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この特集では、浅田真央選手、安藤美姫選手をはじめとする注目選手の活躍や最新情報など、フィギュアスケートにまつわる様々なレポートを写真とともにお届けします。
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ジャパンオープン 2008レポート(2) サラ・マイヤー 強き不屈の美

_12e0146_2  「ジャパンオープン2008」が行われた、さいたまスーパーアリーナ。
 中野友加里が素晴らしい演技でシーズンベストのスコアをたたき出し、会場はイベントとして大会を楽しむ空気から、白熱する競技会の空気に一変。しかしこの時、浅田真央以外に中野友加里を超える点数を出す選手が現れるとは、正直予想できなかった。

 続いてリンクに登場したのはチーム・ヨーロッパ、スイスのサラ・マイヤー。
 彼女は無事に滑り切ることができるのか――ステファン・ランビエールらチームメイトをはじめ、観客たちは若干の不安を感じながらマイヤーを迎えたのではないだろうか。
 というのも直前の6分練習、ジャンプミスによる転倒後、フェンスに直撃してうずくまる場面があったのだ。同じチームのキーラ・コルピが心配そうに声を掛けるなか、やっとのことで立ち上がるも、足を引きずりながらフェンス際を歩き、何とかコーチのもとにたどり着いた。その後、2度ほどジャンプの調整を行ったが、見ている側は「棄権」という言葉が頭をよぎるような状態のまま練習を終了させていた。
 しかし滑り出したマイヤーは、そんな不安を全く感じさせない。むしろいつも以上にムーブメントをコントロールできている。そして「黒のラフォリア」「秋の紅」の調べにのせて、自らを自由に氷の上に解き放つような滑りで魅了した。
 冒頭のジャンプ、トリプルルッツ‐ダブルトウ‐ダブルループ、成功。ていねいに、軽やかにジャンプをクリアしていく。ともすると繊細な体躯と清楚な容貌に目を奪われがちだが、マイヤーの身体はまるで柳のごとくしなう強さを持っている。そんな身体から生み出される、ぶれのないスピンやスパイラルは、優雅でやわらかい動きの中にも、秘めた激しさを感じさせる。フィギュアスケート、中でも女子シングルの持ち得る魅力が存分に発揮された表現からは、清々しさが感じられた。点数でもシーズンベスト、さらにはパーソナルベスト。彼女にとって今シーズン一番の演技といって間違いないだろう。
 たった数十分前には歩くのもやっとの状態に見えた選手が、これだけ心身ともに充実した演技を披露してくれた。痛みや心の動揺に立ち向かい、短時間でそれを乗り越えたうえで、最高のパフォーマンスを演じる強さ。そこには、ひとつの「美」の姿があった。

 サラ・マイヤーの演技終了とともに、会場にひときわ高い歓声が響いた。チームメイトでスイスの同胞、ステファン・ランビエールのものだ。スタンディングオベーションで彼女の演技を讃え、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら大歓声を送る。チーム戦ならではの温かい光景だ。
 これも、マイヤーの不屈の美が生んだ、プレミアムの一つだったかもしれない。

photo/Sunao Noto   text/Yukiko Oshima


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ジャパンオープン 2008レポート(1) 中野友加里 挑戦し続ける心

0450_2  「人間、いい時もあるし、悪い時もある」
 4月20日、さいたまスーパーアリーナで開催された「ジャパンオープン2008」終了後の記者会見。中野友加里が、その日不調に終わった髙橋大輔へのメッセージを求められ、来シーズンへの期待をこめて語った言葉だ。
 世界選手権が終わって、およそ1カ月。この時期に行われる、ヨーロッパ・北米・日本の3地域対抗戦は、選手たちにとって調整がとても難しいものだろう。オフシーズンモードの演技だったとしても、やむを得ない。シーズン中、ピーキングにどれだけの集中力を注ぎ、どれだけギリギリのところまで自分自身を追い込み、あの素晴らしい演技が生まれているのか――ある意味、そのことを実感できる。だからこそ「いい時も」「悪い時も」あるのだ。
 そんな空気が支配しがちな、この時期の競技会で会場を一変させたのが、中野友加里だった。

