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この特集では、浅田真央選手、安藤美姫選手をはじめとする注目選手の活躍や最新情報など、フィギュアスケートにまつわる様々なレポートを写真とともにお届けします。
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フィギュアスケート特集

国別対抗戦2009、終了 「どうもありがとう 東京」

Evanben904s 「どうもありがとう 東京」
 国別対抗戦最終日、エキシビションのフィナーレ。選手たちが客席に向けてプレゼントを投げる場面で、アメリカチームのエヴァン・ライサチェクとベンジャミン・アゴストが、感謝のメッセージを記した横断幕を持って、ゆっくりとリンクを一周した。
 おそらく選手たちが自発的に考えて、用意してくれたメッセージだろう。こんな選手の行動を見たのは、どの都市の試合でも、どんな規模の大会でも、まったく初めてのことだ。

 史上初めての公式チーム戦。大人の事情からすれば、日本のフィギュアスケート人気、観客動員数をかんがみて、東京で開催されることとなったのだろう。ほんとうならば日本チームが優勝することで、お客さんが最高に盛り上がる、そんな筋書きが、最良のものとして予想されてもいただろう。
 しかし勝ったのは、4種目にわたってバランスの取れた戦力を誇る、アメリカ代表チーム。それでも日本のお客さんは、一年かけて自分のものにしたライサチェクの挑戦的なプログラム、その集大成のような演技に、大喜びだった。来年は日本女子の脅威になるかもしれないふたり、キャロライン・ジャンのひとつひとつのポーズを氷上に刻みつけるような魂のこもった滑りに、レイチェル・フラットの、良く鍛えられているだけでなく、見る人の興奮を呼び起こすムーブメントに、大喝采を送った。キス&クライで陽気にはしゃぎまくる姿を見て、今まで以上にチームUSAに親しみを感じたりもした。

 そんなお客さんに対して、初代チャンピオン、アメリカチームから送られた「どうもありがとう」の言葉。私たちはこれを、誇りにしていいと思う。
 外国人選手たちは、いつもインタビューのたびに、日本が大好きだ、日本での試合が一番気持ちよく滑れる、などといってくれる。日本のメディアに応えているのだから、多少のリップサービスもあるのかな、と思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
「日本人選手が滑った後に、彼と競っている僕が滑ったというのに、お客さんは僕の点数に対して『低すぎる!』って態度を見せてくれたんだよ。こんなうれしいことってあるかい?」
「日本のお客さんって、あんまり大声を出して観戦はしないよね。でも、みんながスケートを楽しみつつ、自分の思いをそれほど強く表現しようとはしないことを、僕たちは知っているから。それに、日本のお客さんが深くこのスポーツを理解して、僕らに対して敬意を持ってくれていることだって、知ってる」

 史上初めての国別対抗戦は、大成功だった。もちろん一番がんばったのは、世界選手権直後という強行スケジュールを押して、いい試合を見せてくれた選手たち。でも、この試合を盛り上げ、選手たちの士気を支えたのは、間違いなく日本の観客たちだろう。
 世界選手権終了後、一部ファンがお気に入りの選手を愛するあまりに暴走し、その言動にたくさんの人が傷つくことになった。選手たちを支えることを仕事とする人々が、業務に支障をきたすことになるなど、あってはならないことだ。国別対抗エキシビションへの参加を断念せざるを得ない海外選手が出てくるなど、あまりに悲しいことだ。いったいこの国のスケートファンは、どうなってしまったのか……そんな気持ちにもなった。

 それでも、「どうもありがとう、東京」。この言葉を受け取る資格が、やはり日本のスケートファンにはあったのだ。選手が強いだけでなく、ファンが競技をを理解して、愛してこその、スケート大国。そう定義するならば、自国選手だけでなく、全選手たちの本気を引き出した日本のファンは、一流だ。その誇りを、いつまでも忘れないでいたいと思う。
 いつまでも、仮に現在の人気選手が引退してしまい、スケーターたちに元気がなくなることがあっても。私たちファンが元気ならば、きっとスケート人気は続く。きっといつまでも、今大会のような素晴らしいイベントを、私たちはこの目で見続けることができる。
 
photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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国別対抗戦2009女子シングルフリー 浅田真央 時代のヒロイン

Maowttfp_2  世界のどのリンクよりも、「仮面舞踏会」の三拍子がよく響く代々木国立競技場。
 単独トリプルアクセル、トリプルアクセル‐ダブルトウループ、3フリップ-2ループ-2ループと、夢のようなジャンプをこの目で見る、というよりも身体で感じた後。あ、これはもう最後まで大丈夫だ、という不思議な確信を持った。
 やはり浅田真央には、得体のしれない強さがある。ふつうならば、手に汗を握って見つめてしまうはずの残り4つのジャンプ。それが、「大丈夫、今日はもう絶対に失敗しない」という確信を見る者に持たせてしまうほどの、安定感。完璧に集中し、コンディションを合わせ、不安を取り除きさえすれば、彼女はこれほどまでに、ジャンプを何でもない技のように跳ぶのだ。
 そして、ジャンプは大丈夫、と思った瞬間、リンクの上には確固とした浅田真央ワールドが広がったような気がした。真央ワールド――そう言えばそんな言葉を使うのは、初めてのこと。自身の確立した世界観を持っている選手にだけ使いたくなるこの言葉が、今夜初めて、浅田真央の演技を見ていて思い浮かんだのだ。
 すっかり彼女のものになってしまった情動的な3拍子のリズムの中。私たちが目撃しているのは、ほんものの舞踏会、それも、何か特別な魔力を持った少女にたくさんの人が魅入られている、特別な舞踏会のようだ。
 そう、この日の浅田真央は、代々木国立競技場の氷の上ではなく、時代の上で踊っているように見えた。
 彼女は今、確実にこの時代のヒロインだ。しかし、自らのぞんでヒロインになったわけではない。ただ滑って跳ねること大好きだった女の子は、「オリンピックに出たいです」という夢をかなえることに、こんな大きな重圧が伴うことを知らなかった。みんなに憧れられ、賞賛され、持ちあげられることを楽しめる性格でもなく、どちらかというと重荷に感じでしまう、そんなタイプだ。私が時代のヒロインよ! などと誇らしげな表情を見せることもない。
 それでも時代は、彼女に踊れと言う。世界選手権で大きな後悔を残したこんな年に、自国開催の国別対抗戦という舞台は、容赦なく用意される。ヒロインには休むことは許されない。常に時代の真ん中で踊り続けなければならないのだ。
 そしてこの日の浅田真央は、冷たい氷の上、見つめる無数の視線の中で、堂々と時代を乗りこなしていた。クリーンなジャンプ、今シーズン一番キレていたステップ、音楽と一体化する四肢。持てる力のすべてを氷上にさらけだし、時代に立ち向かっていた。時代とともに踊るにふさわしい強さを持っていることを、大観衆に、ブラウン管の向こうの何千万の人々に、見せつけていた。選ばれた者の高貴さそのもののような臙脂色のドレスが、今日は何と似合っていたことか。

 演技後、すべてのジャンプの成功だけでなく、夢のような浅田真央ワールドだけでなく。この日の浅田真央と同じ空間にいる喜びに震えて、人々は立ち上がった。私たちはいつの日か、今日この場で彼女の演技を称賛したことを、この時代を思い出すよすがとするのだろう。
 もうこれから一年、この人から、絶対に目を離してはいけないと思った。時代に全力で立ち向かうこの人の輝きから、目を離したくないと思った。
 これから一年、オリンピックまでの日々。これまでの彼女の道のりを考えると、きっと一筋縄ではいかないだろう。今シーズン何度も見せたようなアップ&ダウンを繰り返し、また私たちをはらはらさせもするだろう。でもそれを逐一見届けたならば、最後の最後にはきっと、浅田真央はこんなにも満面の笑顔で、時代に応えてくれる。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima

*5月、浅田真央スペシャルレポート「最終戦、笑顔の秘密」、安藤美姫スペシャルレポート「身につけた本当の強さ」、織田信成VS小塚崇彦VS無良崇人座談会等々掲載の「Cutting Edge2009 Spring(仮)」が、スキージャーナルより刊行されます


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国別対抗戦2009 記者会見レポート(2)

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 史上初の国別対抗戦。すべてにおいて初めてづくしの大会のため、選手もスタッフも報道陣も、いろいろ戸惑うところが多い。でも同時に、これまでの大会にはなかった新鮮な場面もたくさん。たとえば毎日行われる記者会見がそうだ。
 国際試合の記者会見、通常は各種目の試合が終わった時点で、上位3名の選手が出席して行われる。しかし今回は個人や組ではなくチームに順位がつく試合形式のため、毎日すべての試合が終わった後、上位3組のチームリーダーを囲んで行われるのだ。
 1日目、2日目ともに上位3チームは、アメリカ、日本、カナダ。つまり2日とも、エヴァン・ライサチェク、スコット・モア、そして織田信成が報道陣に応対することになった。
 まず面白いのは、男子とダンスという全く違う種目の選手が会見場で並んでいること。ライバルの男子選手同士、ペア選手同士などの交流はよく目にするけれど、スコット・モアの発言にライサチェクが茶々を入れるシーンなど、なかなかに楽しい。
 そしてやはり、さすが代表チームのキャプテンに選ばれた選手たち。記者から飛びだす様々な質問に、3人とも実に饒舌に、ジョークを交えつつ、なかなか興味深いことを語ってくれるのだ。

 選手のみなさん、キス&クライでは、ずいぶん楽しそうですね?
「アメリカチームは、小道具やおもちゃをとにかくいっぱい用意してきたんですよ。みんなでうまく使ってますよね。ずいぶん大はしゃぎしてるけれど、こんな雰囲気も悪くないなって僕は思います。僕らの過ごしてきたのは長いシーズン、今回はその最後の試合です。そして来年はもっと厳しく、長いシーズンが始まる。その前のひととき、せっかくの機会なんだから楽しみたいという思いもあるんです。時にはクレイジーにもなるけれど(笑)、ああいう姿を見て、僕たちも機械じゃなくて人間なんだってこと、ファンの皆さんにも知ってもらえるかな」(ライサチェク)

 世界選手権直後の大きな公式戦。正直に言って、負担ではありませんか?
「カナダチームにとっても、世界選手権の2週間後の試合。LAから帰って、日本に来て、ということを考えると、時間は1週間しかありませんでした。でも、長いシーズンの最後の最後にもうひとつ試合があるなんて大変だってことは、みんな来る前からわかっていましたからね。いつもとは違う団体戦ということで、楽しい雰囲気もある。キス&クライで試合を見ながら、みんなでリラックスもできる。世界選手権とは違う雰囲気がいいですね。そのなかでもエヴァンのように世界選手権レベルの素晴らしい演技ができる人もいる……。それも素晴らしいことだと思いました。またカナダチームでいえば、特に僕とテッサはシーズンが短かったので、春にもうひとつ大会経験を積めるのはプラスだと考えています」(モア)

 普段ならばウォーミングアップやホテルでの休憩に使う時間、キス&クライで過ごすのは大変なのでは?
「そうですね。大変なことかもしれないけれど、僕自身は逆にあの近さで他の選手のスケートを見て応援する機会がなかなか無かったので、貴重な経験をしていると思っています。あそこまで近くで見ると、他の種目もすごく迫力があるんですよ! みんなで応援するのも楽しいですし、今回の大会、楽しさの中にも真剣さ、真剣さの中にも楽しさがある。僕自身はすごく楽しんでます」(織田信成)

 こんな濃いやり取りも、ほんの一幕。
 普段の記者会見では、選手によってはほんとうに寡黙で、記者の質問にほとんど答えられない、などいうことも珍しくない。また氷上で結果を出すことが一番のアスリートに、記者対応の上手さをそれほど期待してはいけない。
 しかし今回、彼ら3人は、リーダーとして「話す責任」を持ってこの場に来てくれたわけで、ひとことでも多く選手の声を聞きたい記者たちにとっては嬉しい限り。どんな質問をしても「答えられない」などで終わらず、彼らなりの意見や思いを存分に語ってくれるのだ。
 氷上の演技と人間性への評価はまた別のもの。しかし、さすがフィギュアスケート大国を引っ張る、しっかりした青年たちだな、と感心してしまう。そしてもし可能ならば、他の3チームのキャプテンたちにも話を聞く機会があればいいのにな、と思った。

photo/Masami Morita text/Hirono Aoshima 


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国別対抗戦2009男子シングルフリー 小塚崇彦

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「団体戦はやっぱり少し責任感があって……いつもとはちょっと違う種類の緊張もありました。でも、ここでまた新しい経験ができて、良かったと思います」
 そんな言葉に、小塚崇彦の日本男児らしい真面目さを改めて感じた。
 たとえば海外での練習や試合が多い時期でも、彼はしっかりネットスクーリングで課題をこなして、きちんと高校を卒業しようとする。たとえば社会人になったのだからと、ふだんはニックネームで呼ぶ選手を公の場では**選手と呼ぶように努力する。
 いたずら坊主が成長して、まっすぐにスケートに打ち込む青年になって、その姿勢にみんなが心惹かれている。
 でも時としてその真面目さが、スケーターとしての輝きを奪ってしまうこともあるようだ。

「今シーズン、特に前半は、自分でも予想しなかったほどいい成績が出ました。でも後半はちょっと……」
 そう、シーズン前半の小塚崇彦の快進撃は素晴らしかった。ただただ夢中で試合をこなして、どの試合でも思った以上の結果が出て、もう、怖いものなし。
 グランプリファイナル2位という、一流選手と呼ぶに十分な結果も得た。全日本選手権では会場を総立ちにさせるエモーショナルなプログラムを滑ることもできた。前半戦、ひたすら自分のために滑っていた小塚崇彦は、ほんとうにまぶしかったのだ。

 しかし2度目の世界選手権の代表が決まり、オリンピック出場枠獲得という課題が、その肩に重くのしかかってから。小塚崇彦の真面目さに、彼のスケートは縛られてしまったような気がする。前半自らが出した結果に恥ずかしくない演技をしなければ、という重圧も、シーズン後半には常にかかってきたのだろう。
 絶対に3枠を取るために、世界選手権では4回転挑戦をやめ、演技もちょっと硬くなってしまった、
 最後の最後、安藤美姫らがリラックスしてのぞめている国別対抗でも、真面目すぎる彼はチームの勝利のためにという緊張感で、やはりコチコチに。
「フリーはジャンプにミスが多々あった。それが今日の一番ダメだった部分です。ケガの影響ですか? ケガって言うほどのものじゃないですし、そんなことは試合が始まってしまったら、関係ない。
 今回はシーズンの最後の最後に、がーんと頭を殴られたような感じです」

 ほんとうに、彼にとってはあっという間のシーズンだっただろう。普通の選手が一年かけてスターダムに上り、もう一年かけて壁にぶつかる。そのくらいの出来事を、彼は1シーズンですべて経験してしまった。
 それならば、来年はもうプレッシャーにつぶれることもなく、何の責任を背負うこともなく、ぜひ、自分のためのシーズンに! もっと自由に、自分自身を解き放ってくれる、そんな一年になるのではないだろうか。
 シーズン最後の「ロミオ」。終盤に2度目のアクセルを失敗し、そこで吹っ切れたように最後のトリプルルッツをきれいに跳び、深く深く身体を倒したイーグルをたっぷり見せ、得意のスピンでプログラムを締め……そのあたりでやっと、いつもの小塚崇彦の動きが見えたような気がした。
 きっと、ここから。シーズン後半、ロミオの濃紺の衣装の中に閉じ込めてしまったたくさんのもの。次に氷の上で会うときは、すべてを解き放った自由な小塚崇彦を、きっと見せてくれる。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima 


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国別対抗戦2009ペアSP 高橋成美&マーヴィン・トラン組

Tt3719s  6組のペアのうち、ただ一組のジュニア。他の5組がすべて3月に世界選手権を経ているというのに、彼らはシニアの国際試合そのものが、初体験だ。
 力の差は本人たちもわかっているだろう。今日はツイストリフトでバランスを崩してしまい、何もないところでマーヴィンが転倒するというアクシデントもあった。技が大きく、出来不出来がはっきりわかるペアだから、お客さんにも彼らがまだまだ力不足だということは、すぐにわかったはずだ。
 しかしそれでも、高橋成美&マーヴィン・トラン組を見守る人々の視線は、とても楽しげだった。
 シニアの5組に比べて、まるきり見劣りしてしまう、というわけではない。ジョージ・クランツの音楽に乗ったふたりの動きは、若々しくハキハキしていて、見ているこちらまで楽しい気分にしてくれるもの。
 生き生きとした彼らならではの躍動感も。お茶目で一生懸命な高橋成美と、しっかりもののトランというキャラクターが上手くいきている演技も。技と一緒にこれからもっと伸びていくだろうと思うと、今のこの発展途上中のふたりを見られることがうれしくなってしまうし、リフトひとつ、スピンひとつに、きりっとした表情で臨む姿が愛らしくてたまらないと思ってしまう。
 演技が終わった瞬間は、高橋成美がにっこりと笑顔、マーヴィン・トランはちょっと悔しげな表情。これからは日本代表としての彼らの、どんな表情が見られるのだろうか。
「今日は全力を出し切れたけれど、いつもミスしないところでミス。ミスの細かいところまで思い出せないほど、あっという間に終わってしまって……。でもこの試合での練習を経て、自分たちでも気付かないうちにスピードが上がっているんです。ショートプログラム、いつもは曲を追いかけているのに、今日は曲を待っている余裕があるくらい。シニアの人がいる周りの環境のおかげで、進歩できたんじゃないかな」(高橋成美)
「この試合の目標は、シニアのペアらしく演技をする、ということでした。だからいくつかミスがあって、のぞんでいたような演技じゃなかったけれど。……でも明日も練習をして、フリーは何とかまとめていきたいです」(トラン)

 ミックスゾーンでは、かつて中国でペアをしていたこともあって旧知の仲のハオ・ジャンに、何か中国語で話しかけられ、達者な中国語で返していた高橋成美。
「ハオ・ジャンと話してること? それほどスケートの話はしないです。相変わらずナルは小さいなあ、とか、ハオ・ジャンは相変わらず大きいねえ、とか(笑)。日本でどこか楽しい場所教えてよ、とか」
 仲良しのオリンピック銀メダリストとも、今日は初めて同じ土俵で戦った。いい経験になりましたね、という報道陣に向けて、しかし高橋成美はきっぱりとこう言う。
「はい。今回は勝てないかもしれない。でも次にハオ・ジャンたちと一緒に試合をするときは、絶対に勝てるように!」
 今日の演技をきっかけに、彼女たちをずっと見ていきたいな、と思った人は、ぜひこの負けん気の強さも、覚えておいてほしい。
 まだまだこれからの選手として、私たちが彼らに暖かい声援を送っている時間は、案外短いかもしれない。
 2年後、次の国別対抗戦ではもう、日本チームの大きな戦力になっているふたりかもしれないから。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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国別対抗戦2009女子シングルSP 安藤美姫、浅田真央 ふたつの奇跡(2)

Maowtt_2   浅田真央のショートプログラム「月の光」。この2分40秒も、今夜のもうひとつの奇跡だった。
 チャレンジします、と宣言したと思ったら、すぐに成功させてしまったショートプログラムのトリプルアクセル。この挑戦の驚異ついては、もう何も言う必要はないだろう。
 それ以上に、今年に入ってからどうしても見ていてしっくりこなかった「月の光」を、最後の最後にこんなにナチュラルに滑ってくれたことが、なんだかとてもうれしかった。
 浅田真央の美しさの本質は、彼女の身体にしみこんだ、リズムの美しさだと思う。
 艶やかに腕を動かさなくても、演劇的に表情を作らなくとも、彼女のスケート、身体の動きは、見ているだけで気持ちがいい。これは、彼女の四肢に宿る自然なリズム感が、見る人の心を自然に揺さぶってしまうからではないだろうか。
 そこには何の細工もないし、何の恣意もない。ただ彼女が自分の思うままに滑るだけで、私たちは心地よい気分になってしまう。これは以前にも書いたが、究極にナチュラルな、自然の営為を思わせるものだ。
 安藤美姫が彼女自身の心をすべて氷の上にさらけ出して、見る人の魂を突き動かすのに対し、浅田真央は穏やかに、見る者の魂を洗い、慰める。だからこの「月の光」というプログラムが、こんなにも彼女にはまるのだ。たとえ音楽が激しく、浅田真央の動きが力強くなろうとも、そこに見えるのは人の意志ではない。ふとした瞬間、ふりそそぐ月の光が突然きらめきを増した、そんな情景に似ている。
 天才的なアーティストが作りだした美ではなく、ただそこにあるだけで美しい、月の光の、自然の美。今の浅田真央の四肢は、そんなものを表現しているのではないだろうか。
 たぶんこれが希代の振付家、ローリー・二コルが本当に見せたかった「月の光」、今の浅田真央の魅力を最大限形にしたプログラムなのだろう。
 
 安藤美姫と、浅田真央――なんと両極端な美を見せるふたりだろうか。なんと対照的な、そしてふたつともがそれぞれに美しい奇跡だっただろうか。
 日本のフィギュアスケート。ひょっとしたらこんなに恵まれた時代は、もう二度と来ないのかもしれない、と思った。
 浅田真央、安藤美姫の存在だけではない。ふたりを追いかける中野友加里や村主章枝。群雄割拠の男子シングルたち。彼ら、彼女たちのおかげで、頻繁に日本で開かれるようになった国際試合やアイスショー。
 ひょっとしたらこんな時代は、もう二度とやってこない夢のような時なのかもしれない。
 なんだかここ数年で、私たちはこの状況が当たり前だと思うようになってしまった。
 でもそれは、彼女たちの人知れぬ努力の上にかろうじて立っている、砂上の楼閣のようなものだ。
 失った時初めて、この時代の愛しさを、私たちは知るのかもしれない。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshima


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国別対抗戦2009女子シングルSP 安藤美姫、浅田真央 ふたつの奇跡(1)

Mikiwtt  浅田真央と安藤美姫。日本の誇るふたりの世界女王、ふたりともが真骨頂を発揮したショートプログラム。ひとつの時代にふたりもの天才がいることの喜び、興奮は、こんなにも大きなものだったのだ。

「今日は全然緊張していなくて(笑)。ちょっとオープン戦みたいな気分で滑ってしまいました」(安藤美姫)
 世界選手権が終わったあとに行われる公式戦。ほんの少し、お祭り気分の団体戦。そんなシチュエーション、リラックスできる空気が、彼女にこんな演技をさせたのかもしれない。
 前半のジャンプはほんとうに堂々と、スピードに乗った美しい跳躍。ダウングレード判定など、このジャンプの凛々しさの前ではどうでもよく思えてくるような、トリプルルッツ-トリプルループ。続く単独フリップもダブルアクセルも、自信たっぷりに、軽々と。こんなに気持ちよく安藤美姫が跳ぶのは、ひょっとしたら07年に世界選手権で優勝したころ以来かもしれない。いや、あの当時より今の方が、ずっと女王らしく見えてしまうから不思議だ。
 しかし今日のプログラムを見て、安藤美姫がほんとうに「化けたな!」と思ったのは、3つのジャンプを堪能した後のこと。なんといえばいいのだろう、両腕に、何か別の生き物、精霊でも宿ってしまったのではないかと思うほど、動きに恐ろしいような妖しさがある。
 スケートはといえば、こんなに滑りすぎたら危ないのでは、と思うほどスピードに乗って、颯爽と滑る。表情などはすっかり「チェアマンズワルツ」の世界に入り込み、身体は私たちと同じこの空間にとどまりながら、心はどこか別の場所をさまよっているようだ。
 これは……安藤美姫自身がここまで、少しずつ育ててきた技術、培った心。すべてが今、ここに結晶している。そう思ってしまう2分40秒だった。
 悩んで、立ち止まることで得たもの。つまづいて、涙を流して得たもの。すべての経験を、彼女は自分のスケートに注ぎ込んで、やっとここまでのものを得た。温室育ちではなく、荒野で、厳しい風雨にさらされて、それでも咲こうという意思を持ったものだけが咲かせた花。そんな演技を、見たような気がした。

「チームの足を引っ張ることもなく、自分らしく、日本で滑れたことがうれしいです。次のシーズンにつながるショートプログラムだった思います!」
 スパイラルシークエンスがレベル1、レイバックスピンがレベル1判定で、思ったほど点数が伸びなかったのは残念だが、そんな判定も、得点も、今日の演技の前では大きな意味はないように思える。
 ほんとうは、ジャンプのダウングレードもエレメンツのレベルの取りこぼしも、大きなミスだろう。
 しかし、シーズンの集大成として、団体戦の雰囲気の中、リラックスした空気の中の演技ならば、これはベストのパフォーマンス。何よりも「チェアマンズワルツ」という彼女にとっても記念碑的なプログラムの、作品としての完成形を見せてくれたのではないかと思う。
 そして何より素晴らしいのは、今、彼女が見せている「安藤美姫」が、彼女自身が選びとった姿だということ。彼女がこんなスケートを見せたい、と願って果たした、進化の姿だということだ。

photo/Sunao Noto   text/Hirono Aoshim


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国別対抗戦2009男子シングルSP  エヴァン・ライサチェク&ブライアンジュベール 王者たちのプライド(2)

Brian_2097s  ライサチェクのおかげでいいものが見られたね、今日は、来て良かったね! ――ほとんどのお客さんが満足したころ、氷上に現れたのは07年東京世界選手権のチャンピオン、ブライアン・ジュベールだ。
 彼は過去のチャンピオン、というだけではない。今シーズンだって最後の最後まで世界選手権の優勝争いに絡み、4回転を成功させながらも、あと少しというところで金メダルを逃したのだ。ライサチェクが王者の風格を見せたなか、彼だってここで引くわけにはいかない。彼自身も、そしてお客さんも当然、ショートプログラムから4回転を見られることを期待している。
 ライサチェクの演技で一度大きく盛り上がった場内は、リンクの真ん中で呼吸を整えるジュベールに気持ちを合わせるように、静かな緊張感に包まれていく。これからほんの数十秒後に、私たちはすごいジャンプを見るかもしれないのだ……。ここまで張りつめた空気の中――ほんとうに神業のようにビッグな4回転‐3回転を目撃できることが、こんなにエキサイティングだとは! 
「4回転が決まったとき、お客さんがあまりにクレイジーに喜んでくれて。そこで僕は一気にリラックスして、演技を楽しむことができたよ」
 興奮する私たちとは対照的に、氷上のジュベールは余裕の表情で、「どう?」とでも言うように手を広げて見せる。なんて憎らしい男だろう! その後のトリプルアクセルはわずかに手をついたが、3回転-3回転を貫録たっぷりに決めると、会場はもう、この日一番の盛り上がり! おどけるようなかるーい駆け足も、キス&クライのフランスチームをピシッと指差すしぐさも、何を見せてもお客さんは興奮してしまう。まるで、4回転が観客の興奮のツボを押してしまったかのようだ。何をやっても許されるし、何をやってもそこにいるのはブライアン・ジュベールそのもの。会場にたっぷりアピールしてから始めたストレートラインステップは、ひょっとしたら世界選手権やグランプリファイナルの時ほどの勢い、足さばきの妙はなかったかもしれない。でも彼の恍惚とした表情、しぐさ、存在そのものがすべての観客を煽り続ける。たったひとりの男の身体の動きだけが、有無を言わせぬ祝祭空間をその場に産んでいた。

 ライサチェクも、ジュベールも、同世代のランビエールやバトル、髙橋大輔らと比べると、アーティスティックなセンスでは少し劣っている、などとも言われてきた。確かにふたりはダンサーとして、パフォーマーとして器用ではないし、華麗なスケーティングテクニックを持っているわけでもない。時として自分たちより難度の低いジャンプを跳んだ選手の後塵を拝し、悔しい思いをすることもあったふたりだ。
 でも、観客に向きあう気持ち。これは間違いなくふたりとも、超一流。俺が時代を、この試合を盛り上げてやる、楽しませてやる! そんな気持ちの強さを持つことで、ふたりは間違いなく真のエンターティナーになった。
 世界選手権で力を使い果たしたはずのこの時期、はるばる海を渡って、時差を越えて、こんなにも楽しませてくれてありがとう……そう、ふたりに言いたい。
 今シーズン、同世代たちが相次いで戦線離脱し、次々と若い世代や新勢力が台頭する中、シーズン前半はそれぞれに苦しみもした。でも最後の最後、こんなにも私たちを楽しませてくれるのは、長きにわたって男子シングルのトップを走り続け、まだまだ戦おうという彼らふたりだった。

 さあ、このままだと、08‐09シーズンは、エヴァンとブライアン、ふたりの年だったね、などといわれるだろう。しかしまだ、試合はショートプログラムが終わったところ。今季スターダムにのし上がってきた選手たちは、フリーで奮起をしてくれるだろうか。すっかり主役の座を奪われた日本男子たちは、意地を見せてくれるだろうか?

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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国別対抗戦2009男子シングルSP エヴァン・ライサチェク&ブライアンジュベール 王者たちのプライド(1)

Evan_1974s  記念すべき史上初の国別対抗戦。初日のハイライトのひとつは、なんといっても男子シングルの新旧王者、エヴァン・ライサチェクとブライアン・ジュベールの激突だった。
 大きな注目を集めていた小塚崇彦やパトリック・チャン、ジェレミー・アボット。今シーズンのロケットボーイ、ライジングスターたちが、相次いでミスを連発するという展開に、「ああ、やっぱり世界選手権直後。選手たちはみんな疲れているんだ。この時期に試合なんて、無理なんだよ……」そう思って肩を落とした観客も、多かっただろう。
 鳴り物入りで始まった国別対抗戦。成功するかどうか、見ごたえのある試合になるかどうかは、もうひたすら参加する選手たちのがんばりにかかっている、といってもいい。
「そうだね。まだ僕らには世界選手権のアドレナリンがある程度残っているんだ。それを振り絞って演技するしかないって感じかな」(ライサチェク)
 そう語ったライサチェクが、少し沈みがちだったムードの中、自慢のプログラム「ボレロ」でびしっと決めてくれたのは、ほんとうにうれしかった。
 冒頭のトリプルアクセルを含め、3つのジャンプはすべて軽やか。身体に叩き込まれたボレロのリズムを呼吸するように、長い手足を自在にあやつりながら、黒い人影が舞う。観客にダイレクトに伝わってくるのは、鬼気せまるような気迫。しかし同時に、こんな渾身の演技を見せながら、彼自身がなんと気持ちよさげなのだろう。
 喝采の中、大はしゃぎのチームメイトたちが迎える中。世界選手権の激戦を最高の形で終えたばかりの選手が、ここにきてのパーソナルベスト更新!
 これが、世界チャンピオンの称号を得たもののま纏う自信か。さらに彼は、チャンピオンとしての自分を存分にアピールするだけでなく、チャンピオンとしての責任も果たしてくれた。リンクに来たからには、参戦するからには、この場を盛り上げるのは自分! この場の主役は自分なのだ、と。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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国別対抗戦2009 記者会見レポート

 15日夕刻、オフィシャルホテルにて開かれた記者会見には、日本チームメンバー8人がそろって出席。世界選手権後の過ごし方などの質問だけでなく、今回は記者席から、ちょっとマニアックな質問も飛んだ。
「織田選手、ニコライ・モロゾフコーチはジャンプも教えているのですか?」
「小塚選手、エッジの使い方がすごく上手ですが、シングルのコンパルソリーなどを普段の練習からやっていますか?」
 誰かと思えば質問者は、元アイスダンス日本代表の木戸章之さん。今回は修士論文執筆で大忙しの中、テレビ朝日の解説者として登場予定とのことだ。ついこの間までともに戦ってきた先輩からの鋭い質問を受け、選手は苦笑しつつもリラックスムードに。

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 そしてこの日の記者会見、一躍ヒロインとなったのはペア代表の高橋成美選手だ。いつのまにか(何と浅田真央選手まで)大学生ばかりとなった日本チームの中で、唯一の高校生。真央選手より頭ひとつ小さい女の子は、「めちゃめちゃてんぱっちゃった」と言いながらも、初めての大きな記者会見、ちょっと声を震わせつつ、一生懸命質問に答える姿がまぶしかった。
「今回、チームジャパンで出場できることがすっごくうれしくて……今、すっごい興奮しています。日本での練習でも、毎日毎日新しい発見をしてきました」
 日本で国際大会に出場するのは、実は初めてのこと。
「やっぱりいですよね、日本は……。海外だと緊張で不安になったりもするけれど、日本はいいです。周りの人もサポートしてくれて、食べ物もおいしくて! 私たちの調子も、すごく良くて。いいですね……日本!」
 何度も何度も「日本、いいです!」を繰り返す姿がなんともかわいらしく、記者たちも、日本のチームメイトたちも大笑い。
 今シーズン、ジュニアグランプリファイナルに進出し、技術も個性も急速に伸ばしつつある高橋&トラン組。記者たちの注目も、ここで一気に高まった。彼女たちのフレッシュな演技、そして高橋成美の一生懸命でファニーなキャラクターにも、要注目です。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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国別対抗戦2009 オープニングセレモニーレポート

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 リンクサイドに設けられたのは、6カ国の選手団が全員集合できる巨大なキス&クライ。
 バックステージで待機するのは、8人×3チームが並ぶことになる長い長い表彰台。
 代々木国立競技場も準備万端だが、15日夜は場所をオフィシャルホテルに移し、華やかなオープニングセレモニーが行われた。

 津軽三味線の奏でる各国国歌にのって6チームの選手団が入場。世界選手権のセレモニーでも同様の選手入場シーンがあるが、いつもは国ごとに参加選手数がばらばらなのに対し、今回は全チーム同じ構成、8選手がずらり。そうか、これがチーム戦なんだな、と実感がわいてくる。

 この場で各国のキャプテンも発表され、アメリカはエヴァン・ライサチェク、フランスはブライアン・ジュベール、日本はご存じ織田信成。やはりどのチームも男子シングルがキャプテン? と思いきや、中国はペアのハオ・ジャン、カナダはダンスのスコット・モア、そしてロシアはダンスのヤナ・ホホロワ!
 ジュベール率いるフランスチームは笑顔でピースサイン。チームでの記念撮影をしようとカメラを託したのは、何と日本の浅田真央選手。Chis_2
 笑顔のハオ・ジャン以外は皆、緊張の面持ちの中国チーム。でも男子シングルのジャイリン・ウー、チャオ・ヤン、ダンスのシュン・チェンと、男性全員がすらりと背が高く、なかなかにきりっとした一団だった。
 長い髪を腰までたらし、氷上とはまた違う少女らしさを見せるキャロライン・ジャン。ドレッシーな装いで登場してくれたキャンディス・ディディエ、ジョアニー・ロシェットなど、戦いを前にした女性陣の笑顔も素敵だ。
 選手同様、世界選手権後でお疲れのはずのコーチ陣も勢ぞろい。中国のビン・ヤオコーチ、ロシアのアレクセイ・ミーシンコーチ、タマラ・モスクヴィナコーチ、アメリカからはフランク・キャロルコーチ、そして日本の佐藤信夫コーチ……。長年にわたってフィギュアスケート史にその名を刻む彼らも、公式団体戦を戦うのは初めてのこと。いったいどんなことになるやら……壇上に立つ教え子たちを見ながら、なんだかコーチたちも、ちょっとうきうきしているように見えた。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima

*写真上は陽気なフランスチーム、下は質実剛健、中国チームの面々


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国別対抗戦2009、開幕!

