、今の段階でもすごく完成度の高い選手です。それが、あの点数につながっている。日本の選手たちは、彼の今のレベルに並び、さらに4回転を跳べるぞ、という状態にしなければならないわけです。さらに今は、高いレベルを取れてGOEももらえるエレメンツを、みんながプログラムに組み込む時代。それができるのは、パトリックひとりではないでしょう。誰もが高いレベルで演技する中で、織田、小塚が抜け出すには何か大きな武器が必要になりますよね。

――四大陸選手権を戦って、各国の選手たちに関してはどう感じられましたか?
吉岡 ともかくカナダが、男子も女子もものすごい勢いですね。このままではいけない、きちんと対策を立てて臨まなければ、地元開催ですしカナダにぶっちぎられかねない。あと1年、日本はどう戦うか、きちんと考えていきたいと思います。日本も男女とも、力のある選手がそろっているし、高いレベルで競い合って高め合っていけますから。さらに彼らがお互いに刺激し合える環境を、合宿などを含めてなるべく作ってあげられたらと思っています。具体的な計画はこれからですが。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima 


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アイスダンス・アメリカ代表 タニス・ベルビン&ベンジャミン・アゴスト組インタビュー(3)[アイスダンス特集vol.5]

B6afoi18 ――長い時間をともにしてきたふたりが、今年はどんなスケートを見せてくれるのか……。シーズンの始まりは、グランプリシリーズからですね。
タニス 毎年グランプリシリーズの頃は、プログラムもまだ滑り込んでいないし、発展途上なのよね……。

ベン 僕らにとってグランプリシリーズは、試合を楽しむにはまだシーズンの初めすぎるね。まだきっと、新しいプログラムをこなすことに精一杯なんだ。滑るごとにプログラムの完成度を高めたり、自信をつけていったり……そんな試合。ジャッジから評価をもらうことで、何をもっと練習しなきゃいけないのか分かるし、世界選手権に向けてのとても重要なステップにもなる。そういえば僕らは、NHK杯に来たことはないな。すごく出たいんだけれど……。

タニス 確か来シーズン、オリンピックイヤーはグランプリシリーズの日程が変わるんじゃないかしら。そしたらNHK杯に来られるかも(09年グランプリシリーズは、フランス→ロシア→中国→日本→アメリカ→カナダの順に開催となる)。いつもはファイナル直前にあるから、なかなか出られなかったの。スケートアメリカの直後にあるカナダも、スケジュールの都合で出にくいし……。来年はぜひ、日本に来たいわね!

――今年は第1戦のスケートアメリカの他に、3戦目の中国杯にエントリー。中国杯は4回目の出場ですね。
ベン 何度も行ったけれど、中国杯はいい大会だよ! 中国からもいいスケーターが出場するし、スケート人気も高まってきてる。特に今年は北京オリンピックの後だから、スポーツに対しての人々の興味も高いと思うんだ。逆にみんながスポーツに飽き飽きしてないといいけれど(笑)。僕たちはすごく楽しみにしているよ。

タニス 中国杯のように同じ大会に何度も出ていると、私たちのファンも増えて、出場を待っていてくれるのがうれしいわ。日本でのNHK杯には出たことがないから、日本の人たちは私たちのことをあまり知らないかもしれない……。でも中国は毎年のように出ているから、たくさんのファンがいて、去年の写真を持って会いにきてくれたり、サインを待っていたりするの。日本でもそうなればいいなあ。

――では来シーズンはぜひ、NHK杯へ。しかし来年といえばもうオリンピックシーズン、そして開催地はカナダですね。
タニス すごく楽しみ。私の家族も観にこられるし! バンクーバーは私たちが組んで初めての世界選手権(01年、17位)があった場所だし、きっとこれが現役最後の場所にもなるわ。私たちのスケート人生にとって、とても大事な場所。

ベン ぐるっと円を描いたようだよね。キャリアの初めと終わりがバンクーバーだなんて!