 フリープログラムの『スペイン奇想曲』で、すっかりお馴染みとなった艶やかなオレンジ色のコスチューム。中野友加里は、その衣装に負けないくらい華やかな、きりっと引き締まった表情でリンクに登場した。
 まず会場を沸かせたのは、今シーズン挑戦し続けてきたトリプルアクセル。ダウングレード判定はあっても、シーズン全試合でトリプルアクセルを着氷した女子選手は、中野友加里だけだ。
 実はこの日、彼女はトリプルアクセルを跳ぶつもりではなかったと言う。プロトコルの申請もダブルアクセルで提出していた。
「コーチから『挑戦する友加里ちゃんの姿を楽しみにしている人がいる。たとえ失敗してもいいからやった方がいいよ』というアドバイスがあったので……。じゃあ、何があってもいいからやろう! と決心して、今日は臨みました。その結果、たぶん回転不足を取られていると思いますが、ちゃんと転ばず着氷することができて、よかったです」
 コーチから受け継ぐチャレンジ精神。それを実践することで着実に身につけている自信が、彼女の身体からキラキラと放たれている。このトリプルアクセルで、観客の心を一気につかんだ。
 美しいポジションを次々と展開するコンビネーションスピンでは、会場からため息ももれる。
 笑顔を振りまくスパイラル以降は、さらに畳み掛けるように魅せてくれた。トリプルトウ‐ダブルトウ‐ダブルループを成功させると、中野友加里自身も少し緊張が解けたのか、音楽に乗り、伸びやかなサーキュラーステップを披露。最後のドーナツスピンでは、彼女の手のひらが太陽のごとく突き上げられると、拍手とともに歓声が沸き起こった。そしてフィニッシュと同時に、スタンディングオベーション。会場中が興奮と感動に満ちた瞬間だった。
 イエティボリの世界選手権で、あれだけ素晴らしく、本人も納得の演技を見せて1カ月。彼女は気持ちを緩めることなく、さらにシーズンベストを更新するパフォーマンスを披露した。いい時も悪い時もあるはずの中、競技会で、コンスタントに一定レベル以上の演技を披露し続ける、安定感に心打たれる。その安定感とは、きっと日々の「挑戦」に裏付けられたものなのではないだろうか。この日、改めて、観客は中野友加里の底力を見せつけられた。

photo/Sunao Noto   text/Yukiko Oshima

*中野友加里選手と髙橋大輔選手のスペシャル対談が、現在発売中の別冊ザテレビジョン 男子フィギュアスケート~2007-2008メモリアルブック~に掲載されています


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全日本選手権アフターレポート 安藤美姫、「ファム・ファタル」への飛躍

Miki_mg_5908_2   全日本選手権で安藤美姫が演じた鬼気迫るカルメンは、潔く、誰にも媚びず、自らの最期を堂々と受け入れる、強い「運命の女」だった。NHK杯であらわにさらけ出してしまった「ホセの妄執に怯える悲劇のヒロイン」の影はどこにもなかった。
 この自由でしたたかで力強い女性の魅力を、彼女は今までどこに隠していたのだろう? 演技の生々しい迫力に圧倒されつつも、私は少々困惑していた。

 が、彼女の変貌の謎を解く鍵は、メダリスト・オン・アイスでお披露目されたショーナンバーの中に埋まっていた。

 新しいエキシビションナンバー「Handcuffs」で、安藤美姫は自分の現在の等身大の魅力を余すところなく伝えてきた。この曲を感じて滑っている時の彼女は、真夜中に街の中を駆け巡るしなやかな黒猫のようだ。私は、その猫の領分を侵さないよう気をつけながら、静かにその姿を見続けていたい気分になった。真夜中の黒猫は、気高く惑わず、それでいてチャーミングだ。そしてその思わず見入ってしまう黒猫と安藤美姫は、同じ魅力を持っている。

 そこにはもう、ジャンプを跳ぶのだけが楽しくてしょうがなかった子どもはいない。周囲の雑音に惑わされ、傷ついた心を隠すため必死に笑顔を作り続けた少女もいない。思えば最初に見た時から、彼女の最大の武器は、存在自体がチャーミングだということだった。なのに、その武器に本人だけが気付いておらず、それ故に周囲とのギャップに悩んだのだと思う。