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 史上初めてのフィギュアスケート公式団体戦、「世界フィギュアスケート国別対抗戦2009」。
 世界選手権が終わったばかりで、選手たちは疲れてないだろうか? そんな声も聞かれるなか、各国選手団が続々日本に到着。15日は全種目の選手が代々木第一体育館にて公式練習を行った。

 まるでアイスショーのリハーサルのように楽しげに、はしゃぎながら練習しているパトリック・チャンとボーン・チッパー。
 時差ボケのせいもあるけれど、異様なハイテンションで記者の質問に答えながら、大笑いが止まらなかったテッサ・バーチュー。
 ショートプログラムの曲かけで、さっそく切れ味鋭いトリプルアクセルを見せ、身体にもリズムが戻ってきたような浅田真央。
 お互いの囲み取材で記者ゾーンに乱入し、「試合に向けての意気込みはどうですか?」などと聞きあっている安藤美姫と小塚崇彦。

 そんな選手たちの姿を見ていると、これはなんだか、楽しい試合になるかも? とわくわくしてしまった。 
 泣く子も黙るISU公式戦。でも、いつもは国の代表権をかけて競っているライバルたちといっしょに、チームを組んで戦う。まったく初めてのシチュエーションに戸惑いながらも、選手たちはこの試合を真剣に楽しもうとしている様子だ。

 ライサチェクや安藤美姫など、世界選手権で満足のいく結果が出せた選手たちは、意気揚々と代々木にやってきた。浅田真央やジュベールら、不完全燃焼だった選手たちも、ここでがんばれば今シーズンをいいイメージで終わり、晴れやかな気持ちでオリンピックシーズンを迎えることができる。
 しかも今回は、たったひとりでプレッシャーを背負って氷の上に立たなければならない個人戦ではない。
「真央がんばれ!」
 そんな言葉がチームメイトからかけられるなかでもう一度滑れば、彼女もいつもの輝きを取り戻せるかもしれない。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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全国中学校スケート大会レポート

Kanakomma_4415s  四大陸選手権まっただなか。しかし長野のビッグハットでもバンクーバーに負けない熱戦、「全中」こと全国中学校スケート大会が開催。
 カメラマンのレポートともに、男女シングルAクラス優勝者の写真をお届けします。

「女子のAクラスはまるで全日本ジュニアを観ているのかと錯覚するくらい、エキサイトしました。
 村上選手(写真上)は最初のジャンプに成功して、そのままの勢いで最後まで滑走。2位に入った藤沢選手が苦手なSPをノーミスでこなした一方、今井選手はジュニア世界選手権代表を意識しすぎたのか、ジャンプの失敗が響いての結果(3位)です。
 今回はノービスからジュニアに上がりたての選手が多いですね。彼女たちはまだSP、フリーで得意、不得意がある。それが今回の結果に反映されているような気がします。SP、フリーそろった大会とはまた別の結果になったと思います。
 男子優勝の羽生結弦選手(写真下)は別格ですね。しかし羽生選手と今井選手がまだ中学生だったとは驚きました。

 今シーズンは全日本ノービス、全日本ジュニア、全中……と素晴らしい試合続き。今回も良いものを見させてもらいました。撮影する側としても、なんだかまた力がわいてきます。でもこれから、世間はオリンピックイヤー。若い選手たちのがんばりは、かき消されてしまうのかなあ」

Yuzuru_3284s 女子Aクラス結果
1. 村上佳菜子   前津中 51.04
2. 藤沢亮子   飯塚第一 50.82
3. 今井遥     武蔵村山二 46.54
4. 毛間内かれん 日本橋女学館 44.18
5. 細田采花   吹田豊津中 43.30
6. 瀬藤志穂   旭陽中 41.92
7. 中村未夏   富士見西 41.40
8. 日置檀      前津中 40.88
9. 中村愛音   港明中 40.40
10. 西野友毬   武蔵野学院 39.74

photo&report/Masami Morita


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新しいインターハイへ ――平成20年度全国高校総体レポート(2)

Hiroshima060s    さらに話題になったのは、インターハイにもかかわらず、試合後にはエキシビションが催されたこと。ずいぶん以前の大会で開催された記録はあるというが、今回は久々の復活。男女シングルの1位~3位までの入賞者が集い、華やかにエキシビションナンバーを披露してくれた。
「女子の試合後すぐの実施でしたので、選手には大変だったかもしれません。しかし、試合の緊張感から解き放たれてのびのびした演技が見られたと、お客さんには大好評。選手たちも華やいだ雰囲気の中でとても楽しそうでした。出番の直前まで、どんなふうに見せようかかと一生懸命考えてくれる選手もいましたし、お客さんを楽しませるため、みな真剣に取り組んでくれましたね」(高田徹さん)
 システム面、運営面でも、インターハイとしては初めて、ISUジャッジングシステムを導入。また昨年までのクラス別(所持級によって違う試合に出場)から、予選決勝方式(全選手が同じ試合で戦い、ショートプログラムの上位24位までがフリー進出)に改められるなど、変革点もずいぶんが多かった。

 開催そのものが危ぶまれる――そんな状況から始まった今年のインターハイ。
 しかし守りに入らず、攻めの姿勢で様々な試みは行われた。地元広島の高体連や広島県スケート連盟の尽力、また、京都府スケート連盟役員として京都フィギュアスケートフェスティバルなどを手がけてきた高田さんのチャレンジ精神。長くマイナースポーツだったフィギュアスケートを支えてきた人々の底力が、選手たちのために心のこもった大会を作り上げたのだ。
「やはり宮本理事長と山野理事長を中心に、広島県高体連事務局と広島県スケート連盟の方々が、ほんとうにすばらしい大会にしてくださいました。広島県実行委員会の行動力と熱意に対し,お礼を言っても言い尽くせないほどです。また、多くの広島県民、市民の皆さまも会場に駆けつけて下さり,熱い声援を選手に送って下さいましたね」(高田さん)
 今回の試みは、全国高体連からも大いに注目され、新しい形のインターハイを模索していく第一歩となったのではないか、と高田さんは自負している。
「フィギュアスケート――今、大きな注目を浴びているのは、そのほんの一部にすぎません。インターハイを含め、実は様々な競技会で、様々なシーンで、このスポーツを取り巻く状況はまだまだ厳しい。今後のことを考えると、いったいどうなってしまうのか……。人気のある今のうちに、少しでも様々な点を改善していくよう、考えなければならない時期だと思います。広島でのインターハイは、その第一歩になったと思うのですが……いかがでしょうか?」

photo/Masami Morita

*写真は女子シングル優勝、鈴木真梨選手のエキシビション 


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新しいインターハイへ ――平成20年度全国高校総体レポート(1)

Hirosshimammb_0068s 「今年のインターハイ、例年とはちょっと違ったんですよ」
 全国高体連スケート専門部フィギュア競技委員長をつとめる高田徹さんは、ちょっと大変でした、という顔で、でもどこか満足げな表情で語ってくれた。
「実は今回のインターハイフィギュアスケート、当初は開催そのものが危ぶまれていたんです。地方自治体はどこも財政難、開催を引き受けてくれる県がなかなか見つからず……。このままでは中止もやむを得ない、という事態まで一時は追い詰められていました。でもがんばっている高校生たちのことを考えたら、何としても開催したい、と。動いてくれたのは、広島県高体連の宮本賢一理事長です」
 実は広島県の高体連には、スケート専門部がない。そうした県でのインターハイ開催は史上初めてのことだという。長野や東北などのようにとりわけスケート競技が盛んでもなければ、愛知県や東京都のように競技人口が多いわけでもない広島県。西日本(静岡以西)での高校総体冬季種目の開催もまた、初めてのことだった。
 しかし、「絶対インターハイは開催しよう!」そんな人々の声を受けて、広島県のスケート連盟理事長、山野裕さんと関係者も動いた。予算もないため、スタッフはみなボランティアだ。現在、ここまで花形スポーツとなったフィギュアスケートだが、テレビ放映のないこうした大会の運営は、華やかさとはかけ離れた苦労の連続だという。
「他のスポーツも同様かもしれませんが、冬季競技の開催条件は特に厳しいといっていいでしょう。今回は参加した高校生、高校の先生だけでなく、多くの保護者ボランティア、大学生ボランティアに支えられることで、初めて開催が可能になったんです」

 だが訪れた人々は、予算をかけずになんとか開催までこぎつけた大会、とはとても思えなかっただろう。それほどに今年のインターハイは、斬新な試みでいっぱいの大会だった。
 まず開会式は、氷の上で開催。フィギュアスケートの試合の開会式というと、屋内の会議室にて選手宣誓、役員挨拶、抽選……といった流れのものが多いが、今回はインターハイ史上初めて、各県代表の旗手たちがコスチューム姿で氷上に集った。スケーティングしながらそれぞれの県の高体連の旗をなびかせて入場行進し、フェンス際にそれぞれが旗を立てて去っていく……そんな演出も、なかなかにドラマチックだ。
 また観戦に訪れたファンや選手の家族を喜ばせたのは、大会の公式プログラム。出場する選手全員の写真がカラーで掲載され、ショートとフリーの楽曲名も表記されている。カラー写真で全選手紹介、などというパンフレットは、日本のフィギュアスケート競技会(国内戦)としては初めての試み。さらには、昨年度の入賞者全員、過去の主な優勝者の写真もカラーで掲載。荒川静香、中野友加里、織田信成、小塚崇彦……そうそうたる顔ぶれの写真を見ることもできる。
「またこれは舞台裏の話ですが、大会期間中、選手たちにふるまわれたお弁当は、フィギュアスケート選手用の特製のもの。広島女学院大学生活科学部の下岡里英准教授(スポーツ栄養学)に協力を依頼して、消化の良いもの、エネルギー補給しやすいものというコンセプトでメニューを作りあげました。メニューは大会期間、4日間とも変えていただいたんですよ。またご飯の上にはスケート靴形の薄焼き卵が乗っていたりもして、選手たちも思わずにっこりでした」(宮本賢一理事長)
 ふたりの理事長を中心に,県高体連事務局と県スケート連盟の役員たちは、休日返上。少しでも選手のためになる大会にしようと、過去の様式にとらわれない新しいアイディアを次々と考え出していった、その結果が、選手たちの笑顔につながったのだ。

photo/Masami Morita

*写真は女子シングル2位に入った高山睦美選手


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2008全日本選手権レポート(9)女子シングル、望月梨早「魅惑のシカゴ」

Risae5575  2006年から様々なトップスケーターのエキシビジョンナンバーの振り付けを手がけ、今回のメダリスト・オン・アイスの演出も担当した振付師・宮本賢二さん。その魅力的な作品に惹かれてか、今年は選手権クラスの選手の競技用プログラムも多数振り付け、そのプログラムをもって多くの選手が全日本選手権に出場した。

 その中でも……。

「僕のオススメは『シカゴ』!」と、佐野稔さんに言わしめた作品で魅せてくれたのは、明治大学2年生の望月梨早。今年の東京選手権では村主章枝・武田奈也・中野友加里に次ぐ4位、東日本選手権でも表彰台の3位と、各大会で実績を残す力を持っている。試合のひとつひとつを経験することで、その振り付けが彼女の体に馴染んでいくさまが確実に見て取れた、その先の全日本出場。

  今回、ショートでは若干の精細を欠きフリーでは第2グループとなったが、「シカゴ」は確実に観客に魅せる演技となっていた。印象的だったのは試合本番だけでなく、朝の公式練習から。すべての選手が、それぞれのクライマックスに向けて入念に調整をしているのは言うまでもない。ただ、その中でも違うものが感じられたのが望月梨早だった。入念に入念にその振り付けを確認し、体に刷り込むかのように、本番に向けて最後の滑走時間を過ごしていた。その時間をどう使うかは選手によって様々だと思われるが、練習する姿がこんなにも印象に残るのも面白い。煌びやかな衣装にきつめのアイメイクと作り込まれたシルエットとは裏腹な、生真面目ともいえるフィギュアスケートに対する姿勢がまじまじと見えた瞬間だった。
  そして本番でもしっかりと魅せてくれた。ジャンプのミス等はあったが、自身でもお気に入りだという最初の「たばこを吸う仕草」をはじめ、そのステージを演じきり、彼女の魅力は多くの観客の元にしっかりと届いていた。

 総合成績は19位。フィギュアスケートが競技である以上、点数という形でシビアに結論はでてしまう。しかし、点数が関係なくなるくらい魅せてくれる彼女のような選手がいること。日本のフィギュアスケートの層の厚さを感じるとともに、うれしさを感じる。全日本選手権は終わったが、疲れを癒す間もなく年明け1月6日から青森・三沢でインカレが行われる。舞台が変わっても、彼女はとことんまで魅せてくれることだろう。

photo/Sunao Noto  text/Naoki Takahashi


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2008全日本選手権レポート(8)シンクロナイズドスケーティング、東京女子体育大学クラブ優勝「新たなる連覇」

Tokyob_1687s  わずか2.23の僅差で終えたショートプログラム。
「考えていたほど点数に差が出なかった」(キャプテン・阿部真理恵選手)

 一昨年、それまで優勝を当然のものと期待されながら逃した13連覇。その屈辱をバネに奪還した昨年の優勝。そして新たな連覇の第一歩がかかった今年、ディフェンディングチャンピオンとしてではなく、新たな挑戦者として挑んだ。
 そんな中でのフリープログラム、14回目の全日本選手権優勝。しかし、そこまでの道のりは去年同様、決して楽な道のりではなかった。

 昨年の全日本を優勝した時のメンバーから7人、3分の1以上の選手が入れ替わり、2006年のホームリンクの閉鎖から東大和に拠点を移ったが、練習環境は現在に至るまでもなかなか改善はできていない。現メンバーも高校生から社会人まで様々な環境の選手が参加しており、全員が揃って練習できるようになったのも全日本選手権のほんの1月前。そんな厳しさの中、12月に入ってからはほぼ毎週といっていいほどの各地で実演をこなし、チームの結束を強め全日本へ。

 シンクロは去年まで、東京女子体育大学クラブと神宮Ice Messengersの2チームが優勝を争い、フリーでの演技順はショートの下位チームからと決まっていた。しかし今年からは関西シンクロLoversが参戦し3チームとなり、フリーの順番は抽選に。決まった滑走順は、2番手。僅か2.23点差で追われる立場、ライバル神宮の演技を後に控え、緊張と意気込みが交錯する心境の中で演技をすることになった。
「トリが良かった……」(阿部選手)
 それは、ライバルとして神宮を認める気持ちの表われだったのかもしれない。そして、挑んだフリープログラム「Dream」。若干のミスはあったものの、東女らしい力強い、安定感のある素晴らしい演技だった。

 演技後、あとは神宮の演技ですべての結果が決まる、東女チームは関西チームと揃ってリンクサイドで神宮チームの演技を観戦していた。東女のメンバーの複雑な心境は観客席からも見て取れた。同じシンクロをする者同士として応援したい気持ちと、優勝して世界選手権に絶対出たいという気持ち。
 そして、神宮の演技が終了。そこからが長かった。全日本選手権での審査結果が出るまで時間がかかる。この日、正式な審査結果が選手達に伝わったのは4時間以上あと、女子シングルも半分が終わり整氷の時間帯だった。優勝を知った瞬間、抱き合い歓喜する選手もいた。結果が出る、それまでの選手の心境はうかがい知れない。

 年明け、僅かな休息を挟み、まずはトリノで2月に行われる「スプリング・カップ」を目指す。そして、シングルなどの世界選手権に遅れること一週間弱、クロアチア・ザグレブで行われる世界選手権。阿部真理恵選手は今後の課題として「ステップ」を挙げている。以前から挙げていた世界選手権での目標10位以内を、チーム一丸となってぜひつかみ取って欲しい。

 また、長年2チームできたシンクロナイズドスケーティングも今年1チーム増え、3チームとなり、来年以降も新チームが参加する可能性が高い。チームが増えることで切磋琢磨され日本チームとしての底上げが期待される。さらには新たにオリンピック競技への追加もありえるだけに、シンクロもシングル同様に今後は目が離せないことになりそうだ。

photo/Masami Morita  text/Naoki Takahashi


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2008全日本選手権レポート(7)女子シングルフリー終了、村主章枝2位、安藤美姫3位 「執念と強い気持ち」

Fumiemma_8334s  長年の村主章枝ファンであれば、今シーズンのフリーの選曲には物足りなさを覚えたのではないだろうか。フィギュアスケートでは使い古された曲で新鮮味はまるでなく、彼女独特の表現や表情も見られない。

 新しいコーチ、ニコライ・モロゾフについて聞かれた村主は「しゃべらせてもらえない」と話していた。それはつまり、自分の意見を言わせてもらえないということだろう。そして出来上がったプログラムは、村主がこだわってきた「自分にしかできない表現」をあえて封印し、エレメンツ、とりわけジャンプに集中できるシンプルなものになった。これが、とにかく勝つためにモロゾフが選んだ方法だった。

 直前の6分間練習で、村主はかつてないほどに集中していた。これまでの村主は、6分間練習ではジャンプはたいてい2回転になって、でもそれが普通で、本番ではしっかり決めてくる強さを持っていた。ただここ数シーズンは、試合でも後半のジャンプが決まらなくなっていた。
 しかし今回は、練習からひたすらにトリプルルッツとトリプルフリップを繰り返し跳び、そのほとんどを降りていた。こんな村主章枝を見たことはない。圧倒されるような集中力だった。

 そして、あのアクシデントが起きた。

 ぶつかった相手は偶然にも、同じモロゾフに師事する安藤美姫だった。接触した瞬間のことを聞かれたふたりは、ともに「覚えていない」と言った。それほどにふたりは自分の練習に集中していたのだ。
 もちろんよけられるならよけていたはずだ。ジャンプの助走に入っていた村主はよけようとしながらお尻から転び、後ろ向きに滑ってきた安藤は体をひねりながら右ひざから転んだ。選んでそうしたわけではない。たまたまそうなってしまった。

Miki6838  村主は安藤に声をかけ、すぐに自分の練習に戻り、トリプルフリップを降りた。安藤はそこからすっかり調子を落とし、最後に4回転ができるかどうかの確認の意味で跳んだトリプルサルコウで転んで6分間練習を終わった。

 このことだけを見れば、アクシデントの影響を受けたのは安藤ということになるのだが、私はそうは思わない。

 第一滑走の鈴木明子が素晴らしい演技をして、村主は花束がある程度片付くまではリンクに出ることができなかった。その間観客は立って拍手を送り続けていて、村主の周りには花束が降り注いでいた。
SPではともにミスをして、村主は鈴木にわずかに0.3点リードしているだけだった。この時点で、絶対にミスできなくなった。普通の選手だったら平常心ではいられない。
 しかし村主はすべてのジャンプを降りた。ルッツの踏み切りへのアテンションと、コンビネーションジャンプのふらつきに対するマイナス判定はあったが、ダウングレードはなかった。

 安藤が転倒で膝を痛めたことで、演技の前も後も、モロゾフコーチはそばにはいなかった。村主にも様々な厳しい状況はあったのだ。それを全部はねのけてほぼノーミスの演技をした。まったく信じられない集中力だった。さすがとしか言いようがない。

 世界選手権に絶対に出たいという思い。これはもう、執念とでもいうしかない。

 安藤美姫は膝を打ち、力が入らないまま演技に入った。4回転をやめ、慎重にエレメンツを決めていったが後半のジャンプはミスが続いてしまった。3位に入って世界選手権の切符を得たにも関わらず、演技後は涙ぐみながら報道陣のインタビューに答えていた。練習から好調だったから、とても不本意だったのだ。

 このところ安藤美姫は、なんだかついていないなぁということが多いように見える。でも、世界選手権に出られることになった。4位の鈴木明子とはわずか0.11差だ。これは頑張ったご褒美なのだと思って、世界選手権では無心で滑ってほしい。そして、村主章枝の執念を目の当たりにしたこの経験を活かして、強い気持ちで滑ってほしい。

text/Seiho Imaizumi  photo/Masami Morita, Sunao Noto

*村主章枝選手、安藤美姫選手のインタビューは、『フィギュアスケート 日本女子ファンブック2009 』(扶桑社刊)に掲載されています


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2008全日本選手権レポート(6)女子シングルフリー終了、村上佳菜子7位 「ニューヒロイン、誕生」

Kanako7691s  フリーの音楽がかかる直前。村上佳菜子がリンクのまん真ん中で、にこーっと笑うと、その笑顔のあまりのかわいらしさ、屈託のなさに、客席から静かなどよめきがおきた。
 スクリーンに大写しになった笑顔を見た人も多かったのだろう。滑り出す前、もうこの瞬間から、すっかりお客さんの心を彼女は掴んでしまったのだ。
「今日はジャッジの人がこっちを見て笑ってくれたので、自分も笑えたんです。笑ってくれないときは、ほとんど真顔でスタートしちゃう(笑)。でもここで笑えたほうが、いつもけっこういい演技ができてるような気がします。これで緊張がほぐれる、って感じです」
 なんという、舞台度胸だろう。しかし初めての全日本選手権、しかもジュニア1年目の中学2年生、最年少での出場は、ドキドキすることばかりだった。
「一番びっくりしたのは、みんなのオーラとか集中力です。ジュニアとは全然違っていて……。ジュニアやノービスは、滑る前もけっこうみんなでしゃべるし、アップも一緒にするんです。でもシニアの人たちはけみんな真剣に集中してるし、アップもそれぞれ違う場所でする……。勉強になりました。
 あ、でもフリーで同じグループで滑った亜紀ちゃんやさっちゃん(澤田亜紀選手、村元小月選手)とは、少しお話しました。いくつ年が違うかって話になって……でもうまく数えられなくて、試合前に計算するのはやめようってことになって(笑)。そこからはみんなで、集中たんです」
 初めて味わう緊張感の中でも、村上佳菜子はあんな笑顔を見せてしまう。そしてスタートから大いに期待した観客たちを裏切ることなく、見せてくれたのは、これでもかというほど軽やかでコケティッシュな演技。見守る人々の手拍子も、プログラムの最初からとてつもなく大きかった。
「お客さんの手拍子や歓声は、プラスになりました。すごい楽しかったです! 昨日よりお客さんいっぱいいるなあ、と思ったけれど、あんまり意識しすぎると緊張しちゃうので、ふつう、ふつう、と思うようにして」
 とはいっても、視線はしっかり客席に送り、笑顔もこぼれるほどたくさん見せる。ジャンプも「ファイナルから崩れてきちゃってたサルコウ」の転倒以外は、すべて着氷。ノリのいい音楽にのってダンスの勢いもどんどん加速していく。氷の上に立てば、彼女自身が楽器であり、歌い手であり、踊り手であり、スケーター。身体からリズムが湧いて出るような村上佳菜子の笑顔とダンスを、この日見た人は、もう忘れることはできないだろう。
 すがすがしいインパクトともに、初出場選手の最上位に贈られる、新人賞も獲得した。
「今シーズンは、ずっとすごい試合が続いていました。海外の試合(ジュニアグランプリシリーズ)も、ノービスのころに出ていた試合よりずっと大きくて……。初めのころは緊張でばくばくです。でもだんだん試合をこなしていくうちに、緊張もしなくなって……けっこう自分の調子をうまくもっていけるようになってきたかなあ」
 こんな頼もしい言葉も、ファンからもらったぬいぐるみをくるくる振りまわしながら。インタビュー中にぬいぐるみを落っことしてしまい、スタッフに拾ってもらうシーンなどもあった。村上佳菜子の滑りにも、発言にも、行動にも、なんだか大人たちは振り回されどうし。これは手ごわい、楽しみな大物が出てきたな……記者たちの視線も、ぐっと熱いものになったようだ。

 ジュニアからの特別参加という全日本選手権ならではのシステムは、ほんとうによくできたものだと思う(アメリカなどでは、一選手はノービス、ジュニア、シニアのどれか一つの全米選手権にしか出られない)。
 ジュニアの選手は、小さなころから日本最高の舞台を経験して、うまくいけばお客さんに名前を覚えてもらえる。そんな彼女たちの生き生きとした活躍に、追いかけられるシニアたちは刺激を受ける。ファンはと言えば、こんな小さなころから選手の演技を見られて、長く長く応援ができる。
 日本のフィギュアスケートは、どこを切り取っても黄金時代――新人賞表彰式の村上佳菜子の華やかな笑顔を見て、そんなことを改めて思った。

photo/Masami Morita  text/Hirono Aoshima


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2008全日本選手権レポート(5)女子シングルフリー終了 鈴木明子4位「復活から世界の舞台へ」

Akikosuzuki6377  女子フリーで、いちばん観客を魅了したのは鈴木明子だった。素晴らしい演技をした選手はもちろん他にもいるし、人気でいえば浅田真央にはかなわない。それでもやはり、あの独特な緊張感が漂う最終グループで、いちばん自分らしい演技をして観客の心を惹きつけたのは、鈴木明子だったと言わざるを得ない。

 かつて鈴木明子が、摂食障害のために競技生活を離れていたことは、鈴木自身が包み隠さず話していることもあって、多くの人の知るところとなった。昨年の全日本ではSPの後「観客の皆さんの声援が温かくて……」と、あの大きな瞳から大粒の涙を流したが、それはスケートの素晴らしさに加えて、病気を克服して戻ってきたことに対する拍手だったことを、鈴木自身が感じていたからに他ならない。

 しかし今回は違った。NHK杯で見せた、情感溢れるしっとりとした大人の演技を、観客は覚えていた。病気を克服した選手に対する声援ではなく、素晴らしいスケートを見せてくれる選手に期待しての声援が彼女を包んだ。そして鈴木明子は、見事にそれに応えた。

 回転不足によるダウングレードはあったものの、予定していたすべてのジャンプに果敢に挑み、すべてを降りた。ジャンプが決まるたびに観客の声援が大きくなり、最後の見せ場のストレートラインステップでは、どんどんリズムが速くなるのにもかかわらず拍手がおさまらなかった。そして鈴木明子は、満面の笑みで、本当に幸せそうに滑っていた。

「拍手がすごく嬉しくて。お客さんがあの早いテンポにすごく頑張って(笑)拍手してくれているのが聞こえて、なんていうか、気持ちが高まってくれればいいなと思って、私の心、魂をこめてステップしました」

 その気持ちは観客に十分に伝わった。満場のスタンディングオベーションがそれを証明している。

「ショーのときにスタンディングオベーションをいただいて、これを今シーズン競技会でもらいたいと思ったので、今はすごく幸せです」

 とはいえ、3位の安藤美姫との点数差はわずかに0.11。ほぼ差は無いといってもいい。「正直、悔しいという思いはあります」と、率直な気持ちも口にした。これは順位だから仕方がない。

 きょうのすばらしい演技を、世界中のもっとたくさんの人に見て欲しいと思ったファンは多いだろう。昨年の全日本は5位で、これまでであれば四大陸に出られる順位だったが、派遣基準が変わったために叶わなかった。しかし今年はしっかりと結果を残し、派遣基準に沿って出られることになった。四大陸に出るということは、ISUのワールドスタンディングのポイントが加算されることを意味する。つまり、ポイントを加算させるために日本スケート連盟が鈴木の出場を決めたのだ。これがどれだけすごいことか。

 しばらく競技の第一線を離れていたために、鈴木明子はグランプリシリーズではない小さな国際試合に出るしかなかった。しかし鈴木はそのほとんどの試合で優勝して高い評価を得て、昨年の全日本でも5位という結果を残した。それが認められて、今年のNHK杯に開催国推薦という形でグランプリシリーズ初出場を果たし、見事銀メダル。そして今回は素晴らしいフリーで総合4位。鈴木明子は一歩一歩階段をのぼり、自分の演技で実力を認めさせたのだ。

 もはや鈴木明子に摂食障害のストーリーは必要無い。女性らしい、大人の、世界で戦えるスケーターの仲間入りをした。とはいえ、バンクーバー五輪にはどうがんばっても最大3人しか出られない。ただでさえ混戦だったところに鈴木明子が割って入ったということは、来年の全日本は、今年よりももっとすごい試合になるだろう。いったい誰を応援すればいいのか。大変に嬉しく、大変に悩ましい。

text/Seiho Imaizumi   photo/Sunao Noto

*鈴木明子選手のインタビューは、 『フィギュアスケート 日本女子ファンブック2009 』 (扶桑社刊)に掲載されています


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2008全日本選手権レポート(4)男子シングルフリー終了、メダリスト決定!