タニス ほんとうに。それにね、カナダ人はウィンタースポーツ、特にスケートが大好きなの。だからすばらしいお客さんたちと過ごすオリンピックになると思うわ。

――現役最後の場所に、やっぱりなってしまいそうですか?
タニス きっとバンクーバーオリンピックが最後ね。もしその後続けるとしても……ロシア(ソチオリンピック)まで行かないってことは確か(笑)。

――タニスにとっては母国でのオリンピック、ということになりますね。
タニス そうね。私たちも、アメリカ人とカナダ人のカップルというより、「北米カップル」だと思っているから、バンクーバーは地元。きっとすばらしい大会になると思うわ。私はまだ、カナダの市民権ももっているし……。理解できない人もいるかもしれないけど、私はアメリカ代表のフィギュアスケーターとなったけれど、カナダ人なのよ。いつだってカナダは私の故郷。アメリカのスケーターになれて嬉しいけれど、カナダ人でもあるの。カナダ人であり、アメリカ人。

――地元五輪のバンクーバーで最後、は残念ですが、その後はショースケーターとして、また日本に来てくれますか?
タニス そうね、引退後すぐは、数年ショーをするつもり。でもその後はふたりともスケートをやめて、違う仕事を探すの。コーチもしないわ。チャンスをいかして、スケートとは全く関係のない世界に行かないと! スケートを続けることは、簡単なのよ。だって私たち、今までずっとスケート、スケート、スケート……だったでしょう。もう、滑ることしか知らないの(笑)。だから辞めることはとても勇気がいること。でも二人とも、新しいチャレンジをしてみたいの。長くても2年たったらショーも辞めるつもり。

――新しい世界、それはたとえば、芸能界だったりメディアの仕事であったりもしますか?
タニス そうね、キャスターにも興味はあるわ。でもスケートの、ではなく、一般のニュースやエンターテイメントなどのね。どうなるか分からないけれど、いろいろなことにトライしてみるつもり。オリンピックに出れば、メディアの注目も高まっていろいろな仕事が来るかもしれないし……。もしそうならなければ、私は学校に行くわ。大学で勉強したいこともたくさんあるから!

ベン 世の中にはスケート以外にもたくさん生きていく世界があるからね。僕たちはこれまでスケート人生だけを送ってきたから……もっと他の世界も見なければいけないと思うんだ。

 ユーモアを交えながらも、様々なことについて冷静な言葉で語る二人が印象的だった。「自分たちには新鮮味がない」という、とても冷徹で客観的な視線。アメリカのスケートブーム衰退に関する鋭い分析。「スケートとは全く違う世界に行きたい」という、潔いほどの未練のなさ。
 こんなふたりが、氷の上ではあれほど明るくはじけた姿を見せてくれるのだから、アイスダンスは奥が深い。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima&Miki Sakagami
*写真は(1)(3)ともフレンズ・オン・アイス2008での演技

*アイスダンス特集、次回は日本のジュニアダンサーインタビューを予定しています 


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アイスダンス・アメリカ代表 タニス・ベルビン&ベンジャミン・アゴスト組インタビュー(2)[アイスダンス特集vol.4]

Tb0051 ――二人の今年の挑戦が楽しみ。アメリカではダンスだけでなく、男女のシングルでもペアでも、優秀な選手がたくさんいます。皆さんの活躍で、またフィギュアスケート人気が盛り上がるといいですね。
タニス そうね、でもどんなエンターテイメントにも、浮き沈みはあるわ。フィギュアスケートは長い間人気があったから……。ジャッジシステムも変わってしまって、誰もルールを理解できないようになってしまった。アメリカ人にとって、劇的に変化、崩壊といってもいいほど変化してしまったスケートを、真のスポーツとして見ることが難しくなったのよ。みんなが新しいジャッジシステムや新しいスケーターを理解していくのに、もう少し時間が必要なんだと思うわ。メディアにしても、新しいスケーターたちのキャラクターを捉えるのが難しいのだと思う。スケーターは他のスポーツの選手に比べて礼儀正しいし、あまり場違いな発言もしない。だからメディアも、センセーショナルに取り上げにくいのよ(笑)。でもオリンピックイヤーになれば、もっとスケーターのキャラクターも見えてくるだろうし、人気も上がっていくと思う。アメリカのスケート界も、新しい道を進んでいるしね。とにかく今は、時間が必要なの……。

ベン 人気スポーツになるための大事な要素として、「ファンが一人の選手を追っていく楽しみ」ってこともあげられると思うんだ。昔はひとりのスケーターが何年にも渡ってチャンピオンの座にいたから、選手のキャリアを追っていく楽しみがあったでしょう? 「お! ミッシェル・クワン!!」って感じにね。でも今は競技の内容がどんどん難しくなってきて、選手がケガをすることも多いし、どんどん新しいスケーターに入れ替わっていく……。もし同じ選手が長くトップにい続けることができれば、また人気は上がると思うよ。

タニス そうそう。例えば女子シングルの選手は、たいていオリンピックチャンピオンになると選手をやめちゃうでしょう? そうなると、メディアの興味もすぐに薄れてしまう。だから今後は私たちが、長年にわたって活躍できるような選手になれたらいいなあ。そしたら十年後くらいに、「あら、この子たち知ってるわ!」ってことになるでしょ。がんばるわ!

