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この特集では、浅田真央選手、安藤美姫選手をはじめとする注目選手の活躍や最新情報など、フィギュアスケートにまつわる様々なレポートを写真とともにお届けします。
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フィギュアスケート特集

女子シングル総括 吉岡伸彦強化部長のコメント(1)

Mikie4465 ――長かった世界選手権、無事終了です。
吉岡 これで女子シングル3枠、男子シングル3枠、アイスダンスも予選を経ずに1枠獲得。チームとしての最低限の目標は達成できたということで、まずはほっとしています。

――村主章枝選手は久しぶりの出場で9位となりました。
吉岡 女子3人、朝から全員が比較的落ち着いてきちんと動けていたので、3人ともそれほど大崩れすることはないだろうな、と思いました。しかし村主選手は、本番直前、ちょっと気持ちがふわっとしたまま出て行っちゃったかな。ジャンプを安全運転するつもりだったらサルコウをダブルアクセルにするべきでしたが、そのまま行って失敗してしまったのが残念です。でも後半のトリプルフリップも悪くないジャンプを見せてくれましたし、久しぶりの大舞台ですが、自分らしく決めてくれたと思います。

――安藤選手はトリプル-トリプルを回避して、手堅く3位入賞ですね。
吉岡 トリプル-トリプルに行くか、行かないか。ずいぶんコーチとも話をしていたようです。本人は攻めたい、と。ニコライはリスクを減らして完成度を求めよう、と。結局跳ばないことに決めたのですが、これまで日本チームは、守りに入って失敗していることが多い。でも今回は、ふたりの結論がうまくいい結果につながったと思います。もちろん、安藤さんも3番で満足するわけにはいきませんが。彼女の場合は、技術うんぬんよりも、気持ちの問題が大きいのかな。前向きに、きちんと試合に向けて迷いなく行きさえすれば、いい演技ができる。ファイナルの時はそれができませんでしたが、今回は現地に入った時からいい状態で、きちんと準備をしてきたな、と思いました。四大陸に出場しないことで、世界選手権に向かう時間もある程度できたのかな。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima


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女子シングル終了、村主章枝8位 -来季へのステップ-

Fumiee2652   総合8位――タイムバイオレーション、ジャンプミスなど、いくつかの失敗はあったものの、3年ぶりのワールドで残した結果に、村主章枝は満足しているように見えた。

  ジャンプさえ決まれば、私たちは安心して村主の演技に魅了されることができる。章枝ワールド――見るものを引き込む表情、美しくて安定感のあるスパイラル、工夫が凝らされたスピン――を心から楽しむことができる。先シーズンはいっしょになって肩を落とす試合が多かっただけに、今シーズンのジャンプの復調は、ファンにとってもとても嬉しいプレゼントだった。

「とにかく(ジャンプを)ある程度のレベルに戻すことを目標にしてきたので、ジャンプも安定してきたし、来年はもっといろいろなチャレンジができると思います。(コーチの)ニコライもいろいろプランしているし、構成を変えたり、変わったこともできるだろうし、本当に楽しみ!」
 そう言って村主は目を輝かせた。
 本当はもっと表現したい、自分の演技を見せたいという気持ちがあっただろう。その気持ちを抑えて、ジャンプの成功を優先させてきた。課題をこなすために耐えた一年は、しっかりと実を結んだようだ。そんな彼女の努力をすばらしいと思うし、今シーズンの演技を十分に楽しませてもらった。

「来季は、ザ・ロシア、ザ・ニコライのプログラムを滑りたい! ロシア人らしい、ニコライらしいプログラムを作って欲しいです」
 うれしそうに語る村主を見て、こちらまでうれしくなってしまった。
「魅せることを知っている」、これが村主の一番の武器だ。何よりもジャンプを大切にしてきた今季は、表現者である彼女には物足りない部分もあったかもしれない。しかし、あくまでもこれは村主にとって来季へのステップの一つに過ぎない。ジャンプが入って、なおかつ思う存分に表現ができたなら、彼女は強いだろう。

「来季は3-3を跳びたい! 何年もやってきて、ジャンプが大きな課題。本当にそこが壁だと思っています。プログラムに載せるときに、3-3を持っているグループと3-3を持っていないグループとで、明らかに点数の幅を決められているのを感じます。3-3なしでは、上のレベルでは難しいですから」。彼女の挑戦はとどまることを知らない。
  来年はもっとすごいものが、ぞくぞくするようなパフォーマンスが、見られるのだろうか。「期待してるよ!」そう声をかけたくなる。

  ロシアンなプログラムで、3-3を跳ぶ村主章枝を想像してみる。とてもステキだ! わくわくする。

text/Hiroko Kato photo/Sunao Noto   


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SP終了後、村主章枝選手コメント

Fumie2e7718 ――久しぶりの世界選手権、やはり緊張はありましたか?
章枝 実はちょっと、6分練習でアクシデントがあったんです。バックで安藤さんと一緒に練習が始まるのを待っていたら、自分の名前が聞こえてきて、あれ? 出て行く前に紹介してくれてるのかな、と思ったら、もう練習が始まっちゃってた! 何だか私たちふたりだけ、放置されてたんです(笑)。こんなこと、長くスケートの試合をしてきて初めてですよ! もちろん動揺はしましたし、練習があっという間に終わってしまったことで、ちょっと緊張気味だったかな……。滑りはあまりのびやかではなかったけれど、まあ、まずまずだったと思います。いい経験にもなりました。明日はもう少しうまくできるんじゃないかな。

――オーバータイムで惜しくもディダクション、この原因は?
章枝 滑り出しの部分、いつもより少し早く動き始めてしまって、それで秒数オーバーしてしまったのかな。他にもスピンのレベルが取れていなかったりなどいろいろあって、その辺りを考えると、まあ、まずまずの出来だったかなあ……。でも現地に入ってから始まるまで時間があったので、調整の部分はぎりぎり間に合っている感じです。コーチも「あまり力を入れすぎないで、冷静に滑ってね」と言ってくれています。明日は6分練習に遅れないようにして(笑)、ずっと練習してきたことを出して、のびのび滑れれば!

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima


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女子SP終了 吉岡伸彦強化部長のコメント

Mao8575 ――期待の浅田真央選手、3位スタートとなりましたが。
吉岡 ショートプログラムで10点差。これは簡単につめられる点差ではありません。ヨナ・キムがフリーノーミスでは、ちょっと届かないでしょうね。仮にフリーがふたりともパーフェクトであったら、浅田が2、3点差で勝てる計算になっているのですが、大きな差があるわけではないので、フリーで同じような出来具合で勝負したら、厳しいでしょう。しかし浅田選手は、エレメンツの内容でキム選手に負けているわけでは決してない。決して適わない相手ではないのですが、プログラムの完成度、きちんと決めたことをできるかどうかで負けてしまっています。あとはフリー、やるだけのことをやって、相手の出来を待つしかない。相手のミスを期待してはいけないんですけれど。

――3年ぶりのワールドとなった村主選手はいかがでしょうか。
吉岡 久しぶりの世界選手権ということで、少し気持ちがはやっていたでしょうか。タイムアウトの減点(マイナス1)を取られるとは思いませんでした。スピンで8回転を満たしているのにもう一回回ったり、いつもは動かずに聞いている音で動き始めてしまったりで、タイムオーバー。この1点はもったいなかったと思います。それからレイバックスピンのレベル1。彼女は右足のバックエントランスでレイバックスピンに入る。身体にそれほど柔らかさが無く、ビールマンポジションなどでレベルが取れない分、エントランスで工夫しているんです。これがちょっとリスクがあって、失敗しちゃうとくしゃくしゃになってしまいがち。難しいですね。

――安藤選手、コンビネーションジャンプのダウングレードはありましたが、4位につけました。
吉岡 彼女は比較的落ち着いて滑っていましたね。ただやはり、練習と比べると音楽の中で跳ぶジャンプは、やや低い。そのためループのダウングレードを取られてしまいました。他のミスは、最後のレイバックスピンでレベルが取れなかった(レベル2)くらいでしょうか。レベル3に必要な要素のうち、8回転以上の回転などはクリアしているから、加速が認められなかったのかな? それでも本人なりにはパーフェクトに近い出来。よくがんばりました。あとは細かい部分の詰めをさらにしていけば、フリーも期待できます。しかしみなさん、女子の3枠のことは、何も聞いてくれないんですね(笑)。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima


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村主章枝フリー演技終了後のコメント 「オリンピックのことを考えるのは、もう少し先」

Fumie4cc6212 ――前半はいい調子でしたが、後半にミスが続いてしまった部分、残念でしたね。
村主 そうですね。フリーはふだんから後半に重点を置いて練習してきたんですが……失敗をしたのは、多少精神的なものもあったかな。練習してきたことを意識してしまって。でも、今日失敗してしまった部分も、練習では成果が出せてきています。世界選手権では今回と同じではなく、もうひとつ上のレベルで戦えるといいな、と。

――キス&クライ、モロゾフコーチはずいぶんうれしそうに迎えていましたね。
村主 ニコライは、良かった良かった、と。私より喜んでたみたい(笑)。でも結果はまずまず。やはり課題はかなり多いと思っています。

――パシフィックコロシアムでの試合、オリンピックに向けての気持ちも盛り上がってきましたか?
村主 まだまだ、ほんのちょっとです(笑)。やはりその前、乗り越えるべきものがたくさんあるから! オリンピックのことを考えるのは、まだこれからのことだと思います。この会場で滑ったことよりも、今回は世界選手権に向けてのいい練習になった大会かな、という感じです。

――オリンピックに向けてのプランも、まだまだ白紙という感じですか?
村主 プランは、自分の中ではまだ思い描けてはいないですね。ニコライがまた、いろいろなアイディアを出してくれると思うので、楽しみに(笑)。でも自分の目指しているところはあって、そこにたどりつくためにはピッチを上げていかないと間に合わないかな、と。そんな気持ちはあります。

 試合終了後、村主章枝に単独インタビューを申し込んだところ、「彼女は今、8リンクスにいます」とのこと。え、試合が終わったのになぜプラクティスリンクに? 「世界選手権に向けての練習をしたい、と」……もう、あまりの「村主章枝らしさ」にあいた口がふさがらない。
 取材は無事、バンケット終了後に敢行。好きなだけ練習して、おいしいお酒も楽しんで、様々なことを語ってくれた村主章枝のインタビューをシーズン後にお届けします。
「8リンクス、誰もいなくてさびしかったんですよ」……あたりまえです、章枝さん。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima 


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女子シングル終了 村主章枝フリー6位、総合6位 美しきチャレンジャー

Fumie6258  プログラムは、祈りのようなポーズからスタート。
 最初から十分にスピードがあり、トリプルルッツ‐ダブルトウをポーンと決めて喝さいを浴びたあとも、リンクを大きく使って風のように疾走する。
 トリプルサルコウまでの3つのジャンプを難なく決めた時。あの、村主章枝がここまでソリッドな演技を見せてくれていることが、とても信じられない思いだった。

 8度も世界選手権代表をつとめてきた彼女にとって、昨年まで2シーズンの四大陸選手権は辛いものだっただろう。ワールド代表に外れた選手として派遣され、気持ちも乗りきれなかったかもしれない。かつて3度もチャンピオンを経験した大会で、一昨年は途中棄権、昨年は11位という結果。調子の悪かった2年間、その象徴のような成績で、シーズン最後の試合を締めくくらねばならなかった。
 そんな彼女が、今年はここまでジャンプを戻してきたのだ。
「そうですね。ここにきていろいろなものがある程度見えてきたかなあ。この数年で苦労してきた部分もやっと形になってきて、今シーズンにつながってきたんだと思います」

 プログラム前半には、これはこのまま行けるのではないか、またフリー1位だった全日本のような演技が見られるのではないか、そう思うほどの安定感。ルッツをステップアウトして以降、得意のフリップでバランスを崩して手をつくなど、ミスが続いてしまったのは残念だった。
 しかしプログラムを彩ったのはジャンプだけでなく、ひとつひとつが丁寧で、お手本のようなエレメンツだ。飛び立ちそうに見える美しい形のスパイラルも、気合いの入ったステップも。長い時間をかけて培った技に、刹那の思いをきれいにのせて見せるのがフィギュアスケート――村主章枝の今日のフリーを見て、改めてそれを知ったような気がした。

 3年ぶりに全日本の表彰台に立ち、世界選手権代表をつかんだ彼女のがんばりを見て、アメリカのサーシャ・コーエンもオリンピックを目指して復帰したい意向だという。また他のジャンルのアスリートも、さらには一般の女性たちも、20代後半の同世代の多くが、確実に彼女のチャレンジにいい影響を受けているだろう。
「でも、年齢のことは気にしないようにしています。何歳だからこうしよう、と考えることもあまりないんです。私の戦う場所には、私より10歳くらい若い方たちがいっぱいいて、いっしょに試合をしなくちゃいけない。逆に私が若いパワーをもらって(笑)、がんばっていきたいと思ってます。その点では私、若い人に囲まれて、ふつうの28歳より絶対得してますよね!」
 後半のミスが響いてフリーで順位を落とし、総合6位。そんな結果はともかく、「フミエ、まだまだやれるじゃないか!」と、世界のファンやスケーターに見せてくれた。村主章枝の四大陸選手権は、大きな収穫のある大会だっただだろう。それは彼女自身にとっても、そしてフィギュアスケートにとっても。
 
photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima 


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女子SP終了、村主章枝4位  「18歳のように」

Fumie2845  女子フリー終了後、取材陣の話題は村主章枝でもちきりだった……とは言いすぎかもしれないが、しかし何人もの人が彼女について熱心に話していたのは確かだ。
「私の国のテレビ解説者は、間違えてスグリを18歳と紹介してしまったんですよ。10歳も間違えて! でも実際、18歳のパフォーマンスと言っていいくらい、若々しかった」
「ほんとうに、女子のバンクーバー代表はわからなくなったね。一時期は村主も、もうダメかと思っていたのに」

 まずはこの年齢でトップレベルにいることを、みんながほめたたえる。
「6分間練習のアナウンスで、村主章枝は28歳って紹介されてしまったんですよね! もう、それは言わないでーって思っちゃいました(笑)」(村主章枝)
 しかし、そのことだけでこんなには話題にはならない。この年齢で、いや年齢は関係なく、これだけビビッドなパフォーマンスを見せてくれたことに、みんなが感嘆しているのだ。

 名前を呼ばれてリンクに出てきたときは、少し緊張気味の表情。
 しかし得意のルッツ-トウ、続いてフリップを決めると、まずいい笑顔が出る。特にフリップの高さは素晴らしく、ほんとうに19歳のころの村主章枝のフリップそのもののようだ。パーンと弾けるトウジャンプを見せてくれると、昔からの村主ファンは本当にうれしいのではないだろうか。
 スパイラルだけは丁寧に確認していた練習時の方がより美しく見えたが、最後のステップは存分に跳ねまわる。ふっ、と止まる動作も見る人の目に焼き付けつつ、笑顔でフィ二ッシュ!
 そういえばシーズン前、このプログラム「恋人たちのアパルトマン」は、20歳くらいの若い女性の恋心を描きたいと語ってくれていた。年齢を感じさせない、と口々に言われたら、彼女としてもしてやったりだろう。
「私がこの年までスケートを続けてるなんて、私自信が想像していなかったですよ(笑)。でも、まだまだいけると思います!」
 フリーの曲は「オトナール」。次に見せてくれるのは、酸いも甘いも味わった大人の女性の恋物語だ。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima 


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女子シングル公式練習レポート

Pra00898  2009四大陸選手権はダンス、ペア、女子、男子の順にスタート。1日目から試合のある女子選手たちは、メインリンクとプラクティスリンク間を移動しながら、じっくり調整を行った。
 今回の日本代表女子チームは、高校生ひとりと社会人ふたりというとても珍しい組み合わせ。一番の注目を集めるのはやはり世界チャンピオン、浅田真央だが、村主章枝、鈴木明子とふたりのお姉さん組もさすがにベテラン、自分なりのペースで着実に調子を上げてきているようだ。