Podmma_5463s_2  織田信成、小塚崇彦、無良崇人。
 表彰台で、ちょっと照れながらはしゃぐ3人の新メダリストたちを見て、こんな無邪気な少年たちを3人も、日本代表として世界選手権に送り込んでしまって大丈夫だろうか、などと思ってしまった。
 もちろん、大丈夫だ。無良崇人はフリーでのミスこそ目だったが、トリプルアクセルの高さとパワフルさは世界トップクラスと言っていい。今日も大崩れはしたものの、トリプルアクセルを2度失敗して3度目にきちんと見せたところは、さすが。このままでは終わらないぞ、という男気を感じさせてくれた。
 しかし気になるのは西日本選手権、NHK杯、全日本選手権と、舞台が大きくなるにつれて、緊張のために演技のスケールは小さくなってしまっていること! NHK杯のフリーは評価が高かったが、あの3倍はいい演技を、彼は見せることができる。世界選手権ではぜひ、大きな舞台にパワーをもらって、今季最高の演技を見せてくれるはずだ。

 織田信成はついに全日本選手権王者として。日本の一番手として世界選手権に復帰する。もうすっかりおなじみの彼を、待っているスケートファンは世界中にいるだろう。
 しかし練習での安定感、美しさ、そしてセカンドジャンプ、サードジャンプの精度もぴか一の4回転。それが決められず、優勝はしても悔しい表情は隠せなかった。試合に出なかった一年のブランクは、やはり大きい。だが4回転をあそこまで跳べるようになった身体作りも、練習も、この1年間で積み重ねてきたものだ。空白の一年間で失ったものと得たもの、どちらが大きかったのか……世界選手権でこそ、織田信成は見せてくれるだろう。

 そして昨年同様、2番手として代表切符を得た小塚崇彦。「今年はオリンピックの出場枠がかかっています。自分が3枠とってくる。それは今シーズン初めから、目標にしていました」と、記者会見ではただひとり、気になる「枠とり」について、自ら口にしてくれた。ほんとうは優勝して、2度目の世界選手権に行きたかっただろう。ファイナルで2位に入った自信も、意地もある。銀メダリストではあるが、気持ちは1番手のつもりで。誰に言われるまでもなく、彼自身がそのつもりで、世界選手権の氷の上に立ってくれると思う。

 表彰式が終わっても、彼らのマイペースなはしゃぎっぷりは変わらない。記者会見場に入る前、自分たちのことを語る伊東フィギュア部長の会見を面白げにのぞきこむ様子など、トップアスリートというよりも、廊下で立たされて教室をのぞきこんでいる少年たちのよう。「のぶりん」「むらむら」などと呼び合われたたら、メダリストが来るぞ、と身構えていたこちらのほうが気がぬけてしまう。
 織田信成や小塚崇彦のことはすでに知っていても、こんな無邪気な3人組を送り込んでしまったら、ちょっと世界はびっくりするだろう。
「なんだこのジャパニーズボーイたちは! 3人もいるぞ!」
 オフアイスでは彼らの素直さや笑顔が、愛されもするだろう。しかしこんなに頼りなさげで、こんなにらしくない男の子たちが、氷の上に乗ったらすごい! そんな驚きを、3人そろって世界の人々に見せてくれるに違いない。
 愛されて、強い。こんなフィギュアスケートの男子代表チームは、世界にいない。どんなスポーツの日本代表にだっていはしない。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima

*3選手のインタビューは、 『日本男子フィギュアスケートFan Book―Cutting Edge2009』(スキージャーナル刊)に掲載されています


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2008全日本選手権レポート(3)女子シングルSP終了、萩原綾子「彼女だけのポエタ」

Ayakomma_1048s  スター選手が続々と登場し、華やかさなこの上なかった全日本選手権女子シングル。長野ビッグハットに駆け付けたお客さんは、贔屓の選手の応援をしつつも、さらに様々な個性を持つ選手たちの演技に酔い……新たなお気に入りスケーターを見つけた人も多かっただろう。
 上位には入らなかったが、特に印象に残った選手たち。ショートプログラムの短い時間でも、色濃く自分の世界を見せてくれた選手たちを、ここでは紹介したい。

 まずは明治大学3年生の萩原綾子。ジュニア時代にはスケートの練習環境を優先し、生まれ故郷を離れて仙台の東北高校に進学。現在は佐野稔コーチと野上由樹絵コーチのもと、東京を拠点に練習している。
「いま、環境はとても整っています。まわりがみんなレベルが高いので、そんななかで一緒に練習できるのがすごくいい。佐野先生も明るい先生。ねちねちしないで悪いところははっきり言ってくださるので(笑)、わかりやすいし、練習もしやすいんです」
 さまざまな環境を経て、大人のスケーターとなった彼女が見せてくれたショートプログラムは、「ポエタ」。あのランビエールのフリーを誰もが思い起こす名曲だ。背も高く、身体つきも大人っぽい彼女にはよく似合う。
「この曲は自分で選びました。ランビエールのあの曲だから、使ってみたかったのかな?」
 でもどうしても、あれだけのインパクトのあったプログラム。聞いてて、ランビエールを思い起こしてしまうことはないだろうか? それがまったくと言っていいほどランビーエルに負けていない、萩原綾子は、萩原綾子の「ポエタ」をきちんと持っていたのだ。
 髪と指先にあしらわれた赤い花、優雅に揺れる黒いスカートは、大人びた強い女性を印象づける。しかし体の動きはやさしくしなやかで、笑顔も華やか。3つのジャンプが決まるたび、どんどん体のキレもよく、笑顔も大きくなっていく。
「ジャンプが決まったので、後半は安心して滑れました。でも最後まで気を抜かないように、と思って……」
 気持ちを入れなおしてのぞんだ終盤のステップ。これが素晴らしかった。新採点システムでのステップは、どうしても複雑な動きをこなそうと、たどたどしくなってしまいがちだが、萩原綾子のストレートラインステップは、流れが一切途切れない。それでいて、強くしなやかな彼女だけのポエタの軌跡をくっきりと氷上に刻んでいくよう。女性らしい美しい身体もさらに美しく映え、柔らかさを生かしたI字のスピン、パシッと決めたフィニッシュのポーズまで、息つく暇もない圧巻の「ポエタ」だった。
「意識したのは、情熱。それからちょっとフラメンコの要素も見せられるように。結果も大事ですけれど、今日は自分の滑りの内容に納得できたので、よかったな。明日もがんばります!」
 フリーで見せてくれるのは、ヴィヴァルディの「四季」。
「もう今年で3年目なので……フリーも完璧に踊り切りたいです」
 全日本選手権、トップ選手たちだけでなく、たくさんのスケーターが、それぞれのポジションでそれぞれの挑戦をしていく。そして彼女たちが数分間ひとりじめする舞台は、スター選手たちとまったく同じ、この場所だ。この同じ舞台で、トップスケーター以上に力強く空間を支配してしまう演技が、ひと試合のうち必ず何度か見られる。そして時には彼女たちの演技こそが、何年も先まで忘れられないものだったりもする。
「あの年の全日本の、萩原綾子が良かった!」
 そんなふうに、語り続けたいから。フリーも最初のグループから、目を皿のようにしてすべての選手の演技から目を離せないスケートファンが、たくさんいる。

photo/Masami Morita  text/Hirono Aoshima


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2008全日本選手権レポート(2) 男子シングルSP終了、中庭健介7位 「フィギュアスケートの手ごわさ」

_12e1061  「今年のショートはほんとうに素敵なんですよ。あのプログラムをぜひ、滑りきってくれたら!」
 本当に小さなころから中庭健介を教えている石原美和コーチは、「健介のこのプログラムが好き」という話をよくしてくれる。コーチであると同時に、彼のいちばんのファン。そんなスタンスの石原コーチがとても気に入っているプログラムが、今年の「ニューシネマパラダイス」だ。全日本選手権での演技は、点数こそ高くは出なかったが、ほんとうに渾身の、演目としても完成された「ニューシネマパラダイス」だったと思う。

「特に気に入っているのはステップですね。サーキュラーとストレートラインで、ふたつの違う印象のステップを見せています。サーキュラーではリズム速く音楽が流れる中、勢い良く滑っていく。ストレートラインではより流れを重視して、エッジワークを見せる!」(中庭健介)
 本人も気に入っているふたつのステップを中心に、彼というスケーターの良さを見事に引き出した振付師は、樋口豊氏。中庭健介は拠点を福岡の石原コーチの元にしっかり据えながらも、ジャンプは長久保裕コーチに、エッジワークは樋口豊コーチに。自身の足りないところを、自身で選んだ師を訪ねて補いながら、ベテランと呼ばれる年齢になっても毎年毎年進化してきた。そしてたくさんのコーチや振り付け師たちが、彼というスケーターの完成に手を貸してきた。
 中庭健介の滑りをよく理解し、彼によく合ったプログラムを用意してくれた樋口コーチの力は大きい。しかし最終的にはふたつのステップの持つ魅力を彼自身が引き出したことを、中庭健介は気づいているだろうか。
 ステップの複雑な動きも複雑に見せない。顔の表情や手足の動きひとつひとつも、作ったものに見えない。それは中庭健介が「ニューシネマパラダイス」にほんとうに良く合ったスケーターだからだ。音楽を理解し、音楽に溶け込み、ベテランになってから磨いてきたエッジーワークと、それに同調した四肢の動きは、押し寄せる波のような情感を見ているものに感じさせる。
 誰かの真似でもなければ、誰かに与えられたものでもない。中庭健介自身が作り上げたものが、そこにあった。
 そしてこの「ニューシネマパラダイス」は、20年間スケートを滑り続けてきた者としての「意地」で見せられたのだと彼はいう。

「今シーズンが始ってから、まったくと言っていいほど万全な状態で練習ができていなかったし、試合にも臨めませんでした。特に中国杯のころは、腰の痛みで歩くことさえ苦痛で」
 でも、全日本は待ってくれません――昨年のこの大会で悔しい思いをしたことも、彼は覚えていた。
「ここまで来たらもう、痛いとかそういうのは抜きです。もう意地だけで、全日本目指して練習してきました」
 その成果もあって、ショートプログラムはジャンプミスなし。点数に納得はいかないというが、明日のフリーにつながる演技はできたという。 
「腰の調子は……中国杯で3割しか動けなかったころに比べれば、8割は本来の動きができるようになりました。本当は精密検査を勧められているんですが、もし検査をして何か大きなものが見つかってしまったらへこむんじゃないかと思って(笑)。今はハリ治療などで少しずつ良くなっているところです。
 だから明日は4回転、やりますよ! やはり4回転は、僕にとっては外せないもの。明日はどんな状態でもどあたまにバシッと! 決めてみせます」

 プログラムを作り上げること。それだけでよければ、フィギュアスケートの競技としの手ごわさはもう少し小さくなるだろう。
 しかしプログラムで何かを伝えることができても、まだ中庭健介にはやることがある。それは腰の痛みを抱えての4回転という、とてつもなく大きなもの。とてつもなく厳しく、酷な戦いを、あの素敵なショートプログラムを見せてくれたパフォーマーは、アスリートとなって戦わなければならない。
 フィギュアスケートの手ごわさに、見ているだけのこちらが、音をあげそうになる。しかしフィギュアスケートがあまりに手ごわいからこそ……中庭健介はこの年齢まで、このスポーツを続けているのかもしれない。

photo/Sunao Noto  text/Hirono Aoshima

*中庭選手のインタビューは、 『日本男子フィギュアスケートFan Book―Cutting Edge2009』(スキージャーナル刊)に掲載されています


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2008全日本選手権レポート(1)男子シングルSP終了、町田樹5位 「『楽しむ』という力」

Tatsuki_12e0784_2   初めて、全日本チャンピオンになれるかもしれない。そう思って、ちょっと硬くなってしまった選手がいた。
 世界選手権代表が、狙えるかもしれない。そう思って、常にない緊張感に震えた選手もいた。
 そんな男子シングルショートプログラム。この日一番全日本選手権を楽しんでいたのはこの男、町田樹だろう。一昨年、全日本ジュニアチャンピオンとして、高校2年生で全日本選手権初登場。しかし昨年は全日本ジュニアで7位と落ち込み、全日本への連続参戦も、その後のショーへの出演もなかった。奮起した今年はジュニア2位として、うれしい2年ぶりの晴舞台だ。

「今回は、なんも目標がなかったんです。気楽に自分が持ってるもの出せばいいな、と。目標設定はせずに、とにかく楽しもうと思って来ました」
 その言葉に、嘘はない。ジュニアグランプリシリーズではいい成績を残して、ファイナルに進みたかった。全日本ジュニアでは優勝して、もう一度チャンピオンになりたかった。
 プレッシャーがいっぱいの前半戦を終え、ご褒美として与えられた全日本選手権を、町田樹は本当に楽しんでいたようだ。

 プログラムは、彼の「楽しもう」という気持ちにぴったり合った「Peach」。ネクタイをくっと直して見せたり、時計を気にしたり、これから彼女とデート! とワクワクしている男の子を、生き生きと演じて見せてくれる。
「ホームリンクの大阪では調子が良かったのに、なぜかここに来たら急にジャンプが何も跳べなくなってしまって……。この場の雰囲気、久しぶりだったからかな。だからこの出来なら、十分いいほうです」 
 そう本人もいうように、3回転-3回転はちょっと着氷が危なげで、何とか片足でこらえた形。しかしそれさえもまるで「遅刻しそう!」とあわてている動作のように見えてしまうから面白い。歯切れのいいステップで魅せて、演技の部分ではジャッジの前でも思い切りはしゃいで、のって。のびのびと19歳の、今の町田樹を思う存分見せてくれている。最後までいいリズム感をもって踊って、フィニッシュ後には自分でも満足の拍手!
「特にステップは調子に乗ったかな。練習でもあんなに本気でやってはいなかったんです。調子に乗って、ちょっと躓いてましたけど(笑)」 
 町田君、大暴れだね、と笑っていた記者がいたが、みんなが様々な理由で緊張していて、ちょっとおとなしめだった上位陣。このなかで、格別に見ていて楽しい、目一杯はじけてくれた町田樹のショートプログラムだった。

 順位も5位と、全日本出場2回目にして、初のフリー最終グループ入りも果たした。年齢的には無良崇人よりひとつ上の大学1年生。来年からはシニア入りも決まっている。
「昨日、シニアの練習をずっと見ていて感じました。まだまだ自分は、足りない。でもそれも、しゃあない(笑)。今回は自分の持っているものをすべて出して、来年までにしっかり準備をして! 次はシニアの選手として、自覚をもって臨もうと思います」
 今回は楽しみつくす予定の、町田樹の全日本選手権。日本男子シングル黄金時代を継ぐ者たちの戦いに、素晴らしい個性をもった演技派がひとり、すぐに飛び込んでくる。

photo/Sunao Noto  text/Hirono Aoshima

*町田選手のインタビューは、 『日本男子フィギュアスケートFan Book―Cutting Edge2009』(スキージャーナル刊)に掲載されています


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NHK杯2008レポート(5) 女子シングル・浅田真央総合1位「挑戦者の魂」

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 浅田真央が滑る、それだけで観客は熱狂していた。とにかく、6分間練習から、ジャンプを決めるたびにすごい拍手が沸き起こるのだ。浅田真央の名前がコールされたときの拍手と声援は、並の人間ならば逃げ出したくなるほどの圧迫感すらあった。しかし浅田は「不安は無くて、良い集中で出来た」と後で話した通り、すっかり集中していて、もしかしたらこの歓声も拍手も聞こえていないのでは?と思わされた。
 ワルツのリズムに合わせて大きく体を波打たせて始まったフリー『仮面舞踏会』。冒頭のトリプルアクセルは、余裕をもって着氷出来るくらいに素晴らしい大きさ! 続いて、たっぷりリンクを使ったイーグルから跳んだのは、トリプルアクセル-ダブルトウループのコンビネーション!(トリプルアクセルは回転不足判定) そしてフリップからの3連続ジャンプも成功。浅田の緊張は、ここでやっと和らいだようだった。そしてその後はもう、観ていても失敗する気がしないくらいに安定した演技。複雑でゴージャスなストレートラインステップに至っては、あまりに高い技術と美しさに気圧されるほどだった。けれど最後の最後、コンビネーションスピンの終わりでよろけた彼女は、フィニッシュのポーズを解くと「やっちゃった」と言うように満面の笑みを浮かべた。
「最後によろけたときは、自分でもびっくりしました! 後半は体力も落ちてきていて、でも倒れるくらいまでやろう!としたら、最後に倒れかけました(笑)」
 演技後のリンクには色とりどりの花束やプレゼントが雪崩のように投げ込まれ、まるでお菓子箱かおもちゃ箱をひっくり返したかのよう。おそろいの衣装を着たフラワーガールたちが飛び回る中で手を振る浅田真央は、無邪気なお姫様のようだった頃と同じ笑顔を浮かべていた。
「アクセルを2回跳べたので、嬉しかったです! 今回はジャンプを全部跳ぶことが出来て、自信になりました。優勝できたことも嬉しかったけど、ジャンプが“自分のジャンプ”に戻ってきたと思うので、それが嬉しかったです」
 もちろん報道陣の質問内容にジャンプに関することが多かったことは否定できない。しかしこの日の浅田は終始上機嫌で、何度もジャンプのことを口にしていた。ジャンプが好き、難しいことに挑戦するのが好き。今回の演技内容に「これ以上、何をやると言うのだろう?」と思っていたが、彼女にしてみれば、まだまだ挑戦したいことはたくさんあるのだろう。きっと彼女はこれからも、見たこともないものを私たちに見せてくれる。

photo/Masami Morita text/Miduka Kumakura


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NHK杯2008レポート(4) 女子シングル・鈴木明子総合2位「帰ってきた場所、新しい場所」

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 このNHK杯で鈴木明子は、日本中どころか世界中にファンを増やしただろう。ショートでは以前の彼女を知っている観客からの温かい拍手に迎えられていたが、フリーで彼女を迎えたのは、中野と同じくらいに大きな、期待が込められた拍手。たった一晩で鈴木明子は「病気を乗り越えて帰ってきたスケーター」から「素晴らしい演技を見せてくれるスケーター」になっていたのだ。
 その評価を勝ち取ったショートプログラム『ラ・カンパネラ』は、動きに固さはあったものの、公式練習から悩んでいたフリップジャンプ以外のエレメンツすべてに加点が付くという出来栄えだった。何より素晴らしかったのは、彼女の力強さが現れたあのストレートラインステップ! 打ち鳴らされるピアノの音に負けない、華やかでパワフルなあのステップで、多くの人が彼女の魅力に気付いたことだろう。
 そんな観客の変化におそらく本人は気付かないまま、迎えたフリー『黒い瞳』は、激しいバイオリンの音に合わせ、上体を大きく回す動きからスタート。最初の3連続ジャンプは2連続になったが、続くダブルアクセル-トリプルトウループは成功! 残念ながらトリプルトウループは回転不足と判定されたが、素晴らしい幅と大きさのあるアクセルジャンプに会場が熱くなった。レイバックスピンで丸く上げられた腕や、ぴっと空気を切り裂くような視線と共に伸ばされる指先、そして何かをぐっと押しのけるように情感を込めて動く手。代々木体育館に詰め掛けた観客は、生々しく動く彼女の白い手を、熱に浮かされたように見つめていた。そしてプログラム終盤、切迫するように激しさを増す音楽と共に刻まれたストレートラインステップは、ショート以上の素晴らしさ。演技後のスタンディングオベーションに、鈴木は感極まったように胸元を押さえて目を赤くした。
「この結果、この順位はまだ信じられません。(長久保)コーチもびっくりしていました。観客の皆さんの温かさに引っ張られて出来ました。途中、手拍子がやけに速いなと思いましたが(笑)。全日本では毎年納得いく演技が出来ていないので、今年は自信を持って臨めるように。今シーズンは世界選手権も意識してやってきたので、それを目標に練習していきます」
 ショートでは5点台もあったPCS(芸術点)は、フリーでは7点台が2つも出るという高評価。グランプリシリーズの舞台でこれだけの評価を受けたということは、きっと今後の国際大会にも大きな影響を及ぼすに違いない。その「国際大会」が何になるのか、1ヵ月後の全日本が今から楽しみだ。

photo/Masami Morita text/Miduka Kumakura


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NHK杯2008レポート(3) 男子シングル・無良崇人SP4位「代々木競技場の記憶

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 国立代々木競技場第一体育館は、無良崇人と彼を取り巻く人々にとって、ちょっと特別な場所だ。
 父である無良隆志コーチが初めて出場したNHK杯第一回大会も、79年、この場所で行われた。
 そのときシャペロンとして友人を応援をしていた女性、無良千絵さんは、今度は息子・無良崇人選手の演技を、30年前と同じシャペロンのIDをつけて見守ることになる。

 02年、ソルトレイクシティ五輪壮行のアイスショーも、ここ代々木で開催された。これは無良崇人にとって、初めてのアイスショー。ノービス期待の選手として、浅田真央、武田奈也らとともにファンたちに初お目見え、あの伊藤みどりさんもの出演した最後のアイスショーでもあった。憧れの人と、スケーターとして同じ舞台に立つことになった初めての場所。この時期、無良家のおばあさんは青山の病院に入院中。しかしかわいい孫の晴れ姿を見ようと、病院から車いすに乗って駆けつけてくれたのも、代々木競技場だった。

 その3年後の05年。今度は無良崇人にとって初めての、全日本選手権がこの場所で開催された。前年は全日本ジュニアで12位。シニアの全日本出場には手の届かない順位だった。そこから実力を上げ、ジュニアで2位をとるまでがんばれた理由の一つが、この年の全日本選手権に出たかったからだという。小さなころからよく知っている本田武史さんにとって、05年は最後の全日本選手権。絶対に間に会って、同じ舞台に立ちたかったのだ。初めて座ったキス&クライ。ちょっとびっくりした顔でぎこちなく微笑んでいたのを、良く覚えている。

 08年NHK杯。無良崇人にとっては初めてのグランプリシリーズがNHK杯で、それが30周年記念大会で、代々木競技場で開催されることを知り、彼を取り巻く人々はとても驚いたという。
 父と、敬愛する先輩が氷に軌跡を刻んだこの場所で、まずは大きくて美しいトリプルアクセルを、無良崇人は跳んだ。これから彼がトップスケーターとして雄姿を見せるたび。人は「代々木のNHK杯のショートプログラムのトリプルアクセル!」を、彼の名を覚えた瞬間として思い出すだろう。
 たくさんの人の心を、あの一本のジャンプで、無良崇人は鷲掴みにしてしまった。
 
 フリープログラム、4位につけている無良崇人にとって、ライバルは織田信成、ウィアー、ポンセロだけではない。代々木の氷の上で伝説的な名演をしたたくさんのスケーターたち、彼らに負けない演技をして、「代々木のNHK杯といえば無良崇人のフリー!」、そう人々に言わせなければならない。
 大きなライバル無良隆志、伊藤みどり、本田武史……。しか彼らは同時に、無良崇人の力を引き出してくれた大きな味方でもある。これから、無良崇人が越えていかなければならない大きな壁でもある。

photo/Masami Morita text/Hirono Aoshima

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NHK杯2008レポート(2) 女子シングル・中野友加里総合3位「不屈の心」

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 NHK杯2日目、女子フリースケーティング。最終滑走者が滑り終えた瞬間、代々木体育館全体に歓声が爆発した。ほぼパーフェクトな演技を見せた浅田真央はフィニッシュのポーズを取ると、照れたように満面の笑みを浮かべた。

 良くも悪くも、今回のNHK杯女子シングルは日本選手が中心となった試合だった。2006年以来、2年ぶり2度目となる日本選手による表彰台独占。しかし2006年に表彰台に乗った3人は、ショート、フリー、総合、すべての順位が同じという安定した試合展開だった。対して今回はどうか。総合2位の鈴木明子は昨夜の時点では4位。表彰台を確実視されていた中野友加里にいたっては、まさかの5位。今まで安定した成績を残してきた彼女なだけに、ショートでの硬い動きには不安を感じずにはいられなかった。フリー当日の公式練習ではあまり技の確認をせず、集中できない様子でリンクを何周もしていた中野を見て「表彰台は難しいかもしれないな」と思った人は少なくなかっただろう。それくらい公式練習での彼女は落ち着きを失っており、「どうして良いのかわからない」という状態に陥っているように見えた。
 それが終わってみればこの結果。日本女子の強さ、とりわけ中野友加里の不屈の心を見せ付けられた。フリー冒頭は視線も低く、少し急いているのでは?と心配になる動きだったが、5つ目のジャンプを無事に降りると表情が和らいだ。終盤のストレートラインステップは顔もしっかり上がり、最後のドーナツスピンでは大歓声! 最後のポーズを解くと顔をゆがめ、涙を見せた。
「緊張しましたが、やれることはやりきったのでほっとしています。朝の公式練習ではまだ昨日のことを引き摺っていたのですが、先生(佐藤信夫コーチ)の励ましの言葉に洗脳されて(笑)、切り替えて出来ました。演技が終わったときは、達成感と昨日からの不安から解放されたという気持ちとで、こみ上げるものがありました」
 これで中野友加里のファイナル進出は決定。ファイナル、全日本と連戦となるが、本人は「ファイナルは今回は回避したトリプルアクセルや3回転-3回転に挑戦するのに良い場所。練習していないわけではないので、それを課題としていきたい」と意欲的な姿勢を見せた。

photo/Sunao Noto text/Miduka Kumakura


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NHK杯2008レポート(1) ペア 井上&ボルドウィン組SP2位 「観客というファミリー」

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 11月28日、NHK杯初日。
 この日もっとも観客と心を通わせたペアは、井上怜奈&ジョン・ボルドウィン組だったに違いない。
 良い演技を期待する拍手も、演技を後押しするように鳴らされる手拍子も、そして演技を終えた彼らに降り注ぐ歓声も、すべてが心地よいものだった。井上が日本で演技することを「家に帰ってきたようなフィット感がある」と語ってくれたが、今日、会場にいた誰もがきっと、彼女が語った「フィット感」を感じただろう。
 プログラムは、北欧のヴァイオリン&キーボードユニット・シークレットガーデンの「イルミネーション」。神秘的で透明感のある、美しい音楽だ。今までパワフルな曲や元気な曲を選ぶことが多かった2人。しかし、ずっとこういうタイプのプログラムを滑ってきたペアであるかのように、この曲は2人にしっくりと馴染んでいた。
「私たちのキャリアを振り返ってみると、力強い曲が多かったんですね。でも私たちはいろんな表現ができるチームだという自信があったので、柔らかさやクラシック的な部分を出したいと思ってこの曲を選びました。実はこれは、私がシングル選手だった頃からやりたかった曲で、私にとっては特別な曲。このプログラムはジョンの力強さと私の柔らかさが上手く出ていて、“1つの絵”になっている自信があります」(井上)
 演技冒頭のソロジャンプは3回転の予定が2回転に。ツイストリフトも決して高さがあったわけではなかった。けれど、ぴたりと回転が揃ったソロスピンをはじめ、お互いの呼吸を感じながら滑っていることが観る側にも伝わるエレメンツの数々。演技の最後、しっかりと低いデス・スパイラルから感じられた深い信頼に、たくさんの観客が「ペアっていいな、素敵だな」と思っただろう。アクロバティックな側面がアピールされがちなペア競技だが、やはり根底にあるのは「お互いを感じ、信頼して2人で滑る」ということ。この日の井上&ボルドウィン組の演技には、息を合わせながらも寄りかかることなく、2人でプログラムを大事に作り上げようという想いが溢れていた。
 そして、その彼らを守るように支えるように、大きくなっていった拍手と歓声にも、2人と同じ想いを感じることができた。どんなにスケーターと観客が想いあっても、家族であるかのような一体感まで得られることは少ない。それはもう「観る側」と「観られる側」である以上、仕方の無いこと。だから、2分50秒というほんのちょっぴりの間ではあったけれど、井上とボルドウィンの間にある優しい感情をお裾分けしてもらえた、この日の観客はとてもラッキーだ。
「すごい声援をもらうことが出来たので、サイドバイサイドのスピンで怜奈のかけ声が聞こえないくらいでした。おかげで僕たちも心が熱くなるような演技が出来たと思います。フリーも同じような気持ちで滑ろうと思っているので、応援してくださいね!」(ボルドウィン)
「しばらく競技生活から離れていたので、スケートアメリカでは2人の歯車が上手く噛み合っていませんでした。でも、まだ100%ではないけれど、今日の演技でまた元に戻せる自信がつきました。フリーでは、今出せるものを全部出したいと思っています」(井上)
 今日(11/29)行われるフリーは昨シーズンに引き続き「ポンペイ」、彼らの力強さを活かしたプログラムだ。果たして東京の観客たちは、今日もあのファミリーのような温かさを感じられるだろうか?

photo/Sunao Noto  text/Miduka Kumakura


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2008全日本ジュニア選手権レポート(2)女子シングルSP「ジュニア女子戦国絵巻」

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 全日本選手権などの大きな試合やNHK杯などの国際大会に比べ、全日本ジュニア選手権には、観客が詰め掛けるというほどの賑わいはない。今大会がおこなわれた日本ガイシアリーナはNHK杯も行われたほどの大きな会場だが、そのスタンドの片側半分に、一般の観客、関係者、記者等が入り混じって座ることになった。

 選手が紹介されると同じリンクの仲間たち、後輩たちから声援が飛ぶ。なかでも、地元である名古屋の選手に対してにはひときわ多く声援が浴びせられる。これはやはり競技会であり、会場にみなぎる空気は「鑑賞」ではなく「応援」が圧倒していた。

 今大会の女子ショートプログラムに出場した選手たちのなかで、実績と知名度という点では、昨年の同大会で好成績だった水津瑠美、西野友毬、あるいは、今年のジュニアグランプリファイナルに出場する村上佳奈子、藤澤亮子などに大きな期待が寄せられていたはずだ。しかし、蓋を開けてみると、ショートプログラムの結果は、前評判には必ずしも沿わないものとなった。たとえば昨年優勝し、今年は連覇に挑戦するはずの水津はSPの時点で19位に沈んでしまった。

 しかしながら、1位の中村愛音と水津の14点差というのは、順位の差から考えると比較的小さいものである。それだけ多くの選手たちが同程度の実力でひしめきあっており、とびぬけた力を持つ、かつての安藤美姫や浅田真央のような選手が出てきていないということを示しているだろう。また、多くの場合、点差はジャンプのミスでついており、堅実な演技をした選手が上位に残ったという見方もできる。

 フリーでのさらなる波乱が予想される結果ではあるが、ともかく登場順にしたがって、印象に残った選手を挙げてみたい。

 SPで4位となった西野友毬の滑りのスピード、はげしい上下動をふくむステップの躍動感には目を瞠るものがある。動きの複雑さゆえに若干音とずれてしまう場面もあったが、スピンやスパイラルにも勢いがあり、全体として見事な演技だった。トリプルルッツで転倒してしまったのが残念である。

 SP6位の高山睦美は、回転のはやいジャンプを跳ぶ選手が多いなか、縦に高く跳ぶ大きなジャンプが目立っていた。上位選手のほとんどが難度の高いスピンを入れるなか、ビールマンスピンなどをもたない高山は、スピンのレベルを上げることができなかった。しかし、エッジのミスもなくトリプルルッツを完全に決めた選手は高山ただ一人である。

 水津瑠美の結果は前述のとおりである。点数が伸びなかった主な原因は、3+3が回転不足となり、アクセルがシングルになったというジャンプのミスである。ダイナミックな動きをともなうステップには大きなポテンシャルを感じるものの、やや音をとれていない部分もあり、プログラムコンポーネンツの得点も伸びなかった。

 ノービスからジュニアに昇格したばかりの今シーズン、ジュニアグランプリファイナルへの出場を決めるなど、今大会でも大きな期待を寄せられた藤澤亮子は、まだ成長しきっていない身体をのびのびと使って存分に踊った。やわからくすばやいスピンも印象的である。しかし、ジャンプに関しては、ひとつめのフリップが抜けて一回転になってコンビネーションとならず、トリプルルッツの着地で手をついてしまうミスもあり、この時点で上位に食い込むことができなかった。

 見事SPで1位となった中村愛音のプログラムは、ヴェルディの「レクイエム」にダンスビートをミックスした激しい音楽が、彼女の勢いのある演技と相俟って効果的だった。トリプルルッツでWrong Edgeをとられた以外ジャンプのミスもなく、多くの要素でレベル4を獲得するなど完璧に近い内容で、文句無くこの日のトップに躍り出た。
 中村の演技後のコメントより:
「西日本より点数が高かったのはうれしかったです。スピンの回転が足りなかった気がするけど……。ジャンプはパンクしてばっかりだったけど、門奈先生に言われて締めたら跳べました。とにかく緊張しました。ジャンプは練習より今日のほうが良かったけど、スピンや他のところは硬くなってしまいました。今後は、スケーティングをみがいて5コンポーネンツがでるようにしたいです。」

 続いて登場した村上佳菜子は、地元名古屋の選手であり、藤澤と同様にジュニアグランプリファイナルへの出場を決めていることもあって、大きな声援と期待を集めていた。ひとつめのジャンプであるルッツが抜けて一回転となってしまったときには会場がため息で満たされたが、続く連続ジャンプとダブルアクセルは成功させた。スケーティングやスピンの巧さも印象的だったが、随所にコミカルな、あるいはコケティッシュなマイムを織り交ぜ観客を楽しませてもくれた。結果はSP7位。

 SP3位になった鈴木真梨は、比較的大柄な身体で白い衣装を着こなし、音楽にはオーソドックスな「白鳥の湖」を使って安定感のある演技を見せた。大きく軸のぶれないジャンプが特徴であり、二つ目のトリプルルッツにはにエッジに関する注意がついたものの、連続ジャンプ、ダブルアクセルをともに成功させた。姿勢がよく、スピン、スパイラルもポジションが安定して美しい。曲中でも殊にドラマチックな、「情景」の終盤、長調に転調した部分でのステップの優雅さが印象的だった。