――なるほど。またこうした流れの中、シングルが人気のアメリカで、アイスダンスという種目に大きな注目を集めさせたのはおふたりだと思うのですが……。改めてペアやシングルではなく、ダンスを選んだ経緯を聞いてもいいですか? 日本でアイスダンスを始めようと考えている選手たちに向けても。
ベン そうだね、僕も小さい頃はシングルスケーターだったんだ。でもそのころ、けっこう太ってて(笑)、ジャンプも得意じゃなかった。でもある日、パートナーといっしょに滑ったときに、とても違う感じがしたんだ。ひとりじゃないことは新鮮だったし、ふたりの方がもっと創造性に富む演技ができると思ったし……。それにふたりだと、試合でもそんなに緊張しなくてすむでしょう? パートナーが僕の分まで緊張してくれるから!

タニス 私はシングルもやったし、ペアもやったの。で、最後に落ち着いたのがアイスダンス。全部トライしたから、アイスダンスが一番好きだって堂々といえるのがいいわよね(笑)。ベンと組んだのは、ソロのダンサーとしてイゴール(前コーチ、イゴール・シュピルバンド)に習うために、デトロイトに行ったのがきっかけ。そこでイゴールが以前ベンを教えた経験があって、私のために連れてきてくれたの。ほんとにイゴールにはいいパートナーを紹介してもらえたな、って思うわ。

ベン 僕はそのころシカゴに住んでいたんだ。で、イゴールが僕の当時のコーチに、「ある女の子と試しに滑らせてみないか」って。それがタニスだったんだ。テストで滑ってみた一週間後には、ふたりそろってデトロイトに引越したよ。

タニス アイスダンスを選んだ私たちは、アスリートというよりパフォーマーなんだと思う。もちろんフィギュアスケートはスポーツだから、両方の素質が同じくらいあるべきだけれど、ダンスはシングルやペアよりも演劇的。だからふたりの性格にはもってこいなの。ストーリ性のあるプログラムもできるし、衣装や演じるキャラクターでも遊べる。それがとっても楽しいわ。

――ふたりはきょうだいでもなければ、恋人同士でもありませんよね。アイスダンスではそういったカップルも多いようですが。
タニス 私たちの場合、かえってそれが上手くいってるんだと思うの。結婚してたり、恋人同士だったりするカップルは、問題があることも多いから。だっていつも一緒にいなければならないし、愛する人と一緒に「仕事」をするのは難しいこと……。私たちにはそろぞれ支えてくれる家族がいて、そしてフレンドシップもある。だからいろいろな障害を、ともに乗り越えていけるの。

text/Hirono Aoshima&Miki Sakagami


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アイスダンス・アメリカ代表 タニス・ベルビン&ベンジャミン・アゴスト組インタビュー(1)[アイスダンス特集vol.3]

Bafoi0121_noto02  グランプリシリーズ第1戦、スケートアメリカ開幕直前! 
 アイスダンスでこの大会5度目の優勝を狙うベルビン&アゴスト組が7月に来日。「フレンズ・オン・アイス2008」に出演し、全米チャンピオンらしい貫禄と、ショーマンとしての華やかさを見せてくれた。しかし今シーズンは彼らにとって、大きな転機となるシーズン。長年師事してきたコーチと袂をわかち、新コーチ、リニチュク&カルポノソフの元でトレーニングを始めたのだ。
 この決断は、オリンピック銀メダリストの滑りに、どんな影響を与えるだろうか?

――日本のアイスショーでふたりを見られる機会はめったにありません。来日してくれて、日本のファンも喜んでいますよ。
ベン ほんとに、僕らが日本で滑る機会はあまりないんだよね。こうして来られて、僕らもうれしいよ。日本のお客さんはほんとにスケートが好きだし、ショーでの反応もいいし、スケートの知識も豊富!