 現地時間3日午後。カラフルな色づかいのジャージ姿で現れた鈴木明子は、表情もにこやか。ジュニア時代の02年に出場して以来、四大陸選手権は実に7年ぶり。国際大会はユニバーシアードなどで成果をあげてきたが、ISUチャンピオンシップス出場もまた7年ぶりとなる。全日本選手権の後、今大会への出場が決まると、「バンクーバー、しっかり見てきます」と、五輪会場での演技を楽しみにしていたが、久々の舞台にも気負わず、マイペースで臨んでいるようだ。
 この日の練習は浅田真央、村主章枝がSPを滑る中、ひとりだけフリーを練習。3回転‐2回転‐2回転などもきれいに決め、艶っぽさを増した演技は、小さな練習リンクの空気を動かしてしまうよう。ジャンプは転倒、オーバーターンなどが少し目立ったが、練習そのものが楽しそうで、ステップで客席に送る視線も微笑みも、本番そのままだった。

 一方で村主章枝は、明るく染めた髪を小さなポニーテールにして、いつも通りの落ち着いた表情で登場。ジャンプは軽々、スパイラルは美しく6秒キープ。練習からひとつひとつの動きに気持ちを込めて、丁寧にプログラムを滑りこんでいる様子だ。
 世界チャンピオンがいて、他にもグランプリシリーズの表彰台に立てる選手がたくさん。そんな国から、ベテランがふたりも代表に出てくるのは、やはりすごい(ちなみに今大会、女子シングルの出場者最年長はウズベキスタンのギマセディノワで28歳と9か月。続いて村主章枝、3番目が鈴木明子)。そしてふたりともが公式練習からしっかり存在感を見せていることに、浅田真央に注目をしていた人々も驚いているのではないだろうか。
「村主はえらいですね。一時はこのままダメになってしまうか……と思ったけれど、荒川が引退し、恩田が引退するなかで、ここまでがんばって、今年はこんなに調子を戻してきた。鈴木明子も病気を越えて立派に復活してきた選手ですし、今回は復活組が多いみたい。がんばってほしいですね」(アシスタントチームリーダー 城田憲子さん)
 ほんの1か月前、全日本選手権はこのふたりの熱演で、大いに沸いた。今シーズンのがんばりが大きな注目を集めたふたりが、まずはたどりついたオリンピックの会場。カナダのスケートファンに、1年後、また彼女たちを見たい! そう思わせる演技ができるだろうか。

text/Hirono Aoshima (写真はプラクティスリンクの8リンクス)


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2008全日本選手権レポート(7)女子シングルフリー終了、村主章枝2位、安藤美姫3位 「執念と強い気持ち」

Fumiemma_8334s  長年の村主章枝ファンであれば、今シーズンのフリーの選曲には物足りなさを覚えたのではないだろうか。フィギュアスケートでは使い古された曲で新鮮味はまるでなく、彼女独特の表現や表情も見られない。

 新しいコーチ、ニコライ・モロゾフについて聞かれた村主は「しゃべらせてもらえない」と話していた。それはつまり、自分の意見を言わせてもらえないということだろう。そして出来上がったプログラムは、村主がこだわってきた「自分にしかできない表現」をあえて封印し、エレメンツ、とりわけジャンプに集中できるシンプルなものになった。これが、とにかく勝つためにモロゾフが選んだ方法だった。

 直前の6分間練習で、村主はかつてないほどに集中していた。これまでの村主は、6分間練習ではジャンプはたいてい2回転になって、でもそれが普通で、本番ではしっかり決めてくる強さを持っていた。ただここ数シーズンは、試合でも後半のジャンプが決まらなくなっていた。
 しかし今回は、練習からひたすらにトリプルルッツとトリプルフリップを繰り返し跳び、そのほとんどを降りていた。こんな村主章枝を見たことはない。圧倒されるような集中力だった。

 そして、あのアクシデントが起きた。

 ぶつかった相手は偶然にも、同じモロゾフに師事する安藤美姫だった。接触した瞬間のことを聞かれたふたりは、ともに「覚えていない」と言った。それほどにふたりは自分の練習に集中していたのだ。
 もちろんよけられるならよけていたはずだ。ジャンプの助走に入っていた村主はよけようとしながらお尻から転び、後ろ向きに滑ってきた安藤は体をひねりながら右ひざから転んだ。選んでそうしたわけではない。たまたまそうなってしまった。

Miki6838  村主は安藤に声をかけ、すぐに自分の練習に戻り、トリプルフリップを降りた。安藤はそこからすっかり調子を落とし、最後に4回転ができるかどうかの確認の意味で跳んだトリプルサルコウで転んで6分間練習を終わった。

 このことだけを見れば、アクシデントの影響を受けたのは安藤ということになるのだが、私はそうは思わない。

 第一滑走の鈴木明子が素晴らしい演技をして、村主は花束がある程度片付くまではリンクに出ることができなかった。その間観客は立って拍手を送り続けていて、村主の周りには花束が降り注いでいた。
SPではともにミスをして、村主は鈴木にわずかに0.3点リードしているだけだった。この時点で、絶対にミスできなくなった。普通の選手だったら平常心ではいられない。
 しかし村主はすべてのジャンプを降りた。ルッツの踏み切りへのアテンションと、コンビネーションジャンプのふらつきに対するマイナス判定はあったが、ダウングレードはなかった。

 安藤が転倒で膝を痛めたことで、演技の前も後も、モロゾフコーチはそばにはいなかった。村主にも様々な厳しい状況はあったのだ。それを全部はねのけてほぼノーミスの演技をした。まったく信じられない集中力だった。さすがとしか言いようがない。

 世界選手権に絶対に出たいという思い。これはもう、執念とでもいうしかない。

 安藤美姫は膝を打ち、力が入らないまま演技に入った。4回転をやめ、慎重にエレメンツを決めていったが後半のジャンプはミスが続いてしまった。3位に入って世界選手権の切符を得たにも関わらず、演技後は涙ぐみながら報道陣のインタビューに答えていた。練習から好調だったから、とても不本意だったのだ。

 このところ安藤美姫は、なんだかついていないなぁということが多いように見える。でも、世界選手権に出られることになった。4位の鈴木明子とはわずか0.11差だ。これは頑張ったご褒美なのだと思って、世界選手権では無心で滑ってほしい。そして、村主章枝の執念を目の当たりにしたこの経験を活かして、強い気持ちで滑ってほしい。

text/Seiho Imaizumi  photo/Masami Morita, Sunao Noto

*村主章枝選手、安藤美姫選手のインタビューは、『フィギュアスケート 日本女子ファンブック2009 』(扶桑社刊)に掲載されています


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フィギュアスケート日本女子ファンブック2009 発売のお知らせ

Figure_cover_1214s 祝・浅田真央選手グランプリファイナル優勝!
大変遅くなってしまいましたが、今年も女子シングルの日本代表選手11人のロングインタビューを収録したファンブックが発売されます。

注目の浅田真央選手をはじめ、安藤美姫、中野友加里、村主章枝、鈴木明子……。
今月末の全日本選手権での戦いが楽しみな、美しく、強いアスリートたち。
スケートへの思い、迷い、夢……じっくり語ってくれた言葉を、たくさんの写真とともにお届けします。

 
フィギュアスケート 日本女子ファンブック2009
出版社: 扶桑社
発売日:2008年12月22日
定価:1680円

【contents】
〈11選手独占インタビュー〉
浅田真央  「世界選手権優勝は、もう昔のこと。今はすっかり、忘れちゃってます」
安藤美姫 「今年の目標は、健康に過ごすこと。そして、心から滑ること」
中野友加里 「時間を大切にしたい。すべてが終わった時に、後悔だけはしないように」
村主章枝 「テーマはLOVE。氷上でも、プライベートでも!?」
鈴木明子「あきらめなければいつか願いは叶う。そんなメッセージを、伝えたい」

武田奈也、太田由希奈、澤田亜紀、浅田舞、水津瑠美、西野友毬

〈スペシャルインタビュー&レポート〉
伊藤みどり、若松詩子インタビュー
全日本ジュニア選手権レポート
11選手全プログラム解説
11人のコーチよりメッセージ


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スケートカナダレポート(2)エキシビションという祝祭

Pcanada0874  フィナーレであるエキシビションで、スポットライトの中に滑り出て行くのは、上位入賞者に与えられる特権だ。それゆえに、緊張の中、戦いを制した選手たちにとって、それは特別に誇らしい瞬間となる。
 そしてまた観客にとっても、大会の後夜祭ともいえるエキシビションは、大きな楽しみの一つだ。自分が応援しているお気に入り選手のエキシビションナンバーが見られれば最高に幸せだし、試合でよい演技を見せてくれた選手のスケートをもう一度目にすれば、その感動が再び胸によみがえる。

 結果として総合5位に終わったものの、フリーの「アマデウス」で素晴らしい演技を見せた男子シングル、ショーン・ソーヤーが、何度見ても飽きない美しいスパイラルやバレエジャンプ、アップライトスピンを見せる。女子シングル3位、嬉しい表彰台となったアリッサ・シズニーの演技は、挑発的な振り付けすらも上品な魅力に溢れている。初のグランプリシリーズ表彰台に上った、男子2位のライアン・ブラッドリーは、得意のバック・フリップを連続で決めて会場を沸かせた。シニア初参戦ながら2位と表彰台をさらった、カナダの若手アイスダンスカップル、ヴァネッサ・クローンとポール・ポワリエを、地元ならではのあたたかな祝福の空気が包む。

 しかし、今回スケート好きのカナディアンにその存在をはっきりと印象付けたのは、ペア優勝の川口悠子、アレクサンドル・スミルノフだった。エキシビションでは、二人の持ち味を生かしたアクロバティックなナンバーを披露。アンコールにこたえて、さらにもう1曲をフルで滑りきったサービス精神とスタミナに、会場は総スタンディングオベーションに。観客の心をしっかりとつかみ、二人にはひときわ大きな拍手と惜しみない賞賛が送られた。
 一方で、女子シングル2位となった村主章枝はスケートカナダの常連。今回で出場回数は8回目、表彰台は5回目となった。毎年のようにこの大会に出場している彼女のファンは、カナディアンの中にも多く、彼女が登場するだけで観客が喜ぶ人気者である。すでに日本ではおなじみの道化師衣装のナンバー。お茶目で可愛らしいパフォーマンスに会場から拍手喝さいが上がる。日本人選手である彼女の2季ぶりの表彰台を、あたたかい気持ちで喜ぶ雰囲気が会場からは伝わってきた。

 この大会の最後を締めくくったのは、自国カナダ代表の二人。男子シングル、女子シングルのダブル優勝を飾った二人の登場に、会場は文句なしの盛り上がりを見せた。司会者が、女子シングル優勝のジョアニー・ロシェットと男子シングル優勝のパトリック・チャンに、「どちらが先に滑る?」と投げかける。ロシェットが「私はレディーファーストを主張するわ」と言うと、チャンが「コインを投げて決めよう」と提案。その結果、チャンがロシェットにトリを譲り、先輩に花を持たせる形でエキシビションは終了した。

 最後まで和気藹々とした大らかなムードが漂ったスケートカナダ。機会があれば、日本の大会とはまた違った雰囲気を味わう贅沢を、ぜひ一度体験してみてほしいと思う。

text/Hiroko Kato (写真はエキシビショングループナンバー練習風景)


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全米ジュニア2位 アンジェラ・マクスウェルインタビュー(1) バックフリップも見せる日系2世

Maxwell_037_2   全米チャンピオンに輝いた長洲未来をはじめ、北米で将来を有望視されているスケーターたちには、不思議なぐらいアジア系が目につく。そして、彼女たちに「いちばん好きな選手は誰?」と聞くと、100パーセントといっていいほど「浅田真央」という返事がかえってくる。
 2006-2007年度の全米ノービス・金メダリスト、2007-2008年度の全米ジュニア・銀メダリストのアンジェラ・マクスウェルもそのひとりだ。取材を申し込んだところ、
「よろしくおねがいしまーす!」
 「チームUSA」のジャケットを着たアンジェラの口から日本語がこぼれた。ただし、インタビューは英語である。
 アメリカ人の父親と日本人の母親をもち、テキサス州のダラスで生まれ育った。出産したとき手つづきを知らなかったため、日本国籍はもっていない。
「だってダラスでは誰も教えてくれなかったんです。今、考えると、とっておけばよかったのかな? 日本でアイスショーに出てみたいって言うんですよ。ショーとか大好きなんですもの」と、母親のキャンディさん。
 この夏はダラスを離れ、ニュージャージーを練習拠点にしているため、安藤美姫、村主章枝、織田信成、村上大介たちと接点がある。アンジェラも彼らとの交流を楽しんでいて、
「ノブがともかく面白いの。ミキもフミエもダイスもともかくナイス! 大好きです。一緒に練習しても話をしていて楽しいし、刺激になることばっかり。私も日本に行って滑ってみたい」
 全米ノービスで優勝したエキシビションでは、ロックのナンバーにあわせて見事なバックフリップを披露。アンジェラいわく、
「あんなの9歳のとき、できちゃいました。私は体操もやっていたから、まず床で跳んでみて、それから氷上で試してみたら跳べましたよ」
 難度の高いトリプルートリプルのコンビネーションも軽々とこなす。ただ今年からシニアにあがり、フリーのプログラムは4分になった。
「ジュニアより30秒のびただけなんですけど、とても大変。ジャンプもスピンもステップもひとつひとつはどれも好きなパートなので、練習は苦痛にならないんですけど、全部をいっぺんにこなすとなると、なかなか完璧にはできなくって。今は新しいコーチと新しい練習場所で、毎日が”挑戦”という感じです」
 1992年7月28日生まれ。スケートをはじめたのは6才のときだから、決して早いほうではない。しかも最初の1-2年は個人レッスンを受けたわけではなく、週1-2回のスケート教室で習うだけだった。
 小柄できゃしゃな体つきをしているが、か弱いイメージはまったく受けない。それどころか、バネともゴムともいえる強靭で柔らかい筋肉をもったアンジェラは、子どものときから運動神経の塊で、フィギュアスケートでもすぐに頭角を現すようになった。
 11歳のときにはジュビナイル(12歳以下のクラス。トリプルジャンプは禁止)で地区予選を突破し、全米11位。
 12歳のときはインターメディエイト(15歳以下のクラス。トリプルは2種類まで)で、全米4位。
 13歳のときはノービス(18歳以下。トリプルは全種類許可)で全米11位。
 14歳でノービス1位に輝き、15歳になった昨シーズンはジュニアでおしくも1位を逃したものの、華麗なトリプル‐トリプルのジャンプコンビネーションをもっている。今や米国で期待されている有望スケーターのひとりなのだ。

text/Yoko Umeda *写真は7月、米国、ミルウォーキーにて。ロビン・ワグナーコーチと


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ドリームオンアイス2008レポート(1)  村主章枝・積み上げてきたもの

Fumie1123s  今年のドリームオンアイスは凄まじかった――。
 佐々木彰生、水津瑠美ら、氷上の動きとは思えないダンスを見せたジュニア勢。鈴木明子、南里康晴ら、さらに新しい一面を見せてくれたシニアのベテテラン勢。
 ランビエールなど、はるばるドリームオンアイスのためにやってきてくれた海外ゲストが渾身のスケートを見せれば、高橋大輔、浅田真央ら日本のトップスケーターもまた、シーズン前とは思えない完成度の高い新プログラムを披露――。
 今年で5回目、すでにスケートファンにとってはおなじみの、絶対見逃せないショーとなったドリームオンアイスだが、例年に増しての充実度、内容の濃さ。今の日本のフィギュアスケート界がどれだけ厚みがあるかを、改めて思い知らされた気がする。
 久しぶりに生で彼らを見た人々は、「やっぱりフィギュアスケートって素敵」とため息を漏らした。ずっとスケートを見続けてきたファンは、「今、スケートファンでいられることが幸せ」としみじみ言った。
 22組のスケーターの中からほんの数名だけを取り上げるのはとても難しいが、なかでも目を引いた3人のスケーターを、来るシーズンへの期待もこめて紹介してみたい。