 SP2位の今井遥は、非常によく動き、全体的に軽快な印象を受けた。ステップの足技と上体の動きはかなりはげしかったが、音は外していない。速い回転のジャンプも、トリプルルッツにエッジに関する注意がついた以外に失敗はなかった。またスピンのポジションの移行が美しく、殊にドーナツスピンからビールマンスピンへのスムーズな移行には目を奪われた。

photo/Masami Morita(写真は中村愛音選手) text/Naoki Tanaka


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2008全日本ジュニア選手権レポート(1)男子シングルSP「若き芸術家たち」

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 男子ショートプログラムを観戦していて、どの選手もどのプログラムもみなよく似ているという印象をもった。

 決められた要素をすべて盛り込まなくてはならないショートプログラムは、もともと選手の個性を発揮できる余地があまり残されていない。プログラム構成は基本的に同じ要素の順列組み合わせだし、使われる音楽や振付の方向性もほぼ似たようなものばかりだ。選手たちも、基本的にすべての要素をそつなくこなすことができるし、そうでなくては国内ジュニアの最高峰であるこの大会に参加することは難しいはずである。

 プログラムを作品と考えたときに、オリジナリティーと安全性ならば安全性が優先されるというのは、競技である以上当然のことだろう。誤解や失笑を招くことは避けねばならないし、過去に点数の出た傾向に倣うことが、プレゼンテーションの得点を獲得する戦術として最も確度の高いものである。ライバル選手が前シーズン使用した曲を流用することさえ、フィギュアスケートではごく普通のことなのである。

 ドラマティックかつ叙情的な音楽(多くはハリウッド映画の劇伴音楽である)にともなわれて、「大切な何かを求めています」あるいは「本当の自分を探しています」といった、浅いとは言わないまでもクリシェと化した感情を込め、振り回され差し出される腕の動きは、なるほど達者なものである。

 ただ、仮にフィギュアスケートがアートやエンターテイメントであるとしても、全日本ジュニア選手権はショーではなくてコンテストである。選手たちが日頃磨き上げたスケート技術と表現技術を発揮し、審判がそれに対して評価を与える場であり、同じような構成と主題のプログラムに飽き飽きしたとしても、観客に文句を言われる筋合いはないのである。

 それでも、SPの得点上位を占めた選手たちには個性的な存在感があったと思う。以下、殊に印象に残った選手たちを登場順に紹介する。

 SP5位の中村健人は、膝のやわらかさを感じさせる深い上下動など、長身を活かしたスケールの大きい演技を見せた。スピンでの転倒は惜しまれるが、それも動きの大きさゆえのことだろう。

 SP1位の町田樹の跳んだ大きなトリプルアクセルはこの日のハイライトだったが、それにも増して、町田の勢いの良い演技は大いに目を引かれた。細かな動作をつめこんだステップをこなしきれず、音楽に遅れてしまいがちな選手も多いのに対し、町田の動きはむしろ勢いがありすぎるほどで、音楽を引き摺って走るような、前のめりで激しい演技だった。

 SP3位の佐々木彰生は、軽くて高いジャンプの魅力に加え、スピードと柔軟性を活かしたスピン、小気味よく音に乗ったステップなど、演技の完成度という点では群を抜いていた。しなるような微細な腕の使い方を心得ていることも頼もしい。

 二度のジャンプ失敗が響いてSP4位の羽生結弦は、他の選手たちとは異なる種類の生物であるかのような不思議な印象を与えた。ドーナツスピンやビールマンスピンなどといったきわめて高い柔軟性を要求される技を、黒いコスチュームに包んだ長い手足を駆使し、難なく(というように見える)こなす様子は、美しいのかグロテスクなのか、とにかく妖しいとしか言えない奇妙な感覚におそわれてしまった。
 後半のステップでは、ジャンプのミスの影響もあってか、振りを性急に処理したり、音をはずしたりといったところが見られたのは残念である。
 現時点では少年ならではの中性的な魅力ということだろうが、ゆくゆくは彼自身尊敬しているというプルシェンコやジョニー・ウィアーにも通じる、両性具有的な力を獲得してゆけるだろう。さらに二人の先輩を超え、日本人ならではの「因業のようなオーラ」を纏った芸術家に育ってはくれないものだろうか。

 フリーでは、この日トリプルアクセルを成功させSP2位となった村上大介を交え、5人による激戦になることは必至である。

 点数面ではふるわなかったものの、野添紘介のコミカルな演技とすばやいスピンとツイズル、土生浩貴のプログラム終盤の情熱的な、全身を躍動させたステップなどもまた印象的であった。

photo/Masami Morita(写真は町田樹選手) text/Naoki Tanaka


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スケートカナダレポート(2)エキシビションという祝祭

Pcanada0874  フィナーレであるエキシビションで、スポットライトの中に滑り出て行くのは、上位入賞者に与えられる特権だ。それゆえに、緊張の中、戦いを制した選手たちにとって、それは特別に誇らしい瞬間となる。
 そしてまた観客にとっても、大会の後夜祭ともいえるエキシビションは、大きな楽しみの一つだ。自分が応援しているお気に入り選手のエキシビションナンバーが見られれば最高に幸せだし、試合でよい演技を見せてくれた選手のスケートをもう一度目にすれば、その感動が再び胸によみがえる。

 結果として総合5位に終わったものの、フリーの「アマデウス」で素晴らしい演技を見せた男子シングル、ショーン・ソーヤーが、何度見ても飽きない美しいスパイラルやバレエジャンプ、アップライトスピンを見せる。女子シングル3位、嬉しい表彰台となったアリッサ・シズニーの演技は、挑発的な振り付けすらも上品な魅力に溢れている。初のグランプリシリーズ表彰台に上った、男子2位のライアン・ブラッドリーは、得意のバック・フリップを連続で決めて会場を沸かせた。シニア初参戦ながら2位と表彰台をさらった、カナダの若手アイスダンスカップル、ヴァネッサ・クローンとポール・ポワリエを、地元ならではのあたたかな祝福の空気が包む。

 しかし、今回スケート好きのカナディアンにその存在をはっきりと印象付けたのは、ペア優勝の川口悠子、アレクサンドル・スミルノフだった。エキシビションでは、二人の持ち味を生かしたアクロバティックなナンバーを披露。アンコールにこたえて、さらにもう1曲をフルで滑りきったサービス精神とスタミナに、会場は総スタンディングオベーションに。観客の心をしっかりとつかみ、二人にはひときわ大きな拍手と惜しみない賞賛が送られた。
 一方で、女子シングル2位となった村主章枝はスケートカナダの常連。今回で出場回数は8回目、表彰台は5回目となった。毎年のようにこの大会に出場している彼女のファンは、カナディアンの中にも多く、彼女が登場するだけで観客が喜ぶ人気者である。すでに日本ではおなじみの道化師衣装のナンバー。お茶目で可愛らしいパフォーマンスに会場から拍手喝さいが上がる。日本人選手である彼女の2季ぶりの表彰台を、あたたかい気持ちで喜ぶ雰囲気が会場からは伝わってきた。

 この大会の最後を締めくくったのは、自国カナダ代表の二人。男子シングル、女子シングルのダブル優勝を飾った二人の登場に、会場は文句なしの盛り上がりを見せた。司会者が、女子シングル優勝のジョアニー・ロシェットと男子シングル優勝のパトリック・チャンに、「どちらが先に滑る?」と投げかける。ロシェットが「私はレディーファーストを主張するわ」と言うと、チャンが「コインを投げて決めよう」と提案。その結果、チャンがロシェットにトリを譲り、先輩に花を持たせる形でエキシビションは終了した。

 最後まで和気藹々とした大らかなムードが漂ったスケートカナダ。機会があれば、日本の大会とはまた違った雰囲気を味わう贅沢を、ぜひ一度体験してみてほしいと思う。

text/Hiroko Kato (写真はエキシビショングループナンバー練習風景)


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スケートカナダレポート(1) フィギュアスケートを楽しむカナディアンたち

Canada0895  お祭り気分は、会場までを運行するシャトルバスの中から始まっていた。
「1900ウン年にどこどこで開催された大会のときには……。世界チャンピオンになったジェフリーは……。ロシェットがこの間……。初めてテッサ・ヴァーチューを見たとき、彼女はこんなに小さくて……」
 バスの中で、乗り合わせた乗客たちに向かい、生き生きと語る白髪の老婦人。スケートカナダの観客の半数は、この老婦人のような昔ながらのフィギュアスケートファンによって占められている。杖をついて会場の階段を上り下りする姿も決して珍しくはない。
 首から提げた入場券のストラップに、過去の大会のピンバッジをいくつも誇らしげに留めている、年配のカナディアンたちが会場を行き交う。コーヒーやフライドポテトを片手に観戦を楽しみながら、自国選手に限らず、お気に入りの海外選手、よい演技をした選手に大きな声援を送る。選手たちに向ける視線には「この大会に来てくれてありがとう、あなたのスケートを見せてくれてありがとう」という暖かさが溢れている。その様子は、まるで自分の子どもや孫たちの成長を見守っているかのようだ。若い頃から毎年のようにスケートカナダを楽しみにし、応援し続けてきたこの年齢層によって、カナダのフィギュアスケート界は支えられているのだと実感する。

 その一方、地元の少女たちが、リンクサイドで客席で、練習や試合の合間の選手たちにサインや写真をせがむためにこぞって列をなす。パンフレットの表紙に大会出場選手たちのサインを収集しているのだ。
 ある少女から差し出されたパンフレットを「僕のサイン、もうあるよ」と、笑顔で返すパトリック・チャンの気さくな様子が微笑ましく、見守る大人たちの表情が思わず緩むワンシーンも。

 シーズン直前に衝撃の引退発表をした、現世界チャンピオンのジェフリー・バトルも、ペアとアイスダンスのフリー演技の実況解説者として会場に姿を現し、大会の盛り上げに一役買っていた。
 出場する側ではなくなったことをどう感じるかという質問に対し、「想像していたよりもずっと穏やかな気持ち。自分の決断は間違っていなかったのだと感じている」とコメント。
 また、先般、フェドール・アンドレーエフ選手(コーチでもあり振付師でもあるマリナ・ズエワ氏の息子)の振り付けをしたことや、スターズ・オン・アイスのツアーでは、今季の競技プログラムとして用意した、デヴィッド・ウィルソン振り付けの「Eclogue」を滑る予定であることなどが話題にのぼった。

 その他にもセッションとセッションの間には、スポンサー関係のイベントが数多く用意されていて、さらにお祭り気分を盛り上げてくれる。
「ベストパフォーマンスをした人をバックステージツアーに招待、バトルやチャンとキスクラで記念撮影を」というアナウンスに、会場中の老いも若きもがのりのりで踊る姿が会場の大スクリーンに映し出される一幕も。
 自分の競技を終えた、もしくは出番を待つカナダの選手たちが気軽に客席に現れて、大声で自国選手を応援する姿をそこかしこで目にする。
 緊張感溢れる真剣勝負の場でありながらも、そこには、選手も観客も思う存分にこの一大イベントを楽しもうとする、カナディアンらしい姿勢があった。

text/Hiroko Kato 


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西日本選手権レポート 無良崇人フリー2位、総合2位 時代を作る男たち 

Takahito191x6325_3   フィギュアスケート男子シングル、シーズン開幕前にはジェフリー・バトル、ステファン・ランビエールとふたりの人気スケーターが引退。残念なニュースに、男子シングルを見る楽しみがずいぶん減ってしまったようにも思えた。
 だがそれならば、僕たちの番! とばかりに、スケートアメリカでは19歳の小塚崇彦が、スケートカナダでは17歳のパトリック・チャンが優勝。ランビエール達に代わる新世代が続々と名乗りを上げ、シーズン初めから目が離せない展開になっている。
 この世代でさらにもうひとり、今シーズンに入って急成長を見せているのが、シニア一年目の高校3年生、無良崇人だ。
 2日、大阪市・大阪プールスケートリンクにて行われた西日本選手権では、織田信成に次いでショート2位、フリー2位、総合2位。しかしフリー、西日本選手権としては例年になく大入りのお客さんを沸かせ、スタンディングオベーションをも起こしたのは、無良崇人の「古事記」だった。

 滑走順は、今日のお客さんのお目当て、織田信成の演技が終わった後。まずは迫力も高さもあるトリプルアクセル-トリプルトウで、長時間の観戦の疲れが出ていた観客や報道陣、スタッフの目を一気に覚まさせてしまう。
「昨日のショートがフィンランドの試合(10月上旬)ほどいい出来ではなかったので……今日のフリーはパーソナルベストが出せればいいな、と思って滑りました」
 スピードに乗って跳ぶジャンプは、トリプルルッツ-ダブルトウ、トリプルフリップと次々成功。これぞ男子シングルの醍醐味! とうなりたくなるような高くて美しいジャンプを、これでもかと爽快に決めてくれる。出だしから良く動いていた身体は、ジャンプが連続して決まると、ますます気持ちが乗ってきて、しなやかさを増していくくようだ。中盤のサーキュラーではきっちり観客に視線を送りつつ、魂を込めつつ、見ている人を自分の懐に引きずりこむような迫力のステップを見せた。
 後半、今年は得点が高くなる時間にもう一本入れたいと語っていたトリプルアクセルも、前半のパワーをキープしたまま成功! 疲れも溜まり、きついこの時間のトリプルアクセル。しかしここで、この大きさで決めてしまうと、盛り上がりが半端ではない。見ている人もぐっとプログラムに引き込まれるし、彼自身も大きなカタルシスを感じただろう。その後は、つなぎのイーグルひとつにも色気を感じるほど、プログラムの空気に凄身が増した。
 しかし最後、これさえ決まればパーフェクトという最後のコンビネーションジャンプ、ダブルアクセル-ダブルトウ-ダブルトウ。これが惜しくも体勢を崩し、ステップアウト。一瞬彼自身も「やっちゃった……」という素振りを見せたし、客席にも「もったいない……」という空気が流れた。でも、その悔しさを振り払うように、最後の最後は素晴らしい気迫のストレートラインステップ。場内は大拍手、そのまま、フィニッシュ! わああっとなだれを打つように、お客さんが次々に立ちあがる。
 スタンディングオベーションを前に、素に戻った無良崇人は、ほんとうにうれしそうに大きく手をふった。さっきまで渾身の演技を見せていたパフォーマーは、一瞬にして高校3年生に戻ってしまったようで、そのギャップがまた爽やかで、人々はさらに大きな拍手を送った。それだけ、無良崇人は「古事記」の世界に入り込んでいたのだ。

 シーズン中はスケートの試合を見てばかりいるが、終わってしばらく、放心して取材メモを放り出したくなるほどの演技というのは、そうそうない。今日の無良崇人のフリーは、まちがいなくそんな演技、一年にほんの何度かの、仕事を抜きに「いいもの見せてもらった!」と思える演技だった。
 10月上旬の国際試合、フィンランディアトロフィーでは、シニアデビュー戦でいきなりの優勝。今年の無良崇人はかなり行けそうだ、という声は上がっていたが、ここまで魅せてくれる選手になっていたとは、嬉しい驚きだ。
「バンクーバーが終わったら、大ちゃんの世代の選手が引退して、日本の男子も少しさびしくなると思う。その時、全日本選手権を見に来た人がつまらない、と思わないように。上の選手たちに続く僕らが、世界で戦える選手になっていなきゃ、と思うんです」
 そう語ってくれたのは、この夏のインタビュー。今、世界のトップで戦う世代の、次を担う選手として、日本の男子をしっかり支えていきたいという意志表明だ。しかし今日の演技が、さらにそれ以上ができるのならば、無良崇人は上の世代に遠慮する必要など、まったくない。堂々のバンクーバー五輪代表候補として、これから2シーズン、大暴れして欲しい。

 もちろん、今日は国内戦初の4回転挑戦ということで安全運転気味だった織田信成も、4回転の調子をつかめば、やすやすと無良崇人に主役の座を明け渡したりはしないだろう。スケートアメリカを制した小塚崇彦も元気だし、スケートカナダは少し残念だったが、南里康晴もメラノカップ優勝で自信と貫禄をつけている。これから国際大会を控えている中庭健介や小林宏一の動きも楽しみだ。

 男子シングル、日本のエースは髙橋大輔だ。また、おそらくバンクーバー五輪まで、その地位は揺らがないだろうと、昨年までの彼の活躍を見て、多くの人が感じている。
 しかし、これから1年と数か月。オリンピックの3枠のみならず、日本の一番手を髙橋大輔と競うような争いを、彼らが見せてくれるとしたら……日本の男子シングル、こんなにわくわくする時代は、またとない。

photo/Koichi Nakamura  text/Hirono Aoshima 


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ジャパンオープン 2008レポート(2) サラ・マイヤー 強き不屈の美

_12e0146_2  「ジャパンオープン2008」が行われた、さいたまスーパーアリーナ。
 中野友加里が素晴らしい演技でシーズンベストのスコアをたたき出し、会場はイベントとして大会を楽しむ空気から、白熱する競技会の空気に一変。しかしこの時、浅田真央以外に中野友加里を超える点数を出す選手が現れるとは、正直予想できなかった。

 続いてリンクに登場したのはチーム・ヨーロッパ、スイスのサラ・マイヤー。
 彼女は無事に滑り切ることができるのか――ステファン・ランビエールらチームメイトをはじめ、観客たちは若干の不安を感じながらマイヤーを迎えたのではないだろうか。
 というのも直前の6分練習、ジャンプミスによる転倒後、フェンスに直撃してうずくまる場面があったのだ。同じチームのキーラ・コルピが心配そうに声を掛けるなか、やっとのことで立ち上がるも、足を引きずりながらフェンス際を歩き、何とかコーチのもとにたどり着いた。その後、2度ほどジャンプの調整を行ったが、見ている側は「棄権」という言葉が頭をよぎるような状態のまま練習を終了させていた。
 しかし滑り出したマイヤーは、そんな不安を全く感じさせない。むしろいつも以上にムーブメントをコントロールできている。そして「黒のラフォリア」「秋の紅」の調べにのせて、自らを自由に氷の上に解き放つような滑りで魅了した。
 冒頭のジャンプ、トリプルルッツ‐ダブルトウ‐ダブルループ、成功。ていねいに、軽やかにジャンプをクリアしていく。ともすると繊細な体躯と清楚な容貌に目を奪われがちだが、マイヤーの身体はまるで柳のごとくしなう強さを持っている。そんな身体から生み出される、ぶれのないスピンやスパイラルは、優雅でやわらかい動きの中にも、秘めた激しさを感じさせる。フィギュアスケート、中でも女子シングルの持ち得る魅力が存分に発揮された表現からは、清々しさが感じられた。点数でもシーズンベスト、さらにはパーソナルベスト。彼女にとって今シーズン一番の演技といって間違いないだろう。
 たった数十分前には歩くのもやっとの状態に見えた選手が、これだけ心身ともに充実した演技を披露してくれた。痛みや心の動揺に立ち向かい、短時間でそれを乗り越えたうえで、最高のパフォーマンスを演じる強さ。そこには、ひとつの「美」の姿があった。

 サラ・マイヤーの演技終了とともに、会場にひときわ高い歓声が響いた。チームメイトでスイスの同胞、ステファン・ランビエールのものだ。スタンディングオベーションで彼女の演技を讃え、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら大歓声を送る。チーム戦ならではの温かい光景だ。
 これも、マイヤーの不屈の美が生んだ、プレミアムの一つだったかもしれない。

photo/Sunao Noto   text/Yukiko Oshima


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ジャパンオープン 2008レポート(1) 中野友加里 挑戦し続ける心

0450_2  「人間、いい時もあるし、悪い時もある」
 4月20日、さいたまスーパーアリーナで開催された「ジャパンオープン2008」終了後の記者会見。中野友加里が、その日不調に終わった髙橋大輔へのメッセージを求められ、来シーズンへの期待をこめて語った言葉だ。
 世界選手権が終わって、およそ1カ月。この時期に行われる、ヨーロッパ・北米・日本の3地域対抗戦は、選手たちにとって調整がとても難しいものだろう。オフシーズンモードの演技だったとしても、やむを得ない。シーズン中、ピーキングにどれだけの集中力を注ぎ、どれだけギリギリのところまで自分自身を追い込み、あの素晴らしい演技が生まれているのか――ある意味、そのことを実感できる。だからこそ「いい時も」「悪い時も」あるのだ。
 そんな空気が支配しがちな、この時期の競技会で会場を一変させたのが、中野友加里だった。

 フリープログラムの『スペイン奇想曲』で、すっかりお馴染みとなった艶やかなオレンジ色のコスチューム。中野友加里は、その衣装に負けないくらい華やかな、きりっと引き締まった表情でリンクに登場した。
 まず会場を沸かせたのは、今シーズン挑戦し続けてきたトリプルアクセル。ダウングレード判定はあっても、シーズン全試合でトリプルアクセルを着氷した女子選手は、中野友加里だけだ。
 実はこの日、彼女はトリプルアクセルを跳ぶつもりではなかったと言う。プロトコルの申請もダブルアクセルで提出していた。
「コーチから『挑戦する友加里ちゃんの姿を楽しみにしている人がいる。たとえ失敗してもいいからやった方がいいよ』というアドバイスがあったので……。じゃあ、何があってもいいからやろう! と決心して、今日は臨みました。その結果、たぶん回転不足を取られていると思いますが、ちゃんと転ばず着氷することができて、よかったです」
 コーチから受け継ぐチャレンジ精神。それを実践することで着実に身につけている自信が、彼女の身体からキラキラと放たれている。このトリプルアクセルで、観客の心を一気につかんだ。
 美しいポジションを次々と展開するコンビネーションスピンでは、会場からため息ももれる。
 笑顔を振りまくスパイラル以降は、さらに畳み掛けるように魅せてくれた。トリプルトウ‐ダブルトウ‐ダブルループを成功させると、中野友加里自身も少し緊張が解けたのか、音楽に乗り、伸びやかなサーキュラーステップを披露。最後のドーナツスピンでは、彼女の手のひらが太陽のごとく突き上げられると、拍手とともに歓声が沸き起こった。そしてフィニッシュと同時に、スタンディングオベーション。会場中が興奮と感動に満ちた瞬間だった。
 イエティボリの世界選手権で、あれだけ素晴らしく、本人も納得の演技を見せて1カ月。彼女は気持ちを緩めることなく、さらにシーズンベストを更新するパフォーマンスを披露した。いい時も悪い時もあるはずの中、競技会で、コンスタントに一定レベル以上の演技を披露し続ける、安定感に心打たれる。その安定感とは、きっと日々の「挑戦」に裏付けられたものなのではないだろうか。この日、改めて、観客は中野友加里の底力を見せつけられた。

photo/Sunao Noto   text/Yukiko Oshima

*中野友加里選手と髙橋大輔選手のスペシャル対談が、現在発売中の別冊ザテレビジョン 男子フィギュアスケート~2007-2008メモリアルブック~に掲載されています


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全日本選手権アフターレポート 安藤美姫、「ファム・ファタル」への飛躍

Miki_mg_5908_2   全日本選手権で安藤美姫が演じた鬼気迫るカルメンは、潔く、誰にも媚びず、自らの最期を堂々と受け入れる、強い「運命の女」だった。NHK杯であらわにさらけ出してしまった「ホセの妄執に怯える悲劇のヒロイン」の影はどこにもなかった。
 この自由でしたたかで力強い女性の魅力を、彼女は今までどこに隠していたのだろう? 演技の生々しい迫力に圧倒されつつも、私は少々困惑していた。

 が、彼女の変貌の謎を解く鍵は、メダリスト・オン・アイスでお披露目されたショーナンバーの中に埋まっていた。

 新しいエキシビションナンバー「Handcuffs」で、安藤美姫は自分の現在の等身大の魅力を余すところなく伝えてきた。この曲を感じて滑っている時の彼女は、真夜中に街の中を駆け巡るしなやかな黒猫のようだ。私は、その猫の領分を侵さないよう気をつけながら、静かにその姿を見続けていたい気分になった。真夜中の黒猫は、気高く惑わず、それでいてチャーミングだ。そしてその思わず見入ってしまう黒猫と安藤美姫は、同じ魅力を持っている。

 そこにはもう、ジャンプを跳ぶのだけが楽しくてしょうがなかった子どもはいない。周囲の雑音に惑わされ、傷ついた心を隠すため必死に笑顔を作り続けた少女もいない。思えば最初に見た時から、彼女の最大の武器は、存在自体がチャーミングだということだった。なのに、その武器に本人だけが気付いておらず、それ故に周囲とのギャップに悩んだのだと思う。

Mikiimg_6284s「スケートが楽しいという気持ちを忘れかけていたけど……全日本ではエンジョイしながら力を出せるのがわかりました」と安藤美姫は語る。「エキシビションナンバーの曲はすごく気に入っている大好きな曲です。ちょっと変わっているのだけど、ニューヨークのダンスの先生にも教わったナンバーです。ちょっと練習がのらない時には、『カルメン』じゃなくてショーのナンバーをかけて、その音楽で『カルメン』を滑ったりもしました」とも。

 悩みに悩んだ末に、彼女はやっと自分の魅力を発見し、受け入れることができたのだろう。安藤美姫は自分の魅力を隠していたのではなかった、気付いていなかったのだ。
 「Handcuffs」に合わせて踊る安藤美姫に、揺らぎや迷いはない。自分の魅力に気付き、どうすればその魅力がより活きるかわかったからだ。

 きっとこれからも、安藤美姫の前には大きな壁が立ちはだかるだろうし、突然の困難だって降り掛かる。そのことによって彼女が自分の本質を見失い、一時的に華やぎが色褪せたり輝きが消えかかることがあるかもしれない。
 しかしそうであったとしても、私たちには、もうやきもきする必要はない。私たちは、いずれ蝶となるさなぎを見守るように、安藤美姫が自分自身の本来の魅力を思い出す時まで、ただ待てばよい。降り掛かった困難や大きな壁を乗り越えた時、彼女はそれまでより更に飛躍的に美しく変貌していくだろうから。

text/Koyori Kirishima  photo/Sunao Noto(上、全日本選手権フリー) Masami Morita(下、メダリスト・オン・アイス)   


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全日本選手権女子フリー終了 浅田真央優勝「気持ちの階段」

Maoimg_3420s  ショートプログラムで今シーズン初めてノーミスの演技を披露した浅田真央。誰もが「フリーも大丈夫」と思っただろう。しかし最初のトリプルアクセルがシングルになってしまった。「ちょっと消極的になってしまって。もっと気持ちを前に出せばよかったんですけど」

 練習ではトリプルアクセルも、トリプルフリップートリプルループのコンビネーションもちゃんと降りている。しかし試合では失敗してしまう。練習でちゃんとできていることが試合でできないのは、技術の問題ではない。浅田真央が言うように気持ちの問題だ。

 気持ち。この形の無いものに選手は翻弄される。練習ではできることが試合ではなかなかできない。それは、スケートを始めたばかりの子供でも、世界選手権でメダルを争う選手でも同じだ。できないからこそ選手は悩み、苦しむ。
 浅田真央は「何かを変えなければ」と思い、ショートプログラムの衣装を変えた。たったそれだけのことで何が変わるのかと思うかもしれない。でも、気持ちを変えるために、何かをしなければならなかったのだ。気持ちを変えるのには何かきっかけが要る。

 フリーではトリプルアクセルをミスしたことがきっかけになった。「トリプルアクセル以外の部分、ジャンプだけじゃなくて全部ちゃんとやろうと思って」気持ちを切り替えて、演技後半のトリプルフリップートリプルループも決めた。これで3回続けて試合で決めたことになる。「今回の試合で良かったことは、ショートプログラムを克服したこと」と語った浅田真央。克服というのはつまり、苦しんできたコンビネーションジャンプを跳べる気持ちを、ようやく持てるようになったということだ。

 浅田真央はちゃんと階段を上っている。といってもそれは技術の階段ではなく気持ちの階段だ。技術の階段はかなり上っているが、気持ちの階段は一気には上れない。ファンの頭には、ジュニア時代のミスをしない浅田真央が頭にあるので、完璧な演技を毎回要求されてしまうけれど、この気持ちの部分については成長を見守るしかない。なんといっても、まだ17歳なのだから。

text/Seiho Imaizumi  photo/Masami Morita    


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全日本選手権男子フリー終了「泣く者と、笑う者と」(2)

Ajnannri_mg_3886  結果は、南里がショートプログラムの4位から逆転して3位に入り、世界選手権の切符を手にした。得点差はわずかに0.87。中庭があとひとつジャンプをクリーンに降りていたら結果は変わっていた。それほどにほんのわずかの差だった。

 試合後、中庭健介はしばらくインタビュー席に現れなかった。一度はテレビカメラの前に立ったものの答えられる状態ではなく、一旦控え室に戻り、再び泣き腫らした眼で現れて気丈に質問に答えた。「勝負の世界なので、誰かが笑えば誰かが泣かなきゃいけないというのはわかってたんですけど、負けることがこんなに悔しいと思ったのは初めてです」

 記者会見に現れた南里康晴は「言葉にあらわせないぐらい嬉しい気持ち」と笑顔で語ったが、中庭との差がほんのわずかだったことについて聞かれると「スピン、ステップの部分で少しでも点数を上げようと努力してきて、それを最後まであきらめずにやれたのが、その点差で勝てた理由だと思う」と、まっすぐ前を見て答えた。それだけの練習をしてきたという自信が感じられた。

 最後まであきらめなかったのは南里康晴も中庭健介も同じだ。努力してきたのも同じ。同じ福岡で競いあってきた2人が、同じように努力をして同じように戦った。その差はほとんど無いに等しい。それでも順位がつくのが勝負の世界だ。
 言い換えれば、3人目の代表争いがこれだけ僅差の勝負になるほど、日本の男子のレベルが上がったということだろう。初出場となる小塚も南里も、ただ出るだけではなく、来シーズンの出場枠を3つ確保することを目標に挙げた。この激しい戦いを勝ち抜いた3選手が世界選手権でどういう演技を見せるのか、今から待ち遠しい。

photo/Sunao Noto   text/Seiho Imaizumi 


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全日本選手権男子フリー終了「泣く者と、笑う者と」(1)

Ajdaisuke_mg_3759  高橋大輔は圧倒的だった。声援の大きさや応援バナーの数、そして何より演技の内容がずば抜けていた。世界の舞台で一番になるために何が必要かを考え、この全日本選手権では「4回転を2つ」という目標を掲げ、見事にそれを達成した。
 高橋大輔が別格の演技を披露した。そのことが、残る2つの枠を争う選手の心に少なからず影響を与え、そして与えなかった。

 小塚崇彦はトリプルループがすっぽ抜けてシングルになった以外は、ほぼ自分の力を出し切り、演技が終わると力強いガッツポーズを見せた。滑走順は最終グループの1番目。高橋大輔の演技を見ることなく自分の演技を終えることができた。
 もちろん、小塚自身はこのことをまったく意識していないだろう。自分の演技に集中して結果を出しただけだ。自分の演技に集中する。この一見当たり前のことがフィギュアスケートではとても難しい。

 小塚の次に登場した高橋大輔がすばらしい演技をして、観客のほぼ全員が立ち上がって拍手をおくった。得点が出るまでの間も、高得点をうながす拍手が続き、さらに表示された得点の高さに観客からはどよめきが起こった。
 その間ずっとリンクにいた南里康晴は「体がガチガチになってしまった」という。最初のトリプルアクセルは力が入ってしまい大きくステップアウト。次のトリプルフリップはなんとか降りたものの、トリプルループで転倒してしまった。
Ajkensuke_mg_4148  この転倒ですこし肩の力が抜けたように見えた。トリプルアクセルートリプルトウループのコンビネーションを含め、残るジャンプを決めて演技を終えたが、その表情に笑みは無かった。

 中庭健介はフリーで4回転を跳ぶことを決めてはいたが、心の片隅に迷いがあった。その時、控え室のモニターテレビで高橋大輔が4回転を2度成功させたことを知る。
「4回転は今シーズンものすごく不安で、正直逃げ出したくなりました。他の選手の出来具合で、最初に3-3を持ってくるということも考えたんですけど、高橋選手が果敢に4回転を2回、すごいプレッシャーの中で成功させたので、そういう高いレベルで戦うためには逃げてちゃダメだという気にさせてくれました」
 そしてリンクに現れた中庭健介は「今までで一番緊張していて、出番が近づくたびに体が震えるような状態だった」という。最初の4回転は着氷が乱れてオーバーターン。トリプルアクセルは決めたものの、その後のジャンプで細かい着地ミスが続いてしまう。必死に転倒だけはこらえたが、演技を終えた中庭の顔にもやはり笑みはなかった。

photo/Sunao Noto   text/Seiho Imaizumi 


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全日本選手権女子SP終了 村主章枝3位、中野友加里4位  (2)