Mikiimg_6284s「スケートが楽しいという気持ちを忘れかけていたけど……全日本ではエンジョイしながら力を出せるのがわかりました」と安藤美姫は語る。「エキシビションナンバーの曲はすごく気に入っている大好きな曲です。ちょっと変わっているのだけど、ニューヨークのダンスの先生にも教わったナンバーです。ちょっと練習がのらない時には、『カルメン』じゃなくてショーのナンバーをかけて、その音楽で『カルメン』を滑ったりもしました」とも。

 悩みに悩んだ末に、彼女はやっと自分の魅力を発見し、受け入れることができたのだろう。安藤美姫は自分の魅力を隠していたのではなかった、気付いていなかったのだ。
 「Handcuffs」に合わせて踊る安藤美姫に、揺らぎや迷いはない。自分の魅力に気付き、どうすればその魅力がより活きるかわかったからだ。

 きっとこれからも、安藤美姫の前には大きな壁が立ちはだかるだろうし、突然の困難だって降り掛かる。そのことによって彼女が自分の本質を見失い、一時的に華やぎが色褪せたり輝きが消えかかることがあるかもしれない。
 しかしそうであったとしても、私たちには、もうやきもきする必要はない。私たちは、いずれ蝶となるさなぎを見守るように、安藤美姫が自分自身の本来の魅力を思い出す時まで、ただ待てばよい。降り掛かった困難や大きな壁を乗り越えた時、彼女はそれまでより更に飛躍的に美しく変貌していくだろうから。

text/Koyori Kirishima  photo/Sunao Noto(上、全日本選手権フリー) Masami Morita(下、メダリスト・オン・アイス)   


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全日本選手権女子フリー終了 浅田真央優勝「気持ちの階段」

Maoimg_3420s  ショートプログラムで今シーズン初めてノーミスの演技を披露した浅田真央。誰もが「フリーも大丈夫」と思っただろう。しかし最初のトリプルアクセルがシングルになってしまった。「ちょっと消極的になってしまって。もっと気持ちを前に出せばよかったんですけど」

 練習ではトリプルアクセルも、トリプルフリップートリプルループのコンビネーションもちゃんと降りている。しかし試合では失敗してしまう。練習でちゃんとできていることが試合でできないのは、技術の問題ではない。浅田真央が言うように気持ちの問題だ。

 気持ち。この形の無いものに選手は翻弄される。練習ではできることが試合ではなかなかできない。それは、スケートを始めたばかりの子供でも、世界選手権でメダルを争う選手でも同じだ。できないからこそ選手は悩み、苦しむ。
 浅田真央は「何かを変えなければ」と思い、ショートプログラムの衣装を変えた。たったそれだけのことで何が変わるのかと思うかもしれない。でも、気持ちを変えるために、何かをしなければならなかったのだ。気持ちを変えるのには何かきっかけが要る。

 フリーではトリプルアクセルをミスしたことがきっかけになった。「トリプルアクセル以外の部分、ジャンプだけじゃなくて全部ちゃんとやろうと思って」気持ちを切り替えて、演技後半のトリプルフリップートリプルループも決めた。これで3回続けて試合で決めたことになる。「今回の試合で良かったことは、ショートプログラムを克服したこと」と語った浅田真央。克服というのはつまり、苦しんできたコンビネーションジャンプを跳べる気持ちを、ようやく持てるようになったということだ。

 浅田真央はちゃんと階段を上っている。といってもそれは技術の階段ではなく気持ちの階段だ。技術の階段はかなり上っているが、気持ちの階段は一気には上れない。ファンの頭には、ジュニア時代のミスをしない浅田真央が頭にあるので、完璧な演技を毎回要求されてしまうけれど、この気持ちの部分については成長を見守るしかない。なんといっても、まだ17歳なのだから。

text/Seiho Imaizumi  photo/Masami Morita    


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全日本選手権男子フリー終了「泣く者と、笑う者と」(2)