 村主章枝が披露したプログラムは「ウインナーワルツ」。
 2シーズン前にボーカル入りの「ファンタジア」を滑った時にコラボレーションしたアーティスト、カール・ジェンキンズ、彼のユニット、アディエマスのナンバーだ。
 お人形のような、ピエロのような、パントマイマーのような。さまざまなプログラムに挑戦してきた彼女だが、これまでのどの村主章枝とも違う、幻想的で、かつ、いきいきとかわいらしいプログラム。音楽をただのBGMではなく、響きと動きを重ねて、溶け込ませて、プログラムにいかしきるアレクサンドル・ズーリンの振り付けもすばらしい。
 縞模様のシャツや大きな赤いハートが印象的な衣装、同じくハートをペイントしたメイクなど、細部までこだわっているだけでなく。陸上マイムをたっぷり見せるスタートから、飛び跳ねるようにお辞儀をするフィニッシュまで、ひとつも手を抜くところなく。
 ドリームオンアイス、どのスケーターも溌剌と個性的な滑りを見せてくれたが、「フィギュアスケートというスポーツ」ではなく、「フィギュアスケートというエンタテインメント」を見せてくれたのは、やはりこの人、村主章枝だった。
「でも、今日(27日)は失敗失敗! ジャンプも転んじゃったしね」
 と、本人はまだまだ仕上がりに満足いかない様子。しかし、長く「見せるスケート」の追及を続けてきた村主章枝だからこそのナンバーを見られて、ファンはきっと、大満足したはずだ。
 同時に、ジュニアのころから変わらない、トウジャンプに入るおなじみの構えなどを見ると、ああ、こんなに長い時間がたっても、彼女はここにいてくれるのだ、とうれしく思う。ローリー・ニコルのプログラムを、一生懸命踊ろうとしていた小さな女の子が、こんなにも見所たっぷりのナンバーを滑りこなしてしまうとは。「あの彼女だからこそ」とも、「あの彼女がこんなにも」とも、相反する思いを見ている人に抱かせる滑り。
 ほんとうに、一年一年こつこつと、村主章枝がその肉体と意思で積み上げてきたものだ。
 また今回のプログラムが、2年間師事したアレクサンドル・ズーリンとの最後の作品であることも興味深い。この数シーズン、ロシアの若いコーチの元で、彼女は少し迷走しているようにも見えた。彼女のやりたいこととズーリンの作り出すものがかみ合わず、時には借りてきたプログラムを滑っているように見えたことさえあった。
 でも最後のプログラムを、こんなにもフミエテイストに、彼女だけのものとして仕上げて見せて。やはり彼女は、きちんと吸収すべきものを吸収して、次のステップへと進もうとしているのだ、と思った。
 ズーリンのもとで培ったものの集大成としての「ウインナーワルツ」。さらに新しいコーチ兼振付師、ニコライ・モロゾフのもとでどんな色を重ねるのか……。彼女の新しいシーズンが、いっそう楽しみになる一幕だった。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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女子シングル SP終了 村主章枝9位 ベテランの壁の前で(2)

Img_6575a  だから今回、村主章枝にも大きな期待をしてしまった。韓国・高陽のリンク、オウルヌルムリには、ベテラン勢にとてもいい風が吹いている。この風に、彼女もうまく乗ってくれればいいな、と。

 ジャンプは果敢にルッツからのコンビネーションに挑んだが、両足着氷気味でコンビネーション判定をもらえず、得意のフリップもステップアウト。スピンやスパイラルでは3つのレベル4をとったものの、ふたつのジャンプミスで順位は9位にまで落ち込んでしまう。

 シーズン後半、滑り込んできた「テイクファイブ」は、コケティッシュなポーズや表情でたくさんの拍手をもらえたし、ステップ前の振り付けなどは全日本選手権よりもさらに魅力的で、村主章枝らしさも要所要所でたっぷりみせてくれたのだが……。「プログラムそのものの出来は悪くなかったけれど、やはりジャンプを失敗してしまって……」

 キス&クライでもミックスゾーンでも、声のトーンは少し暗かった。
「年を重ねるごとに、調整はやはり難しくなっています。試合への向き合い方もいろいろ試していて、今シーズンは佐藤先生についていた頃のやり方に変えたんですが、なかなかすぐには元に戻らない。プログラムも、私がなかなか本領を発揮できないでいるので、サーシャ(アレクサンドル・ズーリン)もずいぶん我慢していると思います。気持ち的にも、今シーズンは難しかった……」

 落ちてくる体力に合わせて競技を続けていくことにも。プログラムにこだわり、次々新しい表現にチャレンジしていくことにも。村主章枝は今、たくさんのことに迷っている。

 もう27歳ではあるが、ほんの2年前には世界選手権で銀メダルもとり、ずっと第一線で活躍してきた彼女だ。まだ、「ベテランであること」に慣れていないのかもしれないな、と思った。暗闇で手探りをするように、ひとつひとつ手ごたえを確かめながら、どうやって大好きなスケートを続けていくか、若いころとは違う必死さで探っている途中だ。
「試合はまだフリーが残っていますから。明後日は、練習でやってきたことがきちんと出せるようにがんばりたいな。練習ではうまくいっている3回転-3回転も来シーズンは入れたいですし、まだまだこれからですよ!」

 彼女自身もきっと、ギマセディノワやチェンジャン・リーのような演技を見せたいだろう。いやもっと高いレベルで、トップレベルにいたころの自分さえ超えていきたい気持ちは、十分持っている。

 選手生命の短いフィギュアスケートでは、ベテランの壁を越える前に、競技に別れを告げてしまう選手がほとんどだ。ベテランだからこそ見せられる演技に向けて、立ち向かうことすら難しい壁をもうひとつ抜ける日を目ざして。村主章枝が走り続けるならば、私たちはその日をいつまでも待とう。

photo/Dave Carmichael   text/Hirono Aoshima


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女子シングル SP終了 村主章枝9位 ベテランの壁の前で(1)

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 二日間の戦いを終えた2008年の四大陸選手権。

 ここまででとても印象に残っているのは、何人かのベテラン選手が健在ぶりを見せてくれたことだ。

 男子シングルではおなじみのチェンジャン・リー(28歳)が、協奏曲「黄河」にのり、しなやかで味のある演技を披露。4回転とトリプルアクセルを含むパーフェクトなショートプログラムで、大きなガッツポーズも飛びだした。昨年のNHK杯では元気がなかった彼だけに、みんなの大好きなチェンジャンらしいチェンジャンが久しぶりに見られたことに、たくさんのファンが喜んだことだろう。ソルトレイクシティで一緒に戦った仲間たちの多くが、ケガや新採点システムに苦しみながら引退していった中、まだまだ4回転も軽やかだし、ツイヅルなどをうまく取り入れた難しいステップにもチャレンジする。ほんとうにたのもしいし、いつまでも彼を見ていたいな、と改めて思った。

 女子シングルでは、ウズベキスタンの27歳、アナスタシア・ギマセディノワの健闘が光った。彼女も18歳のころから通算7回、四大陸選手権に出場している大ベテラン。世界選手権の最高位は19位と成績は地味だが、長く自分らしいスケートをを見せ続けている選手だ。

 14日のSPでは、年齢をみじんも感じさせない高さも飛距離も十分なジャンプ、紫の衣装が美しく揺れる凝ったスピンなど、あらゆるエレメンツで観衆を魅了。プログラムを通してほとんど笑顔を見せず、きりっとした勇ましい表情で滑り続けたのが、また格好良かった。しなやかな体の動きだけでなく、彼女自身の醸し出す精神性、凛々しさが、プログラムをよりドラマチックなものに見せていたようだ。

 パーフェクトな演技で、得点もシーズンベストを約20点、パーソナルベストも6点も更新し、彼女もまた感無量のガッツポーズ! 

 彼らのこんな姿を見られることが、やはりベテランを応援する醍醐味。そして自分の存在をスケートファンに忘れさせないような演技を、こうして時々でも見せてくれるところが、さすがベテランだ。リーやギマセディノワのような選手たちの底力があってこそ、フィギュアスケート全体が活性化していくのだろう。

photo/Takayuki Honma text/Hirono Aoshima

*写真はフリーでのギマセディノワ選手


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全日本選手権女子SP終了 村主章枝3位、中野友加里4位  (2)

Img_7273s  点差はたった2.3点。しかしミックスゾーンでの村主章枝、中野友加里の表情は対照的だった。気丈な中野友加里は、記者の前で涙を見せることはほとんどない。しかしこの日、涙は流れこそしなかったけれど、大きな瞳にたまって、必死にとどまろうとしていた。
「とにかく今はルッツの失敗のことしか考えられません」
 ここまで悔しさを露わにする彼女を見るのは、はじめてかもしれない。
 
 失敗は、ルッツがダブルになった、その一点のみだった。
「今シーズン、一番緊張しました」
 と本人も言うように、村主章枝の演技で熱くなったリンク、そこに出て行く時の表情の硬さは、グランプリファイナルの比ではなかった。こぶしは固く結ばれたままほどかれないし、氷を蹴る勢いも、演技ではなく喧嘩でも始めそうだ。
 世界選手権がかかった一戦。ずっと好調を維持してきたシーズン、絶対に出たいという気持ち。争う相手が、元は同じコーチのもとで練習し、大学の先輩でもある村主章枝だということ。その彼女と滑走順が隣り合わせになり、直前に素晴らしい演技で終えられてしまった状況。いやでも聞こえるお客さんの大喝采……。これだけの重圧の中、パーフェクトな演技ができればほんものだ、と思った。
「でも、ルッツがダブルに……。踏み切るのが、いつもより早かったんだと思います。タイミングが合わなかった」
 試合は怖い。心の大きな揺れが、猛練習の積み重ねで身につけた得意のジャンプなタイミングをも、狂わせてしまう。
 しかし今日、中野友加里の底力を見たのは、ルッツの失敗以降だったかもしれない。「女子では世界で数人の、トップレベルに入るのではないでしょうか」と平松純子フィギュア部長にも絶賛されたスピンは、この日誰よりも速く、スムーズなポジション変化で魅せた。ストレートラインステップの動きの鮮やかさやスピード感も、イーグルからのダブルクセルのジャンプとして美しさも、どのエレメンツをとってもトリノでみたものの何倍も精度を上げている。
 そしてスパイラルで、ステップで見せた、観客にしっかり視線を送る華やかな笑顔! この笑顔を見た時点で、中野友加里はルッツの失敗のことなど何も気にしてはいないんだ、と思ってしまった。一つのジャンプの失敗などにとらわれず、自分の世界を今日は描けているんだ、と。
 とにかくルッツの失敗以外は今シーズン最高の、いや中野友加里のSP史上最高の演技だったのではないだろうか。

 しかしどんなに記者が讃えても、ジャンプミスがありながら高得点が出ていることを聞いても、表情は曇ったまま。「他の部分が良かったかどうか……わかりません。ルッツのことしか頭になくて、得点もしっかり見ていないんです」
 そんなに落ち込むことなど、ないのに! と、本当に大きな声で言いたい。この緊張感のなかでこれだけの演技ができたこと。ルッツの失敗をこんなに引きずりながら、体はきっちり身につけた動きをこなし、表情には一点の曇りもなかったことに、むしろ驚いた。質問に答える泣きそうな表情、振り絞るような悔しさとは対照的に、見ているこちらはほんとうに、失敗したからこそ中野友加里の真価が見られたことが、うれしかった。
「今日のことは忘れて……フリーでは、まずは自分の演技に集中してがんばります」

 村主章枝と中野友加里。26歳と22歳。日本の女子シングル黄金時代を築いてきたふたりが今日、おそらく世界選手権への3枚目の切符をかけて、争う。ほんとうに、今年ほど世界選手権の切符が4枚あればいいのに、と思ったことはない。
 きっとどちらも一歩も引かない。お互いの積み上げてきたもの、お互いの信じるスケートを、思い切りぶつけてくれるだろう。「技術的には二人ともが高いものを持っている。『世界選手権に行きたい!』その気持ちが大きい方が、勝てるのでしょう」(伊藤秀仁強化部長)
 ふたりともに、体調もメンタルも最高のコンディションでフリーを迎えてくれること祈るしかない。そしてすべてが終わった後、ふたりともが悔やむことなく結果を受け入れられる戦いであることを、祈るしかない。
 

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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全日本選手権女子SP終了 村主章枝3位、中野友加里4位 (1)

Img_7107s  浅田真央、安藤美姫がそろい踏みした第2グループも熱かった。しかし、第5グループの村主章枝、中野友加里の戦いも、実に見ごたえのある一戦だった。日本の全日本選手権は、いつからこんなに贅沢な試合になってしまったのだろうか。

 彼女ががんばると、全日本選手権はこんなに熱い! 久しぶりの村主章枝会心の演技に、大きな拍手を送りたくなるショートプログラムだった。
 まず「これは練習してきたな!」と思わせる切れ味鋭い動きから、「テイク・ファイブ」は始まった。ピンク色の新しい衣装も、しっかりくくったポニーテールにも、気合いのほどがうかがえる。
 もともと村主章枝といえばトウジャンプの高さがトレードマークだったが、今日のポーンと跳ね上がるフリップの気持ちよさは、10代の頃の村主章枝を彷彿とさせる爽快感だ。もちろん、高さもスピードも、若きジャンパーだったころほどの勢いはなかったかもしれない。でも、ジャンプに挑む助走時の、真剣なまなざし、着氷した時のきりっとした笑顔! なんとなく跳んでも高いジャンプになっていたころには感じなかった、年齢を重ねた選手のジャンプに対する真摯さが、村主章枝の跳躍をほんとうに気持ちのこもったものにさせていた。
 多くのベテラン選手が新採点システム対策に苦しみながら引退をしていったが、村主章枝の挑戦はまだまだ続いている。上下動を大きく取り入れたストレートラインステップなどにも果敢に挑み、観客からの大きな手拍子も、レベル3の判定も、両方を手に入れた。
 演技後には、村主章枝が「ほんとうにうれしかったです!」というスタンディングオベーションがお客さんから送られ、村主章枝は満面の笑顔を客席に返す。
 バックステージで記者に囲まれながらも、ほんとうに久しぶりにニコニコとうれしそうだった村主章枝。演技直後の声を聞いてみよう。

――久しぶりのいい演技にお客さんも大喜び。立ち上がっている方もたくさんいました。
章枝 ほんとうに、この年末の忙しい中、たくさんの方が応援に来てくださって。今シーズンはなかなか成績の出ていない私にも大きな声を出していただいて、うれしかったです。今回は久しぶりにロシアから帰国したんですが、余計に日本のファンの方たちのありがたみを感じています。自分のお金でチケットを買って見に来てくださって、失敗しても文句も言わずに応援を続けてくれる。感謝の気持ちでいっぱいです。

――お客さんの声援もありましたが、やはり「全日本に強い」村主章枝でしたね。
章枝 そんなことないですよ(笑)。去年のこともあるし、「全日本に強い」は、ないです。ただ長く出続けていると、いろいろな全日本選手権があるというだけ。

――昨年行けなかった世界選手権への思いは、強かった?
章枝 もちろんありましたが、先生から技術的な注意事項を何点かいただいていて、朝もその点を最終チェックしていたんです。それさえクリアすればできるんだ、やらねばならぬ! って気持ちの方が、今日は大きかったですね。

――スピード感もあり、非常にいいSPでした。
章枝 でも振付の先生、アナスターシャから見たら、50%くらいって言うと思いますよ! 滑りながら彼女の顔が思い浮かんじゃったけれど、「ロシアでは放送されないからいいや!」って(笑)。アナスターシャの指導はほんとうに勉強になるんですが、実は先生、私の妹と同い年なんです。

――明日のフリーも楽しみですが、どんな演技を見せてくれますか。
章枝 タンゴっぽい振付けをきちんと見せたいということ。それから今シーズンのテーマは「心」なので、今日は出来が良かったけれど、また初心に戻って。大切にしている「心」を表現できれば、と思います。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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女子フィギュアスケートチームジャパン オフィシャルファンブック2007 3/19発売!