タニス 残念なことにアメリカでは、スケート人気はちょっと低迷しているの。でも日本は全く逆ね。だから今、この国でで滑ることはエクサイティングだし、たくさんの拍手に迎えられると、スケーターである自分に大きな誇りをもてるわ。お客さんたちもスケートをすごく大事に思ってくれている。これはすばらしいことだわ。

――そんな日本のファンもちょっと心配しているのが、今シーズンコーチを変えられたことです。まだ一緒に練習を始めて日は浅いと思いますが、現在の感触はどうですか?
ベン ナタリアとゲンナジー(ナタリア・リニチュク&ゲンナジー・カルポノソフコーチ。レイクプラシット五輪金メダリスト。コーチとしてはグリシュク&プラトフ組、渡辺心&木戸章之組などを育成)はすばらしいコーチだよ。彼らに教わることができてとてもハッピーだ。長年にわたって世界チャンピオンやオリンピックチャンピオンを育ててきたから経験豊富だし、僕らに何が必要でどの方向に進んでいけばいいかを、きちんと示してくれる。

タニス 昨シーズンの私達は……今後のキャリアについて、どうしていいのか分からない状態だったの。だからキャリア形成を助けてくれるコーチが絶対に必要だった。チャンピオンになるための方向性を示してくれるコーチ、がね。デトロイトでついていたコーチは、私達がどこへ向かっているのか分からなかったかもしれない。でも今のコーチは、チャンピオンになるためにはどんな曲で、どんなプログラムを滑るべきなのか、はっきりと示してくれた。だから今年は、自信も戻ったわ。

――トレーニング地も、慣れ親しんだデトロイトからフィラデルフィアへと移りましたね。
ベン そう、フィラデルフィアはアメリカ発祥の地ともいえる歴史的な土地だし、とてもスペシャルな街だと思うよ。活気があって文化的だし、すごく住みやすい。また、僕らが今トレーニングをしている「アイスワークス」という新しいリンクもとてもすばらしい施設で、4つものリンクがあるんだ。スケーターはみんな練習時間がたっぷりとれるし、まわりにはすばらしい人たちもたくさんいるんだよ。

タニス 私は大都市に近いのも嬉しいわ。デトロイトではアートや文化的なものにふれる機会があまりなかったの。ダンスや芸術に触れたくてもなかなかできなくて……。でもフィラデルフィアは美しい街だし、ニューヨークやボストンにも近いし、ダンサーもいい振付師もたくさんいる。私達にはもってこいの場所ね。

――今シーズンはリニチュク&カルポノソフコーチの元に、もう一組アイスダンスのトップカップルが移ってきましたね。ロシアのオクサナ・ドムニナ&マキシム・シャバリン組。世界のトップを競うダンサーと、奇しくも一緒に練習することになりましたが。
タニス そうね……でも私たちはこれまでも、他のトップスケーターと一緒にトレーニングしたことがあるし。ライバルと一緒に練習することは、問題ないわ。オクサナたちとは親しいし、小さいころから知ってるし、同じリンクで一緒にスケートすることがどんな感じかもだいたい分かってる。もちろん難しい部分もあるけれど、トップレベルの選手が同じリンクにいれば、自分達がトップになるにはあとどれだけのことをするべきか、教えてくれるわ。長く続く練習はバイクレースみたいなもので、目の前に誰もいなかったら、がんばって進んで行こうって気にならない。だからオクサナたちががいることは、ポジティブに受けとめているの。それよりも忘れちゃいけないのは、彼ら以外にもライバルはたくさんいるってこと。オクサナたちだけを意識していると、彼らには勝てるかもしれないけど、他のカップルには負けちゃうかも、でしょ!