Ajnannri_mg_3886  結果は、南里がショートプログラムの4位から逆転して3位に入り、世界選手権の切符を手にした。得点差はわずかに0.87。中庭があとひとつジャンプをクリーンに降りていたら結果は変わっていた。それほどにほんのわずかの差だった。

 試合後、中庭健介はしばらくインタビュー席に現れなかった。一度はテレビカメラの前に立ったものの答えられる状態ではなく、一旦控え室に戻り、再び泣き腫らした眼で現れて気丈に質問に答えた。「勝負の世界なので、誰かが笑えば誰かが泣かなきゃいけないというのはわかってたんですけど、負けることがこんなに悔しいと思ったのは初めてです」

 記者会見に現れた南里康晴は「言葉にあらわせないぐらい嬉しい気持ち」と笑顔で語ったが、中庭との差がほんのわずかだったことについて聞かれると「スピン、ステップの部分で少しでも点数を上げようと努力してきて、それを最後まであきらめずにやれたのが、その点差で勝てた理由だと思う」と、まっすぐ前を見て答えた。それだけの練習をしてきたという自信が感じられた。

 最後まであきらめなかったのは南里康晴も中庭健介も同じだ。努力してきたのも同じ。同じ福岡で競いあってきた2人が、同じように努力をして同じように戦った。その差はほとんど無いに等しい。それでも順位がつくのが勝負の世界だ。
 言い換えれば、3人目の代表争いがこれだけ僅差の勝負になるほど、日本の男子のレベルが上がったということだろう。初出場となる小塚も南里も、ただ出るだけではなく、来シーズンの出場枠を3つ確保することを目標に挙げた。この激しい戦いを勝ち抜いた3選手が世界選手権でどういう演技を見せるのか、今から待ち遠しい。

photo/Sunao Noto   text/Seiho Imaizumi 


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全日本選手権男子フリー終了「泣く者と、笑う者と」(1)

Ajdaisuke_mg_3759  高橋大輔は圧倒的だった。声援の大きさや応援バナーの数、そして何より演技の内容がずば抜けていた。世界の舞台で一番になるために何が必要かを考え、この全日本選手権では「4回転を2つ」という目標を掲げ、見事にそれを達成した。
 高橋大輔が別格の演技を披露した。そのことが、残る2つの枠を争う選手の心に少なからず影響を与え、そして与えなかった。

 小塚崇彦はトリプルループがすっぽ抜けてシングルになった以外は、ほぼ自分の力を出し切り、演技が終わると力強いガッツポーズを見せた。滑走順は最終グループの1番目。高橋大輔の演技を見ることなく自分の演技を終えることができた。
 もちろん、小塚自身はこのことをまったく意識していないだろう。自分の演技に集中して結果を出しただけだ。自分の演技に集中する。この一見当たり前のことがフィギュアスケートではとても難しい。

 小塚の次に登場した高橋大輔がすばらしい演技をして、観客のほぼ全員が立ち上がって拍手をおくった。得点が出るまでの間も、高得点をうながす拍手が続き、さらに表示された得点の高さに観客からはどよめきが起こった。
 その間ずっとリンクにいた南里康晴は「体がガチガチになってしまった」という。最初のトリプルアクセルは力が入ってしまい大きくステップアウト。次のトリプルフリップはなんとか降りたものの、トリプルループで転倒してしまった。
Ajkensuke_mg_4148  この転倒ですこし肩の力が抜けたように見えた。トリプルアクセルートリプルトウループのコンビネーションを含め、残るジャンプを決めて演技を終えたが、その表情に笑みは無かった。

 中庭健介はフリーで4回転を跳ぶことを決めてはいたが、心の片隅に迷いがあった。その時、控え室のモニターテレビで高橋大輔が4回転を2度成功させたことを知る。
「4回転は今シーズンものすごく不安で、正直逃げ出したくなりました。他の選手の出来具合で、最初に3-3を持ってくるということも考えたんですけど、高橋選手が果敢に4回転を2回、すごいプレッシャーの中で成功させたので、そういう高いレベルで戦うためには逃げてちゃダメだという気にさせてくれました」
 そしてリンクに現れた中庭健介は「今までで一番緊張していて、出番が近づくたびに体が震えるような状態だった」という。最初の4回転は着氷が乱れてオーバーターン。トリプルアクセルは決めたものの、その後のジャンプで細かい着地ミスが続いてしまう。必死に転倒だけはこらえたが、演技を終えた中庭の顔にもやはり笑みはなかった。

photo/Sunao Noto   text/Seiho Imaizumi 


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全日本選手権女子SP終了 村主章枝3位、中野友加里4位  (2)