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大変長らくお待たせいたしました。
日本を代表する女子シングルスケーター10人のインタビュー&フォトブック
『女子フィギュアスケートチームジャパン オフィシャルファンブック2007』
3/19より世界選手権会場(東京体育館)にて発売です。
2007年版は世界選手権代表の3選手をはじめ、
シニア・ジュニアの10選手が登場。
それぞれのスケートへの思いをじっくり語ります。


『女子フィギュアスケートチームジャパン 
オフィシャルファンブック2007』 

3月19日発売
定価:1500円(税別)
サイズ:A5版
オールカラー80P

浅田真央 「真央の演技を見た人が、ハッピーになってくれればいいな!」
安藤美姫 「『ジャンプの美姫』って呼ばれたほうが、私らしい」
中野友加里 「いいシーズンにしたい。去年よりも、もっといいシーズンに」
村主章枝 「誰もやらないこと、できないことへの挑戦が好き」
恩田美栄 「スケートの楽しさと苦しさを、このリンクの上に」
澤田亜紀 「『こんな亜紀ちゃん初めてみた!』って言われたい」
浅田舞  「スケートの才能は、みんなが持っている。トップに行けるのは、その中で努力をした人」
太田由希奈 「やっぱり試合が好き。試合の緊張感のなかで、私は上手くなる」
武田奈也 「笑顔の理由? だって、楽しいんだもん!」
北村明子 「あきらめるのは簡単なこと。やめないこと、続けることの方が、ずっと辛いこと」

*世界選手権会場では、ダイエックス出版ブース、フィギュアスケート用品専門店アイススペースにて販売。
アイススペースのウェブサイトでも通信販売開始予定です。

その他の入手方法も追ってお知らせいたします!


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女子シングルSP終了 村主章枝12位 「ボレロ」の行く先 

Sugurispco
 村主章枝の、「ほんとうのボレロ」を私たちは知っている。
 きっとこのプログラムは、こんなものではない。もっと完成された姿、彼女が思い描くほんとうのボレロの姿は、あるはずだ。そんなことを、今シーズンの試合ではいつも感じてきた。
 それが思い込みでないことがわかったのは、全日本選手権の後、メダリストオンアイスの舞台だ。ショーアップされた空間で、フルオーケストラをバックに、大観衆を前に彼女が滑った「ボレロ」。彼女の動きと音楽は恐ろしいほどシンクロし、その壮絶なパワーにただただ圧倒させられるしかなかった。美しいとか、感動的だとか、そういうものではなく、人の体がスケートを滑ることで生まれる、パワーの凄まじさ。「ボレロ」で彼女が見せたかったものは、これなのだ。バレエでもダンスでもない、最上級のスケートがこの音楽と共にあるときに見せられる、最上級のもの。
 やっぱりほんとうのボレロはあった! 今度はこれを、試合で見たい! 多くの人が、そんなことを感じながら、大きな拍手を村主章枝に贈った。
 
 そのための舞台が東京世界選手権でないのは残念だけれど、四大陸選手権の開かれるコロラドスプリングスもまた、村主章枝にとって思い出の場所だ。03年、グランプリファイナル優勝という大きなタイトルを手にしたリンクが、このワールドアリーナ。ここならば、きっと……。
 でも今日のボレロを見て、アイスショーと試合で同じ演技をすることが、どんなに難しいかを知った。普段ならばまず失敗しない、得意のルッツとフリップで転倒。そのことにも驚いたが、ジャンプのミス以上に、彼女の演技そのものに、しなやかさや艶やかさががないことに驚く。
 スポットライトの下では少しも無駄のなかった上体の動きには、ギクシャクしたところがどうしても残っている。最後の見せ場であるステップにも、あの勢いがない。
 アジア大会からの連戦で、高地という条件下で。でもどんなに疲れていても、これがアイスショーでのボレロだったら、もっと彼女は生き生きと滑ったはずだ。ジャンプを跳べなかったとしても、滑りや演技までこんなに輝きを失うことはなかっただろう。
 世界選手権代表を逃した苦しみ。ここでワールド出場メンバーを相手に、一定の成果をあげなければ、というプレッシャー。村主章枝本人は口にしないが、そんな心の重みが、彼女のボレロを曇り空のような重いベールで覆ってしまった。
「体調面ほか、いろいろなことが噛み合っていませんでした。今日の結果は、仕方がなかったと思います。もう一晩冷静に良く考えて、フリーに向かいたいです」

 搾り出すような言葉、消えてしまった笑顔。
 ほんとうは、ここから彼女を解放してあげたい、と思う。もうこんな重圧ばかりの競技生活に縛られなくても、いいのかもしれない。もっと輝ける場所が他にあるならば、そこで大好きなスケートを存分に滑らせてあげたい、と。
 でもそれは、村主章枝自身が決めることだ。
 私たちは、彼女の行く先を見つめるしかない。
 ひょっとしたら競技のこの苦しみがあるからこそ、ショーでのあのボレロはあるのかもしれない。いや、やはりもっと本当の、究極のボレロの姿は、この苦境を乗り越えた先、コンペティションの氷の上で見られるのかもしれない。
 どの道を選べば、最も彼女らしいスケートを人々に見せられるのか。
 本当のボレロを見せるためには、どうすればいいのか。村主章枝はいま、必死に考えているはずだ。


写真/Leah Adams   文/Hirono Aoshima


*村主章枝選手のインタビューは、3月発売予定の「日本女子フィギュアスケートオフィシャルファンブック」に掲載予定です


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女子シングルSP終了 村主章枝5位 本当のボレロへ

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 女子シングルショートプログラム。村主章枝のミスには理由があった。ホテルから試合会場に向かうオフィシャルバスがサンクトペテルブルクの交通渋滞にまきこまれ、30分程度の道のりに、2時間もかかってしまったのだ。このバスに乗っていた女子選手は、村主章枝、サラ・マイヤー、ジュリア・セベスチェンの3人。彼女たちが到着したのは女子の試合開始15分前、当然アップに時間をとる余裕などない。
「しょうがないですよね。アクシデントばっかりは、どんなにがんばっても起きてしまう。仕方ない……」
「どんなにがんばっても」。不断の努力を続けるこの人らしい言葉に、話を聞く記者たちは苦笑いするしかない。

 滑走前、いつになく厳しい顔をしていたのは、このアクシデントのせいなのだろう。普段以上の硬い表情に、「おかしいな? 大丈夫かな?」とこちらの方が一瞬緊張してしまうほど。
 が、3ルッツ-2トウのコンビネーションは難なく成功。スピードも、いつになく速い。新採点システムが始まり、密度の濃いプログラムを彼女が滑るようになってからはそれほど感じなかったが、やはり村主章枝のスケーティングスピードは、ぐい、と視線を引き付けてしまう強さがある。続く3フリップも成功。これはいける、と思った瞬間……起きたのはダブルアクセルがシングルになる、信じられないようなミスだ。
 でも、さらに残念なのはここから先の演技だった。これまでの村主章枝だったら、SPでひとつのジャンプミスをしても、そんなものは無かったかのようにプログラムの世界を演じきる。SPで失敗、残念という気持ちがこちらに沸かないほど、作品として完成させたものを見せてくれていた。
 でもこの日の「ボレロ」は、ダブルアクセルのミス後に崩れてしまった。ストレートラインステップでは体中に神経が行き届かず、手先は泳いでしまっている。拍手をもらえるはずの得意のスピンコンビネーションでも精彩を欠く。最後のパートではなんとか気持ちを取り戻したか、ボレロらしい大きな盛り上がりに、ロシアのお客さんも喝采を送るが……。
「やはりコンディションが整わなかったので、出力を最後まで保つのが難しかった。でもこんな時にも対処できるだけの強さがあれば問題なかったのに……。アクシデントに対する経験が私になかったのも失敗の原因です。今日のことはいい経験になったと思います」
 最後は、やはり自分に原因を求める、彼女らしいコメント。
 しかし今シーズン、満を持して取り組んでいる「ボレロ」。残念ながら村主章枝はまだ、私たちに完璧なボレロを見せていないようだ。スケートカナダでは表情が今日以上に硬く、NHK杯でも、
「日本のお客さんの前。いい演技をしなければ、と責任を感じて、どうしても緊張してしまう。もう少し外にパワーが届くスケートができなければ」と本人が言うとおり、本来このプログラムにこもるはずの気迫が出し切れていなかった。
 ひょっとしたらこれが「ボレロ」の難しさかもしれない。トービル&ディーンがオール6.0満点の伝説の演技を見せて以来、スケーターにとっては一種聖域になってしまった音楽。そんなことを気にせずにトライする若い世代も出てきてはいるが、「スケートおたく」の村主章枝のことだ。この曲の重みは十分承知しているだろう。
「ボレロだからすばらしいものを見せたい」「ボレロだからこそ違うものを見せなければ」
 そんな意識に村主章枝は支配されているようにも見える。
 もっと……ボレロを楽しめたらいいのにな、と思う。バスの遅延トラブルさえも「アクシデントへの経験不足」といいきってしまう生まじめさ、伝説の音楽への大きすぎる思い。そんなものは少しずつでも脱ぎ捨てて、スケートを楽しみきったとき……村主章枝のボレロは、爆発するような力を持っているはずだ。
 全日本選手権、続く国際大会で。村主章枝の本当のボレロを楽しみに待ちたい。

写真/Tsuyoshi Kishimoto(PHOTO KISHIMOTO) 文/Hirono Aoshima 


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プリンスアイスワールド2006レポート(2) 村主章枝、新エキシビションナンバーは「カルメン」

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 第一部の最後に登場した村主章枝が見せてくれたのは、今シーズンの新エキシビションナンバーだ。
 リンクの端に現れた彼女は、自分の分身のような華奢なシルエットの椅子にかるく腰掛けている。手には黒い扇子、胸には赤い薔薇……。アルベルト・アロンソ振付のバレエ「カルメン」をちょっと思わせる雰囲気のなか、流れた曲はやはり「カルメン」。 
 しかもカルメンが酒場で仲間たちと歌い踊る激しいナンバー、「ジプシーの歌」がメインの構成だ。村主章枝は2シーズン前にも「カルメン」をフリープログラムに使っているが、あの黒いパンツルックのカルメンとは、また違ったものを見せてくれている。
 まず、上半身は肩をあらわにし、下半身はスカートをつけず、スケート靴まで覆った真っ黒なタイツ姿という刺激的ないでたち。これもやはりアロンソのバレエを髣髴とさせる。そして赤い薔薇をアリーナ席のお客さんにそっと手渡すという演出も。受け取った男性はたちまちホセになってしまいそうな、大人のカルメンだ。

 1年前の村主章枝のカルメンは、もっとストイックな女性だったような気がする。
「今日は明日の本番に備えて、心の準備とスケートの最終確認をしました。トリノ五輪が終わって、私たちは新たなスタート。プリンスアイスワールドも新たな楽しみを提供して行くと思います。どうか皆さんも楽しんでください」
 そんなまじめな彼女がカルメンを演じると、こうなるのか、という漆黒のカルメン。気が強くて、頑固で、真っ直ぐすぎて、不器用で。でも、その強さがたまらなく魅力的で――。そんな村主章枝自身が、カルメンの強さや真っ直ぐさと、見事にシンクロしていた。衣装に一切赤を使わず、スカートをなびかせることのないその姿は、およそカルメンらしくなかったけれど、そんなことはちっとも関係ない。村主章枝が演じる、村主章枝のカルメンが、プレ五輪シーズン、新横浜やモスクワのリンクにはいた。

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 しかし今回披露した新エキシビションナンバーは、道具立てといい、衣装といい、1年前よりもずっと華やかな、カルメンらしいカルメンだ。そして「踊りはそんなに得意じゃないんです」という彼女が、ダンスナンバーともいえる「ジプシーの歌」にのって、1年前よりもずっと激しく舞い、踊る。
「薔薇を使ったり扇子を使ったり……すごく難しいエキシビションナンバーだな、と思います。でも長い時間をかけて習得できればいいかな」
 そう彼女自身も言うように、いつもはシーズン前でも完成度の高いプログラムを見せてくれる村主章枝にしては、動きにたどたどしさを感じることが、まだ多かった。ほんとうにまだできたばかりのプログラムだろうし、世界選手権後には精力的にオフリンクでの活動をこなしてきた彼女は、練習時間も充分には取れなかったのかもしれない。
 でも、やっと体が動き出したように見えた後半のステップ。あまりに楽しげに「ジプシーの歌」にのる姿は、やはり1年前とは違うカルメンがそこにいる、そんなわくわくした気持ちでいっぱいにさせてくれた。

 1年前、村主章枝はカルメンを自分自身に引き寄せて演じていたのだろう。強いけれど、少し影があって、運命と戦う悲壮感もあって。カルメンと自分が重なる部分を見つけて、そこを思う存分演じて見せた。
 でも今年のカルメンは、本来の村主章枝にはないカルメンを演じようとしているのではないだろうか。大人びていて、艶やかで、ダンサブルで、時につきぬけるように明るく、エネルギーに満ちている。
 自分自身に近いものを演じるよりも、自分にないものを演じるほうが、きっとずっと難しい。
 でも、そんな一歩進んだチャレンジも堂々とできる――2度のオリンピックを経た村主章枝はそんなスケーターになったのかもしれない。(青嶋)

写真/浅倉恵子


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村主章枝ショートプログラム2位  総合2位 

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 24日のショートプログラム。
 私たちは、こんな村主章枝を見たかったのではないだろうか?
 フラメンコギターの旋律にのった「トカ・オリージャ」は、今の村主章枝をもっとも魅力的に見せてくれるプログラムだ。野辺山のエキシビションで初めて披露したときから、人々は村主章枝の吸引力、パワフルな感情表現に興奮した。見に来たお客さんたちだけでなく、日本チームの後輩たちまで、村主章枝の存在感に圧倒されていた。シーズン前からあそこまで滑り込めていたプログラム、いったいどこまで行ってしまうのか? 楽しみにしていた「トカ・オリージャ」のその完成形を、ついに村主章枝は、カルガリーで見せてくれたような気がしる。
 プログラム冒頭、彼女がふっと振り向いた瞬間から「入ってる!」。「技術にとらわれて感情をのせられなかった」といった予選とはまるきり、動きの切れが違う。スーッと滑り出した瞬間もまた、ぞくぞくした。力強くてそれでいて、どこまでも伸びやかなスケーティング。
 トリプル-ダブルをきれいに決めた後は、強い気持ちを持って何かを求める人のように氷上をさまよう。美しいスパイラルはぐんぐん伸びていき、あっという間にリンクの向こうまで行ってしまう。
 ダブルアクセルを決めた後のきっとした表情は恐ろしいくらいの強さだ。強くて、怖くて、その迫力を持ったまま回る、お手本のように正確なスピン。
 実は、ノーミスの演技ではなかった。得意のはずのフリップがオーバーターン。3つしかジャンプのないショートプログラムで、このミスは小さくない。フリップさえいつもどおりに跳んでいたら……そんな声があちこちから聞こえてきた。
 でも、プログラムそのものを堪能しようとするとき、ジャンプミスはほとんど気にならなかった。一瞬のミスなど消しとんでしまうほど、誰も真似の出来ない凄みがこの日の「トカ・オリージャ」にはあった。

 しかし「村主章枝はこんなにすごかったのか!」と、ドキドキしながら彼女の話を聞きに駆けつけると……。
「ジャンプミスはもったいなかったです。でもそれを抜きにしても、本来あるべき7割の出来。課題はまだまだ多いな、と感じます」
 また、この人は! 
 彼女は一度だって「今日の出来は100点です」などと言ったことがない。こちらがどんなに興奮して待ち構えていても、いつも難しそうな顔をしている。
「この出来でも得点には反映されたから、良かった部分も多少はあったのかな? でも、ほんとにまだまだ。競技としては良かったのかもしれないけれど、お客さんに見せるものとしては、まだまだです」
 私が感じたことと、まったく逆のことを言う。競技としてはあのジャンプのステップアウトで完璧ではなかったかもしれない。けれど、パフォーマンスとしてはほとんど完璧だったと思ったのに。
 まだまだ高いところに、まだまだ遠いところに、村主章枝のめざすものはある。
 この人はひょっとしたら、オリンピックで表彰台に乗っていたとしても……。
 あと4年、続ける決意をしていたかもしれない。(青嶋)

写真/森田正美


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女子シングル予選 村主章枝A組1位  新しい4年の始まり

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 細い細いシルエット、伸びのあるストローク、緊張して、目をしばしばさせながらはずす手袋。
 滑り出す前、どこを見てもいつも通りの村主章枝が、サドルドームにいた。
 でも、なにかが違う。
 見ているこちらの勝手な気持ちだろうか?
 3年ぶりの世界選手権表彰台、それも一番高いところに手が届きそうな試合だということが、彼女を見つめる者の気持ちを、どうしても緊張させてしまうのだろうか。
 でもそれは、きっと彼女自身も感じていること。村主章枝にとってこの大会は、オリンピックシーズンの締めくくりというよりも、新しく始まるこれからの四年の、スタート地点となる試合。そのスタートを、やはりきれいなメダルで飾りたい。村主章枝の時代はこれからだということを、カルガリーから世界に知らしめたい。そんな思いは、彼女を取り巻く人々も彼女自身も、きっと同じ。
 だからこんなに、私たちもいつも以上に緊張した気持ちで、彼女を見つめてしまうのだ。これは、「初出場なんだから、もっと気楽に頑張ろう!」そんな思いで見つめた織田信成や中野友加里の滑走の時には、感じなかった気持ちだ。

 ジャンプミスは苦手のサルコウがシングルになっただけだった。海外選手に比べるとひときわ小さな彼女だが、世界のフミエ・スグリとして堂々と舞った。鮮烈なピアノの音も、折り重なるオーケストラの響きも大切に拾って、柔らかな彼女独特の動きでプログラムを彩った。
 予選A組は1位通過。点数的にも文句のない出来だ。でも……。
「ミスはひとつだけで、最低限必要なことはできた。ただ、もうちょっと勢いが欲しかったと思います。スケートで人を惹きつけるには、もっとスピードとパワーがなければ」(佐藤信夫コーチ)
 確かにこの日の彼女の演技は「無難にこなした」という感じがどうしてもあった。見ている方も緊張したまま、その緊張が興奮や快感に変わることなく、4分は終わってしまった。
「まあまあいいところもあったし、悪いところもいっぱいあったかな……。まずますの出だしだと思います」
 とは、村主章枝自身のコメント。
「オリンピックのあとに十分な練習を積むことができなくて。なんとかここまでやってきたけれど、どうしても練習不足のせいで、技術に気を使うほうに意識が行ってしまった。それで、感情を目いっぱいプログラムに入れることが出来なかったんだと思います」
 しかし、練習が足りなかったという彼女に対して、佐藤信夫コーチは、
「オリンピックのあと、もう少し身体を休ませる期間があれば……。ここまでずっと休み無しで、結果的に体調も崩してしまった。このあたりが女子選手の難しいところです。男だったら休め! といえば素直に休む。でも休むことはとても勇気のいること。それを彼女に強要することはできませんでした。女の人は、難しい……」
 信夫先生、それは女子選手というよりも村主章枝の難しさでは??
 シーズン初めの股関節炎に続き、また「いっぱい練習しすぎ」「がんばりすぎ」が原因とは!