Img_7273s  点差はたった2.3点。しかしミックスゾーンでの村主章枝、中野友加里の表情は対照的だった。気丈な中野友加里は、記者の前で涙を見せることはほとんどない。しかしこの日、涙は流れこそしなかったけれど、大きな瞳にたまって、必死にとどまろうとしていた。
「とにかく今はルッツの失敗のことしか考えられません」
 ここまで悔しさを露わにする彼女を見るのは、はじめてかもしれない。
 
 失敗は、ルッツがダブルになった、その一点のみだった。
「今シーズン、一番緊張しました」
 と本人も言うように、村主章枝の演技で熱くなったリンク、そこに出て行く時の表情の硬さは、グランプリファイナルの比ではなかった。こぶしは固く結ばれたままほどかれないし、氷を蹴る勢いも、演技ではなく喧嘩でも始めそうだ。
 世界選手権がかかった一戦。ずっと好調を維持してきたシーズン、絶対に出たいという気持ち。争う相手が、元は同じコーチのもとで練習し、大学の先輩でもある村主章枝だということ。その彼女と滑走順が隣り合わせになり、直前に素晴らしい演技で終えられてしまった状況。いやでも聞こえるお客さんの大喝采……。これだけの重圧の中、パーフェクトな演技ができればほんものだ、と思った。
「でも、ルッツがダブルに……。踏み切るのが、いつもより早かったんだと思います。タイミングが合わなかった」
 試合は怖い。心の大きな揺れが、猛練習の積み重ねで身につけた得意のジャンプなタイミングをも、狂わせてしまう。
 しかし今日、中野友加里の底力を見たのは、ルッツの失敗以降だったかもしれない。「女子では世界で数人の、トップレベルに入るのではないでしょうか」と平松純子フィギュア部長にも絶賛されたスピンは、この日誰よりも速く、スムーズなポジション変化で魅せた。ストレートラインステップの動きの鮮やかさやスピード感も、イーグルからのダブルクセルのジャンプとして美しさも、どのエレメンツをとってもトリノでみたものの何倍も精度を上げている。
 そしてスパイラルで、ステップで見せた、観客にしっかり視線を送る華やかな笑顔! この笑顔を見た時点で、中野友加里はルッツの失敗のことなど何も気にしてはいないんだ、と思ってしまった。一つのジャンプの失敗などにとらわれず、自分の世界を今日は描けているんだ、と。
 とにかくルッツの失敗以外は今シーズン最高の、いや中野友加里のSP史上最高の演技だったのではないだろうか。

 しかしどんなに記者が讃えても、ジャンプミスがありながら高得点が出ていることを聞いても、表情は曇ったまま。「他の部分が良かったかどうか……わかりません。ルッツのことしか頭になくて、得点もしっかり見ていないんです」
 そんなに落ち込むことなど、ないのに! と、本当に大きな声で言いたい。この緊張感のなかでこれだけの演技ができたこと。ルッツの失敗をこんなに引きずりながら、体はきっちり身につけた動きをこなし、表情には一点の曇りもなかったことに、むしろ驚いた。質問に答える泣きそうな表情、振り絞るような悔しさとは対照的に、見ているこちらはほんとうに、失敗したからこそ中野友加里の真価が見られたことが、うれしかった。
「今日のことは忘れて……フリーでは、まずは自分の演技に集中してがんばります」

 村主章枝と中野友加里。26歳と22歳。日本の女子シングル黄金時代を築いてきたふたりが今日、おそらく世界選手権への3枚目の切符をかけて、争う。ほんとうに、今年ほど世界選手権の切符が4枚あればいいのに、と思ったことはない。
 きっとどちらも一歩も引かない。お互いの積み上げてきたもの、お互いの信じるスケートを、思い切りぶつけてくれるだろう。「技術的には二人ともが高いものを持っている。『世界選手権に行きたい!』その気持ちが大きい方が、勝てるのでしょう」(伊藤秀仁強化部長)
 ふたりともに、体調もメンタルも最高のコンディションでフリーを迎えてくれること祈るしかない。そしてすべてが終わった後、ふたりともが悔やむことなく結果を受け入れられる戦いであることを、祈るしかない。
 

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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全日本選手権女子SP終了 村主章枝3位、中野友加里4位 (1)

Img_7107s  浅田真央、安藤美姫がそろい踏みした第2グループも熱かった。しかし、第5グループの村主章枝、中野友加里の戦いも、実に見ごたえのある一戦だった。日本の全日本選手権は、いつからこんなに贅沢な試合になってしまったのだろうか。

 彼女ががんばると、全日本選手権はこんなに熱い! 久しぶりの村主章枝会心の演技に、大きな拍手を送りたくなるショートプログラムだった。
 まず「これは練習してきたな!」と思わせる切れ味鋭い動きから、「テイク・ファイブ」は始まった。ピンク色の新しい衣装も、しっかりくくったポニーテールにも、気合いのほどがうかがえる。
 もともと村主章枝といえばトウジャンプの高さがトレードマークだったが、今日のポーンと跳ね上がるフリップの気持ちよさは、10代の頃の村主章枝を彷彿とさせる爽快感だ。もちろん、高さもスピードも、若きジャンパーだったころほどの勢いはなかったかもしれない。でも、ジャンプに挑む助走時の、真剣なまなざし、着氷した時のきりっとした笑顔! なんとなく跳んでも高いジャンプになっていたころには感じなかった、年齢を重ねた選手のジャンプに対する真摯さが、村主章枝の跳躍をほんとうに気持ちのこもったものにさせていた。
 多くのベテラン選手が新採点システム対策に苦しみながら引退をしていったが、村主章枝の挑戦はまだまだ続いている。上下動を大きく取り入れたストレートラインステップなどにも果敢に挑み、観客からの大きな手拍子も、レベル3の判定も、両方を手に入れた。
 演技後には、村主章枝が「ほんとうにうれしかったです!」というスタンディングオベーションがお客さんから送られ、村主章枝は満面の笑顔を客席に返す。
 バックステージで記者に囲まれながらも、ほんとうに久しぶりにニコニコとうれしそうだった村主章枝。演技直後の声を聞いてみよう。

――久しぶりのいい演技にお客さんも大喜び。立ち上がっている方もたくさんいました。
章枝 ほんとうに、この年末の忙しい中、たくさんの方が応援に来てくださって。今シーズンはなかなか成績の出ていない私にも大きな声を出していただいて、うれしかったです。今回は久しぶりにロシアから帰国したんですが、余計に日本のファンの方たちのありがたみを感じています。自分のお金でチケットを買って見に来てくださって、失敗しても文句も言わずに応援を続けてくれる。感謝の気持ちでいっぱいです。

――お客さんの声援もありましたが、やはり「全日本に強い」村主章枝でしたね。
章枝 そんなことないですよ(笑)。去年のこともあるし、「全日本に強い」は、ないです。ただ長く出続けていると、いろいろな全日本選手権があるというだけ。

――昨年行けなかった世界選手権への思いは、強かった?
章枝 もちろんありましたが、先生から技術的な注意事項を何点かいただいていて、朝もその点を最終チェックしていたんです。それさえクリアすればできるんだ、やらねばならぬ! って気持ちの方が、今日は大きかったですね。

――スピード感もあり、非常にいいSPでした。
章枝 でも振付の先生、アナスターシャから見たら、50%くらいって言うと思いますよ! 滑りながら彼女の顔が思い浮かんじゃったけれど、「ロシアでは放送されないからいいや!」って(笑)。アナスターシャの指導はほんとうに勉強になるんですが、実は先生、私の妹と同い年なんです。

――明日のフリーも楽しみですが、どんな演技を見せてくれますか。
章枝 タンゴっぽい振付けをきちんと見せたいということ。それから今シーズンのテーマは「心」なので、今日は出来が良かったけれど、また初心に戻って。大切にしている「心」を表現できれば、と思います。

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女子シングル直前 ジュニアチャンピオンに注目(2) 水津瑠美「最終グループ目指して!」

Rumiimg_4546s  西野友毬選手をはじめ、今シーズンは才能あふれる選手たちがたくさん、ノービスからジュニアに上がった。しかし見事全日本ジュニアを制したのは、昨年の世界ジュニア代表・水津瑠美選手。大きな経験を着実にものにし、大人の魅力も漂う演技で、今年も全日本選手権に挑戦する。
 全日本ジュニアを制した直後のインタビューを聞いてみよう。

――ついに全日本ジュニアチャンピオンですね。
瑠美 うごくうれいです。今シーズンはフリー、ぼろぼろの演技ばかりだったけれど、そのなかではいい演技ができました。だけどやっぱり、ちょこちょこミスはあったかな? 3-2-2も最後のトウループも。でもループが今まではばらばらだったのが、きちんときれいに降りられたのは大きかったです。次の試合に向けては、パーフェクトにしたいです。

――大事な試合でいい滑りができた理由は?
瑠美 今までの試合が良くなかったし、練習でもパーフェクトな演技ができずにいました。それで一時期は自信がなくなっちゃっていたんですけど……。今日も不安がありました。でも、そういうときの精神的な持って生き方のコツを覚えたかもしれないです。周りは気にせず、自分の中でぐっと集中してできたかな。フリーでも1番を取ろうという気持ちじゃなく、自分の思うような演技をしようという気持ちで滑ったので、プレッシャーもあまり感じませんでした。

――まずは気持ちが強く持てるようになった。練習面ではどう取り組んできましたか?
瑠美 ジャンプはフリップを入れることと、跳べているジャンプの質を上げること。高くて回転の速いジャンプがプログラムの中でいつでも跳べるように練習しています。表現の面ではダンスの先生に陸の上でショートとフリーをチェックしてもらっているので、それを意識して滑るようにしています。

――次の試合は、全日本選手権ですね。
瑠美 はい。昨年は11位だったので、グーンと上げて、最終グループで滑って、パーフェクトな演技をしたいです。

――さらに2度目の世界ジュニア代表も決まりました。
瑠美 次はフリップも入れたいい演技をして、表彰台に乗れたらと思います。アメリカの二人が上手なんですけど、追いぬかすくらいの気持ちで! でも試合をしているときは表彰台を意識せず、自分のやって来たことを全部出し切れるように、って気持ちで。それができれば結果はついて来ると思います。

――無良選手が名古屋に移ってしまって、ちょっとさびしいですね。
瑠美 3歳の時からずっと一緒に練習してきたので、少しさびしいです。でも試合でも会えるので! 会った時にまた成長を見せ合えるように。お互いに頑張っていきたいです。

 ジュニアチャンピオンになって、取材陣も感心するほど自信を持った受け答えをしてくれるようになった水津選手。ジュニアの厳しい戦いを勝ち抜き、今回、シニアの全日本でもさらに自信をつけて。2度目の世界ジュニアでの飛躍を楽しみにしよう。

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全日本選手権男子SP終了 梅谷英生6位、北垣達矢7位  最後の全日本選手権(2)

Kitagakiimg_2667s  代々木、名古屋、大阪。3度の全日本選手権を体験した同志社大学の北垣達矢も、来年は都市銀行への就職も決まり、スケート靴に別れを告げるという。
「僕もスケートを14年間してきました。今年は最後ってことで、この大会で集大成を見せられるように。そのために毎日、がんばってきました!」
 体は決して大きくないが、上体も四肢もしなやかに動き、どんな踊りでも人の目を引いてしまう選手。去年滑ったタンゴは多くの人の印象に残ったが、今年のSP「プレリュード・クアドゥッカ」も、ちょっとエスニックで後半はスパニッシュな、踊りごたえのあるナンバーだ。
「この曲は以前、アメリカのアリッサ・シズニーが使っていた曲なんです。彼女はすごくスピンが上手で、踊りも上手、曲もいい曲だなって。いつか使いたいな、と思っていて、今年はその夢がようやくかないました」
 初めは大きく丁寧に、そしてセカンドジャンプの方が高い3回転-3回転がきれいに決まり、リラックスした表情になると、ぐっと自由に北垣達矢の体は動きだした。手先は気持ちよくピンと伸び、キャッチフットのスピンなども体の柔らかさだけでなく、彼の体の動きの華麗さを印象付けた。
「今日は今まで練習してきたことがほぼパーフェクトに出し切れました。特にステップは思っていた以上のレベル判定をもらえて。いつも1や2だったサーキュラーが、レベル3! これは収穫だな、と思います」
 いい笑顔だった。「スケートはずっと、僕にとって良きパートナーでした」という彼が、精一杯打ち込んで、自信を持って臨んだショートプログラムだ。ジャンプも全てクリーンに決め、トリプルアクセルを入れない構成でも、高い評価を受けて堂々の7位。
「男子のスケートっていうと、力強さを求められますよね。でも僕は体もちょっと小柄ですし、ふつうとは少し違う、スケートの美しいイメージを多くの人に見てもらえたらと思っています。柔軟性など、僕なりの体の特性も十分生かして……フィギュアスケートの美しさ、見せていけたら」
 滑りたい音楽もある。滑りたいスケートもある。豪快なだけでない、アーティスティックで繊細さの宿る北垣達矢のスケート、その集大成となるフリーは「CHESS」。
「僕の14年間かけて培ったもの、見ていただきたいです。まずスピンが得意なので、スピンをぜひ重点的に注目してください(笑)。それから、みどころとなるプログラムの中盤から終盤にかけてのステップも。盛り上がる曲なので、思い切り感情を入れて、滑ります!」

 梅谷英生、北垣達矢。誠実にスケートと向き合ってきたアスリートの魂を持って、春には新しい道を進むふたり。彼らの演技は、これが最後の全日本選手権であることを知らない観客の心にも、きっと届くだろう。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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全日本選手権男子SP終了 梅谷英生6位、北垣達矢7位  最後の全日本選手権(1)

Umetaniimg_2576s  フィギュアスケーターの競技者生命は、びっくりするほど短い。今年の全日本選手権で戦っている選手たち、そのほとんどがほんの数年前まで全日本ジュニアの常連だったスケーターだし、ついこの間までジュニアグランプリシリーズでがんばっていた選手が、「今年で引退を考えています」という。
 全日本選手権も、一生のうちに出られるのは、数度。今年も何人かの選手が、「たぶん今年で最後の全日本選手権になる」そんな意気込みでこの大会に臨んだ。

 大阪大学で数学の勉強をしている梅谷英生は、今年でフィギュアスケートを始めて19年になる。すらりとした長身に恵まれ、長い脚を使ってぐんぐん伸びていくスケート、一プログラムに2度入れることもできる大きなトリプルアクセルが魅力だ。競技を続けながら、学業も尋常ではないレベルで努力をしてきたことも、「まあ、そこはなんとかなるものです」と笑って振り返る。
 27日、ショートプログラムで滑った「ウエストサードストーリー」は、ピアノだけで奏でられる粋なバージョンを使った。どんな音楽で滑っても持って生まれた気品を常に保ち、ちょっとおしゃれな彼だけの雰囲気も出せる梅谷英生に、ぴったりの選曲だ。この日は3回転-3回転こそ高く華麗に決めたものの、ぜひ跳びたかったトリプルアクセルがダブルに、トリプルルッツがお手付きに。ジャンプは決して満足のいく出来ではなかった。それでもすべてレベル4を取ったスピンなどで着実に点を重ね、フリーの最終グループに食い込む6位。
 やはり端正で都会的な、彼なりの「ウエストサイドストーリー」の魅力は、大きかった。サーキュラーステップには軽く腰に手を当てるポーズやポーンと跳ね上がるポップなどが散りばめられ、ただ高いレベルを取るためだけでなく、見ている人を楽しませてくれるステップシークエンス。長い脚で回るダイナミックなシットスピンは、ポジションも美しく氷に映えた。
「今年はジャンプだけじゃなくスピン、ステップもがんばろうと練習してきました。SPではそのスピン、ステップでいい評価がもらえて、良かったな」
 鍛錬を積んだエレメンツと、粋な振り付け。それを、一歩が大きい、よく伸びるスケーティングが支える。両手をスッと横に広げて印象的なポーズでフィニッシュしたとき、「もう終わっちゃったの?」と思ってしまうほど、中身の詰まった見ごたえのあるショートプログラムだった。
 おそらく、最後となる全日本選手権のSP。梅谷英生は、どんな思いで滑ったのだろうか。
「自分のできる限りのことを精一杯に。でもそれは、最後だからってわけでは、ないです。これまでやってきたことをしっかり出すって気持ちは、いつも変わらないので」
 最後の全日本選手権も、平常心。聡明な、彼らしい臨み方だ。
「スケート人生、楽しかったと思います。普通に日常生活を送っていたら味わうことのなかった緊張感、こういうスポーツをしているからこそ味わえる、すごい緊張感のなかにいられるのが、楽しかった。もちろん緊張に苦しめられる場面も、たくさんあったんですが」
 冷たく張りつめた試合の空気を愛した彼にとって、おそらく一番楽しく、一番苦しい一瞬が、今日、やってくる。フリーの音楽は「パイレーツ・オブ・カリビアン」。
「がんばって、ダイナミックな演技をします。スケートのダイナミックさ、見てもらえたら!」

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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全日本選手権男子SP終了 中庭健介3位「静かな闘志」

Nakaniwag_3363s  3月の東京世界選手権。客席で見ていた私の数列前に、ある男子選手とそのコーチ、関係者が座っていた。全員の演技が終わって、翌年の世界選手権の男子出場枠が3枠に確定した瞬間、全員が喜んだ。彼が出場できると決まったわけではない。でも、確実にチャンスが増えた。このことがいかに大きな意味を持つかが、彼らを見ていてよくわかった。

 世界選手権に向けて、残る枠は1つだと誰もが思っていただろう。しかし織田信成の欠場によって、枠は2つに増えた。どの選手も、この大会で織田信成に会うことを楽しみにしていたし、欠場したことをとても残念に思っていたが、現実として枠は2つに増えた。意識をしないはずはない。
 その2つの枠を狙える選手達の演技には、静かな闘志がこもっていた。誰もが、いちかばちかの勝負をしなかった。小塚崇彦は予定していたコンビネーションジャンプを3-3から3-2に変え、無良崇人はトリプルアクセルからのコンビネーションを3-3に変えた。といっても消極的になったのではない。いちかばちかの勝負ではなく、ミスをしない演技が勝負を分け、そして世界選手権につながるとわかっていたから変えたのだ。

 ミスをしないことの大切さを一番感じていたのは、中庭健介かもしれない。男子選手最年長の26歳。残されている選手生活は決して長くはない。枠が3つに増えた今年はチャンスだと、誰よりも自分が感じていた。

「(世界選手権の代表に)すごく手が届くっていう状況の全日本は初めての経験で、最初はそれを考えないようにしよう、世界選手権は後からついてくるものだっていう気持ちでのぞんでいたんですけど、今は『世界選手権で戦うためには』という気持ちになっています。織田くんが出場しないということは全然知りませんでしたけど、そのことを逆に意識して、そういう気持ちの中で勝つことができることが次の試合につながると考えているし、世界選手権に出たとしても、ただ出ただけでは申し訳ない、ひと桁の順位になりたいという目標があります」

 中庭健介には4回転に対するこだわりがある。でも今回はそのこだわりをショートプログラムについては捨てた。急遽変えたのではなく、最初から3-3のコンビネーションを入れたプログラムを予定し、その演技でどれだけ評価されるかを、世界選手権に向けて試した。いちかばちかではなく、確実なプログラムでの自分の評価を試したのだ。

 世界で認められるためには4回転は大きな武器になる。だからフリーでは絶対に4回転を入れると決めている。「4回転は消極的になったら絶対にできないジャンプ。このなみはやドームはきれいに4回転を決めたことがある相性のいい場所なので、決めたいと思います」

 若手もベテランも、本気で2つの枠を狙っている。おそらくフリーは、本気の戦いが見られるはずだ。ひょっとしたら、織田信成がそこにいないことを忘れてしまうぐらいに。

photo/Masami Morita   text/Seiho Imaizumi 


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全日本選手権開幕直前 ジュニアチャンピオンに注目!(1) 「無良崇人の挑戦」  

Img_6238  ついに2007年の全日本選手権が開幕。男子24名、女子30名、ダンス1組の日本のトップスケーターたちがエントリーしているが、並みいるシニア選手の中、男女各3名のジュニアの選手たちが、特別推薦で国内最高峰の競技会に挑戦する。
 シニアの選手たちはシーズン後半の国際大会派遣や来シーズンの強化選手指定をめぐり大きな緊張を強いられているが、世界ジュニアなどの代表も決まっているジュニア勢は、いたってのびのび。この場に立てる喜びを精一杯表してくれるだろう。
 まず紹介したいのは、今年初めて全日本ジュニアチャンピオンとなった無良崇人選手。全日本ジュニア直前に練習地を慣れ親しんだ東京・神宮から名古屋に移す(現在は岡山と名古屋で練習)という大きな決断をした。
 新しいコーチ、長久保裕氏に話を聞いてみよう。
 
――無良選手、念願の全日本ジュニア優勝、おめでとうございます。フリーはちょっとだけ、残念だったでしょうか。
長久保 ほんとに、ごめんなさい、です(笑)。何とか逃げ切れてよかったな、と思います。

――長久保先生のところに移られたのはいつごろ?
長久保 今までもちょくちょくね、相談されたらジャンプを見る機会はあったんです。でも2週間くらい前かな(取材日は全日本ジュニア2日目。11月25日)。ジュニアグランプリの2戦目が終わって、重松直樹先生から相談されて……おれは別にかまわないよ、ということで引き受けたんです。

――無良選手にとっては大きな決断ですね。シーズン途中、コーチとともに練習環境も大きく変えるという。
長久保 そうですね、とりあえず学校はお休みをもらって。名古屋(邦和スポーツランド)でこの2週間はずーっと練習してきました。下宿は成瀬葉里子先生のところで。

――2週間という短い期間で、どんな練習を?
長久保 試合前のこの時期、ジャンプを本格的に直し始めて、元のジャンプを壊してしまってはいけない。だから最初のうちはあまり手をつけずにいたんです。でもどうしてもね……。ついつい、手をかけちゃった(笑)。特にアクセルですが、直しているうちにすごくいいジャンプが跳べる時と、以前までのジャンプをやっちゃう時と、両方があって、ごちゃごちゃした状態に今はなっています。だから今日もひとつ目のトリプルアクセルは新しい跳び方がでいいジャンプだったんですが、二つ目のアクセル(転倒)は、ちょっと元に戻っちゃった。

――今までのアクセルと新しいアクセル。これは、どこが違うのでしょうか?
長久保 他のジャンプも同じですが、彼はまだまだ、力で跳ぶことが多すぎますね。だからプログラムの後半、どうしてもバテるんです。ジャンプは力だけじゃなくて、リズムも使えるんだよ、と、これをもうちょっと覚えさせたいと思っています。もちろんシチュエーションによっては、力で跳ばざるを得ないこともあります。バテてきたときには、もうリズムで跳ぶ余裕もなくなり、何が何でも力で跳ぶしかない。そういうのは彼、上手なんです(笑)。でもここにさらにリズム、タイミングで跳べるテクニックを加えていけば、もっと強い。今、直し始めているところですが、簡単ではないですよ。彼自身の体がタイミングを感じ取れるようにならないと、なかなか直るものではない。

――ではこのタイミングで跳ぶ、ということを覚えたら……無良選手のジャンプも変わりますね。
長久保 うん、もっと流れが出てくると思うんですよ。今まではジャンプを降りても、そこで流れが止まってしまっていた。だからどうしても、セカンドジャンプを力任せで跳ぶしかなかった。今は途中経過なので、リズムをつかめばよく回っていいジャンプになるんですが、回りすぎて回転が余ってしまうことも多いんです。この調整もなかなか難しいのですが……こうした過程を経ていかないと、4回転にもたどりつきませんからね。でも少しずつ、ちょっとずつ、進歩してくれてるな、と感じています。

――楽しみですね! さらに名古屋では、若松詩子先生の指導も受けているとか。
長久保 はい。振付の方は、彼女に任せっぱなしです。このまま全日本まで……がんばらせてみたいと思います! もうがんばらせるしかないですね。そして彼が今ままで「何となくやってきた」スケートに、目標を持たせたい。それも、僕が持たせるのではなく、彼自身の考えた目標を持たせたい。その目標に向かって、自分で練習すべきことも、見つけていけるように。

photo/Takayuki Honma   text/Hirono Aoshima 


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NHK杯4日目・男子シングルフリー 髙橋大輔1位、総合1位   笑顔のロミオ

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 ほぼ 4回転の失敗だけだった、と言っていいだろう。
 この日、彼がリンクに現れ、氷を一蹴りした瞬間、あまりの心地良さに見ていて気持ちがふわっとしてしまうほど、スケートが伸びていた。
 ひとりの人間がこれだけ大きな空間を、一瞬にして快感で満たしてしまうなんて、スケーティングの美とはなんて力を持っているんだろう……そんなことをプログラムが始まる前から思ってしまったのだ。
 氷上のロミオは、甘い言葉も透き通る歌声も持たないが、氷の上に立つ者だけが持ちえる武器、滑りの美しさを持って彼の思いを語りかける。
 音楽の始まりとともに彼が見せてくれたものは、助走の滑らかさと一体となって完成されるトリプルアクセル、足元がしっかり氷をつかむため、どんなに大きくても決してぶれないしなやかな腕や上半身の動き。髙橋大輔のプログラムは、どのエレメンツも、つなぎのどの動きも、すべてがスケーティングと一体になって形作られているようだ。
 4つ目のジャンプ、トリプルアクセルからのコンビネーションを成功させた時点で、「もう大丈夫だ、これは最後まで行ける!」とすっかり安心してしまったのも、彼のこの日のスケーティングがこの上なく安定して自信にあふれていたからかもしれない。このスケートに乗っていけば、永遠にだってミス無しの演技を続けていけるのではないか……。調子のいい、こんな日の髙橋大輔の滑りは、競技を見るハラハラした気持ちさえ、私たちから取り去ってしまう。後半はただただ彼の滑りや、大きく動く心をそのまま身体で表すような演技、昨シーズンよりさらにスピード感を増したステップを楽しむだけで良かった。安心して、髙橋大輔のスケートを見る幸せに身を任せていられた。
「今日はあまり何も考えずに滑っていたかな。ただ練習してきたことをやろう、ずっとそう思っていただけで」
 実際、彼の表情も心なしか明るく、滑る喜びにあふれていた。お客さんといっしょになってジャンプの成功を喜んで、これだけの声援を身に受けることを楽しんで。最後のストレートラインステップでは、これ以上ないくらい盛り上がる観客に囲まれて、彼の視線は、しっかり上を向いていた。まるで彼のめざすべき高い位置を、鋭いまなざしでキッと見据えるかのように。
 良く考えれば、「ロミオとジュリエット」は悲恋の物語だ。恋の悲劇と言えば世界中の誰もが一番に彼らを思い浮かべるほど、良く知られた儚いふたりの物語だ。でも今日の髙橋大輔のパワー、視線の強さ、振り上げておろす腕の溌剌さ。こんなに力強くて生命力にあふれたロミオなら、ジュリエットを救えたかもしれないな、と思ってしまう。
「実は『ロミオとジュリエット』のストーリー、まだちゃんと把握していないんです(笑)。だからロミオを演じきれているかどうかは分からない。今はロミオになるというより、音楽を感じて滑っているのかな」
 やはり髙橋大輔に、物語をそのままなぞる気持ちはなかった。確かに、後半の盛り上がりはちっとも悲劇的ではない。高らかに鳴るオーケストラに合わせてとる最後のポーズは、恋人を失い自らも命を絶つ悲しい青年ではなく、勇ましく戦って、何かに打ち勝ったロミオだ。
 でもそれでいいのだ、と思う。髙橋大輔のロミオは、勝利のロミオ。遥か高いところをめざし、決して諦めない意思を持ち、最後にはここにたどり着いたことを喜ぶ、強いロミオだ。見る人々も、悲恋に涙するのではなく、彼とともに歓喜のスタンディングオベーションを送る。シェイクスピアのロミオから少し離れて、世界チャンピオン、オリンピックチャンピオンを目指すスケーター、髙橋大輔の今の気持ちの充実をそのまま表す、そんな彼なりの「ロミオとジュリエット」だ。
「今日は4回転を失敗してもこの点数をもらえました。日本での試合だからかもしれないけれど(笑)。でもこれでちゃんとジャンプも跳んだら、もっと点をもらえるんだって、自信になったかな!」
 笑顔のロミオは、まだまだ強くなるつもりだ。

Photo/Takayuki Honma   Text/Hirono Aoshima

*髙橋大輔選手のインタビューは本日発売の『Cutting Edge2008』に掲載されています


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NHK杯3日目・男子シングルSP終了 南里康晴4位

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 25年ぶりに男子も3人の日本選手が世界選手権に参加する今シーズン。銀メダリストの髙橋大輔に続き、ワールドを狙う選手たちが続々と飛躍! そんな戦いを楽しみにしていた人も、多いのではないだろうか。
 しかしグランプリシリーズ。髙橋大輔以外の選手が、いまいちぴりっとしない。もっと跳べるはず、もっとできるはずの選手たちなのに、どうしても足踏みが続く。第一戦スケートアメリカで10位と出遅れた南里康晴も、そのひとりだ。
「アメリカの時はジャンプの調子は良かったのに、風邪で体調を崩してしまってあの順位に。だから今回、NHK杯では体調管理をしっかりしてきました。まず日頃していない手洗いとうがい! それから一週間前にインフルエンザの予防接種もちゃんと打ってきました」
 実は南里康晴のグランプリシリーズは、当初NHK杯一戦のみの予定だった。それが急遽スケートアメリカのエントリーが決まり、思わぬチャンスをつかんだというのに、ひいてしまった風邪。そのことがよほど悔しかったのだろう。
 おかげで体調万全で迎えたNHK杯。ショートプログラムの「月光」は、シーズン前からアイスショーなどで披露し、評判の高いプログラムだ。黒い端整な衣装に包まれた腕が、見えない月光を探るように、虚空を舞う。これまでの南里康晴は、ジャンプの直前にはどうしても振付けや演技がおろそかになりがちだったが、音楽を表現することに重点を置いた今年、ジャンプが頭の中にあっても身体が自然に美しい形を取るようになった。さらに得意のジャンプはトリプルアクセルを含め、3本ともクリーン! ショートプログラムが大得意だったジュニアの頃の南里康晴の勢いが、今日は戻ってきたようだ。
「NHK杯初出場だったけれど、プレッシャーはなかったですね。日本の一番手で出ているわけではないので、のびのびできたと思う」
 南里康晴のジャンプは美しい、と多くの選手やコーチが絶賛する。それを今までは、勇壮な映画音楽の中でバーンと決めて大きな拍手をもらっていたのだが、今日の音楽は純然たるクラシック。それもピアノの音色だけが厳かに響くピアノソナタだ。これが、南里康晴の美しいジャンプに、実によく合う! 豪快なサウンドトラックよりも繊細なピアノ曲こそが彼のジャンプにぴったりだったとは、意外な、でもうれしい発見だ。
「ジャンプもだけれど、ステップもうまくやれたつもりです。まだ自分の滑りを見てみないとわからないけれど」
 そう、実は南里康晴のステップは、シニアに上がって3年間で、いつの間にか味わい深いものになっていた。振付師パスカール・カメレンゴによる作品の良さもあるが、この「月光」でも、昨年のフリープログラム「カルメン」でも、お客さんはステップで大きな拍手を送る。今日は、スローパートでジャンプの美しさをたっぷり見せた後、すこし激しくなった音楽の中でサーキュラー、ストレートラインとともにレベル3のステップを披露。髙橋大輔のような派手さはないが、着実に上手くなっている脚さばきとドラマチックな上体の動きで、客席からの手拍子は次第次第に大きくなっていった。
「実はちょっとステップでは、疲れが脚に来ていたんですけれど……。でも今シーズンはレベルが取れるステップになっていると思います」
 クラシック曲が似合う美しいジャンプ。大きな見せ場にできるステップ。ジュニアの頃の南里康晴から、知らない間にずいぶん大人のスケーターになって、NHK杯に初お目見え。ひょっとしたら初めて南里康晴を見たお客さんは、とにかくジャンプが上手で、表現することなんて苦手な、シャイな九州男児のことなど、想像がつかないかもしれない。
 ワールドスタンディング順のため、2番目だった滑走順から大きくジャンプアップし、ショートプログラムは4位。明日はグランプリシリーズ出場5回目にして、初めての最終組入りが決まった。
「明日は順位に関係なく、自分の持っているものを全部出したいい演技をしたいです。フリーは去年と同じ『カルメン』。去年よりも情熱を感じるカルメンが、今年は滑れるかな」