――リンクメイトのドムニナ&シャバリン組、コーチのカルポノソフ夫妻、また以前のコーチのズウェア&シュピルバンド……。ふたりのまわりには実にたくさんのロシア人がいますね
ベン ロシアはアイスダンスの原点だからね。ロシアのスタイルこそアイスダンスのスタンダードだと思う。僕たちはそのロシアンスタイルをよく知っていて、経験豊かなコーチが僕たちの目標に向かって指導してくれるなんて、ほんとにラッキーだよ。コーチのすばらしい知識を僕たちのスタイルと融合していくことで、より強い選手になれると思う。

タニス ロシアのフィギュアスケートは、歴史的に見てもすごく強いし、他の国とは違う、特別な存在感があるわよね。ロシア政府はスケート選手にしっかりとした資金援助をしているし……。偉大で、尊敬されるスポーツとして扱われている。スケーターやスケートコーチも、誇れる職業として捉えられているし。またロシアでは、コーチになるために大学で勉強をするし、スケートをしていることも大学で学んでいることと同じように認めてくれる。アメリカでは、そうはいかないわ……。同じ年代のコーチをアメリカとロシアで比較したら、ロシアのコーチの方がより深いスケートのバックグラウンドと知識を持っているの。でも近いうちに、アメリカのコーチも追いつくと思う! 私たちには経験が必要なだけ。ロシアのコーチもアメリカのコーチも、今はいい関係でお互い学びあっているしね。

――そんなコーチとともに、今シーズンはどんな目標を立て、どんなスケートを私たちに見せてくれますか?
ベン 僕たちの今シーズンの目標は、とにかく練習をして今できることはすべてやる、ということ。そしてシーズンに入ったら、自分たちの「新しいスタイル」を見せるってことかな。とにかく、変わりたいんだよ! ファンだって僕たちの新しい姿を待っているはずだからね。今年はまったく新しいスケート、まったく新しいスタイル、そして大きな自信を見せたい。そのために、やることがほんとうに山積みだけれど……でも僕たちも楽しみだし、やれる自信はあるんだ。

タニス これはプラスにもマイナスにもなる要素だけれど……私たち、もう10年も一緒に滑っているの。シニアに上がってからはもう、7年かな。だからたくさんの経験をしているし、ダンサーとして成熟もしているけれど、新鮮味がないの。新しく出てきた若いカップルたちには、それがあるでしょう? だから私たちも、今まで誰も見たことのない新鮮なカップルになる、そのための方法を見つけなきゃ、と思った。そのためにコーチを移ったし、そのための準備を今、しているところ。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima&Miki Sakagami


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アイスダンス・イギリス代表 シニード・カー&ジョン・カー組インタビュー(2)[アイスダンス特集vol.2]

Kerenhk ――今年はどんなふたりの「絆」が見られるか、とても楽しみ。シーズンの始まり、ファンが注目するのはグランプリシリーズですね。
シニード 今シーズンのグランプリシリーズはスケートアメリカとフランスね。もしファイナルにいけたら、夢のようだわ。コーチからはどちらの試合もトップ3に入ることを目標に、って言われてるんだけれど。

――スケートアメリカは3回目のチャレンジ、フランスには初めての出場ですね。どちらが楽しみ?
ジョン そうだな、どちらかといえば……日本がいいな(笑)!
シニード そうよね、NHK杯だったら最高だったのに。日本の運営組織はしっかりしてるし、人々は素晴らしいし。来年は来られたらいいな。でもまあ、パリも悪くないわね。スコットランドからも近いから、家族が見に来てくれたらうれしい。
ジョン NHK杯に出られないのは残念だけれど、スケートアメリカもフランスも、人気がある試合。ここでメダルをとってファイナルに進めたら僕達にとってすばらしい前進だよね。この目標を達成できたらいいな、と願ってるよ。

――ファイナルは韓国。日本のファンもたくさん見に行くと思います。ところでジョンは今回、ちょっと変わった相手とのダンスを見せてくれましたね。日本の小塚崇彦選手!
ジョン そう! 彼とのダンスは楽しかったよ。でもこのあともう少し、ふたりで練習するんだ。残りのショーはもっといいものにするからね(取材は初日第一公演終了後)。もちろん男の子とカップルを組むのは初めてだよ(笑)。振付師さんに“俺達フィギュアスケーター”から得たアイデアで滑るって聞いたとき、これは楽しくなるなあ、とまず思った。でもスロージャンプは、僕が投げられる役じゃなくてよかったな。僕だったら投げられても、どうしていいかわからないもん(笑)。