 ほんとうに、これから4年間、コンペティターの村主章枝が見られるのはうれしい。
 でも、彼女はこれから4年間、ずっとこの調子でがんばりすぎてしまうつもりだろうか? がんばりすぎて、考えすぎて、そのためにケガをしたり調子を崩したりして、ファンに眠れない日々を繰り返させるつもりだろう?
 ……でも、それもいい。それが彼女らしさで、コーチもファンもはらはらさせて、振り回してくれるのが村主章枝なのだから。彼女ががんばってがんばって、ファンは心配して、心配して。その果てにあるものが最高の結果、最高のパフォーマンスならば、喜びもきっと大きい。
 村主章枝はトリノで、4年間「がんばりすぎる」決意をした。
 ファンも4年間、そんな彼女を見守り続ける覚悟が必要だ。(青嶋)

写真/森田正美


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女子シングル終了 村主章枝――4年後へ

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 「ここはソルトレイクシティ五輪だろうか?」と一瞬混乱した。この日のために新調した薄いパープルと濃いパープルを組み合わせたコスチュームは、4年前の五輪で村主章枝が着用していたものに似ており、観客席から見ると同じように見えたのだ。ヘアスタイルもどこか似ている。

 しかし、一歩踏み出すと、4年前とスケートの伸びが違う。腕や脚のポジショニングに無駄がない。差し出す腕が、これまで何度も何度も考えられ体にしみ込ませた位置にすっと決まる。やはり2006年トリノ五輪の村主章枝だった。

 最初のルッツも高く、あまり得意ではないサルコウも決めた。そして、中盤には、初めて見せるドーナツスピンも! 新しい技に取り組み、それを25歳になって初めて試合で披露する……その難しさや怖さを、向上心や探究心といったもので乗り越えていく村主章枝。それこそ、この4年間の彼女を駆り立て、成長させ、ここまでのスケーターにしたものだろう。

ソルトレイクシティ五輪で5位に入賞した村主が、4年をかけて順位をひとつ上げたトリノ五輪。しかし、「順位ひとつ」では表現し切れない4年間がそこには詰め込まれている。すでに世界トップレベルだったスケーターが、4年間でこんなにも上達する姿を体現してくれた。

 村主は、4年後のバンクーバーも視野に入れて、今後もアマチュアスケーターを続けていくという。となると4年後の彼女は、いったいどんなスケーターになっているのだろう。

日本のスケート界を引っ張ってきたスケーターがこれからもアマチュアのリンクに残ることは、後輩スケーターたちにとっても、大きな刺激になることだろう。また、これからもがんばる村主章枝を見せてくれること、彼女が着実に自らのめざすスケーターに近づこうとする道程を見せてくれること、そしてなにより、4年後の村主章枝を想像することができることが、ただただ嬉しい。(長谷川)

写真/共同通信


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女子シングルショートプログラム終了 変化を遂げたふたり

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 1位コーエン、2位スルツカヤ、3位荒川静香、4位村主章枝。
 トリノ五輪フィギュアスケート最後の種目、女子シングル。ショートプログラムでは多くの人が予想したとおり、世界のトップスケーター4人が、上位にずらりと顔をそろえた。
 2度、3度のオリンピックを経験しているキャリアのあるトップ選手という点では共通しているこの4人。しかしコーエン、スルツカヤと荒川静香、村主章枝の間には、ひとつ見逃せない差異がある。
 それは、コーエンとスルツカヤが前回のオリンピックでもメダル候補として戦っていたのに対し、4年前の村主章枝、8年前の荒川静香は、それぞれ挑戦のオリンピックしか経験していないことだ。
 今日の彼女たちは、いずれ劣らぬ世界の4強。しかし村主章枝、荒川静香はこの4年で劇的な変化を遂げ、切磋琢磨の末に、ついに世界に追いついたふたりなのだ。

 村主章枝のじっくり4年間過ごしてきた日々は尊い。
 ルッツやフリップは元気いっぱいだけど、踊りは一生懸命こなすだけの「章枝ちゃん」が、ソルトレイクシティでは清清しい空気で人々を魅了する表現者の片鱗を見せた。「でも、このままでは足りない」、そんな気持ちで、たくさんのパフォーマンスアートを見て、様々な音楽ジャンルのプログラムにチャレンジして。4年間を大切に、技術も精神性も積み上げるようにして過ごした結果――今日の村主章枝は、4年前の彼女とはまるきり違う姿を見せてくれた。
 フラメンコというかつての彼女には想像できなかったジャンルの音楽にのり、豊かな表情はより複雑な感情や大きな思いを表現できる域に。ジャンプをすべて成功させて以降、後半の動きは、まるでショースケーターのように大胆で魅力的だった。
 ソルトレイクシティの頃の自分、特にエキシビションの演技などは、「今見るのは恥ずかしくて仕方がないです、あれは放送禁止!」などと笑っていた彼女だが、逆にソルトレイクシティの頃の村主章枝が今日の演技を見たとしたら、どんなに驚くだろうか。
 彼女が「新しい村主章枝」を常に探してきた4年間の成果を、私たちは今、堪能している。

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 荒川静香のいい意味で行き当たりばったりに過ごしてきた4年間もまた、激動の日々だった。
 時にはまわりの状況に流されるままに、コーチや練習地を変えた。でもそのたびに、何か新しいことを吸収して、どんどんどんどん大きくなっていく。接したコーチたちみんなが、荒川静香の才能にも人間性にも惚れ込み、持てるものすべてを彼女に授けようとしたためだ。まわりの人々の熱意に比べれば淡白だった彼女の闘争心や表現欲も、少しずつ火が付き、手にに取るように磨かれていった。
 そして今日、トリノの氷の上に立ったのは、長野五輪当時とは顔つきも気持ちも別人のような荒川静香。「彼女の持ち味」とさかんに言われるスパイラルも、ほんの数シーズン前には、すぐに足を下ろしてしまう苦手なエレメンツではなかったか。氷の世界に誘い込むような凛としたしぐさも、プロラムの最後に見せた歓喜の表情も、さんざん彼女に足りない部分として指摘されてきたものではなかったか。
 「新しい荒川静香」がどんどん出来上がっていくさまを見てきたこの4年間。トリノでその完成形を見られる喜びに、私たちは浸っている。

 日本の誇るふたりのフィギュアスケーター、村主章枝、荒川静香。
 日本中が彼女たちに大きな期待を寄せているが、彼女たちは、ずっと前から世界のトップに立っていたのではない。日本の女子フィギュアスケートも、ずっと前から最強チームだったわけではない。
 ほんとうに長い間の彼女たち、そして彼女たちを支える人々の努力がやっと花開いて、今、私たちは極上の試合を楽しむことができている。

 日の出の勢いで伸びてきた日本選手たちの強さを象徴するふたり。
 どんなに若手が育ってきても、最後に底力を見せてオリンピックの舞台に立ったふたり。
 日本が世界にとても太刀打ちできなかった時代から、ずっと第一線でがんばってきたふたり。
 村主章枝、荒川静香。日本の誇るスケーター、ふたり揃ってのオリンピック。
 彼女たちのひとつの集大成を、最後まで見守りたい。(青嶋)

写真/時事通信(上)、共同通信(下)
*村主章枝選手、荒川静香選手へのインタビューは『日本女子フィギュアスケートオフィシャル応援ブック』『little wings』などに掲載されています


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日本フィギュアスケート トリノ五輪&世界選手権応援ブック 1/18発売!

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目前に迫ったトリノ五輪、そしてその前後にも火花散る四大陸選手権、世界ジュニア、世界選手権……。
トリノオリンピック代表を中心に、各大会への派遣が決まった日本選手たちを応援するファンブックが、実業之日本社より発売されます。

今回は荒川静香、村主章枝、高橋大輔ら選手インタビューだけでなく、チームジャパンをサポートするトレーナー加藤修さん、フィギュアスケートを熱く描く漫画家・鈴木央さん、テクニカルスペシャリスト天野真さん、プロスケーター&コーチ田村岳斗さんなど、フィギュアスケートを支えるたくさんの人々の声も収録。
女子選手だけでなく男子シングル、アイスダンスの選手たち、そして期待のジュニアたちの戦いぶりにも迫ります。

今シーズン、フィギュアスケートの魅力に捉えられた人は、もっとフィギュアスケートに親しめるように。
ずっと、フィギュアスケートを応援してきた方は、もっとフィギュアスケートを好きになるように。
そして、すべてのみなさんがオリンピックや世界選手権を何倍も楽しめるように。
そんな願いを込めて編集された一冊です。

1/18全国書店にて一斉発売、各ネット書店でも購入できます。


日本フィギュアスケート トリノ五輪&世界選手権応援ブック
実業之日本社・編

A4判 96ページ
2006年01月18日 発売予定
定価 1000円 (税込)
ISBN 4-408-02941-6


主なインタビュー・レポート掲載選手
荒川静香/村主章枝/安藤美姫/高橋大輔/渡辺心&木戸章之組
織田信成/中野友加里/中庭健介/浅田真央

その他の主なコンテンツ
試合レポート 全日本ジュニア選手権/NHK杯/グランプリファイナル/全日本選手権
フィギュアスケート コスチュームを競う
佐藤有香さんに聞く 2006トリノ五輪の見どころ
17のキーワードで知る フィギュアスケート観戦通への道
城田憲子日本スケート連盟フィギュア強化部長インタビュー


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全日本選手権女子シングルフリープログラム 選ばれた3人(2)村主章枝

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 その演技の向こうに、彼女の歴史が見えてくる。そんな叙情的なスケーター村主章枝。彼女はこの日また、その歴史に1行を追加した。

 荒川静香のときとは対照的に、前の滑走者の得点が意外なほど早く出される。名前をコールされてから佐藤信夫コーチのことばにうなずき、両手を組んで祈ったあとにリンクに登場した。村主の滑走より前の、荒川静香、浅田真央、恩田美栄は、それぞれほぼノーミスの、シーズン中盤の大会とは思えない演技を見せている。その演技を村主章枝は見ていないだろう。だが、観客の反応や会場の空気、控え室の様子などから、うっすらと感じてはいただろう。

 正確なルッツ、トウループ、フリップはもちろんのこと、エレメンツ以外でも、風をはらんだスカートが勢いよくはためくほどに、スピード感ある演技。そして、得意ではない3回転サルコウも、クリーンに着氷した。春の日差しが差し込むように透明な音楽に切り替わると、6分練習で苦労していたダブルアクセルがやってくる。後ろ向きに滑っていき、上体を進行方向を振り返り、踏み切りのタイミングをはかる数秒。「もうこれが最後のジャンプ」と会場中が息を潜めてその瞬間を待った。そして踏み切ると、クリーンに着氷、そしてもうひとつ後ろに2回転トウループをつけた。が、空中姿勢が乱れる。息を飲む会場、しかし転倒することなく、次へ進んでいく村主。「なにがあっても転倒しない」。そんな強い思いがつかの間、見えた。

 ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」の、もっとも強く美しく、印象的な旋律が村主を招く。そしてリンクを横断するストレートラインステップ。会場中すべてが手拍子し、村主とともに一緒にステップを踏んでいるような数秒だった。ショートプログラムの時と同様、高速スピンの途中から、観客が立ち上がる。最後の音とともに、その思いを解き放つように腕を広げた村主を見届けると、会場が「うわー」と沸き立った。投げ込まれる花束やプレゼントであっというまにリンクが埋まっていく。

 得点を待つためにキス&クライに彼女が座ると、観客たちも一旦着席した。これもまた、次に起こる出来事の伏線になる。「フリースケーティングの得点126.66、総合得点193.96」のアナウンスが流れると、会場が再びヒートアップ。観客がまた立ち上がり、祝福の拍手を送ったのだ。

 プログラム冒頭、以前なら両手の指でハート型をつくり、今からみせる自らの演技に込める思いを、ジャッジに、観客に押し出していた。しかし、その振付けはこの日の演技にはなかった。が、観客にはたしかに届いた。彼女が経てきたもの8シーズン前、切望していた長野オリンピックに出場できなかったこと、4シーズン前、故障を抱えながらソルトレイクシティオリンピックの出場権を獲得したこと、02、03年世界選手権での連続銅メダル、03年グランプリファイナルでの優勝、その3カ月後の世界選手権では予選同率15位から7位まで追い上げたこと、翌シーズン、グランプリファイナルに出場できなかったこと、今シーズンのスケートカナダ、NHK杯、数々の故障、そしてそれを乗り越えてきたこと。それらの、現時点での結果である193.96点。トリプルアクセルや3回転+3回転を跳ばずともこれだけの得点を出す彼女に、祝福の長くあたたかい拍手は、なかなか鳴りやまなかった。「全日本選手権優勝」、この1行が、彼女の歴史に新たに加わった。

(text/guest writer 長谷川仁美)

Photo by M.Morita


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佐藤信夫 佐藤久美子著『君なら翔べる!』発売中

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村主章枝、中野友加里、小塚崇彦らを指導する佐藤信夫コーチにとって、今年の全日本選手権は通算50回目の記念すべき大会となります。選手として11年(うち10回優勝)、続いて一年も間を空けずにコーチとして39年(一年目の教え子は大川久美子)。連続50シーズン皆勤賞!
 そんな日本の誇るグレートコーチ佐藤信夫氏、そして妻でありコーチとしてもパートナーである佐藤久美子氏の著作、『君なら翔べる!』(双葉社刊)が好評発売中です。
 信夫コーチの語る村主章枝キス&クライ秘話、久美子コーチの語る荒川静香プログラム作りのエピソード、そして二人が語る中野友加里急成長の秘密……。
 現役選手たちとのエピソードはもちろん、この本では両氏が駆け抜けてきたフィギュアスケート黎明期の苦労話や初めて物語もたくさん収録しています。
 8ミリもビデオもない時代、海外の選手たちのスケート映像を見るために、当時の選手たちがしたこととは?
 日本にザンボニー(整氷車)のない時代、海外遠征に行った佐藤信夫に起きた劇的な変化とは?
 佐藤信夫にアメリカフィギュアスケートの真髄を教えた謎の外国人とは? 