Photo/Sunao Noto   Text/Hirono Aoshima


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NHK杯3日目・女子シングルフリー終了 武田奈也3位! 岡島功治コーチインタビュー再び

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 昨年、シニアデビューのシーズンに3位入賞の小塚崇彦に続き、今年もNHK杯にフレッシュなスターが誕生した。やはり今シーズン、シニア1年目。もちろんNHK杯初出場の武田奈也が、大きな身体も大きな笑顔も氷上いっぱいに広げ、SP5位からフリー3位、総合3位に!
 演技の出来とメダル獲得に、武田選手本人以上に喜んだのは、コーチの岡島功治氏だ。記者会見場でも、「最初は実感がなかったけれど、メダルやお花をもらって国旗が揚がったのを見た時、3位だ! って(笑)。またこういう大きな舞台で表彰台に乗りたいな、と思いました」そんなことを語る武田奈也選手を、目を細めて見守っていた。試合前のインタビューに続き、岡島コーチの喜びの声を聞こう。

――NHK杯で銅メダル獲得。おめでとうございます! 
岡島 ありがとうございます。今日は本人も言っていましたが、ジャンプにも試合にも「逃げなかった」。これがやはり大きかったですね。NHK杯が始まってからは、気持ちもずーっと落ち着いていましたし。ショートを自分のできる範囲のジャンプで挑むことにしたので、そこでまず自信を持って臨めたこともあると思うのですが、スケートカナダに比べるとショートもフリーもかなり落ち着いていて。カナダの時は、まわりがすごい人ばかりだということで、浮き足立ってしまって、ふわーんとしてた(笑)。でも一戦終わってここでは、回りを気にしないで自分の演技をしよう、と思えるようになった。もちろんメダルなんて考えてもいない。それがよかったのかな。とにかくカナダの経験は大きかったですね。

――明治神宮のリンク関係者の方からは、神宮のあの練習環境でこれだけがんばれたのがすごい、という声が聞かれました。スケート競技人口がどんどん増えて、でもリンクは少ない。選手たちの練習時間も、なかなかとれないとか。
岡島 とにかく今は、リンクにいる人の数がすごく多い。一般営業時間の練習は、かなりの混雑の中でやらなければならず、大変ですね。貸切時間も17、18名、多い時には30名選手がいて、その中での練習なので、曲合わせしてプログラムを通すことも1日1回できるかどうか。その1回さえも、曲をかけている選手が一番優先して滑れるはずなんですが、人が多すぎてスピードを出せないんです。都内や横浜の選手たちは今、みんなそういう状況ですね。

――しかたなく、武田選手も週末は中京大学のリンクへ。
岡島 そうです。でも中京での練習が、彼女にとって実になっていますね。基本はひとりですが、振付師の宮本賢二先生にも時々見ていただいて。プログラムの部分ではすごく努力しているし、先生にも恵まれています。プログラムを作ってくださった仙台の阿部奈々美先生、神宮のリンクで常時指導してくださり、アレンジを加えてくださる樋口豊先生、さらに上体の動きを宮本先生に見ていただいて。こんなにたくさんの方に教えていただくなんて、めったにないことなんですが。

――加えて岡島先生の下でジャンプも努力中。転倒にはなりましたが、今日も苦手なトリプルフリップに挑戦していました。公式練習では何度か着氷も!
岡島 フリップは練習では降りていますが、曲をかけたなかではなかなか跳べない。回転不足で転倒することが、まだ多いですね。でもルッツも合わせて練習は続けています。

――次の試合はついに全日本選手権。今回の結果が、大きな弾みになりそうですね。
岡島 本人も言っていますが、全日本はぜひフリップを跳んで! カナダの時にはサルコウも失敗したのですが、NHK杯でサルコウをクリアしたので、今度はフリップを。全日本ジュニア上位の3人も出場しますからかなりの激戦ですが、一歩一歩、進んでいってほしいですね。

 東京に帰ったら、今度はすぐに西野友毬選手とともにジュニアグランプリファイナルへ。多忙ななか、いつも愛情いっぱいに選手について語ってくれる岡島コーチ。選手たちとともに、コーチたちの長いハードな冬も、まだまだ続いていく。


Photo/Sunao Noto   Text/Hirono Aoshima


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NHK杯2日目・女子シングルSP終了  安藤美姫2位 NHK杯がくれるもの

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「去年はエントリーされなかったので、今年はNHK杯に選ばれてうれしい」
これは、10月に行われた記者会見での言葉。「久しぶりのNHK杯。緊張したけれど、自分なりに楽しんで滑れました」とは、30日のSP終了後の言葉。
 安藤美姫もまた、NHK杯に少し特別な思いを抱いて、この場にやってきた。世界チャンピオンにまでなった選手であっても、選ばれればうれしいし、特別な雰囲気に緊張もする。そしてトップクラスの選手には、初出場の選手にはない重圧もかかっている。02年にNHK杯を制した恩田美栄さんは、当時を振返ってこんなことを話してくれた。「ショートプログラムでまず1位を取った時点で言われたんです。もし優勝できれば伊藤みどりさん以来、11年ぶりの日本人チャンピオンですが、って。もう、どうしたらいいんだろう……っておどおどしてしまいました」。
 恩田美栄さんの優勝から5年後。同じSPの終わった夜、安藤美姫は記者会見でこんなことを聞かれていた。
「明日優勝すれば、女子シングルは6年連続で日本人が優勝になります。いかがですか?」
 NHK杯の歴史だけ振返ってみても、この6年の日本女子勢、その快進撃は素晴らしい。でも、強くなればなるほど、この歴史に続かなければならない彼女たちのプレッシャーも大きい。
 質問に対する安藤美姫の答えはこうだった。
「連続優勝はかかっていますが、フィギュアスケートは結果だけを求められるスポーツではないと思っています。それよりも、見ている人になにかを伝えるスポーツ。結果を気にするよりも、私自身の演技を100%することを大事にしたいです。何か失敗をしたとしても、お客さんの印象に残るように。プログラムもそれができる構成になっています。明日は、見ている人と一体になって楽しめたら」

 一緒に楽しみたいと彼女が願った仙台のお客さんは、ショートプログラムでの安藤美姫をあたたかさいっぱいの熱気で包んでいた。
「練習では落ちついてできていたし、自信はついてきています。でもSPの6分練習ではすごく緊張して、本番では身体が思うように動かなくて」
 そう本人が言うとおり、ジャンプミスこそなかったが万全の出来のSPではなかった。スパイラルでのぐらつきやスピンの回転の遅さは、のれている時の安藤美姫だったら見せないものだし、プログラム全体の勢いも、華やかな笑顔もなかった。それでも仙台のお客さんの応援は、大きく彼女の背中を押す。ステップで起こる喝采は誰に対してよりも大きく、フリップジャンプの前の助走では、まるで体操や陸上競技の会場のような手拍子が彼女を勇気付けた。
 終わってからも大きな大きな拍手。安藤美姫を待っている人たちはこんなにたくさんいるんだ、と私たちも改めて驚いたほどだ。
 世界選手権で優勝した後。このオフシーズン、安藤美姫は「すべてをやり遂げた気持ちになってしまった」ことで、モチベーションの喪失に悩まされた。「気持ちも練習に集中できなくて、やらなきゃいけないこともやらずに、甘えていました。今はすごく反省して、ハードな練習もこなせるようになったけれど……。世界チャンピオンになって以降、良くなったところなんか、あるのかな? 反省点ばっかり思いついちゃうんです」
 複雑な思いを抱えて始まったシーズン。ちょっと不安げな顔から、世界女王らしい輝きは、今は少し失われている。でも、他の国際試合では味わえないあたたかな応援、大きな拍手。NHK杯ならではのこの空気に身を置くことで、安藤美姫が女王らしさを取り戻してくれたらいいな、と思う。
 連続優勝というプレッシャーと、あたたかな応援。NHK杯は安藤美姫に両方をさしだしている。どちらかを上手に受け取る、そんな戦い方を身につけなさい、と言っているようだ。

Photo/Sunao Noto   Text/Hirono Aoshima


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NHK杯2日目 女子シングルSP終了  NHK杯への思い

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 毎年必ずテレビで放送される試合。先輩たちの数々の名勝負が繰り広げられた試合。フィギュアスケートと言えばNHK杯をまず思い浮かべる人だって少なくない。小さなころ、生で観戦した記憶がある選手、フラワーガールをした思い出や、エキシビションで海外の名スケーターと手を繋いだ思い出がある選手もいる。
 代表に選ばれるのはその年、とても期待されている選手であることの証だし、ここでいい演技をすれば一気に日本中の人に顔と名前を覚えてもらえる。
 日本人選手にとって、NHK杯はちょっと特別な試合なのだ。

 体調不良を押して出場した浅田舞も「NHK杯に出たい!」そんな気持ちが本当に強かったのだという。
「3~4日前から風邪をひいていて、おとといの夜に仙台に来たときも、体調は良くなかったんです。でもNHK杯に出られることは、彼女にとって大きなチャンス。棄権も考えましたが何とか出場し、滑りきったという感じです」と、伊東秀仁フィギュア強化部長は説明した。
「ものすごい高熱、と言うわけではないのですが、熱のために食事もあまり取れず、それでうまく滑れない。『せっかく選ばれたのに』と、彼女自身もとても悔しがっていたし、心も弱くなっていました。我々も『無理しない程度に最後まで、自分のできることをしなさい』とアドバイスして……」
 出場が決まった時点では、夢の舞台のひとつに出られるうれしさでいっぱいだった浅田舞。その気持ちだけで滑ったSP「ロミオとジュリエット」。ジャンプはふたつ入れるべきトリプルが両方ダブルに。コンビネーションのセカンドジャンプもつけられず、彼女としては今迄で一番不満足なSPだっただろう。弱った身体では氷上を猛スピードで滑走するパワーも足りなかった。でも、滑りが弱弱しいからこそ、動きの柔らかさ、しっかり決めるポーズの美しさ、スピンやスパイラルの確かさなどが目に焼きついた。彼女がこのオフシーズンやってきたことの中には、体調が整わなくても見せられるものはあったのだ。
「今日はこのまま休んで調子を見て。明日の朝の練習ができれば、フリーはもうちょっといい演技がお見せできるのではと思います」(伊東強化部長)

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 一方、初めてここに立つ喜びが後押ししてくれた、そんな演技を見せたのが武田奈也だ。なにせあの、トリノ五輪前の全日本選手権。満場のお客さんを前に「おお、いっぱいいるー!」と大喜びした選手だ。もちろん緊張はしただろうが、しっかりと視線を客席に送りながら、武田奈也のタンゴを見せる。成功した3つのジャンプもさることながら、ただ滑るだけのパートでも腕は美しくしなり、常に華やかな振付けをこなす上体の動きでも、お客さんを楽しませた。「びしっと決めればかっこいいんですよ」と話していた最後のビールマンスピンでも盛り上げ、フィニッシュでは満面の笑顔!
「たくさんの人に見てもらえてよかったです。今日は日本のお客さんもたくさんいたし、テレビの放送もあるので!」
 小さいころからテレビで見てきたあの試合だということを、武田奈也は充分意識していた。そして自分を見ているのが、今ここにいるお客さんだけでなく、テレビの前の何百万人もの人だということもちゃんと知っていた。そして、それがうれしくてたまらないのだ。

 女子シングルショートプログラム、初出場の選手ふたりは、明暗を分けてしまった。でも「初めてのNHK杯で失敗してしまって。それが悔しくて奮起しました」「初めてのNHK杯で上手くいって、その自信が次の試合に繋がったんです」いつかそんなコメントが、それぞれの口から聞けるのではないだろうか。
 大きな憧れを抱いた舞台は、ここに立つだけで、彼女たちにパワーを与えてくれる、そんな気がするのだ。

Photo/Sunao Noto   Text/Hirono Aoshima


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NHK杯2日目 女子シングル 公式練習レポート

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 よく晴れて気温も少し暖かめの大会2日目。リンクでは早朝から全種目の公式練習が行われた。
 注目はやはり、ふたりの日本選手が滑る女子シングル第2グループ。
 日本の安藤美姫選手は高々としたトリプルルッツ-トリプルループなどを見せ、上々の仕上がり。曲かけではコンビネーションが3回転-2回転となったが、ストレートラインステップは以前より足元がしっかりしてきた。そのせいか、上下動もより鮮明に、印象に残る動きを繰り出している。
 また日本の武田奈也選手は、曲かけ時からしっかり気持ちの入ったプログラムを通して滑り、気合充分の様子。
「武田は夏のイタリア合宿時に比べても、だいぶ身体が絞れてきた。動きもなかなかよくなっています。ショートはコンビネーションジャンプがループなのでそれほど点は出ないかもしれませんが、フリーは楽しみ。これだけ身体が動けていれば、表現面で高い評価が期待できるでしょう」と、伊東秀仁強化部長も顔をほころばせる。
 それにしてもこのグループは、美しく個性的な選手たちが揃った。
 イタリアのエース、コストナーはファイナル初出場のかかる大事な試合となったが、公式練習から客席へのアピールをしっかりする余裕。呼吸そのものの美を表すようなプログラム「Riders of the storm」はジャンプが決まれば中国杯に続き、高得点を狙えそうだ。スイスのベテラン、サラ・マイヤーが滑るのは、ひとつひとつのポーズを美しく積み重ねて一連の流れを形作るような「Patch Adams」。ジャンプ練習はほとんどしなかったが、パフォーマンスでは確実に魅了しそうだ。この選手たちの中にあっても、動きのしなやかさで目を引くのはグルジアのエレーネ・ゲテバニシビリ。ダブルアクセル以外のジャンプが不安定なのが気になるが、モロゾフ振付の「キャバレー」をキュートに、身体を大きく動かして元気よく見せていた。アメリカのシズニーも、音楽が何もなくても見とれてしまうようなスピンやスパイラルはさすが。ジャンプの後の何気ないムーブメントさえも美しい「瀕死の白鳥」は、彼女のノーブルな魅力を充分引き出してくれそう。最後は得意のスピンの練習を丹念に繰り返し、気持ちを盛り上げるようにして練習を終えた姿が印象的だった。

 昨日、一昨日と公式練習に姿を見せず、心配されている日本の浅田舞選手だが、体調不良で少し熱もあるとのこと。でもショートプログラムは大丈夫です、と、公式練習無しで本番一発勝負に臨む。

Photo/Sunao Noto   Text/Hirono Aoshima
*写真は28日の安藤美姫選手


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NHK杯初日 アイスダンスコンパルソリー リード&リード組登場 「ケガはもうダイジョーブ」

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 大型スクリーンにISUの競技紹介ビデオが流れると、あ、国際大会が始まるんだ、という興奮が静かに沸き起こってくる。もうとっくにシーズンインはしているけれど、やはりNHK杯が始まって、目の前を国内外のトップスケーターが氷の飛沫を立てながら横切っていくと、また違った意味でのシーズンの始まりを実感してしまうのだ。
 そんな「始まるんだ!」な雰囲気の会場にまず現れてくれたのが、コンパルソリーダンスの第一滑走者。日本代表のクリス・リード&キャシー・リード組だ。6分練習の前は、ISUビデオに映る選手たちの姿を見ながらはしゃいでしまうほどリラックス(でも一番おおはしゃぎしていたのは、ニコライ・モロゾフコーチ)。競技が始まり、アルゼンチンタンゴの旋律が場内に流れると、黒い衣装のふたりは一歩一歩を確かめるようにしっかりと、ステップを踏み始めた。
「クリスはちょっとナーバスだったわよね」と、姉のキャシー・リード。自分の年齢に合わせ、18歳の若さでシニアの試合に出場する弟を、自身もまだ20歳の姉はいつも気遣っている。クリス・リードが2度も右ひざを手術した今年、さらにその視線や言葉は柔らかい。
「緊張はいつもします。でもそれも音楽が始まるまで。そこから先はダンスに集中、です」。平気だよ、というふうにクリス・リード。正しく、正しくステップを踏んでいこう、そんな意識がまだ強く見えてしまうが、どちらかが相手を引きずりまわすわけでも、相手に頼りすぎるでもない絶妙な信頼関係が、短い時間でも伝わってくるようなコンパルソリーダンスだった。ラストのポーズは弟のしっかりした腕に身を任せ、情熱的にフィニッシュ。
 キス&クライでもクリスがキャシーの肩をぐっと掴んで「やったよな!」という表情。記者たちの待つミックスゾーンでも、ずっとふたりは肩を抱き合ったまま、穏やかな笑みを絶やさなかった。
「コーチはグレートジョブ! って言ってくれました。NHK杯の幕開けに滑ったスケーターとして、いいスタートを切ったんじゃない? って。自分でも、タンゴの登場人物になって、タンゴに身を投じて滑ることができたと思います。今までで一番いいタンゴでした。でもコーチはすぐに、『明日は朝一で練習だぞ!』っていう(笑)。もう喜んでいられません。次に目を向けています」(キャシー)
 質問は、クリスのシーズンオフのケガのことにも及ぶ。「ミギヒザ! ダイジョーブ!」と指差しながら状況を説明する弟を、姉はちょっと心配そうに見つめていた。
「まず最初にケガしたのは、今年の3月です。手術してからは4~5ヶ月氷の上に立てなかった。そして戻ってきてすぐに、また膝を痛めてしまったんです。手術後、オフアイスでのトレーニングが充分でないなままオンアイスの練習を始めてしまったから……。そこでまた、手術。そのときは本当に辛かった。でも、パートナー、コーチ、友人、家族やお医者さん、みんなのサポートがあって、可能な限り一番早いスピードでまた練習に戻ってこれたと思います。スケートアメリカでは痛みがあったけれど、そのあとまたトレーニングを積んだので、今回はまったく痛みを感じないで滑っています。98%回復、というところかな」
 いつもはシャイなクリスだが、ひとりでケガの状況全てを話し、「ダイジョーブ」と、にっこり微笑んだ。
 しかし最近覚えた日本語を聞かれると、「ワタシハ、ツカレタ」とクリス。「ワタシ、ダイジョーブ!」とキャシー。最後はお姉さんがしっかりと強いところを見せ、共同インタビューは終了。
 本格的にグランプリシリーズデビューという大切なシーズン前に、大きなケガという壁にぶつかってしまったふたり。でもこんなふうに、これから先もどちらに何が起こっても、ずっと支えあっていけそうなふたりだ。

Photo/Sunao Noto   Text/Hirono Aoshima


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NHK杯開幕! 初陣・武田奈也選手の調子は? 岡島コーチインタビュー

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 本日よりいよいよNHK杯が開幕。28日には記者会見(写真上)と公開公式練習(写真下)が行われた。
 今大会、日本勢は南里康晴、武田奈也、浅田舞、キャシー・リード&クリス・リードと、4組5名もの選手が初出場となるフレッシュな陣営で臨む。なかでも注目は、先日のスケートカナダでグランプリシリーズデビューし、6位。トレードマークのチャーミングな笑顔で一気にお茶の間にその名を知られた武田奈也選手だ。「小さいころは世界選手権と同じくらい大きな試合だと思ってました。そこに出してもらえるのは、すっごくうれしい!」と語っていたNHK杯に向け、調子はどうだろうか? 岡島功治コーチに話を聞いた。

――武田選手、初めてのグランプリシリーズ、スケートカナダで6位。上々のシニアデビューでしたね。
岡島 一戦目は何とかね。まあ何とか……ですよ。ジャンプも去年とあまり変わらないですしねえ(笑)。

――でも大きな笑顔も見られて、武田選手らしい演技を見せてくれましたが。
岡島 そうですね、気持ちの上ではなかなかいい感じだと思います。最近は神宮のリンクが混んでいるので、毎週金・土・日と中京大リンクの貸切に出かけていくことが多いんです。だから僕はあまり見てやれていないのですが、今季はそんな時でもひとりできちんと練習できている。友毬のほうのジュニアグランプリ、2戦に僕がついて行ってる間も、彼女はひとりでやってましたしね。精神的にも、今年はかなり大人になったかな。

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――以前は岡島コーチのことを、間違えて「パパ!」と呼んでしまっていた選手が!
岡島 そうですね(笑)。友毬のことなども、去年まではけっこうライバルと思って、気にしていたかな。でも今はもう、ぜんぜん。後輩たちにも一枚大人の対応ができていますね。「あなたは私に勝てないわよ」とか、そんな感じではないですが(笑)。それでもスケートカナダは、まったく初めてのシニアの試合でしたし、自信がまるきり持てない状態でした。その一戦を無事終えて、今回のNHK杯の方が気持ち的にも楽かもしれないな。

――それなりの評価を得たことが、自信につながったのでしょうか?
岡島 まだ跳べないジャンプがあることにも、焦らなくなりましたしね。以前は、フリップ跳ばなきゃ! ルッツ跳ばなきゃ! って気持ちが強くて、それが辛かった。ショートからフリップを跳ばなきゃ勝てない、とかね。でも今は、SPのコンビネーションはトウループ‐ループで行こうって決めて、本人も納得しています。その結果、カナダでは、滑走順の良さもありましたがけっこう点数をいただけた。今回のショートプログラムも、第1グループかな、と思っていたら、第2グループに入れていただいたみたいで(*SP滑走順は世界ランキング順)。これでまたちょっと点数もいただきやすくなるかなって、本人も気が楽になったようです。うん、きっとNHK杯の方が、緊張しないで滑れるんじゃないかな?

 大事なのは一戦一戦の積み重ね。武田奈也は今、それをしている最中だ。
 いきなりスターダムに上がることはないけれど、少しずつあの笑顔が、たくさんの人の心の中に広がっている。

Photo/Sunao Noto   Text/Hirono Aoshima


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2007全日本ジュニア選手権レポート(4) 女子シングル・西野友毬2位 涙の準優勝

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 ジュニアグランプリシリーズ初参戦で、2連勝。もちろんジュニアグランプリファイナルにも進出。
 これほどインパクトあるジュニアデビューを果たしたのは、浅田真央以来のことだ。当然全日本ジュニアでも、優勝候補の一人。西野友毬にコメントを求める記者は多かったし、テレビカメラもアップの段階から彼女を追っていた。まだ中学2年生の女の子がフリーでこんなに緊張してしまったのも、仕方のないことだろう。
「これほどミスをしてしまった試合は今シーズン初めて」と、コーチたちが言うほど、この日は得意のジャンプに精細を欠いた。冒頭のトリプルルッツ-ダブルトウは軸が細く、あっという間に3回まわってしまう回転力で「さすが!」と思わせたが、続くトリプルフリップは大きく転倒。もう一度決めたかった後半のトリプルルッツも、両足着氷気味で回転不足と判定されてしまった。
 フリーでは3位、ショートプログラムの貯金もあって総合2位に入り、世界ジュニア代表は決まったが、納得の行かない出来に、既に氷上で視線を深く落としていた。バックステージに戻ってからも涙、涙だったという。
「大きな試合だから一番になりたかっただろうし、ノーミスもしたかったでしょう。本人はやっぱりルッツを跳びたかったと言っていました」と、岡島功治コーチとともに指導している佐藤紀子コーチ。普段は岡島コーチがジャンプなどを、佐藤コーチは踊りやエッジワークを指導。男性コーチとはまた違う視点で、西野選手の精神的なサポートもしている。
「でもこれを、もっと大きな試合でやらなくてよかった。それにとてもいい経験になったと思います。フェンスにぶつかるほど大きく転んだ後、気持ちの面でも立て直しをしようと必死でしたよね。終わった後も涙が止まらなかったけれど、記者の皆さんはコメントを求めて待っている。トップの選手ならそんなときにも対応していかなくちゃいけないことも、今回覚えたと思います。経験は、絶対に次の試合を戦うための力になります。これまでも彼女は、失敗したことを忘れないで、その都度勉強してきている。だから今回の涙もどう活かしてくれるか……とても楽しみです」(佐藤紀子コーチ)
 岡島コーチには「まだまだジャンプだけの選手!」と言われてきたが、フリーの「眠れる森の美女」では、かわいらしい水色の衣装でオーロラ姫を演じた。柔らかな動きは、まだまだ一生懸命こなそうとしている段階。でも、脚のしっかり上がるスパイラルや形の良さで大きく見えるビールマンスピンなど、洗練されたエレメンツの美がお姫様の気品を醸し出していた。佐藤紀子コーチの元で、これからはどんどん西野友毬独自のカラーを出していくだろうし、岡島功治コーチの元で、さらに難しいジャンプにも挑戦していくだろう。プログラム指導には樋口豊コーチの力も借りている。
 そして何より、ちょっとあっけらかんとした、彼女自身の精神的な強さ。涙を超えて、さらに強くなれる力は、これから続く初めての舞台、ジュニアグランプリファイナル、全日本選手権、そして世界ジュニアを経て、どんどん増していくだろう。

Photo/Sunao Noto  Text/Hirono Aoshima


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2007全日本ジュニア選手権レポート(3) 男子シングル・佐々木彰生2位 世界ジュニア出場決定!

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 出場枠は3年ぶりに2枠。激戦が予想された世界ジュニア代表争い、男子シングルで名乗りを上げたのは、高校2年生の佐々木彰生選手だ。
 昨年の全日本ジュニアは6位。その前年は「ダブルアクセルも跳べなくて、出る意味がなかったから」と出場さえしなかったこの大会で、いきなり表彰台に。おなじみの選手では決してないが、今シーズンはジュニアグランプリシリーズアメリカ大会で4位に入り、存在感をアピールしている。やはり虎視眈々と上位進出を狙い、鍛錬を積んできたのだろうか。
「そんなことはもう、ぜんぜん……。ずっと調子が悪かったし、6分練習も最悪でした。このままじゃ強化選手から落ちてしまうって、焦ってたくらいです。みんなの点数を見ても、自分のパーソナルベストよりずっと上。ぜんぜん行けるとは思ってませんでした」
 まだ信じられない、という顔で答えてくれたコメント。本人が一番びっくりびっくりという様子だ。確かにまだ、トリプルアクセルなどの大きな武器はないし、苦手なループはダブルに。しかしフリーでは序盤にフリップの転倒こそあったものの、ミスをできるだけ少なく抑えることに成功。ショートかフリー、どちらかで崩れる選手が上位陣にも多い中、ショート3位、フリー2位の安定感は立派だ。
「普段やってることをやろう! と、思っただけなんです。今日は東日本で出したパーソナルベストを20点も更新できました。でも他の人より跳べるジャンプが少ないから、ノーミスしても2位なんて……考えもしなかった」
 謙遜ばかりしているが、ジュニアグランプリでも「今日一番会場を沸かせたスケーター!」と絶賛されたほどのエンターテイニングな滑りが出来る選手だ。フリーではスケート靴まで銀色の衣装に身を包み、軽快な音楽「Robots」で乗りに乗った。表情たっぷりに踊るおどけたパートも、しっとりしたスローパートの表現も、4分間で両方を楽しませてくれる。得点も、フリーのPCSでは優勝した無良崇人、フリー1位の羽生結弦を押さえて全選手中最高点(56.30)をマーク。
「人よりジャンプが降りられない分、踊らないと(笑)。でも今日は自分なりの演技ができたかな? 好きなスケーターですか? 髙橋大輔選手です」
 その髙橋選手とともに戦える全日本選手権出場、そして世界ジュニア出場も決まった。
「上の試合のことなんて、全然考えてなくて……。ただ国体やインターハイまでに苦手なフリップとループの完成が間に合うように、コンスタントに練習しよう、全日本ジュニアも、そこにつなげていく試合だ、と思っていただけなんです。でも……早くみんなにジャンプで追いつけるように。まだレベル1のステップも『うまいなあ!』と思われるように。それから踊りも、もっと見せられる選手になりたいです」
 無欲で掴み取った初めての世界ジュニア代表の座。あまりプレッシャーを感じず、楽しんで滑ってきてくれるといいな、と思う。彼自身が楽しめれば、「Robots」は、きっと世界の舞台も沸かすことができる。

【佐々木彰生プロフィール】
91年3月19日生まれ 武相高校2年
コーチ 佐藤亜希子、佐藤操
スケート開始年齢 5歳
趣味 車との時間
特技 車との会話

Photo/Takayuki Honma  Text/Hirono Aoshima


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2007全日本ジュニア選手権レポート(2) 世界ジュニア代表決定

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全日本ジュニア選手権の結果を受け、世界ジュニア選手権他、シーズン後半の国際大会派遣選手、および全日本選手権への特別出場選手が以下のように決定された。

世界ジュニア選手権代表
男子シングル  無良崇人、佐々木彰生  
(補欠:吉田行宏、近藤琢哉)
女子シングル  水津瑠美、西野友毬  
(補欠:石川翔子、村元小月)
ペア        高橋成美&メルビン・トラン組

インターナショナルチャレンジカップ代表
男子シングル  吉田行宏、町田樹
女子シングル  石川翔子

コペンハーゲントロフィー代表
男子シングル  近藤琢哉
女子シングル  村元小月

全日本選手権特別出場
男子シングル  無良崇人、佐々木彰生、吉田行宏
女子シングル  水津瑠美、西野友毬、石川翔子

Kana9308なお、今大会で上位に入った以下の5選手が、ジュニアの強化選手に追加指定された。

男子シングル 村上大介
女子シングル 今井遥、村元哉中、大川珠里、鈴木真梨

シーズン途中に強化選手が追加されるのは異例のこと。スケートリンクの減少、競技人口の増加により、各地で選手たちは練習場所確保に苦労しているが、今回新たに強化指定された選手は、ナショナルトレーニングセンターである中京大学リンクが使用できることになる。

*写真上は優勝した無良崇人選手、水津瑠美選手と、重松直樹コーチ、池上信三トレーナー
*写真下は女子シングルで8位に入り、新たに強化選手となった村元哉中選手(左)、お姉さんの村元小月選手、仲良しの高山睦美選手、井上はるか選手と一緒に

Photo/Sunao Noto   Text/Hirono Aoshima


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2007全日本ジュニア選手権レポート(1)女子シングルSP 水津瑠美1位、西野友毬2位

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 NHK杯を来週に控えた仙台市体育館では、ジュニアの国内最高峰を決める全日本ジュニアフィギュアスケート選手権が開催中。女子シングルはSPが終了し、ミスの少ない生き生きとした演技を見せた水津瑠美が1位、西野友毬が2位に着けている。
 駒場学園高校2年生の水津瑠美は前年の準優勝者で、2007年世界ジュニア5位。先日行われた日米対抗でも日本代表として登場し、大活躍したジュニアの第一人者だ。西野友毬は今期よりジュニアに参戦し、ジュニアグランプリシリーズ2連勝。いきなりジュニアグランプリファイナル進出を決めた武蔵野中学2年生。コーチは違えど、ともに明治神宮外苑スケート場をホームリンクにしている。

水津瑠美選手のコメント
「今日は最初の3トウループ-3トウループがすごくきれいに決まって、すごくうれしくて。そこから波に乗っていけました。ダメだったのは3ループが両足っぽかったことと、フライングシットスピンで少しよろけてしまったこと。それ以外は満足しています。
 重松先生には、『今注意していること(ジャンプの跳び方について)ができれば大丈夫だから、がんばって!』と言われて送り出してもらいました。
 フリーは今シーズン、まだパーフェクトな演技ができていないので……明日は、優勝目指してがんばります」

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西野友毬選手のコメント
「会場に移動する電車の中ではけっこう緊張してたし、公式練習も微妙によくなかった。試合は楽しいけれど、緊張します。でも今日は滑る前、なぜか緊張しなくて……。いつもは緊張すると、6分練習ですごく動くんです。でも今日はそれもなくて、普通の6分だった。頭空っぽで、全日本ジュニアって感じもしませんでした。どうしてなのかな? バカだからわかんないです(笑)。滑る前、先生から言われたこともよく覚えてません。ただ、公式練習でよくなかったルッツだけ、最後までチェックして。
 滑り始めると、3ルッツ-2ループが決まってから、楽しくなった! ジャンプは全部良かったし、スパイラルは途中でちょっと危なかったけれど、すごく楽しく滑れました。今日は楽しかった!」

Photo/Sunao Noto   Text/Hirono Aoshima


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祝・鈴木明子ゴールデンスピン優勝! 西日本選手権レポート  いま、滑れる喜び