――見ごたえたっぷりの「俺達フィギュアスケーター」でした。練習時間も短いなか、リフトまであって大変だったのでは?
ジョン 全然平気だよ! 僕達のパフォーマンスでお客さんが喜んでくれたみたいだし、僕達もうれしい。それですべてOK! タカヒコはそんなに背が高くないから、一緒に滑るのにちょうどいいし、滑りやすかった。試合では男同士で滑ることはできないけれど、こうしてたまに、ショーで滑るのはいいね。でもふたりがあまり真剣になって、熱くなりすぎたら困るけどね!
シニード ずいぶん楽しそうね。どうやら私はパートナーをとられちゃったみたい(笑)。

 彼らのダンスそのままに、底抜けに明るいキャラクターのシニード&ジョン。ペアやアイスダンスの選手へのインタビューの場合、男女のどちらかが率先して応え、片方は促されてやっと話をしてくれる、というふたりが多い。しかし彼らふたりは、一つの質問に二人で競うように答えてくれたのが面白かった。きょうだいということで体型も似ているが、性格もまた、よく似ているようだ。
 今シーズンはすでにシーズン序盤のフィンランディアトロフィーで優勝! 初のファイナルを狙うグランプリシリーズに向けても、準備万端というところだろうか。
 アイスダンス特集では、彼らのコーチ、エフゲニー・プラトフのインタビューもお届け予定。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima 
*写真は07年NHK杯でのフリーダンス


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アイスダンス・イギリス代表 シニード・カー&ジョン・カー組インタビュー(1)[アイスダンス特集vol.1]

Kerrtheice_009  アイスダンス特集、まずはグランプリシリーズアメリカ大会に出場する2組のダンサーのインタビューをお届けしたい。
 取材は08年7月、愛知県で行われたアイスショー、ザ・アイス来日時。急遽出演が決まった彼らのナンバーは、昨シーズン話題をさらったオリジナルダンス「スコティッシュダンス」だった。NHK杯で披露して大人気となり、世界選手権でもスタンディングオベーションを受けた傑作。シーズンオフにもう一度見られるとは思わなかった! と喜んだファンも多いだろう。

――これは日本のフィギュアスケートファンによる人気プログラムの投票結果(2008プログラム・オブ・ザ・イヤー)なのですが。おふたりの「スコティッシュダンス」は、アイスダンスのプログラムでは2番人気。オリジナルダンスとしては1番の投票を集めたんですよ
シニード ええ!? 去年のベストオリジナルダンス! すごい! 日本も、日本のファンも大好きです! 日本のみなさんってすばらしいわ。今回もここで滑れてとても光栄です。
ジョン ほんとに、日本のファンはすばらしい。僕も日本のショーでで滑れて嬉しいよ。
シニード NHK杯でも滑った「スコティッシュダンス」をまたショーでできるとは思わなかったわ。仙台でも日本のファンは喜んでくれたし。
ジョン 僕らもこのナンバーは大好きだしね。またこうして、ベストオリジナルダンスに選んでくれた日本で再演できてうれしいよ。

――「スコティッシュダンス」、コーチのエフゲニー・プラトフさんの振付けですね。彼が日本に来たときにも、おふたりのことを色々聞いたんですよ。
シニード ほんと? 彼は最高のコーチなのよ。人間としてもとってもすばらしいの! スケーターとしても伝説的な人物(94年リレハンメル五輪、98年長野五輪チャンピオン)だけど、人としても……彼は悪口の言いようがないわね。
ジョン 彼も大の日本好きなんだよ! 僕は彼ほど日本が好きな人に会ったことがないくらい(笑)。彼が日本の長野でオリンピックの金メダルを取ったことももちろん知ってる。すばらしいコーチだし、いまだに、技はなんでも自分で滑って見せてくれるんだ。彼との練習、最高に楽しんでるよ。
シニード そうなの、彼も超日本が好きで、日本での試合やショーが決まるとすごく喜ぶのよ。でも残念ながら、今回来られたのは、私たちだけ。だからお土産に、日本でガムを買ってきてーって頼まれてるの。「ガムは日本が一番だ」って(笑)。

――来シーズンも振付けはプラトフコーチですね。どんなプログラムを見せてくれるでしょうか?
シニード オリジナルダンスは1940年代の曲。スウィングね。私達の得意分野。で、フリーではミューズというバンドの「Ruled by Secrecy」という曲で滑る予定。
ジョン フリーダンスの曲は今まで滑ってきたものとまったく雰囲気が違うから、きっと新しいスタイルを見せられると思う。みんなに気に入ってもらえるといいんだけど。