 全日本選手権をふたりで合計12回制し、それそれ二度のオリンピックを経験したトップスケーターとして。佐野稔、佐藤有香、村主章枝ら世界選手権メダリストを育てたコーチとして。氷の上で過ごしてきた半世紀をおふたりが様々な角度から語っています。
 1.選手時代、2.コーチ時代初期から佐藤有香の世界選手権優勝まで、3.その後の10年と現在のこと。3つの時代を信夫コーチ、久美子コーチが交互に語り、最後には爆笑夫婦対談も!

 選手たちのファン、信夫コーチのファンの皆さんのみならず、フィギュアスケートを愛する全ての皆さんに、そしてフィギュアスケートを好きになりかけているたくさんの皆さんにぜひ読んでいただきたい本になりました。
 全日本選手権、メダリストオンアイス会場でも発売中です。

『君なら翔べる!
~世界を魅了するトップスケーターたちの素顔 』

佐藤 信夫・佐藤 久美子著

双葉社刊
B6判 / 254ページ
1680円
ISBN : 4-575-29864-6

*佐藤信夫コーチページと対談をライター青嶋が、佐藤久美子コーチページをライター白石和己がインタビュー・構成しました。
*写真家板東寛司さんとライター青嶋の本『逢いたくなっちゃだめ』も発売になりました。


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村主章枝・荒川静香――揃い咲く二輪の花

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村主章枝と荒川静香は、このオフシーズン、ちょっとがんばりすぎてしまったのではないかな、と思う。
ともに出場すれば二度目となるオリンピックだが、メダルを狙える位置に立つ、トップスケーターという立場での挑戦は、ふたりともに初めてのことだ。
そしてジュニアのころから競ってきたふたりが、おそらく揃って出場するだろうオリンピックも、初めてのこと。
村主章枝も荒川静香も決して口にはしないが、お互いの存在を充分意識し、大きな励みにして、こんなに高いところまで上り詰めてきた。
また彼女たちだけでなく、多くのフィギュアスケートファンも、持ち味の違うふたりの日本を代表する舞姫があの場所で競うことを、何年も何年も待ち焦がれてきたのだ。

ふたりはオフシーズン、それぞれ高いモチベーションを維持しながら過ごしてきた。
村主章枝はコーチの佐藤信夫氏をして「彼女と同じ努力をすれば、誰もが世界チャンピオンになれるかもしれない。そのくらい彼女のスケートに臨む姿勢は、凄まじいものがあります」と言わしめるほど、たゆまぬ努力で今の自分を手に入れてきた。
小林宏一、織田信成など、彼女をすぐそばで見てきた日本の選手たちも言う。「章枝さんほどのことはできないかもしれない。でも、できるならば近づきたい」と。
そこまでの覚悟でスケートに迫る村主章枝の気迫が、今シーズンはさらに凄まじかったことを、野辺山サマーフェスティバルを見た人ならば知っているはずだ。
新しいショートプログラムを、ちょっとお試しで滑ってみます、そんな雰囲気の野辺山で、完璧に決めて見せたジャンプ。切なさも力強さも、これでもかと解き放った演技。荒川静香以外の日本のトップスケーターが勢ぞろいするなかで、「やはり村主!」と見せ付けた格の違い。それでもその日の演技に対し、「まだぜんぜんできてない……」とうそぶいた彼女に、いったいこの人は今シーズン、どこまで行くつもりだろう、と眼を見張ったものだ。

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一方荒川静香は、6月のドリームオンアイス以降、ファンの前に姿を現すことはなかった。
オフシーズンのほとんどをアメリカ・シムズベリーで過ごしていたため、彼女へのインタビューも国際電話を通してのもの。しかし遠い遠いところから聞こえてくる彼女の言葉に、「いま、私はいったい誰としゃべっているのだろう?」と不思議な気持ちになってしまった。まるで世界ジュニアを制した年の安藤美姫と話をしているような錯覚に陥るほど、荒川静香のモチベーションは高かった。彼女がこれほどストレートに、自らのスケートへのこだわりや意気込みを語ることは、かつてなかったのだ。
そしてその気持ちの充実がそのまま現れたような素晴らしい演技を、10月のジャパンインターナショナルチャレンジでは見せてくれた。
初お披露目だったフリー「幻想即興曲」は、高難度のスパイラル、ステップと見せ場満載のプログラム。このチャンピオンになるためのプログラムを、凛々しい表情で女王の貫禄たっぷりに見せ、リンクの空気を支配してしまった。
しかも観客たちを熱狂の渦に巻き込んでおきながら、フィニッシュしたあとの荒川静香が「ま、こんなものかな」とでも言いたげな表情を見せたことを忘れられない。喝采の大きさやスタンディングオベーションに、本人の方が驚いていたようにも見えたのだ。
ああ、この人にはもっと高いレベルで完成させるべき演技が、すでに見えている。そしてそれを、あと何ヵ月後には見ることができるのだ。そんなことを考えて、ぞくぞくしてしまった。

オフシーズン、またシーズン初旬にかなりのレベルまで調子を上げておきながら「まだまだ!」という気持ちも忘れていなかったふたり。
でもそんな強い思いがあるゆえに、気持ちもからだもちょっとだけ、無理をしてしまったようだ。
グランプリシリーズ、村主章枝はケガのためカナダ大会8位、荒川静香は気負いすぎて中国大会、フランス大会ともに3位。日本を代表するふたりがそろってファイナルに残れないという予想もしなかった事態になってしまった。

でもシーズン前半、すでにチャンピオンにふさわしい滑りを見せてくれた彼女たちが「きっと大丈夫」なことは、スケートファンみんなが知っている。「大丈夫ですよね?」そんな問いに、
「ええ、ふたりのことは、私は何も心配していませんよ」
長くふたりを見つめてきた佐藤久美子コーチも、静かに微笑んでくれた。

安藤美姫や浅田真央の活躍は、もちろん素晴らしい。
しかし、日本のフィギュアスケートが停滞期だったころから女子シングルを背負ってきたふたり。
それぞれが違う輝きを、しかしそれぞれに強い輝きを放つスケーターに、そろって成長したふたり。
今シーズン、村主章枝と荒川静香にこそ、長年培った努力と才能の結晶を見せて欲しい。

二輪の花が夢の舞台で初めてそろい咲く瞬間を、多くのスケートファンが待っている。

Photo by K.Asakura


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いよいよNHK杯! 公式練習フォトレポート(3)村主章枝 勝負曲はラフマニノフ

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村主章枝のフリーはラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」。
誰もが知っているメジャーなクラシック曲、そして静かに見せる部分もドラマチックに盛り上がる部分もあり、と、オリンピックで大観衆を沸かせるにはもってこいの選曲だ。これまでも伊藤みどりやサーシャ・コーエンなどが名演技を見せている、フィギュアスケートでは人気の高い楽曲。まさにオリンピックための「勝負曲」、といっていいプログラムだろう。
しかし、やはりこうした音楽を大切なシーズンに選ぼうという選手は他にもいた。男子シングルの日本代表候補、高橋大輔が、村主章枝とまったく同じ選曲をしてしまったのだ。高橋と音楽がかぶったことを彼女は「ものすごくショックだった」と話している。女子と男子、種目が違うのに、どうしてそこまで――? 
おそらく彼女は「ラフマニノフのPコンといえばトリノのフミエ」、そこまで言われるほどの演技を目指しているのではないだろうか。
「『ドン・キホーテ』と言えばインスブルックのジョン・カーリー」「『カルメン』と言えばカルガリーのヴィット」「『仮面の男』といえばソルトレイクのヤグディン」……。
オリンピックではメダルの色とは別に、人々の記憶からいつまでも消えない、印象深いパフォーマンスが生まれている。フィギュアスケートのプログラムを他のジャンルの芸術と比べても見劣りしないもの、「作品」としてとららえてきた村主章枝にとって、「ラフマニノフのPコンといえばトリノのフミエ」、そう語りつがれることは、おそらくゴールドメダルをとることよりも名誉なことにちがいない。そしてそんなパフォーマンスを見せようという彼女のいちばんのライバルは、表彰台を争う女子シングルの選手たちではなく、違う種目ながら同じオリンピックでラフマニノフのピアノ協奏曲を滑るかもしれない高橋大輔なのだ。
NHK杯にはその高橋大輔も登場する。「ラフマニノフのPコンといえば……」と後々語り草になるのは村主章枝か、高橋大輔か。そんな種目を越えた対決の行方にも注目してみたい。

振付けはカナダ在住のローリー・ニコル。かつてはミッシェル・クワン、現在は浅田真央の作品も手がけているが、村主章枝は最も付き合いの長いアマチュアスケーターのひとり。長年かけて培ったスケーターとコリオグラファーのパートナーシップ、その成果にも期待したい。
写真は30日の公式練習。

Photo by M.Morita

*村主章枝選手に関するこれまでの記事
2005プリンスアイスワールド横浜公演レポート(3)村主章枝 エキシビションナンバーの秘密!?
「お帰りなさい、章枝ちゃん」 ――第7回プリンスアイスフェスティバルレポート(1)
佐藤信夫コーチインタビュー〈3〉 村主章枝、無欲の挑戦


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日本女子フィギュアスケートオフィシャル応援ブック2006 9/29発売!

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荒川静香、村主章枝、安藤美姫をはじめ日本を代表する女子シングルのスケーター10人。彼女たちの一年を追いかけたオフィシャルフォト&インタビュー集が今年も実業之日本社より発売されます。

8年ぶりのオリンピックを前に、荒川静香がタラソワコーチからもらった言葉とは?
村主章枝の意識する「思わぬところから出現したライバル」とは?
安藤美姫が名古屋の後輩に教えたものとは?

sports@niftyの更新をさぼって東奔西走。
なんとか今年も全選手の独占インタビューを収録することができました。
写真もフィギュアスケートを愛してやまないカメラマンたちが、国体、インターハイからモスクワ世界選手権まで選手に密着。魅力的な演技写真もオフアイスの表情もたっぷり掲載しています。

価格も880円とさらにお手ごろ!
9/29全国書店にて一斉発売、10/1ジャパンインターナショナルチャレンジ会場でも販売予定です。


日本女子フィギュアスケート オフィシャル応援ブック2006
実業之日本社・編

A4判 96ページ
2005年09月29日 発売予定
定価 880円 (税込)
ISBN 4-408-02925-4

インタビュー&写真掲載選手
荒川静香/安藤美姫/村主章枝/恩田美栄/中野友加里/太田由希奈/浅田真央/浅田舞/澤田亜紀/北村明子


*10/3にはさらに「ぴあワンダーランドspecial オールアバウト・フィギュアスケート」も発売予定です。
こちらも後日詳細をお知らせいたします。


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2005プリンスアイスワールド横浜公演レポート(3)村主章枝 エキシビションナンバーの秘密!?

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 本当にスポットライトがよく似合う……。
 プリンスアイスワールドにゲスト出演すること、今年ですでに3シーズン目。
 チャンピオンズアイスなど海外のアイスショーにも誰よりも早く招聘され、競技者としてだけではなくエンターティナーとしてのスケートに、村主章枝は磨きをかけてきた。
 この日はおなじみになった昨年のエキシビションナンバー「アダージョ」と、プリンスアイスフェスティバルでも滑った新しいナンバー「キダム」を披露。ソルトレイクでも滑った「アルゼンチンよ泣かないで」、ボーカル入りの「パッフェルベルのカノン」、そして「浜辺の唄」など、いつも心に残るショーナンバーを見せてくれる彼女だが、五輪シーズンに持ってきたこのプログラムには、どんな思いが隠されているのだろうか?

――今日も今シーズンのエキシビションナンバー「キダム」を見せてもらいました。このプログラムの見どころは?
村主 今年は小道具を使うので……うまく扱えるようにして、みなさんにお見せしたいです。
――小道具、赤いボールですね。これを使うというアイディアはどこから?
村主 これはローリー(振付師のローリー・ニコル)と話し合って考えたアイディアなんですけど、道具は扱いがやっぱり難しくて……。演技の間のとり方も難しいし、ボールも壊れちゃったりして。
――壊れちゃう?
村主 そう、実はボールにちょっと細工がしてあるんです。今日の一回目の公演ではそれが壊れて、お客さんにプレゼントを投げられなかったんです。すごく悔しい!
――あ、今日はプリンスアイスファスティバルの時に投げてたちっちゃい物が出てこなかったですね。
村主 あれ、ボールが開く仕掛けになっていて、中から取り出すんですよ。でも今日の一回目はふたが開かなかったんです。
――おもしろい! そのぶんトラブルも……。
村主 多いですね。でも2回目はちゃんと投げます!(ちゃんと飛んでました)
――あのお客さんに投げてるちっちゃいのはボールですか?
村主 プリンスアイスフェスティバルのときは小さいボールだったんですけど、今回はガチャガチャのカプセル。中に携帯のストラップを入れて、拾ったみなさんにプレゼントしてるんです。みんな違うストラップでサインもしてあるので、ぜひ拾ってください。
――ガチャガチャのカプセルなら、これからのエキシビションでも何が入ってるのか……楽しみにしていいですか?
村主 はい。中身も毎回違うかもしれないので!
――では次の機会は6月のDream on Iceですね。このときは……。
村主 「キダム」、滑ります。今年は試合もたくさんありますが、みなさん、ぜひショーの方も見に来てください。

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 赤いボールを、あるときは守り抜くように抱き、あるときは触れるのも恐ろしいもののようにしりぞける。そしてついには赤いボールに真っ向から敵対する。いったい村主章枝にとってこのボールは何なのだろう? きっとこのプログラムには、彼女自身の心の奥底に通じる、ふしぎなストーリーが流れているに違いない。
 そしてプログラムを見る人それぞれのなかにも、物語は奔流のように流れ込んでくる。
 村主章枝の「キダム」、今シーズンいちばん大きな舞台のエキシビションで、ぜひ世界中の人々に見てもらいたいナンバーだ。

Photo by K.Asakura


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「お帰りなさい、章枝ちゃん」 ――第7回プリンスアイスフェスティバルレポート(1)

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 村主章枝、荒川静香、安藤美姫。世界選手権女子シングル代表3選手のホームリンク・新横浜プリンスホテルスケートセンターで、26日、小さなアイスショーがひっそりと開催された。
 このリンクのクラブでフィギュアスケートを習っているちびっこから、全日本選手権クラスの選手、そして大人まで、たくさんのフィギュアスケーターたちの発表会的なアイスショー「プリンスアイスフェスティバル」だ。
 入場者に解放されたのは観客席の片側半分だけだが、一日二回行われた公演はともに立ち見が出るほどの盛況。出演するスケーターたちの家族や友人たちにまじり、中野友加里、小林宏一、小塚崇彦ら、シニア・ジュニアの強化選手たちの今シーズン最後の滑りも見られるとあって、マニアックなフィギュアファンも大勢つめかけている。
 そんなファンたちにとって大きな大きなプレゼントがこの日はあった。出演予定者に名前のなかったはずの村主章枝が、急遽出演! プログラムの最後に演技を披露してくれるというのだ。これは取材を申し込んでいた私たちも、当日リンクに行くまで知らなかったこと。モスクワでの世界選手権、そしてサンクトペテルブルクでのショーを終えたばかりの彼女がどんな滑りを見せてくれるのか――わくわくしながら登場を待った。

 アイスショーはふだん新横浜で行われているプロスケーターのショー「プリンスアイスワールド」や全日本代表選手のエキシビション「ドリームオンアイス」「メダリストオンアイス」などとは違う、手作り感覚あふれる雰囲気。中野友加里や小林宏一などトップ選手たちのグループナンバーもあれば、まだジャンプも跳べない子どもたちがおそろいの衣装でかわいく滑るナンバー、さらに熟年世代が思い思いにゆったり滑るプログラムなどなど。リンクに所属するインストラクター、松村充や佐藤紀子らが振り付けを手がけたナンバーは、どれも純粋にスケートを滑る喜びにあふれたものばかり。普段は見られない様々な「フィギュアスケートを楽しむ形」を見せてもらった気がした。
「新横浜は私のホームリンクというだけでなく、スケートに打ち込むたくさんの人々にとって必要な場所。何とかなって欲しい」と世界選手権で語っていた村主章枝の言葉を思い出した。
 