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 浅田真央や中野友加里がスケートカナダに出場した11月最初の週末、九州・福岡のパピオアイスアリーナでは西日本選手権が開かれていた。
 女子シングル、シニアで優勝したのは、鈴木明子選手。今年大学を卒業し、現在のホームリンクである名古屋の邦和スポーツランドに所属する社会人選手となった。年齢だけなら十分にベテランだが、鈴木明子という名前を知らない人も多いのではないか。

 ジュニアの有力選手だった鈴木。しかし大学に入ってすぐ、摂食障害になってしまう。一時はスケートはおろか普通に生活するのもままならなかったという。もちろん、試合にも出られなかった。
 滑り続けたい一心で一からスケートをやり直し、昨シーズンのユニバーシアードでは高橋大輔とともに優勝。やっと第一線の舞台に帰ってきた。とはいっても、長い間国際大会に出場していないために、ISUのワールドスタンディングに鈴木明子の名前は無い。長いブランクを埋めるためには、こうしてブロック大会からひとつひとつ試合を積み重ねていかなければならない。

 ショートプログラムを終えて、2位の澤田亜紀選手に10点以上の差をつけて迎えたフリー。「タイタニック」に乗せて滑り出した彼女のスケートは、長いブランクがあったことなど忘れさせてしまうようなすばらしいものだった。
 予定していた7回のジャンプのうち2つめのトリプルフリップがシングルになってしまったが、それ以外は冒頭のトリプルルッツ‐ダブルトウループ‐ダブルループをはじめ、後半に入れた2回目のトリプルルッツや、トリプルトウループからダブルアクセルのシークエンスなど、どれも見事に決まっていった。さらに2つのスピンとスパイラルシークエンスでレベル4。国際大会の最終グループで滑ってもおかしくない内容だ。

 圧巻は最後のストレートラインステップ。体を大きく使いながら、見事にスケートを滑らせてステップを繋いでいく。多くの選手が、滑るというよりもステップをひたすらこなしているように見える中、鈴木のステップは際立って滑っていた。レベル3、しかも全てのジャッジが+2~3の高い評価を与えた。

 一人だけ違うスケートをしていた。それは技術の部分だけではない。最初から最後まで笑顔を絶やさずに滑りきったが、それが演技ではないのが伝わってきた。心からの笑顔で本当に楽しそうに滑っていたのだ。

 ショートプログラムとの合計で165.94という高得点で、2位に20点以上の差をつけて文句無しの優勝だったが、試合後の代表インタビューでは「すばらしい得点だがどう思うか」「全日本での目標順位は」といったことを尋ねられるたびに「点数とか順位とかは本当に気にしていなくて……」と申し訳なさそうに答えていた。
 代表質問が終わったところで「きょうの演技は滑る喜びのようなものがとても伝わってきたが……」と尋ねたところ、鈴木は大きな目をくりっと開いて「こうして試合で滑れることもそうですが、毎日スケートができることに感謝する気持ちは常に持っています」と微笑んだ。
 スケートができる喜び。滑れる喜び。この気持ちが、今の鈴木明子の原動力なのだろう。

 昨シーズンの全日本選手権は、思うような演技ができず10位。
「昨年は全日本、ということで変に自分にプレッシャーをかけてしまって。今年はいつも通りの演技をして、多くの人に見てもらって、楽しんでもらいたいです」
 全日本でも、ぜひ喜びに溢れる素晴らしいスケートを見せて欲しい。いつも通りの演技ができたなら、きっと台風の目のような存在になるだろうから。

*鈴木明子選手は11月10日、クロアチアで開催されたゴールデンスピンで優勝!
日本からは太田由希奈選手も4位に入りました。
*鈴木明子選手へのインタビューは『日本女子フィギュアスケート公認ブック 2007−2008』に掲載されています

text/Seiho Imaizumi    photo/Masayuki Kojima(写真は中部選手権でのフリー)


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日米対抗2007レポート 浅田真央の変貌

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 5月に行われた中京大学アイスアリーナのオープニングセレモニー。氷の上に敷かれたカーペットの上を、安藤美姫と浅田真央が歩いていた。その時、安藤よりも浅田の方が少しだけ背が高いことに気付いた。3月の世界選手権で揃って表彰台に立ったときは、ほとんど変わらないか、わずかに安藤美姫の方が高いぐらいだったと記憶している。わずか2か月の間にも、浅田真央は成長しているのだと驚いたものだった。
 それから5か月。公式練習でリンクに降りてきた浅田真央を見て、また驚いた。明らかに身長が伸びただけではなく、体つきがすっかり変わってしまった。肩幅が広くなり背筋がついて、体全体が大きくなった。頭は小さいままだから、より手足の長さが際立つ。オフアイスでのトレーニングの成果がはっきりと体にあらわれている。
 体がより大きくなったことで、ジャンプも変わった。昨シーズンまではタイミングで跳ぶ軽いジャンプだったが、高さと力強さが加わった。

 見た目から明らかに変わった浅田真央の今シーズンのショートプログラムは、タチアナ・タラソワ振付の「ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジア」。美しい旋律だがとてもドラマチックな曲だ。昨シーズンの「ノクターン」とはまったく違う。この大きな曲を滑りこなすためには、優雅さとともに、曲に負けないだけの大きな動きが必要だろう。
 まだシーズンが始まったばかりだが、浅田真央は優雅な動きと大きな動きの両方をクリアしていた。肩から先ではなく、肩甲骨から大きく動くようになった腕の使い方や、ジャンプの前後やステップの途中で見せる、片足を後ろに上げるアチチュードの姿勢に背筋の強さが見える。また今回ステップシークエンスがレベル4と判定されたが、レベル4をもらうためにはステップの要件の他に「十分な上体の動き」が要求される。テクニカルパネルが認めるほどに大きく動けていたということだろう。

 改めて思う。昨シーズンの「ノクターン」は、あの時しか見られないものだったのだと。今、同じ曲で同じことをやっても決して同じにはならない。もう氷の上に「ふわふわマオマオ」はいないのだ。
 浅田真央は日々成長し、変化し、進化している。私達はともすれば将来ばかりを見てしまい、選手の現在に過大な期待をしてしまうけれど、変わっていく「今」をリアルタイムで見られる喜びがあることを、浅田真央は教えてくれる。この新しいショートプログラムを完全に滑りこなすようになった頃、浅田真央はどう変わっているのだろうか。

text/Seiho Imaizumi    photo/Sunao Noto


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日米対抗2007レポート 柔軟性の時代(2)

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 キャロライン・ザンがあまりに柔らかいためにそれほど目立たないが、長洲未来も素晴らしい柔軟性を持っている。彼女のビールマンスピンは、後頭部が腰に着いてしまうほどに反っている。回転軸がまっすぐ1本になっているので、ビールマンの姿勢からさらにスピンの速度が速くなっていく。ビールマンスピンはほとんどの女子選手がプログラムに入れているが、ビールマン姿勢から回転を速くできる選手はなかなかいない。
 体を柔らかくするために何か特別なことをしているかと尋ねたところ「小さい頃からストレッチをしていたぐらい」と言っていたが、長洲未来がキャロライン・ザンと違うのは、関節は柔らかくても体がぐにゃぐにゃというわけではないところ。動きにハリがあり、ジャンプも高くて幅がある。キャロライン・ザンよりもクセが無く、質の高いジャンプを跳ぶ。今回はジュニアグランプリのクロアチア大会からそのまま日本入りしたため「ちょっと疲れもあった」ということで演技後半のジャンプを失敗してしまったが、練習ではすべて降りていた。

 体が柔らかくてスピンの回転が落ちず、ジャンプは高くてスケートが伸びる。足りないところがない。唯一足りないといえば150センチという身長だろうが、頭が小さくて手足が長くバランスの取れた体型なので、おそらくまだまだ伸びるのではないだろうか。浅田真央がいつの間にか160センチを超えてしまったように。
 この高い能力、恵まれた体型に加えて、人を惹きつける明るさが彼女の魅力だ。苦手な日本語で懸命にインタビューに答える様子はとても好感が持てた。オフアイスでもいつもニコニコと笑っていて、その明るさがそのままスケートに現れている。
彼女を見ていると、ジュニアデビューの頃の浅田真央を思い出す。まるでリンクに天使か妖精が現れたような雰囲気。浅田真央のライバルは、キム・ヨナではなく長洲未来かもしれない。

 これからのアメリカを背負う選手が、2人ともずば抜けた柔軟性を持っている。このことがスケート界に与える影響は小さくないだろう。現在のルールでは、体が柔らかい選手の方がレベルを上げやすい。だからこそ、ほとんどの女子選手がスピンやスパイラルにビールマン姿勢を取り入れているわけだが、このアメリカの2人の選手を見ていると、今よりもさらに、柔軟性に対する評価が高くなる時代が来るかもしれないという気がした。
フィギュアスケートにとってそれがいいことかどうかはわからないが、とにかくキャロライン・ザンと長洲未来は、スケート界を変えてしまいかねないポテンシャルの持ち主であることに間違いない。いろいろな意味で、この2人が今後どういうスケーターになっていくのか、目が離せない。

text/Seiho Imaizumi    photo/Sunao Noto


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日米対抗2007レポート 柔軟性の時代(1)

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 フィギュアスケートが好きで、海外の選手の動向にも興味がある人ならば、今回の大会の密かな楽しみは、アメリカの2人の選手を実際に見られることではなかっただろうか。
世界ジュニアチャンピオンのキャロライン・ザンと、全米ジュニアチャンピオンの長洲未来。これからのアメリカのスケート界を間違いなく背負っていくであろうこの2人は、言い換えれば安藤美姫や浅田真央、そしてそれに続く日本選手の大きなライバルということになる。

 キャロライン・ザンの特徴は、人並み外れた柔軟性だ。言葉通り、体の柔らかさが人間の域を超えている。ビールマンの姿勢でさらに後ろに反って回るスピンは「ザン・スピン」あるいは「パール・スピン」と呼ばれるほどに特徴的なスピン。噂には聞いていたが、実際に見るとやはり驚いてしまう。すごいのは、その姿勢のまま回転速度を落とさずに回り続け、そのまま足を引き上げて通常のビールマンスピンに繋げてさらに回り続けること。ただ柔らかいだけではなく、柔らかさを活かした姿勢を正確にキープできるだけの筋力を兼ね備えているのだ。
これは練習してできるというものではない。無理に練習すると腰を痛めてしまうだろう。生まれ持った腰と股関節の柔軟性と、強くて伸びる筋肉を持っていなければ絶対にできない。

 股関節を完全に開ききって足をまっすぐ上に伸ばすスパイラルも、すごいとしか言いようがない。おそらくフィギュアスケート史上、もっとも体が柔らかい選手だろう。ただ、これからシニアの選手として戦っていくには、まだ身長も低いし顔立ちも幼い。体が柔らかすぎて、動きに強さやハリが見えない部分もある。
 とはいってもさすが世界ジュニアチャンピオン。見た目の幼さとは裏腹に、とても強いハートの持ち主だというのが練習と試合を見ていてわかった。今回コンビネーションジャンプに3フリップ‐2トウループを予定していたが、公式練習からずっと3-3を練習していた。セカンドジャンプの回転が足りずに転倒するシーンが何度もあったので、試合ではおそらく3-2に戻すだろうと思ったが、直前の練習でもずっと3-3をやり続け、結局本番でも挑戦した。残念ながらステップアウトしてしまったが、より難しいものに挑戦していく強い気持ちを持っている。
 普段は顔も声もかわいらしいが、氷の上では練習中から豊かな表情を見せる。今でもすごいが、まだまだ化けるだろう。

text/Seiho Imaizumi    photo/Sunao Noto


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日米対抗2007エキシビションレポート   髙橋大輔SP初公開!

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「僕はまだやりたくなかったんですよ。練習でも一度も通して滑ったことがないプログラムを、いきなり人前でなんて!」
 世界初披露――そう大げさに言ってしまいたくなるほどだった、髙橋大輔のSP「ヒップホップ白鳥の湖」。きっと本人も、早く見せたかった自信作に違いない……と、思いきや、実は当初はおなじみのEXナンバー「バチェラレット」を滑る予定だったという。それを覆したのは、コーチのニコライ・モロゾフだ。前日の試合で満足のいく演技が出来なかった教え子ふたりに、若き名伯楽はご立腹。
「ダイスケは明日のエキシビション、ショートプログラムを滑れよ!」
 そんなコーチ命令にはさからえず、おかげで私たちは世界初披露をスケートアメリカの開催されるペンシルバニアに奪われることなく、あの「白鳥の湖」を見ることができたのだ。
「ほんとに不安でしたよ。どれだけ疲れるかわからないし、何が起こるかもわからない。で、ステップこけちゃいましたが(笑)。でも思った以上にお客さんがのってくれて……逆に僕の方がびっくりしましたね。うれしかったです」
 しかし会場の雰囲気は、のった、とか、沸いた、とか、そういう類のものでは、もはやなかった。まったく新しい髙橋大輔、まったく新しいフィギュアスケートに、騒然としていた、そんな形容が正しくはないだろうか。「ヒップホップは難しいですよ。身体の使い方、重心の置き方が、スケートとはまるきり違う。身体のパーツをばらばらに動かしながら、しかもきれいにかっこよく崩さなくちゃいけない!」そんなふうに苦しんでいたシーズンオフを越え、今日見せてくれた、スケートとヒップホップの融合。息を呑むほど激しいサーキュラーステップでは、髙橋大輔の動きに合わせてカラフルな光を投げかける照明が、邪魔に思えるほどだった。この日の凝ったライティングはほんとうに美しく選手たちを彩ってくれていたが、「白鳥の湖」のときだけは、氷の上で動くのは髙橋大輔だけでいい、そう思ってしまったのだ。
「でも、まだまだですよ。スピンも不安定だし、つなぎの部分は、実は適当。完璧には程遠いです。それなのにあんなに疲れちゃって(笑)。これから試合でどうなるか、心配です」
 確かにステップでの転倒は、こんなに動いていて転ばない方がおかしい、と思えるほど。これからジャンプもしっかり入れて、エレメンツのレベル判定も意識して、これだけのナンバーを仕上げていくのは並大抵のことではないだろう。
 しかしこのナンバーがエキシビションではなく、試合で見られるということ。それが何より、うれしくはないだろうか。これから半年、試合の緊張感のなかで、「白鳥の湖」はどう化けていくのか、髙橋大輔は何を見せてくれるのか。
「とにかく、今までにない挑戦をふたりでしようと、ニコライと決めたプログラムです。試合でどこまでできるか、自分でもまだわからないけれど……スケートアメリカまでの3週間で、まずは自分のものにできたらな、と思います。僕なりの新しい表現をアピールできたら!」

photo/Masayuki Kojima    text/Hirono Aoshima


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日米対抗2007レポート ジュニアたちの挑戦(1) 

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「自分以外のメンバーは金・銀のメダリスト、そして世界の村主章枝さん。こんなメンバーの中で、なぜ私が? 瑠美はそんな思いでいっぱいだったんです」
 シニア3名、ジュニア1名でチームを組むことになった今大会、日本チーム女子のジュニア代表として参戦した水津瑠美のスタッフのひとりは、そんなことを語ってくれた。華やかな記者会見、ゴールデンタイムのテレビ放映、そして個人戦ではなく、チーム戦のメンバーという責任……。初めてづくしの大会にのぞむ水津瑠美は、この一ヶ月、フィギュアスケートを初めて一番というくらい大きなプレッシャーの中、苦しみながら練習を続けてきたという。それは男子のジュニア代表、町田樹も同じだろう。
 しかもすでにジュニアグランプリシリーズは始まっており、水津瑠美は来週に第7戦ドイツ大会、町田樹は再来週に第8戦イギリス大会を控え、ハードスケジュールの間を縫っての参戦だ。
 メンバー中最も無名のふたり、最も大きなプレッシャーに苦しんだふたり。でも、たくさんの人に自分をアピールできる大きな大きなチャンスを得た、ふたりの姿を追ってみよう。

 町田樹は高校生ながら自分の演技スタイルを持っている選手として、同世代の仲間たちからも一目置かれているスケーターだ。ひとつ上の小塚崇彦、ひとつ下の無良崇人。次の時代をともに担うライバルたちからも「今年の町田君の『白鳥』、いいっすよね!」と、シーズン前から賞賛されていたプログラムが、今シーズンのフリー「白鳥の湖」だ。
 男子選手が、白鳥の湖! 独特の雰囲気が出せる、大きな自信がなければできない選曲だが、「実はシーズン前、『白鳥の湖』か『トゥーランドット』、どちらを滑ろうかと迷ったんです」というコーチの弁を聞けば、彼が今年、どんな自分を見せたかったか、わかるだろう。
 ドラマチックで情熱的な樹スタイルをアピールするには、いちばんの選曲。世界ジュニアの表彰台に立ち、ジュニアを卒業したい今シーズン、大きな勝負をかけたプログラムだ。日本勢の一番手として氷の上に立ったこの日も、まずは自分自身を奮い立たせるようにすっと手を上げ、スタートのポーズを取る。
「今日は……はじめの部分はすごく良い出来だったと思います。課題としていたフリーでトリプルアクセル2回も、初めて成功できました!」
 プログラム冒頭で、いきなり見せたトリプルアクセル、2回! 「白鳥の湖」に挑戦するアーティスティックスケーターであると同時に、ジャンプも大好き、負けたくない、というオールラウンダーであることが、町田樹の強みだ。今大会参加者の中で、ショートとフリーの差はあれど、ほとんどマイナスのつかないクリーンなトリプルアクセルを跳んで見せたのは町田樹ただひとり。しかも2回、一度はダブルトウループのついたコンビネーションで! 彼にとっても、日本男子チームにとっても、最高のスタートだ。
 2つめのトリプルアクセルを降りたあとの数十秒間は、身体のキレも抜群。気持ちも乗りに乗っていて、いちばん町田樹らしい凛々しい姿が、白とブルーの羽を散りばめたコスチュームに包まれて、舞った。日本チームの末っ子に、まだこんな隠し玉がいたとは……。そんなうれしい驚きを感じた人も、多いのではないだろうか。
「でもトリプルアクセルばかりに気を取られ過ぎちゃった。後半はどんどんおろそかになってしまって……」
 大きな課題を達成して、気が抜けてしまったのかもしれない。注目度の高い国際大会のメンバーになった大きなプレッシャー。ずっと抱えてきたものをふっと手放してしまったのかもしれない。
 後半は残念ながらルッツやサルコウがダブルになり、トリプルフリップも着氷が乱れるなど、ジャンプにミスが続いた。でも、町田樹を知る人々がジャンプの失敗以上に残念に思ったのは、ステップやダンスなどで彼本来の魅力が発揮できなかったことだろう。
 少し力の抜けたストレートラインステップは、いつもの彼ならばもっとこってり見せられるはず。サーキュラーステップも、もっと自分をコントロールできれば、大きな見せ場になるはず。せっかくの「白鳥の湖」、もっともっとフルパワーの町田樹を、たくさんの人に見てもらいたかった……。
「後半はどんどん気持ちと動きがずれていってしまって……。全体的には、出せた力は30%くらいだと思います」
 長かった4分30秒の演技を終えると、キス&クライでは4人の女子選手たち、かわいいチームメイトが彼を出迎えた。ほんとうならばコーチとふたりでうなだれてしまう場所。でも華やかな雰囲気に励まされつつ、点数が出るとちょっとだけ笑顔も見せた。
 アクセル成功のうれしさと、その後の出来の悔しさ。大きなプレッシャーの苦しみと、華やかな場に立つ喜び。同世代のライバルたちが得られなかったたくさんのものを得て、町田樹は初めてのチーム戦を終えた。
 今回、魅力のほんの一端しか見せられなかった町田樹の「白鳥の湖」も、また見たいと思った人は、きっと多い。「あの子、ちょっといいよね」「また試合に出るのかな?」彼を初めて知った人には、ぜひこれからの全日本ジュニア、全日本選手権、世界ジュニアと、注目を続けて欲しい。彼が本当に見せたかった「白鳥の湖」を、きっと見せてくれるはずだから。

photo/Takayuki Honma    text/Hirono Aoshima


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日米対抗フィギュアスケート競技大会2007横浜 記者会見&公式練習レポート(2)

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「プログラムへの取り組みが遅れているので、明日、どれだけできるかの不安はありますが……日本チームが勝てるように、全力を尽くします」(髙橋大輔)
「僕にとっては初めてのチーム戦です。チームの勝利の足を引っ張らないように、自分の力を精一杯出して生きたい」(南里康晴)
「日米対抗には2度目の参加。楽しみにしてきました! 日本チームが勝てること、自分もベストを尽くすこと、ふたつを目標にがんばります」(中庭健介)
 アメリカの選手たちが一様に「試合を楽しみたい」「日本で滑れてうれしい」といったなごやかなコメントを発していたのに対し、日本男子チームはそろって「迎え撃つぞ!」モード。頼もしいサムライたちは、公式練習で、はやくも火花をちらしていた。

 ジュニアからただひとりの参戦で「すごく緊張しています」という町田樹は、練習からトリプルアクセルを次々に着氷。しかも大きく力強く、代表4人中、誰よりも高く、これぞ男の子のジャンプ! という気持ちのいいアクセルを見せる。曲かけで披露したプログラムも、フリーの「白鳥の湖」。イタリア合宿時にもダイナミックかつナイーブな表現でライバルたちの注目の的となっていたプログラムだが、シニア3人と一緒に練習しても決して薄れない存在感をアピール。練習では確かめるように滑っていた難度の高いステップを、本番でどれだけ見せてくれるか、楽しみだ。
 町田樹が少年の初々しい繊細さを存分に見せた後は、中庭健介がおなじみのSP「サラバンド」で、お兄さんの成熟した繊細さを見せつけた。今年、さらに確実になったという噂の4回転も、後ろに2回転をつけ、きっちり成功。チームジャパンの屋台骨として、いっそう頼れる存在になったことを実感させてくれた。
 中庭健介とともに今シーズン初の世界選手権代表を狙う南里康晴も、負けてはいない。町田樹のような高さや軽さはないが、力強さでは一枚上手のトリプルアクセルはしっかり決め、オフシーズンにとことん滑り込んだSP「月光」を披露。これまでは海賊やカーレーサーなど、キャラクターを演じることで照れ隠しをしながら苦手な表現もがんばってきた、という印象の南里康晴だが、今年の「月光」は違う。静かなピアノの旋律に身を任せるように、激しくなったメロディーに抗うように、心の奥のパッションを表現しようとするさまにぜひ注目して欲しい。この日はジャンプの調子が上がりきっていない様子だったが、もし本番でジャンプを失敗したとしても、ステップやスピンで充分拍手がもらえる、そんなプログラムになっているはずだ。Qr2i1280_1
 そして注目の世界選手権銀メダリスト、髙橋大輔! フリーに選んだ音楽は、王道中の王道といっていいチャイコフスキーの「ロミオとジュリエット」。出来上がりがいつもより遅かった、というこのプログラム、まだ振りを確認しながら滑っている印象ではあるが、とにかくファンの期待を裏切らない、大輔らしい、モロゾフらしい「ロミオとジュリエット」だ。
 特に印象に残るのはプログラム中盤のムーブメント。これまで以上に手を大きく使い、青年の恋心を表そうとする様は、今年も多くの女性の心をつかみそうだ。彼が滑っていると、この曲の中ではロミオのささやきを表すと言われる、ホルンの音色がはっきり聞こえるよう。トリプルアクセルからの2回転-2回転など、ジャンプもきれいに決まり、試合での演技が早く見たくなる公式練習だった。
 が、この日のほんとうの驚きは、「ロミオとジュリエット」には、なかった。髙橋大輔ひとりだけ、2回目の曲かけがあったのだが、そこで滑って見せたのは、今シーズンのショートプログラムで滑る予定のヒップホップ風「白鳥の湖」。これがもう、何と言ったらいいのか……とにかく恐ろしい、あいた口がふさがらないようなプログラムだ。おそらく氷上で、フィギュアスケートで、こんな表現をしようとした選手はこれまでいないだろうし、表現できた選手もいないはず。なるほど、ショートでこんな動きに取り組んできたからこそ、肩が大きく使えるようなるなど、体の可動域が広がり、フリーを滑っても手足が長く見えるようになったのか、と納得がいった。この日はまだまだ肩ならし、といった風情で「どうかな?」「いいぞ!」とコーチのモロゾフとアイコンタクトを交わす。
 見る前に情報を得てしまうよりも、ぜひ実際に見て、楽しんでいただきたい髙橋大輔の「白鳥の湖」。今回のエキシビションで披露するかもしれない、とのことだ。

photo/Takayuki Honma       text/Hirono Aoshima


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日米対抗フィギュアスケート競技大会2007横浜 記者会見&公式練習レポート(1)

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 フィギュアスケート07-08シーズンがいよいよ開幕! 今年の第一戦は、昨年より始まった「日米対抗フィギュアスケート競技大会」の第2回。おなじみ新横浜のリンクは国際大会らしく華やかにデコレートされ、5日は記者会見とプレス公開公式練習が行われた。
 いまやフィギュアスケートの二大大国といってもいい日本とアメリカを代表する選手たち、どんな表情を見せてくれただろうか?

 日本女子勢は、安藤美姫、浅田真央、水津瑠美の3選手が公式練習に参加。全日本チャンピオンと世界チャンピオン、ふたりのチャンピオンに挟まれながらも、臆すことなく自分のペースで練習していたのは水津瑠美だ。実は日本女子勢では彼女だけが今シーズン、すでに公式戦を経験している。
「でもルーマニアのジュニアグランプリシリーズでは、思うような試合が出来なかった。今回はノーミスで、今までやってきたことを全部出したいです」(水津)
 練習中は転倒も目立ち、ジャンプの調子はあまりよくない様子。しかし曲かけで見せたボンド演奏の「韃靼人の踊り」では、力強いストレートラインステップを見せ、観客にふっと送る視線も昨年よりいっそう大人びたものに。2選手が練習を上がった後も、時間いっぱいまでジャンプやスピンの練習を続け、身体がほぐれたころにはいい笑顔も見せていた。

 シーズン初戦を見る面白さ、それを存分に味わわせてくれたのは、安藤美姫、浅田真央のふたりだ。ジュニアグランプリなどで、今シーズンのプログラムをすでに公開している水津瑠美と違い、このふたりが試合に向けて調整している姿を見るのは、ほんとうにひさしぶり。スパイラルではあんな角度に足が上がっていただろうか? ビールマンの形もまた変化している! この半年で身につけた新しいエレメンツをひとつひとつ確かめるように練習しているふたりを見ると、ほんとうにシーズンが始まったんだ、と、うれしい実感がわいてきた。
 先に曲かけをした安藤美姫が見せたのは、ショートプログラムの「サムソンとデリラ」。
「今年のプログラムは両方ともセクシーなので恥ずかしいんですけれど……。ちょっとがんばってセクシーに、女性らしく滑りたいです」(安藤)
 おへその見える黒い練習着姿に包まれているのは、今までにないくらい締まって美しい身体。今の安藤美姫は立っているだけで充分セクシーだが、曲がかかるとまたぐっと雰囲気が変わる様は、まるで舞台女優のようだ。昨年以上に大きく使えるようになった腕を目いっぱい動かす、パワフルな演技は健在。セクシーというよりも、キュートでかっこいい美女、という印象だが、腰をきゅっと動かす動作など、見せ場になりそうなセクシーな振付けもところどころで見せてくれた。モロゾフが散りばめた小さなアクセサリーのようなこうした振付けを、本番では恥ずかしがらずにもっとナチュラルに見せてくれたら、ほんとうに艶やかなデリラになりそう。
 ジャンプの調子も上々で、3ルッツ-3ループなど、大きなジャンプを次々に着氷。まだ完全にシーズンインモードではない、とのことだが、公式練習から見せた堂々とした姿は、さすが世界チャンピオンだ。

 持てる雰囲気をパワーアップさせた安藤美姫に対し、がらりと違う印象を見る人に抱かせたのは、浅田真央。曲かけで一部を披露したショートプログラム「ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジア」では、これまでの浅田真央のプログラムには必ずあった、かわいらしさ、少女らしさがすっかり影を潜めていた。激しい曲調に乗って激しい動きを次々に繰り出していく彼女は、夢から覚め、現実に立ち向かっていく一人の女性のよう。大きな決意を見せるような、甘さのかけらもないプログラムに挑戦していた。
 動きの速さ、激しさは、横方向だけでなく、縦方向にも広がり、大きな上下動が特に目を引く。浅田真央はこんな動きも出来たのか、と目が釘付けになったが、面白いのはすぐそばで練習している安藤美姫の激しさに印象がかぶるところ。ひとつのリンクに安藤美姫がふたり? と錯覚しそうになることも何度かあった。
 また、彼女にはとっては慣れないはずの速いモーションも、ひとつひとつポジションがしっかり取れていて、動きがくっきり、印象に残るところはさすが。
 ジャンプもこの日は、これまでのような踏み切りのタイミングで跳ぶジャンプというよりも、力強く身体を締めて跳ぶジャンプ。ステップも、今のところはまだ抜き気味という感じだが、おそらくシーズン中にはレベル4を狙ってくるだろう複雑な構成を垣間見せる。彼女自身の雰囲気も、ひとつひとつのエレメンツも、昨年までとはがらりと変わった浅田真央を見せてくれそうだ。

 村主章枝はこの日、出場選手中ただひとり、公式練習を欠席。記者会見では元気な姿を見せ、「今シーズン初戦が、私の地元、新横浜で迎えらてうれしいです。今年は4月からずっとロシアを拠点にし、今まで積み上げてきたものを一度捨て、新しいものを受け入れる、そんな練習をしてきました。そこでの成果を今回、少しでも発揮できればと思います」とコメントした。

photo/Takayuki Honma text/Hirono aoshima


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ジャパンオープンレポート ブライアン・ジュベール 「王者の助走」

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 4月29日、さいたまスーパーアリーナで行われたジャパンオープン。35歳のトッド・エルドリッジから、16歳の浅田真央までがともに出場するのは、プロアマ混合のオープン大会ならではのおもしろさだ。競技は男女シングルのみだが、エキシビションにはペアの世界チャンピオン、申雪・趙宏博も参加。男子のブライアン・ジュベール、女子の安藤美姫と合わせて、3月に東京で生まれた3組の世界チャンピオンの演技が見られる豪華な大会となった。

 男子の世界チャンピオン、ブライアン・ジュベールは、4月のはじめに世界選手権のエキシビションツアーを終えて帰国してから、1か月もたたない再来日。負けなしの今季を支えた、カート・ブラウニング振付けのフリープログラム、『ロミオとジュリエット』のコスチュームで氷上に現れた。
 ジュベールの滑りに、3月の世界選手権ほどの張りつめた緊張感はなかったが、冒頭、いきなりの4回転トウループに会場が大きくどよめく。収容人数の多いさいたまスーパーアリーナには、3月の世界選手権を見てフィギュアスケートに興味を持った人や、家族連れ、カップルなど、ふだん生でフィギュアスケートを見ない観客も大勢訪れていた。「フィギュアスケートといえば4回転」そんな人々が、男子最終滑走でやっと目にすることができた4回転ジャンプ。驚きと興奮、そして少し安堵が混じったようなどよめきだった。
 トッド・エルドリッジやジェフリー・バトル、日本の小塚崇彦など、滑り巧者の多いメンバーの中で、ジュベールの滑りに、彼らのような輝くばかりのクリアさはない。しかし、リンクをいっぱいに使って滑る力強さとスピードには、確かに現役最高峰の技術が表れている。この早さで、この重みで、この蹴りで跳べば4回転は降りられるだろう。そんな助走を持つ選手は少ない。降りるか、転ぶかではなく、降りるだろうジャンプの助走。かつてのヤグディンやプルシェンコもそうした助走から数多くの4回転を跳んだ。
 ふたつ目の4回転として予定していたサルコウは3回転になり転倒、後半にもジャンプの着氷に乱れがあったり、最後のスピンがノーカウントになったり、点数は伸びなかった。しかし、今まさにトップに君臨する選手の滑りは、観客にも大いにアピールしたことだろう。