――ふたりは姉弟スケーターですね。きょうだいでアイスダンスを滑る難しさなどはありますか? 日本にも姉と弟のダンスカップルがいるのですが。
ジョン クリス&キャシーだね! そうそう、彼らが今回このショーを欠場したから、僕達に出演依頼が来たんだ。だからふたりにはお礼の電話をしなきゃ(笑)。でもクリスがまた膝の手術をしたって聞いたよ……。早く良くなってほしいと思う。彼らは才能のあるカップルだから、日本のためにきっといい成績を残すと思うよ。
シニード 彼らもそうだと思うけれど、きょうだいでスケートをする難しさっていうのは、あるのよ。一番困るのは、うーん……氷を降りても、いつも一緒にいなきゃいけないことかな(笑)。でも他のカップルにはない、生まれながらの強い血のつながりは、私たちにとって特別なものだと思う。
ジョン 他のダンスカップルは氷の上でロマンスを作り上げていくこともあるけれど、きょうだいカップルにはそれとは全く違うスタイルを作り上げられると思うんだ。普通のカップルとは違う、そう、たとえば「一生の絆」みたいな。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima 

*写真は08年7月、モリコロパークで開催の「ザ・アイス」


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全米ジュニア2位 アンジェラ・マクスウェルインタビュー(2) ロビン・ワグナーとの挑戦

Maxwell_051  この春、アンジェラ・マクスウェルは初めてロビン・ワグナーに振付けを依頼し、現在はニュージャージーで指導も受けている。まだメインのコーチになるかどうか正式決定はしていないそうだ。が、ふたりはもう何十年も前から知り合いのように、たちまち気があってしまった。
 というのも、アンジェラはもともと母親ゆずりの笑顔で、そこにいるだけで周囲の空気をぱーっと明るくしてしまうメガトン級の陽気さをもっている。競争相手のスケーターたちともすぐに友だちになってしまい、控え室に彼女がいるかいないかで、その場の雰囲気ががらりと変わってしまうのだ。
 またワグナーコーチといえば、ソルトレイクシティ五輪でサラ・ヒューズが演技を終えた瞬間、両手を上にあげて、「アイラブユー!サラ!」と叫んで出迎えたシーンが印象的だ。
 6年たった今も、彼女はまったく変わっていない。普段もまったくあのとおりで、コーチというより、姉か友だちのよう。その波長がアンジェラとはぴったりあってしまったようだ。
「私がアンジェラのことを初めて知ったのは、全米選手権よ」
 その横でアンジェラが、すかさずちゃちゃを入れる。
「私が彼女のことを初めて知ったのはテレビよ!」
 もともとワグナーは父親の印刷会社を手伝いながら、早朝はスケートを指導する兼業コーチであり、振付師だった。サラ・ヒューズの両親が正式なコーチを依頼してきたとき、最初は戸惑ったそうだ。
「サラは8歳の頃から騒がれていた天才児でした。私は彼女の振付けはたびたび担当していたのだけれど……。他に有名なコーチがたくさんサラのことを教えたがっていたのに、どうして私なの? というのが正直な気持ちでした。」
 けれども、ヒューズ親子にもたしかな目算があった。そして、彼らの賭けはオリンピックの金メダルという、最高の形で勝利をおさめたのである。
 まずワグナー自身、全米選手権にすすむレベルのスケーターでありながら、学業と両立させて大学まで卒業していたこと。ヒューズの両親は娘にふさわしいコーチを選ぶとき、まずその生真面目さと情熱を高く評価した。
 さらに、ヒューズの母親が乳がんを患い、リンクまで送迎できなかった時期は、ワグナーがその役目をかってでた。アメリカのスケートコーチは、レッスンとプライベートは一線をひく、割り切りタイプが多い。だがワグナーは、まるで家族のひとりのようにサラのためにありったけの時間を注ぎ込んだ。五輪前はサラのレッスンに集中するため、他には生徒を教えず、髪形から普段の服装までアドバイスしたのである。
「アンジェラは最初に見たときから、すばらしい資質の持ち主だと思ったけど、私が今まで教えた他のどの選手とも違う資質なのよね。サラ・ヒューズ? ええ、彼女ともまったく違うタイプなのよ。運動能力がすごいし、それにやっぱり日本人の血はすごく感じます。」
 今季のショートは「What hands can do」、フリーは日本のアニメ「犬夜叉」なのだが、これが素晴らしいできばえなのだ。両方とも音楽はアンジェラが選び、ワグナーのところにもってきたそうだ。
「フリーはまったく聞いたことがない曲だったけれど、とても美しいと思ったわ。日本の曲なのね。この振りつけは私にとっても”挑戦”だと思っています」
 トリプルートリプルはショートにもフリーの後半にも、組み込まれている。
 ふたりのコラボレーションと”挑戦”はまだまだはじまったばかりなのだ。