 約2時間のアイスショーの最後に、いよいよ村主章枝が登場。
 披露したのは世界選手権のエキシビションでも滑った今シーズンのEXナンバー「アルビノーニのアダージョ」ではなく、初めて見せるまったく新しいプログラムだ。音楽はシルク・ド・ソレイユのアルバム「キダム」から「Seisouso」。白いラメの入ったトップスに黒のパンツ姿というシックな装いだが、手にしているのは彼女の魂を体から取り出したかのような鮮やかな赤いボール。
 物悲しい女性ボーカルで始まるプログラム前半は美しい滑りやスピンを堪能、途中、音楽がドラマチックなインストゥルメンタルになると、彼女の動きも一気に躍動的に。体から染み出る気品、そして内に秘めたパワー! そのどちらも持っている村主章枝の魅力を存分に見せてくれるナンバーだ。
 ボールを小道具に使って見せたペアのデススパイラルのような動きも美しく、どこからか取り出した小さなボールを観客に投げるサービスもエキシビションならではの楽しさ!
 モスクワで世界最高のスケーターたちの演技を見てきたばかりだというのに、「なんでこんないいもの隠していたの?」と驚かずにはいられない滑りだった。
 充分な滑り込みもされていて、作ったばかりのプログラムとはちょっと思えない。振付けはローリー・ニコルということだから、おそらく昨年、「『アダージョ』の他にもうひとつエキシビションナンバーを作っています」と語っていたプログラムがこれだろう。ひょっとしたら彼女はこのプログラムを、世界選手権でメダルを獲得した暁に滑りつもりだったのかもしれない。

 世界選手権で披露はできなかったけれど、これからトリノ五輪に向けてこのリンクで滑っていく、と決めた新横浜で、この素晴らしいエキシビションナンバーを初披露できたこと。ともにスケートをしていく仲間たちと同じ舞台で披露できたことは、彼女自身にとっていいシーズンの締めくくりであり、来シーズンに向けての本当にいいスタートになったのではないだろうか。
 ここ数年の不況により、日本ではたくさんのスケートリンクが閉鎖に追い込まれた。そして日本のフィギュアスケート界にとってなくてはならないはずの新横浜のリンクも、西武グループ経営改革の一環として、売却・撤退のリストにあがっている。
 このリンクをつぶしたくない、私たちのリンクを存続させたい。そんな無言の叫びも、このショーに出演したすべてのスケーターから感じられた。村主章枝自身もそんな思いを抱いて、このショーに急遽出演を決めたのかもしれない。こんなたくさんの子どもたちがスケートを楽しんでいる場所なんです。どうか無くならないで……と。

pink 村主章枝のプログラムの後、フィナーレで出演者たちは粋な演出を見せてくれた。
 まんなかに村主章枝、そのまわりに中野友加里、小林宏一、小塚崇彦、そして妹の村主千香……。新横浜プリンスクラブを代表する選手たちがそろって挨拶をしたあと、観客席の方に滑りよった全員が一度リンクフェンスの影にひそんだ。……と思ったら、いっせいに片手を挙げて跳びあがる! そう、村主章枝の今シーズンのショートプログラム「ピンクパンサー」の最後のポーズを、トップ選手たちがそろってやって見せたのだ。きっと彼女の出演が決まってから、みんなで決めた演出なのだろう。
 それはまるで新横浜の選手たちから村主章枝に向けての「おかえりなさい」の言葉のようにも見えた。モスクワ世界選手権から「お帰りなさい」、そして改めてホームリンクを新横浜に決めたことに対しての「お帰りなさい」。
 フィギュアスケートの未来を担うたくさんの選手たち、小さな子どもたちの真ん中でフィナーレのダンスを踊る村主章枝は、今シーズン見たどの表情よりも穏やかで幸せそうに見えた。

 ほんとうにお帰りなさい、章枝ちゃん。あなたのスケート人生の最後の最後まで、この場所があなたのホームリンクでありますように。

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*村主章枝選手から世界選手権特集プレゼントの公式プログラムにサインをいただきました
(荒川静香選手からもパンフレット、ポスター等にサインをいただきました)
* 5月3日~5月4日のプリンスアイスワールド(http://www.princehotels.co.jp/iceshow/)、また6月25日~6月26日のドリームオンアイスで村主章枝選手の新EXプログラムは見られるはず。必見です!
*他選手のプログラムレポートをも後日掲載します


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女子フリー終了、村主章枝共同インタビュー「スケートをしている時がいちばん幸せ」

fumie01――最終組では滑れませんでしたが、いい演技でしたね。
村主 昨日の失敗をそんなにひきずらずにでき、滑りという点ではまあまあだったと思います。お客さんにもなかなか喜んでいただけたみたいですし。ショート・フリー通して、スケートの滑りという点ではかなりいいものができたような気がします。

――昨日のショートから今日のフリーに向けて、どんなふうに立て直しを図りましたか?
村主 きのうも悪い演技ではなかったと思いますが技術的な失敗を一つしたので、その点を修正して今日の朝と6分練習でも確認して本番に臨みました。

――最後のスピンは盛り上がりましたね。あの時の気持ちは?
村主 お客さんの盛り上がりに応えたいという気持ちもありましたけど、スピンも技術的なポイントはあるので最後までその点をはずさないように気をつけて回ってました。

――世界選手権全体をを振り返ってみると?
村主 すごく難しい状況でした。これまでも大変だった試合は多いけれど、そのなかでも特に難しい部類だったかもしれない。でもとってもいい経験でしたし、引き出しを増やせました。今シーズンもいろんな意味で苦しみと忍耐の年でしたが、来年に次に向けての課題も探せたのでよかったと思います。

――今年新しいテイストのプログラムを滑ったことはいかがでしたか?
村主 新しい挑戦が出来てよかったと思います。大変だったし苦しかったけれど、来年に向けての準備としてはこれもいい経験でした。自分のカラーもある程度分かってきたし、来年必ず生かせると思う。人は何かを得るためにいろいろなことに出会うべくして出会っていると私は思います。「ピンクパンサー」や「カルメン」というプログラムはこのタイミングでやるべきものとしてめぐりあったのだと思うんです。

――これでトリノへ向けても気持ちを新たにできそうですか?
村主 はい。方向性は見えてきたと思います。やっぱりオリンピックイヤーだし、皆さんフィギュアスケートに期待していらっしゃる。それに応えられるように、喜んでいただけるように努力していかないと。

――ずっと取り組んでいる課題についてはどうですか?
村主 全日本あたりまでは自分の体のなかで確立させるのに時間がかかりましたが、最近はだいぶやるべきことが絞れて来ました。もう少しだと思うけれど……でも時間は少ししかないので。心・技・体すべて求められるので良く考えて取り組んでいきたいです。

――これから一年、オリンピックに向けてどんな取り組み方をしていきますか。
村主 プログラム表現という点ではまだまだ課題は多いな、と思います。来シーズンはじっくり曲選びをしたい。私は音楽を選ぶことをとても大事だと思っているので。悩みに悩んで、コーチや振付師、バレエの先生と相談して新しいプログラムは考えたいです。

――コーチの先生やトレーニング地は今後どうする予定ですか?
村主 オレグが悪い先生というわけではないのです(笑)。でも佐藤先生と相談していっしょにやっていくかどうか、これから考えたいです。ただ、リンクの状況が難しい……。そのあたりもいろいろ考慮して決めたいと思います。新横浜のリンクは私のホームリンクというだけでなく、これから続いてくる選手たちも練習する場所なので、何とかなって欲しいなと思うのですが……。

――試合が終わって今一番したいことは?
村主 このあとサンクトペテルブルクでロシアのショウがあるので、それに出演してから一度日本に帰る予定です。その後は早く次のプログラムを作りたいです! 私はやっぱりスケートをしているのが一番幸せなので。

Photo by M.Morita


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女子シングルショートプログラム終了(2)村主章枝--表現者の資質

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 彼女が滑り出した瞬間、日本から来たファンの男の子が「ガンバ!」と声をかけた。その声に応えるかのように、最初のステップの途中、かろやかにポーンと跳ねる。その姿がなんともはじけるようで、あ、この人は大丈夫だ、と思ってしまう。
 しかし得意としている最初のルッツでいきなり転倒……。そうか、村主は荒川と違って、緊張感を表に出さなかっただけなのだ。やはり重圧はそれぞれの身にのしかかり、一番得意なはずのジャンプさえ跳ばせてもらえない。
 しかし彼女は、失敗をその後の演技に引きずらなかった。残りのジャンプは完璧。華麗なポジションに凝ったスピンでは、紫色の手袋がまるでアクセサリーのようだ。最初の転倒が他の演技にまったく影響を与えていないのは立派!
 最後の「女スパイは撃たれちゃったけれど、実は・…・・生きてるのよ!」のマイムはいつにも増して可憐! ロシアのお客さんも大喝采だ。こちらも、ジャンプを失敗した演技のあとだというのに、思わず笑顔で拍手をしてしまった。佐藤信夫コーチからも大きな大きな拍手。
 転倒はあったが、村主章枝は観客を存分に楽しませてくれた。ジャンプをひとつ失敗してもそれができる心の余裕があった。ふだんから「滑るからにはお客さんを楽しませたい」と語っている彼女のエンターティナー精神が本領を発揮したのだ。
 荒川、安藤は転倒はしなかったが、演技に精彩を欠いた。村主は転倒をしたことで順位を下げはしたが、そのプログラムの持つ「観客を喜ばせる」使命はきちんと果たした。スポーツとしてはもちろん荒川、安藤が上だ。しかし今日のショートプログラムを試合ではなくエンターテイメントと捉えたら、間違いなくふたりよりも村主章枝のほうが上質のパフォーマンスを見せたといえるだろう。
 フィギュアがスポーツである以上、それは言っても仕方ないことだ。どんなにいい演技をしてもジャンプが決まらなければ上にはいけない競技なのだから。
 でも私たちは審判ではない。キスアンドクライで下を見ていた村主に、こんな言葉をかけることが許される。
「失敗しちゃったけど、あなたの演技はすごく楽しめたよ」

*ショートプログラム終了後の共同インタビューより
――ショートは10位という結果になりましたが、いかがでしょうか?
村主 失敗をしてしまったので、順位は当然の結果だと思います。でもジャンプ以外の細かいところは四大陸の時より良かったし、練習の成果がその部分では出たかな、と満足しています。
――ジャンプの失敗、やはり気負いがありましたか?
村主 気負いはなかったです。やることはやってきたうえでの失敗なので仕方がない。もうやりようがないです(笑)。また今回の失敗から学べたらいいな、と思います。
――でもジャンプの失敗もあとに引きずりませんでしたね。
村主 失敗ひとつで立て直せたのはやっぱり練習の成果が出せたな、と思います。
――最終グループはロシア選手への応援がすごかったですね。
村主 私にとってはアウェーですが、でも特に影響はないです。アウェーのわりには拍手をいただいてたし、楽しんでもらえたような気がします。明日はもう一回、気持ちを引き締めていきたいです。自分のやるべきことは何かを考えて……がんばりたいと思います。フリーではカルメンの情熱を伝えきれれば!


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村主章枝予選2位「でも出来は50点です」

SUGURI 滑走直前、6分練習の調子は決してよくはなかった。苦手なサルコウなどエッジジャンプだけでなく、いつもは弾けるように跳ぶトゥジャンプもなんどもパンクしている。
 リンクサイドで見つめる佐藤信夫コーチも心配げだ。

 これから元銅メダリスト村主章枝が滑るというのに、ロシアの観客の反応は静か。まだ予選ということもあり、自国選手の演技以外は無関心そうな観客が多いのだ。ひょっとしたら格別フィギュアスケートが好きではない観客も混じっているのかもしれない。よし、彼らを村主章枝のスケートでうならせてやれ、と思ってしまう。
 スタートのポーズはいつも通り、観客の心をここで一気に引き込むドラマチックなもの。
 パーカッションのリズムだけで滑る前半。無機質で感情を抑えた、しかし何かが起こることを感じさせる演技を見せた後、曲が「カルメン」の旋律に変わったと同時に、秘めていた哀しみや憂いが一気にほとばしる。黒いパンツの衣装に包まれた細い体が、楽器のように何か見えないものを奏でている。
 つくづくこのプログラムは新採点を研究した、というより新採点をうまく活かした作品だな、と思う。この大会、あまりにも「これはエレメンツのレベルを上げるためにしています」というような動きを、とってつけたようにこなす選手が多い。
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 しかし村主章枝+ローリー・ニコルの「カルメン」は、足をつかむスパイラルがそこに当然あるべきものとしてある。レベルの上がるスパイラルやスピンをあとから追加するのではなく、プログラムの中にしっくりはまるよう、最初から構成されているのだ。作品としてのプログラムが競技のルールに壊されてしまわないよう、逆に新採点に適応したエレメンツがプログラムの中でうまく浮き立つよう、きちんと考えられている。
 ルッツとサルコウがダブルになるなど、今日はジャンプの細かなミスが目立った。その影響か、プログラム全体に、少し大事に滑りすぎてしまったような印象もある。会場は村主の滑りに大騒ぎ、とはいかなかった。 しかし大きな声で応援した日本人観客の方に滑りよって手を振る姿には、彼女の精神的な余裕を感じた。
 プログラムに恵まれた。それを滑りきる力もある。村主章枝、フリーではさらにいいパフォーマンスが期待できそうだ。

予選終了後の共同インタビューより

――今日の出来は何点ぐらいですか?
村主 うーん、50点ぐらいかなあ。目標は順位などではないですから。まず滑りがすごく良くなかったです。見る人が見るととても危なっかしかったと思う。私自身も滑っていてけっこう怖いところがあったので……。滑りの悪さは、ショートでは直したいです。

――残りのショートとフリーに向けての課題は?
村主 一貫して課題は同じかな、という気がします。まず精神的な弱さ。私の弱さは、試合のような特別な場に置かれるとどうしても出てしまいます。その影響が今日も少しあった・・・・・・。でもそれよりも、ずっと掲げている技術面での課題、これができあがっていないのが、今回一番問題だったと思います。

――ずっと秘密にしている課題ですね。その課題達成は、来年の大きな舞台までに間に合いますか?
村主 間に合わせます!

――でも予選で出遅れた昨年の世界選手権に比べれば……。
村主 そうですね。去年はここにのぞんで来るまでの過程で、ほんとうに調子が悪くて。それを考えたら順調に来てるのかな。母とも「今年は今までやってきたことが出せるといいね」って話してました。それでも精神的な、いちばん悪い部分が試合になると出てしまうけれど・・・・・・。この課題は最後の最後までついてくるのかな?