 夜からのガラでは一転して、アニマル模様のシャツで登場。『Love is all』の音楽に乗せて、楽しげに滑る。音楽の曲調が変わると、ひとりでダンスを踊ったり、高速で回転する技などを見せて、観客席を湧かせる。アンコールでは、ダンサブルなナンバー『Rise』を1曲まるまる滑る大サービス。このパワフルさもジュベールの魅力だ。
 エキシビションプログラム数の多いジュベールだが、今季は本当に滑りを見せるナンバーが多くなった。以前は懸命に踊ろうとムキになっているような時期もあったが、グランプリシリーズのエキシビションで滑った『アルモニア』も、世界選手権の『Don't Give Up』も、今回の『Love is all』も、ダイナミックな滑りこそが一番の見せ場だといい意味で開き直ったようなナンバーだ。何気ない動きの中に取り入れられた小さなステップやコンパルソリーのような動きも、滑りの大きさや勢いが実にジュベールらしい。こんなエキシビションは、できれば会場で、リンク全体が見渡せる距離から楽しみたい。

 競技後の記者会見で今後の予定を聞かれ、「新しいプログラムを作った後、カナダやフランスなどのグランプリで勝ちたい」と答えていたジュベール。次に日本の観客が生で見ることができるのはいつだろうか?
 
text/Yuko Kisaka   photo/Takayuki Honma


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全米選手権男子シングル、新チャンピオン誕生

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 ショートプログラムまでは、昨年の銀メダリストであるエヴァン・ライサチェクが1位、2004年から2006年まで3連覇しているジョニー・ウィアーが2位と、やはり今年もこの2人の一騎打ちになるかと思われていた男子シングル。波乱があったとしても、1位と2位は揺るぎないと思っていた。しかし、今年の全米選手権、予想通りには行かなかった。
 最終グループの滑走順は、SP5位のショーン・ロジャース、4位のパーカー・ペニントン、6位のニコラス・ラローチェと続き、後半の3人にエヴァン・ライサチェク、ジョニー・ウィアー、そしてSP3位のライアン・ブラッドレイ。
 注目のエヴァン・ライサチェクが登場すると、会場から大きな歓声があがる。無精髭を伸ばし、オールバックにまとめたライサチェクは、昨シーズンよりもグッと大人びて見えた。昨年と同じ『カルメン』のプログラムだが、前半はドン・ホセの情熱と苦悩、そして後半は闘牛士の華やかな力強さが昨シーズンよりも更に鮮明に描かれている。ストレートラインステップでは、淡々と滑る印象のあった彼が、会場と一体になってヒートアップ。また、注目すべきは彼の抜群に安定したジャンプだ。プログラムの冒頭に取り入れた4トゥループ+3トゥループのコンビネーションはクリーンでシャープ。中盤のトリプルアクセル+3トゥループや3フリップ+2トゥループ+2ループは流れのある美しいコンビネーションだった。後半のコンビネーションスピンでは、彼の手足の長さを活かしたバリエーションが見られなかったのは残念だが、まさにパーフェクトな内容でライサチェクのカルメンは幕を閉じた。
 そして次に登場したのはジョニー・ウィアー。ライサチェクの素晴らしい演技の余韻が残る会場で、彼は静かにスタート位置に立つ。曲が流れ、滑り出すと同時に美しさに引き込まれる。独創的で美しいムーブメントは彼にしか出せない持ち味だ。冒頭のトリプルアクセルはコンビネーションになる予定だったが、ランディングのバランスが崩れ、単発に。次の4トゥループも2フット(着地の瞬間に両足)気味に見えた。そして、中盤の3ループで転倒。踏み切る時、すでに彼の上半身が傾いていたので、おそらく細かいミスを気にするあまり力んでしまったのだろう。そして、次のアクセルもトリプルの予定がシングルに。プログラム自体、美しさはもちろんのこと、力強さやエキゾチックな雰囲気もあり、ウィアーの新しい魅力が詰まっていた。それだけに、ジャンプのミスが悔やまれる。しかし、キス&クライで悔し泣きをする彼を見て、東京ワールドではきっと素晴らしい演技を見せてくれるに違いないと感じた。
 そして大番狂わせを演じたのは最終滑走者のライアン・ブラッドレイ。SP3位につけていた彼は、実は日本のコマーシャルにて、特殊メイクを施しバックフリップ等を披露しているあの人。ライサチェクとウィアーの2トップに1歩及ばずか? と思われていた彼だが、高いトリプルアクセル+3トゥループのコンビネーションや、他のトリプルジャンプもきっちりと決めてくる。中盤のトリプルアクセルは、空中での軸がブレてしまいダブルになってしまったが、あとは手堅くまとめてきた。ジャンプに入る前は慎重になりすぎるのか、スピードが落ちてしまうのが残念だが、彼には天性のエンターテイメント性が備わっている。マンボのリズムに乗せて、観客にアピールする力はナンバー1! キュートな笑顔と、音楽をうまく捉えるリズム感が魅力的なスケーターだ。滑り終え、観客に挨拶する間もずっと観客を煽り、楽しませていた。そんな彼の総得点は、なんとジョニー・ウィアーを抜いて堂々の銀メダル! ライサチェクとも、ウィアーとも違った魅力を持ったスケーターが、チームUSAとして東京に乗り込んでくることとなった。
 完璧な演技で全米選手権初優勝を飾ったライサチェクは、「チームUSAは強いチームになってきていると思う。世界選手権では他の国ではなく、アメリカが金メダルを獲りたい」とインタビューに答えていた。欧州選手権で貫禄の優勝を果たしたジュベールに、アメリカ勢、そして日本勢がどう絡むのか。3月の世界選手権に向けて、熱い戦いがすでに始まっている。

文/Niki Yamamoto 写真/Takayuki Honma
*写真は、06年ドリームオンアイスでのジョニー・ウィアー
*ジョニー・ウィアー選手、エヴァン・ライサチェク選手へのインタビューは、2月末発売予定の「COLORS2007」(あおば出版刊)に掲載予定です


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2006全日本選手権女子シングル 安藤美姫2位 

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「地元名古屋で楽しく滑れました。表彰台も名古屋の仲間と一緒に上れたことが何よりうれしかったです」
 フリー終了直後、安藤美姫は、中野友加里と同じコメントを残した。
 
 約4年前、2003年の3月のこと。今回の全日本選手権会場と同じ名古屋レインボーアイスアリーナで、ひとつのアイスショーが開催された。現在行われている「名古屋フィギュアスケートフェスティバル」の前身のようなショーで、出演者は名古屋出身の選手のみの、小ぢんまりしたアイスショー。今回表彰台に乗った中野友加里、安藤美姫、浅田真央、そして彼女たちと一緒に今年初めて最終グループで滑った浅田舞、この4人がメインアクトだった。
 当時の彼女たちは得意のジャンプを武器に、世界でも少しずつ名前が知られ始めていた時代。華やかに注目されて、期待されて、でも勝負の本当の恐ろしさは知らなくて。まだ自分の魅力をスケートで存分に表現することはできていなかったけれど、その笑顔には一点の曇りもなかった。そして、名古屋の人々に「フィギュアスケートに、名古屋の時代が来ているよ!」と、全員が体いっぱいに宣言しているようなショーだった。
 当時、一番小さな浅田真央は小学6年生、安藤美姫は中学3年生、一番年上の中野友加里でさえ高校2年生。選手としても人間としても育ち盛りで、何が起きてもおかしくないその後の4年間を乗り越えて、4人はひとりも欠けることなく、同じリンクで開かれた全日本選手権の最終グループに集った。「名古屋の仲間と一緒に名古屋の表彰台に立ててうれしい」その言葉にこめられ気持ちに、偽りはないのだろう。

 フリー後の安藤美姫のコメントでもうひとつ印象に残ったのは、最後のステップについて聞かれた時のものだった。
「(演技が止まったことで)ひとつエレメンツを落としてしまったので……。その分ステップは、自分のいまできる限りの力で、力強くやろうと思いました」
 終盤のダブルアクセルを決めた後、コンビネーションスピンに入ろうとしたところで、肩を抑えて演技を中断しかけてしまうアクシデントがあった。実は前日のショートプログラムで肩の関節と関節の繋ぎの部分を痛め、試合後には病院へ直行。痛み止めを飲み、テーピングをしてのフリー出場だったという。
「朝の練習では、手を上げるだけで痛かった。でもとりあえず今は、やらなきゃいけない。もう気合で行くしかないので、肩のことは考えないように滑りました」
 しかし後半、スピンの遠心力で肩を脱臼。ふだんならば自分ではめなおして演技を続けるところだが、この日はケガの影響もあってうまくはめこむことができず、プログラム最後まで肩は外れたままだった。
「でもあの時、ニコライ(コーチのニコライ・モロゾフ氏)の『Go!』の叫び声が遠くから聞こえました。客席にも応援してくださる方が本当にたくさんいて、地元でやっているんだ、という気持ちも強く持てた。それからやっぱり、世界選手権に出たい! その気持ちで最後まで演技を続けられて」
 このまま演技中断か……皆が手に汗握った時に踏み出した最後のストレートラインステップ。肩は、痛そうにかばうようなところがあった。評価もレベルも2で、決して高いものではない。
 でもこの時の気迫にあふれた怒涛のステップこそが、今シーズンの安藤美姫の強さを象徴していたのではないだろうか。
 どん底だったトリノ五輪シーズンから再起を果たした精神力。今シーズン、モロゾフの元で身につけた力強い表現技術。その両方があったからこそ、少々のアクシデントではもう、安藤美姫はへこまなかった。
 キスアンドクライではカメラに向かってちょっと笑って、ごめんなさいのポーズ。でも大丈夫だよ、というように、投げキッス。
「終えた直後は肩のことが不安だったけれど、滑りきれたことで自信につながったと思いました。ケガがなければもうちょっとがんばれたのに! でも今シーズンはハードな練習を続けてきたから、あまり疲れも感じませんでした。体力面でも今日、自信を持てたと思います!」
 アクシデントさえも、すべて自信に変えていく。これが今の、安藤美姫だ。
「後はエレメンツをひとつずつ、一から確認して見直していけば、世界選手権では自分のパーフェクトの演技ができると思います。4回転も……絶対プログラムに入れたいです!」
 4年前と同じ、一点の曇りもない笑顔で。4年前にはなかった経験値と更なる強さを身につけたスケーターは、力強く語った。


写真/Takayuki Honma  文/Hirono Aoshima


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2006全日本シンクロナイズドスケーティング選手権 東京女子体育大学クラブ2位  13年目の波乱

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東京女子体育大学クラブが、負けた。
 その報に、私だけでなく周囲にいた記者たちみんなが驚いていた。
 それほどまでに「シンクロナイズドスケーティングでは、東女(とんじょ)が優勝するもの」と、皆がどこかで思い込んでいた。

 全日本の2日後、東京女子体育大学クラブのキャプテン冨田恵以さんに話を聞いた。
「とにかく、悔しいです。でも、神宮(優勝した神宮Ice Messengers)が『いつか東女を追い越すぞ』とがんばっていることは知っていたし、11月のオール関東を見たときも上手で、今年の神宮は違うな、と思っていました」
 でも、自分たちが世界選手権に行くものと、思っていた。

 3月にホームリンクが閉鎖されてから新しいリンクを探し、さらに多くの人に見られることで本番の緊張感を味わえるよう、アイスホッケーの試合の合間や遊園地のエキシビションなど、全国各地のリンクで演技を披露してきた彼女たち。
練習や遠征のための費用捻出のために、オリジナルのTシャツやポロシャツ、演技DVDを製作するなど、自分たちでできることをできる限り行動に移してきた。
すべては、世界選手権で10位以内に入るため。
世界選手権に向かう関門・全日本選手権は、勝つものと思っていた。

 シンクロの場合、フリーは、ショートの下位チームから演技することになっている。
「ショートの得点が出るのが、いつもよりも遅かったんです。いつもなら、演技を終えてリンクサイドに上がってきたらすぐ得点と順位がわかるのに、あの時はわからなかった。すぐフリーが控えているから着替えに行って、そして戻ってきたら『(フリーは)東女が先だよって』言われて。みんな動揺していました。ショートもフリーも、出来はそれほど悪いとは思わなかったんです」
 フリーの演技後、彼女たちはリンクサイドに残り、神宮の演技を見つめていた。
「神宮も私たちも同じくらいの出来かな、と感じました。だからかもしれないけど、フリーの得点が出るのには、ショートよりもっと時間がかかって。採点がもめたのかもしれない。2時間くらいかかったかなあ。だから本当はアイスダンスと一緒に氷上で表彰式をするはずだったのに、女子の演技中にトレーニングルームで表彰式になりました。神宮は初優勝だったので、ちょっとかわいそうだったかもしれない」
 採点を見ると、基礎点では東女チームが上回っているものの、要素について「確実にこなしきれていない」という意味で減点されているものが多かった。
「神宮はルールをきちんと把握していたんだと思います。的確な指導を受けて、それを演技に取り入れていた、そう思っています」

これまで12年間優勝してきたとはいえ、ほとんど独走状態だった。
それが唐突に、東女チームにとって、追う者としての新しい時代がやってきた。
「負けたと分かったとき、悔しかった。泣いている人もいました。時間が経つにつれてじわじわと悔しくなってきています。でも、このままじゃ終われない。この負けは、東女チームにとって必要なことなんだと思います。どこかで、私たちが勝つだろうって思っていたところもあったかもしれない。そんなところにも気づいたように思います。それに、こうやってうちのチームと神宮とが競り合っていけば、シンクロの発展にもつながる」

男女シングルが世界選手権の枠を巡って、各選手が急激に成長を遂げてきた日本のフィギュアスケート界。
そんな過酷な状況が、シンクロナイズドスケーティグにも影響してきたのかもしれない。

東京女子体育大学クラブは、年明けは1月2日から、ユニバーシアードに向けて早速練習を始める。


写真/Takayuki Honma  文/Hitomi Hasegawa


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2006全日本選手権女子シングル 中野友加里3位 トリプルアクセラーの資格

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 浅田真央、安藤美姫、中野友加里。
 全日本選手権女子シングル表彰台に立つ3人が3人とも、決して当たり前のようにここに立ったのではない。中野友加里は好調なシーズンにトリノ五輪に出られなかった悔しさ、安藤美姫は五輪シーズンの不調、浅田真央はトリプルアクセルが決められないほどの今シーズンのプレッシャー。
 それぞれが直面した壁を乗り越え、それぞれが素晴らしい演技を見せて表彰台に並んだ今年の全日本選手権。5年ぶりに日本で開催される世界選手権代表としても、ふさわしいメンバーが揃った。

 最終グループの2番目に登場した中野友加里は、すっ、と取った最初のポーズからエレガントだった。
「今シーズンのフリー、まだ一度も納得のいく演技ができていません。明日は自信を持って今までやってきたことをぜんぶ見せたい」(前日SP終了後の共同インタビューより)
 確かにフリーの「シンデレラ」では、昨年の「ドン・キホーテ」ほど鮮烈な演技を、私たちはまだ見ていない。果たして今日はどうか? エレガントな滑り出しから、最初はいきなりトリプルアクセル。しかし助走のスピードが落ち、見ている人が危ない! と思った次の瞬間、転倒。
「トリプルアクセルは、『跳ぶかどうか、しっかり決めてから滑り始めなさい、跳ぶ瞬間に迷ったらだめだ』と信夫先生に言われました。6分練習の調子を見た先生は、『もしかしたら危ないかもしれないよ』と言ってくださった。でもやっぱりチャレンジしたくて、前の選手が滑っている間に跳ぶことを決めました」
 トリプルアクセルや4回転などの大技は、選手にとって大きな武器であり、大きな誇りでもある。でも同時に、いつも周囲からその技の成功を求められ、大きなプレッシャーがかかり、大技に意識を取られることで集中が乱され……。選手にとって諸刃の剣でもあるのだ。
 昨シーズンの安藤美姫も今シーズンの浅田真央も、4回転やトリプルアクセルに、ずいぶん苦しんできた。初めて試合で成功させた2002年から、ずっとトリプルアクセルに挑み続けている中野友加里も、長い間その苦しみとともにあった。でもいつも「この試合こそが大一番!」というとき、彼女はトリプルアクセルを跳ぶことを選ぶ。
「転んでしまって残念。失敗したことで、一瞬焦りは感じたけれど……『この先は練習どおり!』と思って続けられました」
 そう、大技を持つ選手は、技の取得と同時に身につけなければならないものがいくつかある。ひとつはプログラムの序盤に跳ぶビッグジャンプに失敗しても、気持ちを引きずらない精神力。これをこの日の中野友加里は完璧に発揮できていた。アクセル直後のトリプルルッツ-ダブルトウは成功。トリプルフリップ-ダブルトウを決めた後には笑顔も見せた。続く3-2-2も、その他の単独ジャンプも、ジャンプはすべてクリーンに入る。
 そしてもうひとつは、たとえ大技を失敗しても、他のエレメンツやセカンドマークなどで減点を挽回できる力だ。こちらでも「シンデレラ」が見せてくれたのは、スピンでこんなに拍手が起こるなんて、と驚くほどお客さんに愛されているバイウルスピン、手の動きもたっぷり優雅に見せるイーグル。そして終盤、シンデレラをせかすように時が刻まれる中、音楽の緊張感などものともせずに軽やかに、うれしそうに刻むサーキュラーステップ。ちょっとここでは、時間に追われるシンデレラというよりも、時間を自在に操る時の精のようにも見えたけれど、中野友加里の満面の笑みが見られたのだから、それでいい。
 最後は「やれた!」という気持ちそのままに、誇らしげなスパイラルシークエンス。そして締めのダブルアクセル、成功!
 こんな表情の中野友加里が今シーズンは見られなかったのだ。こんな幸せそうに滑る中野友加里が見たかったのだ。
 トリプルアクセル転倒を差し引いても、これだけの演技。これだけの充実感。
 これができるのならば、この人は、これからもトリプルアクセルに挑戦し続けることができる。そんなことをトリプルアクセルに失敗したフリーでこそ、中野友加里は見せてくれた。

 結果は総合3位。フリーだけなら2位で、文句なしの世界選手権代表決定。
「この日のためだけに、今まで練習を積んできました。こうして結果を残すことができて、すごくうれしいです。でも本当に3位になれるとは思わなかった。ずっといっしょ練習したり競ったりしてきた名古屋の3人で表彰台に上がることができて、ほんとうにうれしいです」


写真/S.Sato  文/Hirono Aoshima  


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2006全日本選手権 女子シングルSP・太田由希奈7位  帰ってきたレイバックスピン

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 太田由希奈が全日本の氷の上にいる。
 もうそれだけで、いいと思った。

 トリノ五輪前後の熱気のなかでフィギュアスケートに注目し始めた人、それもたくさんの人から、
「太田由希奈さんを見たことがないんですよ」「どんなスケーターなんですか?」
 と聞かれた。それだけ、「彼女はすごい!」と言い続けるファンの言葉が根強く、多くの人の耳に届いたのだろう。
 どんなスケーターか、と聞かれれば、「もう、とにかく見てください」としか言いようがない。それなのに、彼女の姿は氷の上にない。ケガでほぼ2シーズン、ほとんど競技から遠ざかっていた太田由希奈を、「あれが太田由希奈だよ。日本にはこんな素敵な選手もいるんだよ」と、見せられない辛さ、それを味わってきたファンは、ほんとうにたくさんいるのだ。
 だから、3年ぶりの全日本選手権は、「太田由希奈の戻ってくる全日本選手権」そこまで言い切ることだって、彼らにはできる。
 そんな思いを抱えた人々にとっては、太田由希奈が全日本選手権の氷の上にいる、もうそれだけで、いいのだ。

 彼女自身も腕をいっぱいに伸ばして、冷たい空気を感じながらスタート位置に立つ時、「戻ってきた!」そんな思いを感じていたのではないだろうか。
「緊張は、していました。でも『跳べないかも知れない、どうしよう』の変な緊張ではなく、『久しぶりだな』の緊張です」
 音楽が鳴る前、黒い衣装の彼女は、そこに立っただけですでに「黒鳥」だった。待っていた優雅な動きからのコンビネーションジャンプは、まだ一番易しいトリプルトウ-ダブルトウ。でも、太田由希奈らしい軽いモーションで決めるのを見ると、それだけで熱いものがこみ上げてきそうになる。
「先生(樋口豊コーチ)に見ていただいて、すごくいい練習ができていたので。今日も自信を持って滑ることが出来ました」
 まだ決して力強いジャンプではなかったけれど、ダブルアクセルも、トリプルサルコウも、とりあえず成功!
「みんなは『ジャンプが苦手』っていうけれど、小さいころから決してそんなことはなかったんですよ!」このオフシーズン、少しずつジャンプの感覚を取り戻して、「次にみんなに会うときは、トリプルルッツまで戻すって決めたんです」と、はにかみながら答えていたことを思い出す。
 でもやっぱりみんなが待っていたのは、ジャンプとジャンプの間に見せる、あの太田由希奈の滑りだ。キャメルからシットスピンへ、そしてレイバックスピンへ。あの「マジカル!」と称えられたレイバックスピン。美しい背中の反りと花咲くような両手の動き、これこそが太田由希奈のレイバックスピン、魔法のレイバックスピンだ。
 休んでいる間に新採点システムへの対応が進んで、みんながスピンやスパイラルを磨いてきたけれど、それでもやっぱり心底きれいだ、と思えるスパイラルのポジション。あのおなじみの形のY字スピン。
 そしてエレメンツだけでなく、彼女独特の手の表情、やわらかく氷をつかんでいく膝、ふっと強さを変える時の視線の動き。そんなものがもう一度ここで見られただけで、私たちは満足だった。

 まだまだ大事に滑っているような印象はある。スピードも、現在のトップ選手に比べればずっとゆるやかで、全日本の氷の感触を確かめているような滑りだ。まだまだ本来の太田由希奈が見せてくれる強さや優しさは、今日の「黒鳥」にはない。
 でもとりあえずのノーミス! 満面の笑みではないけれど、大きな歓声に、ちょっと照れたような彼女の笑顔。それが全日本で見られただけで、氷の上に戻ってきただけで、それだけでいい。多くのファンがそう思った。そしてレインボーホールに「太田由希奈を見に来た」少なからぬ人数の人が、スタンディングオベーションで彼女に「お帰りなさい!」を言った。
「(立ち上がった観客の反応に)うれしかったです。久しぶりにあんなふうにしていただいて。緊張したけれど、ミスなく滑れたのはみなさんの応援のおかげです。少しずつですけれど、今日の演技を次につなげていければ」
「明日のフリーでは、最初にトリプルルッツを跳びます! それを決めて、最後まで。最後までひとつずつ見せて行きたい」
 フリーでは、きっとたくさんのファンが客席で、テレビの前で、待ち構えていたように言うだろう。
「ほら、あれが太田由希奈だよ」

写真/S.Sato 文/Hirono Aoshima


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2006全日本選手権 アイスダンスOD終了・坂頂みなみ・坂頂達也組 3位 

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 彼らにとっても、これが最後の全日本選手権だという。
 日本を引っ張ってきた渡辺・木戸組とはひとまわりも違う、ダンサーとしてはまだまだ若いふたりだが、今年兄・達也は大学院2年生、妹みなみは大学4年生。学生生活の終わりとともに、競技生活にも終止符を打つ。
「今年で引退なので、あとは思いっきり滑るだけです。自分たちのできることを思い切りできれば、それでいい」(坂頂みなみ)
 競う相手のいないジュニアでは、4年間(99~02年)全日本ジュニアの表彰台に、ほとんどふたりだけで立ってきた。そのころから、小さな妹を大きなお兄さんが優しくリードし、豪快なリフトで喝采を浴びてきたふたり。そして、どんな華麗な音楽でステップをふんでも、学生たちがパーティで踊っているようなかわいらしい空気は変わらない。
「きょうだいでダンスをしていることで、他のカップルにはない雰囲気を出していけたらいいと思います」(坂頂みなみ)
「まあそれは、リード姉弟にもあるけどな(笑)」(坂頂達也)
 28日に滑ったタンゴも、彼ららしかった。カジュアルなベストにタイという彼の衣装、鮮やかな緑のパーティードレス風の彼女の衣装。ひとつひとつの動きを確認しながら、ふたりで滑ることの難しさや楽しさを確かめながら滑るダンス。
「先生(佐藤紀子コーチ)からは、楽しんで曲を感じて踊るように、それだけ言われてきました。あとは自分たちが練習してきたものを出せれば」(坂頂みなみ)
 渡辺・木戸組は日本人らしい繊細なエッジワークを武器に世界と戦ってきたけれど、坂頂組は日本人らしいはにかみを残したまま、日本人らしい若々しさをトレードマークに、来年イタリアで開催されるユニバーシアードに挑む。
「ユニバーシアード、トリノなので! これが僕たちにとって最後の試合、そこに向けて、残りの短い練習時間を大切にしていきたいと思います。国内の試合は全日本が最後で、日本の皆さんには最後の演技が見せられないんですけれど……でも、現地の人たちに自分たちをアピールできるように、がんばって来たいです」(坂頂達也)
 でもまだ、今日の全日本選手権フリー。最後にお客さんに向けて滑る機会が残っている。
「フリーは思い切り! ここまで来たら楽しく、がんばりたいと思います」(坂頂みなみ)
「オリジナルダンスは朝の練習で悪かった分、本番でも縮こまってしまった。フリーでは目いっぱい、出来る限りのことをしたいな、と思います。ダンスでは身長差はあまりないほうが良いといわれています。でもフリーでは僕たちの身長差をいかした、特徴的なリフトも取り入れてみました。その良さは十分に発揮するので、お客さんにも注目して見てもらいたいです!」(坂頂達也)

写真/Takayuki Honma  文/Hirono Aoshima


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2006全日本選手権 男子シングルSP・南里康晴3位  3番手をめぐる戦い

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「高橋・織田のワンツーは固いかもしれない。さて、3番手は誰だろうね?」
「小塚? 中庭? 南里? それとも無良が来るかな?」
 そんな会話が、27日は記者室のあちこちで交わされていた。たぶんフィギュアスケートを良く知るファンの間でも、同じだっただろう。
 男子シングル、3番手。
 残念ながら今シーズンの世界選手権出場は2枠。ひょっとしたら東京ワールド出場のチャンスはないかもしれないが、バンクーバー五輪までに日本の男子シングルは必ず3枠になるだろう。来年、再来年を見据え、オリンピックを狙うためにも、ぜひ名乗りを上げておきたい日本の3番手。いまや世界のトップクラスで競う、高橋大輔、織田信成を追う地位。そのポジションを狙って、たくさんの男たちがこの日を迎えた。

 南里康晴も、彼らのうちの一人だ。
「この2人(高橋大輔と織田信成)に負けて世界選手権いけないのは納得です。だけど他の選手に負けて行けないのは、嫌だ」(『Cutting edge2007』より)
 それはつまり、最低でも3位に入り、表彰台を狙いたい、ということだ。
 決意も固く挑んだショートプログラム、「ヤスがんば!」「やっちゃんガンバ!」と大きな声援が跳ぶ。声の先には、ジュニアをともに戦ってきた前川忠儀さん(04年引退)の姿もあった。そうだ、この舞台に立つために、3番手争いに名乗りを上げるために、たくさんの青年たちが、フィギュアスケートに毎日をかけてきたのだ。
 音楽は、「自分が好きな曲だったから、リメイクしてもう一度チャレンジしました」という「two guitar」。
 体に染み込んでいるはずの音楽だったが、スケートアメリカでも、エリックボンパール杯でもミスをしてしまったジャンプ。しかし今日は、3-3がやや両足着氷気味になったものの、とりあえずすべて成功! 軽快な音楽の中でレベル4がとれるようになったスピンもしっかり回り、ツイヅルも「気持ちよさそう!」と思わせるまであともう一息というところだ。
 ただ、圧巻だったのは最後のストレートラインステップ!
「もう最後は、脚、ガクガクでしたよ、ツイヅルも滑ったような感じになってしまって……。でも、最後に失敗しないように、と思ってふんばりました。見ている人がいいといってくれるなら、良かったのかな?」
 と、本人はまだ納得の出来ではないようだが、脚に気をとられながらも、腰に手をシャッとあてるポーズ、頭をブンッとふるしぐさ。そんなところも大切にひとつひとつを決めながら、素晴らしい勢いで駆け抜けていく様は日本の3番手にふさわしいステップだった。

「今シーズン初めてノーミス。満足しています。フランスの試合が終わってから、少しずつ気持ちを切り替えてきました。スケートアメリカの最下位は……悔しかった。最下位、初めてだったんですよ……」
 そのスケートアメリカ、優勝したのは織田信成だ。ジュニアでは常に競い続け、負けっぱなしでは決してなかった相手。2番手との間の大きな差、これを何とか埋めたいという気持ちが、全日本選手権までの南里康晴のモチベーションに繋がったのだろう。
 ジャンプの安定感や確実なスピンなど技術的なこと。そればかりでなく、人に訴えかける力。少しずつだが南里康晴も、彼と同じく3番手を狙う選手たちも、身につけつつある。
 今はまだ3番手争い。でも、3番手で終わるつもりは、南里康晴にはないはずだ。

写真/Keiko Asakura  文/Hirono Aoshima


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神崎範之選手 SP終了後の共同インタビュー

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 70.78点という高得点を出した神崎範之は、ミックスゾーンで待ち構える報道陣の前をごく自然に通り過ぎようとしていた。群れなす記者たちが自分の言葉を待っているとは、謙虚なこの人は思いもしなかったのだ! ひとつひとつ噛みしめるように語ってくれたコメントを聞いてみたい。

――ショートプログラム、素晴らしいボレロでした。
神崎 うれしいです。ジャンプもしっかり全部決まったので。なんだか全日本でショートノーミスは、初めてみたいで(他人事のように!)。

――あまり緊張せずに滑れたようですね。
神崎 全日本、去年の代々木のあの緊張感を味わっているので。そこまでは緊張せずにすんだかもしれません。(たくさん並んでいるカメラにも)僕はあまり写されてないだろうなって(笑)。あまり意識しないで。

――全日本に向けてはどんなふうに気持ちを盛り上げてきましたか?
神崎 11月の終わりにユニバーシアードの代表が決定して(男子シングル代表は高橋・織田・神崎)。その勢いで「このまま行っちゃおう!」と、どんどん練習をやってきました。選んでいただいたことで、「自分のスケートも、ここまで行けるんだなあ」とちょっと自信がついたかもしれません。そんな気持ちで滑って、ショートはまずこういう結果……良かったです。

――トリプルアクセルもきれいでしたが、3回転-3回転! あのセカンドジャンプでの立て直しは田村コーチ仕込みでは?
神崎 鍛えられました(笑)。もともと、3回転を後ろにつけるのはちょっと苦手やったんですけど、体の引き方、2度目の回転のつけ方など、いろいろ教えてもらって。

――ジャンプが決まったあとはもう、自由自在という感じでしたね。
神崎 大きな声援も聞こえて、手拍子までいただけて……すごくうれしかったです。おかげで最後の方、ちょっとのっていけました。

――音楽も「ボレロ」ということで、思い入れも大きかったようですが。
神崎 「ボレロ」。僕自身が元々すごく好きだったので、ずっと使いたいなあ、と思っていた曲なんです。でも、なかなかいろいろ、使いづらい雰囲気もあって(笑)、滑る機会もなくここまできたんですが……。でも今シーズン引退するということで、もう思い残すこともないように。挑戦の意味も込めて「ボレロ」に決めました。

――フリーはこのままいくと最終グループの可能性も高そうですね。
神崎 ちょっと楽しみにしたいです! フリーもまだパーフェクトで滑れたことがないので、自分のなかではパーフェクトで締めくくれることを一番の目標に、がんばりたいと思います。「オペラ座の怪人」を滑るので、迫力と繊細さも表現できれば。

――大学院での研究との両立はいかがですか。
神崎 大変といえば大変なんですが、なんとか。まあなんとかやっている感じです(笑)。卒業まであと1年ちょっとあるので、それまでに結果を残すことができれば、と思ってがんばっています。研究室の仲間も、全日本で上位に入ってメダリストオンアイスに出られたら、大晦日に放送があることを知っているので……。がんばってテレビに出るように! と送り出してくれました。

写真/Keiko Asakura  文/Hirono Aoshima

*神崎範之選手のロングインタビューが掲載されている男子シングルオフィシャルファンブック『Cutting edge2007』、全日本選手権会場にて本日より先行販売開始。全国書店でも近日発売です  


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2006全日本選手権 男子シングルSP・町田樹7位 初めての全日本選手権

Machida3
 日本中のフィギュアスケーターの、思いとエネルギーが集結するこの日。
 これが最後の全日本選手権、という選手もいれば、これが生涯初の全日本選手権、という選手もいる。
 11月の全日本ジュニアで初優勝し、みごとにシニアの全日本出場権を特別枠で勝ち取った町田樹(まちだ・たつき 倉敷翠松高校)もそのひとりだ。

 でもリンクに彼が出てきた瞬間、本当にこの選手