text/Yoko Umeda

*ワグナーのプログラムはできて2か月。コスチュームがまだないので、この日アンジェラが着ていたのは去年のプログラム「ファインディングニモ」で使ったもの。右はジュニアの有望株、ディディ・リャン


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全米ジュニア2位 アンジェラ・マクスウェルインタビュー(1) バックフリップも見せる日系2世

Maxwell_037_2   全米チャンピオンに輝いた長洲未来をはじめ、北米で将来を有望視されているスケーターたちには、不思議なぐらいアジア系が目につく。そして、彼女たちに「いちばん好きな選手は誰?」と聞くと、100パーセントといっていいほど「浅田真央」という返事がかえってくる。
 2006-2007年度の全米ノービス・金メダリスト、2007-2008年度の全米ジュニア・銀メダリストのアンジェラ・マクスウェルもそのひとりだ。取材を申し込んだところ、
「よろしくおねがいしまーす!」
 「チームUSA」のジャケットを着たアンジェラの口から日本語がこぼれた。ただし、インタビューは英語である。
 アメリカ人の父親と日本人の母親をもち、テキサス州のダラスで生まれ育った。出産したとき手つづきを知らなかったため、日本国籍はもっていない。
「だってダラスでは誰も教えてくれなかったんです。今、考えると、とっておけばよかったのかな? 日本でアイスショーに出てみたいって言うんですよ。ショーとか大好きなんですもの」と、母親のキャンディさん。
 この夏はダラスを離れ、ニュージャージーを練習拠点にしているため、安藤美姫、村主章枝、織田信成、村上大介たちと接点がある。アンジェラも彼らとの交流を楽しんでいて、
「ノブがともかく面白いの。ミキもフミエもダイスもともかくナイス! 大好きです。一緒に練習しても話をしていて楽しいし、刺激になることばっかり。私も日本に行って滑ってみたい」
 全米ノービスで優勝したエキシビションでは、ロックのナンバーにあわせて見事なバックフリップを披露。アンジェラいわく、
「あんなの9歳のとき、できちゃいました。私は体操もやっていたから、まず床で跳んでみて、それから氷上で試してみたら跳べましたよ」
 難度の高いトリプルートリプルのコンビネーションも軽々とこなす。ただ今年からシニアにあがり、フリーのプログラムは4分になった。
「ジュニアより30秒のびただけなんですけど、とても大変。ジャンプもスピンもステップもひとつひとつはどれも好きなパートなので、練習は苦痛にならないんですけど、全部をいっぺんにこなすとなると、なかなか完璧にはできなくって。今は新しいコーチと新しい練習場所で、毎日が”挑戦”という感じです」
 1992年7月28日生まれ。スケートをはじめたのは6才のときだから、決して早いほうではない。しかも最初の1-2年は個人レッスンを受けたわけではなく、週1-2回のスケート教室で習うだけだった。
 小柄できゃしゃな体つきをしているが、か弱いイメージはまったく受けない。それどころか、バネともゴムともいえる強靭で柔らかい筋肉をもったアンジェラは、子どものときから運動神経の塊で、フィギュアスケートでもすぐに頭角を現すようになった。
 11歳のときにはジュビナイル(12歳以下のクラス。トリプルジャンプは禁止)で地区予選を突破し、全米11位。
 12歳のときはインターメディエイト(15歳以下のクラス。トリプルは2種類まで)で、全米4位。
 13歳のときはノービス(18歳以下。トリプルは全種類許可)で全米11位。
 14歳でノービス1位に輝き、15歳になった昨シーズンはジュニアでおしくも1位を逃したものの、華麗なトリプル‐トリプルのジャンプコンビネーションをもっている。今や米国で期待されている有望スケーターのひとりなのだ。

text/Yoko Umeda *写真は7月、米国、ミルウォーキーにて。ロビン・ワグナーコーチと


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