――四大陸選手権の時は、その精神的な課題をクリアしての優勝だったのでは?
村主 あの時も同じでしたが、今日ほど大きくは表に出てこなかったですね。やっぱり克服するには、ひとつひとつ場を踏んで経験をつんでいくしかない。そういう意味では、今シーズン最初のころはミスが多い試合ばかりだったので、徐々に徐々に、よくなっていると思います。

――ショート以降は今日のことは忘れてのぞんでいく感じですか?
村主 いえ、経験は生かさないともったいないので、今日のことを忘れるということはないです。悪い結果はきちんと受け止めていかないと。失敗から学ぶことは大きいので生かしたいです。

――佐藤信夫コーチについてのぞんだ世界選手権ということで、いい影響はありますか?
村主 やっぱり佐藤先生と一緒だと落ち着いて滑ることができるので……。もう一度コーチを引き受けていただいてよかった。

――すごく体が細くなってるように見えますが、スタミナは大丈夫ですか?
村主 それはコスチュームのせいかも(笑)。いかにきれいに見せるかを考えて作った衣装なので、そう見えるのかもしれないです。目の錯覚なんですけど。スタミナ切れの心配はないです。

Photo by M.Morita(上・演技写真)
Photo by K.Asakura(下・「RUSSIA LOVE YOU」地元のファンからもうれしい応援バナーが)


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女子シングル代表3選手 本番前、最後の共同インタビュー[1]村主章枝

fumie1 15日午後。ドローにて女子予選の滑走順が決まった直後、日本の取材陣に向けて3選手の共同インタビューが行われた。
 ふつうは3人も選手がいると、最も期待の寄せられる誰かに取材は偏るものだろう。しかし今回の3人の場合、どの選手にも記者達が食らいついて離れない勢い。最も緊張の面持ちを見せた村主、終始笑顔だった安藤、風格さえ感じさせる落ち着きぶりの荒川。三者三様のインタビューをまとめてみた。

●村主章枝選手「四大陸優勝ははじまりに過ぎない」

――滑走順が決まりましたね
村主 はい。気もちはいつも通りです。大会期間中で抽選が一番緊張しますね(笑)。

――現在の調子は?
村主 まあまあかな(笑)毎日毎日自分で目指していること、ほんとうに難しいことばかりですけれど、これが最近は一回一回の練習でまとまってきているような気がします。でもスポーツは結果がすべて。準備万端でも本番はどうなるか分からないので、最後まで気をゆるめずにのぞみたいです。ジャンプの状態は「普通」ですね。

――優勝した四大陸選手権から現在までは?
村主 四大陸の結果は、ほんのプロローグでしかないと思っています。ゴールはここではないんだ、と思ってやっていました。だから世界選手権に向けては、四大陸のときよりきちんとした練習をつんできています。韓国から帰ってからもずいぶん滑り込みました。ただモスクワに来てから時差の影響がちょっと……。その点で、ちょっと心配かな。

――昨日本田武史選手が棄権したことはどう感じていますか?
村主 去年に続き今回も怪我を抱えてしまって大変だったと思います。そんな時は「スケートをやりたい」「本当に続けたい」という気もちで乗り切っていって欲しいと思う。ずっと一緒にやってきた、一選手としてそう思います。私も怪我が多かったので、彼の痛み、苦しみはよくわかります。最後は自分の「スケートを愛する心」でなんとか乗り切ってがんばって欲しいです。

――ロシア、そしてこの試合会場はどうですか?
村主 昨日の男子予選をみたんですが、会場はもうちょっとお客さんが入ってくれるとうれしいかな(笑)。本選がはじまらないとわからないけれど。ただ一日目のオープニングセレモニー(ボリショイバレエ団などが登場)を見て、やっぱりロシアは凄い! と思いました。この国の持つ芸術の伝統に圧倒されて。国の大きさを感じましたね。

Photo by K.Asakura


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佐藤信夫コーチインタビュー〈4〉 村主章枝とともに、ふたたび

fumie2a●村主章枝とともに、ふたたび

 2月末、新横浜での練習を見て何よりも感じたのは、村主章枝の精神的な充実だ。荒川、安藤と世界選手権代表2名が先に決まってしまった、四大陸選手権で勝つしか出場への道はない。そんな試練を乗り越えて代表の座をつかみとった今。大きな舞台に立てる喜びと、あとはやるしかない! という強い決意のようなものが、彼女の滑る「カルメン」からは漂っていた。
 演技のキレの良さには定評があったが、「カルメン」の切れ味はさらにいっそう増している。音楽がかかったとたんにその世界に没頭する、気持ちの入れ方が他の選手とはまるで違う。最初のポーズからして、見ている者に身震いさせてしまう。さらに、どんなに強い女の感情をむき出しにしても、どこかにあどけなさが残る、という彼女独自のカルメンの魅力も際立ち始めていた。
 佐藤コーチの元に戻り、彼女の中で何かが吹っ切れたのかもしれない。練習を見て、そんなことを感じた。

――章枝さんも佐藤先生のところにやって来て、長くなりますね。
佐藤 いや、そんなには長くはないですよ。2000年のシーズンからでしょう? 00年のシーズンに初めて僕は彼女を全日本に出して、結果的には3位で世界選手権代表には選ばれなかった。でもその翌年のバンクーバーの世界選手権には、初めていっしょに行ったんです。行けなかった世界選手権が2000年で、シーズンはその前の年からだから……ややこしいね、スケートは(笑)。99年に彼女が来たのかな、今年は2005年? 

――それでも6年も経ってますよ。長いじゃないですか!
佐藤 6年に……なるんですか。

――短く感じられましたか。あっという間でしたか?
佐藤 そうですね、はい(笑)。やっぱり無我夢中でやってきましたたから。

――今回女子に注目が高まっているので、初めてテレビでフィギュアスケートを見る、村主章枝を見るという人もいると思うのですが……先生から見て、村主さんの演技の魅力はどんなところでしょうか?
佐藤 魅力……うーん、そういうふうに見られればいいんですけれど(笑)。やっぱりいつも「もうちょっと何とかならないの?」「もうちょっとどうにかしてよ」という目で見てるものですから。みなさんから「村主さん、ここが素晴らしいね」なんて言われてみれば「そうかな、、うん、素晴らしいな」なんて気づいたりもします。やはりみなさんたちの方が、選手を先入観なく見られると思いますよ。我々だったらどうしても、「この子にはこうなって欲しい」という思い入れがすごくある。だからあんまり冷静には見られないです。

――ではコーチと選手という関係では、村主さんぐらい大人になると、若い選手に比べれば多少やりやすい面はありますか?
佐藤 いや、それでもやっぱり「何でそういうことになるの、君は?」なんて、彼女に関してもわからないことはいっぱいです。彼女もまだ若くて、気持ちが大きく揺れ動くことはしょっちゅうあるから。

 村主章枝が自分のところに戻ってきたことをうれしく思うか、そんな不躾な質問もしてみたが、佐藤コーチはただだまって、にこりとするだけだった。まだトリノオリンピックに彼女が行けるのか、それが佐藤コーチと一緒なのかどうかはわからない。だが、きっともう一度ふたりであの場所へ……外には出さない気持ちが、佐藤コーチにはあるのだろう。
「それはやっぱりね……。彼女は、努力をしてきてますから」

fumie3m ところで今シーズン後半、新横浜プリンスホテルスケートセンターには、日本を代表する3人の選手が、奇しくも集まってしまった。名古屋から新幹線で通いながら佐藤信夫氏に師事する安藤美姫、アメリカから帰国し、再び新横浜をホームリンクに選んだ村主章枝、そしてメインコーチはロシア人のタチアナ・タラソワだが、日本滞在時には佐藤久美子コーチの指導を受けることになった荒川静香。この3名である。取材時、荒川静香はタラソワコーチのいるアメリカ・コネチカットに移動していたが、今年はじめの数週間は、3名がまさに同じリンクに揃い踏みし、火花を散らしながら練習する時期があった。この状況は選手たちに、どんな影響を与えたのだろうか?

――3人のナショナルチームメンバーが新横浜に集まってしまった。荒川静香さんも先生の奥様、佐藤久美子コーチについているわけですから、3人が3人とも「佐藤チーム」ということに……。これはちょっと珍しいことですよね。
佐藤 はい。正直に言って……ものすごく難しい状況です。もうどうにもならないほど難しいことで、コントロールする我々の方は、とてつもなく大変です。

――彼女にこれを教えて、彼女にはこれ教えて……と。
佐藤 そう。そうしているうちにどこかで分裂してしまいそうになる。普通はそうなることの方が多いでしょうね。だから一般的には、ここまでレベルの高い選手は同じリンクにいないものです。ソルトレイクの前も、そういうことがありましたが……(佐藤信夫コーチの元に村主章枝選手、佐藤久美子コーチの元に荒川静香選手が師事。ふたりは五輪出場最後の一人をかけた練習を同じリンクでいしていた)。危険、とさえいえる状況です。

――危険……。
佐藤 指導する私たちにとっては難しいし、彼女たちは精神的にきつい。でももし選手たちがこのハードな環境を乗り越えてくれれば、ものすごくいい結果に繋がるでしょうね。レベルの高い3人が毎日毎日同じ場所にいて、猛烈に競っていけることは、やっぱり何にも変えられない素晴らしい環境ですから。

――同じ氷の上であんなふうに毎日滑っていて、やはりお互い気にしていないようでも……。
佐藤 見てますね、ちゃんと。

――それがいい刺激になるんですね。
佐藤 それはもう、どんなに立派な指導の言葉よりも、はるかに刺激があります。あの3人が滑り出したら、一緒に練習してる他の連中がそばにも寄れないような雰囲気がさーっと生まれてしまう。どうしても他の子はよけちゃう。オーバーな言い方をしたら、毎日毎日が試合のようなぴりぴりした空気になっています。でもそれを、みんなが耐えて練習に励んでくれれば、最高の環境だと思うんです。ほんとに素晴らしい、恵まれた環境。それを私達も選手も、逆境とは考えず、味方につけるしかないですよね。

 あまりにもシビアで、同時にあまりにも恵まれた環境で練習に励んだ3選手。彼女たち3人は、誰が表彰台に乗ってもおかしくない、日本フィギュアスケート史上最強の代表メンバーであることは確かだ。
 それぞれの課題を抱えながら3人が何を成し遂げるのか――モスクワ世界選手権の行方を見守りたい。


(写真上:ホームリンク新横浜スケートセンターでの村主章枝選手。佐藤コーチとのマンツーマンレッスンを終えて)
Photo by  K.Asakura
(写真下:佐藤信夫コーチ、佐藤久美子コーチ門下の3人の日本代表。そろって表彰台に立った03年全日本選手権。この当時、荒川静香選手はアメリカのリチャード・キャラハンコーチに師事していた)
Photo by  M.Morita

●女子シングル試合日程(日本時間)

3/16
16.00 予選 (フリー)

3/18
19.30 ショートプログラム

3/19
19.30 フリースケーティング
23.15 表彰式


フジテレビ、関西テレビ系列で放映あり。
CS J SPORTSではフリースケーティングを生放送。


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佐藤信夫コーチインタビュー〈3〉 村主章枝、無欲の挑戦

fumie1A●村主章枝、無欲の挑戦

 ソルトレイクシティ五輪5位入賞以来、日本のフィギュアスケート界を引っ張ってきた村主章枝。世界選手権出場も今年で5年連続となるが、今シーズンのこれまでの道のりは決して平坦ではなかった。グランプリシリーズの不振(スケートカナダ4位、エリック・ボンパール杯4位)により昨年優勝したグランプリファイナルには出場さえ不可能に。全日本選手権ではジュニアの浅田真央の台頭を許して3位。世界選手権出場切符は全日本選手権で与えられず、2月の四大陸選手権まで持ち越しとなったのだ。

――四大陸選手権は恩田美栄選手とワールド出場切符をかけての一騎打ち、となったわけですが、ふたりともほぼノーミスという素晴らしい試合でしたね。先生から見てあの試合の村主さんはいかがでしたか?
佐藤 かなり順調に行ったと思います。私が彼女を見始めたのは全日本選手権が終わってからですが、それ以降ずっと、あの調子で安定しています。とにかくジャンプが安定していて、練習中からほぼ同じ、いい状態できて、そのまま本番もいけた。すごく理想的な形での優勝だったんじゃないかな。

――ワールドの切符をかけて一対一。そんな土壇場に追い詰められると、彼女はいつも力を発揮しますね。ソルトレイクシティ五輪出場権をかけた01年の全日本もそうでした。こうした強さには、彼女のメンタル面に秘密があると思われますか。
佐藤 うーん、日ごろの彼女の練習や生活ぶりを見ていると、かなりきちきちっと計画性を持ってやらないと気がすまない人に見えるんです。でも実は……そうは見えるけれど、どこか大雑把なところがあるんでしょうね。

――村主さん、大雑把ですか!?
佐藤 私はそう思うんですよ(笑)。それが、ああいった大切な試合になったときに、大雑把さが開き直りに変わってうまくいく。それぐらいしか、理由は思いつきませんね。ほんとだったらもうちょっとね、土壇場になる手前でがんばっておけば、最後にあんなにあがく必要もないんでしょうけれど……。

――昨年、彼女は佐藤先生の元を離れ、しばらくアメリカにトレーニング地を移していました。その点は何か影響はありますか?
佐藤 いや、どこがどう変わった、とは特に感じません。でも向こうでひとりで生活をして、色々な苦労をして、それがとてもプラスにはなったんじゃないでしょうか。

 昨年秋、村主章枝はよりよい練習環境を求めて渡米。シカゴのロシア人コーチ、オレグ・ワシリエフの元でトレーニングを積んだ。長年慣れ親しんだ新横浜のリンクを離れて4ヶ月。しかし満足の行く結果は出ず、ワシリエフコーチの体調不良などもあって、12月の全日本選手権後にはふたたび佐藤コーチとともに練習を始めた。そのとたんの、四大陸選手権ノーミス優勝! 外野としては、ふたりの相性のよさを思わずにはいられない。
 佐藤コーチは世界選手権まで、村主章枝のメインコーチとして指導する約束をしたという。その後のことはまだ未定だそうだが、とりあえず世界選手権、村主選手は佐藤コーチの精神的なサポートを得られる。

――現在、先生と章枝さんは何を中心に世界選手権に向けて練習しているのでしょうか?
佐藤 練習の中心はこれ、というものはないです。ただ今シーズン、彼女が仕上げてきたもの、それを丁寧にまとめてひとつの形にしていくだけですね。改めてこれをテーマにああしましょう、こうしましょう、なんてことは全然ない。今そんなことをしたら、逆に彼女が築いてきたものが壊れちゃいますから。今はそういうことができる時期でもないし、また今の彼女には、その必要もないと思ってます。

――ではただひたすら、プログラムを滑り込んでいくだけ?
佐藤 そうですね。それもトレーニング的な方法で調子を上げていく、改善していくのではなく、とにかく今のいい調子を維持する、そんな方向でやっています。

――あの四大陸でのいい演技をワールドでもう一度できるように、そのために整えていく。
佐藤 そういうことです。

――四大陸での鬼気迫るような演技、そして今日の練習を見せていただいて……私は章枝さん、かなり期待できると思ってしまうのですが……。これはワールドもいけるのではないかと。
佐藤 ほんっとうに正直に言って……わかりません(笑)。もう、これだけ調子よく来てるんですから、そうなるのが当たり前だと、僕も思いたいですよ。でも試合の会場に入った時にね、様々な形で無言のプレッシャーが選手にはかかる。何がプレッシャーとしてひとりの選手の上にのしかかってくるのか、また、それがどの程度のものなのか――その都度違うわけですから、必ず練習と同じものができるとは言い切れないんです。村主に可能性はあると思います。だけど、だいじょうぶ、行けますよ、とは……やはり断言はできない。

――何が起こるかはわからない。でも少しでもいい結果を出すために、彼女にとって今の課題はなんでしょうか?
佐藤 今の彼女は、本番をノーミスで滑ることだけですね。ノーミスできちっとこなすこと、それが彼女にとっての最大の課題であり、それができたときにはまあ、少しは期待できるかな。でもわかりません、やはり世界のトップの何人かと同じ舞台に立った時に、私にとってベストの彼女が、他の人の目にどう映るのか……。それは周りの雰囲気でも大きく変わってくることですから。

――選手にかかるプレッシャーとは別の要素、その試合に流れる空気みたいなものも、試合結果を左右すると。
佐藤 記録で簡単に計れるものならば、ここまでタイムが出れば何とかなるかな、と言えるかもしれませんが……。フィギュアスケートは速さとか、記録とか、そういった明確な基準がないものです。どんなに素晴らしい演技だったと思っても、このグループに入ったら意外と目立たなかったね、ということもありますよね。逆に、あんなガサガサした演技でまだまだなのにな、なんて僕が思っていても、試合ではひとりだけ目立って良かったとか、そういうこともよくあることでしょう。

――では先生は、メダルを取りましょう、何番を取りましょう、という目標はあまり重視していない?
佐藤 いついかなる場合でも……自分が選手の時もコーチになってからも、この試合で何番になろうとか、この人とこの人がいるから君は何番だとか、そういうことは考えたことがないです。そんなことを考えたら、自分を見失っちゃうから。生徒に対しても、また自分に対しても、余計なプレッシャーはかけないほうがいい。やっぱり無欲で、自分自身がどこまでできるか、自分のすべきことをしっかりやるようにしないと。
 もちろん、目標はどのへん、とは考えます。でもそれは、できればうれしいな、という程度でしかない。我々の競技は、レースじゃない。隣のレーンを走ってる人との駆け引きはないわけですから、人がどんな演技をしようと、そんなことは関係ない。ただ自分の演技をする以外に道はないんですから。

 できる限り無欲に、村主章枝に自分のできることだけに集中させたい。
 それは、佐藤コーチが彼女の今大会での可能性の高さに大きな期待をしている、またそう思ってしまう自分に、抑えようと言い聞かせている……そんな言葉のようにも聞こえた。(続く)


Photo by  K Asakura //写真は03年、旭川で開催されたNHK杯にて。この日のフリープログラムで村主選手はトップに立ち、NHK杯初優勝

*コメントいろいろありがとうございました。少し間隔をあけてみましたが、いかがでしょうか?


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