Img_7273s  点差はたった2.3点。しかしミックスゾーンでの村主章枝、中野友加里の表情は対照的だった。気丈な中野友加里は、記者の前で涙を見せることはほとんどない。しかしこの日、涙は流れこそしなかったけれど、大きな瞳にたまって、必死にとどまろうとしていた。
「とにかく今はルッツの失敗のことしか考えられません」
 ここまで悔しさを露わにする彼女を見るのは、はじめてかもしれない。
 
 失敗は、ルッツがダブルになった、その一点のみだった。
「今シーズン、一番緊張しました」
 と本人も言うように、村主章枝の演技で熱くなったリンク、そこに出て行く時の表情の硬さは、グランプリファイナルの比ではなかった。こぶしは固く結ばれたままほどかれないし、氷を蹴る勢いも、演技ではなく喧嘩でも始めそうだ。
 世界選手権がかかった一戦。ずっと好調を維持してきたシーズン、絶対に出たいという気持ち。争う相手が、元は同じコーチのもとで練習し、大学の先輩でもある村主章枝だということ。その彼女と滑走順が隣り合わせになり、直前に素晴らしい演技で終えられてしまった状況。いやでも聞こえるお客さんの大喝采……。これだけの重圧の中、パーフェクトな演技ができればほんものだ、と思った。
「でも、ルッツがダブルに……。踏み切るのが、いつもより早かったんだと思います。タイミングが合わなかった」
 試合は怖い。心の大きな揺れが、猛練習の積み重ねで身につけた得意のジャンプなタイミングをも、狂わせてしまう。
 しかし今日、中野友加里の底力を見たのは、ルッツの失敗以降だったかもしれない。「女子では世界で数人の、トップレベルに入るのではないでしょうか」と平松純子フィギュア部長にも絶賛されたスピンは、この日誰よりも速く、スムーズなポジション変化で魅せた。ストレートラインステップの動きの鮮やかさやスピード感も、イーグルからのダブルクセルのジャンプとして美しさも、どのエレメンツをとってもトリノでみたものの何倍も精度を上げている。
 そしてスパイラルで、ステップで見せた、観客にしっかり視線を送る華やかな笑顔! この笑顔を見た時点で、中野友加里はルッツの失敗のことなど何も気にしてはいないんだ、と思ってしまった。一つのジャンプの失敗などにとらわれず、自分の世界を今日は描けているんだ、と。
 とにかくルッツの失敗以外は今シーズン最高の、いや中野友加里のSP史上最高の演技だったのではないだろうか。

 しかしどんなに記者が讃えても、ジャンプミスがありながら高得点が出ていることを聞いても、表情は曇ったまま。「他の部分が良かったかどうか……わかりません。ルッツのことしか頭になくて、得点もしっかり見ていないんです」
 そんなに落ち込むことなど、ないのに! と、本当に大きな声で言いたい。この緊張感のなかでこれだけの演技ができたこと。ルッツの失敗をこんなに引きずりながら、体はきっちり身につけた動きをこなし、表情には一点の曇りもなかったことに、むしろ驚いた。質問に答える泣きそうな表情、振り絞るような悔しさとは対照的に、見ているこちらはほんとうに、失敗したからこそ中野友加里の真価が見られたことが、うれしかった。
「今日のことは忘れて……フリーでは、まずは自分の演技に集中してがんばります」

 村主章枝と中野友加里。26歳と22歳。日本の女子シングル黄金時代を築いてきたふたりが今日、おそらく世界選手権への3枚目の切符をかけて、争う。ほんとうに、今年ほど世界選手権の切符が4枚あればいいのに、と思ったことはない。
 きっとどちらも一歩も引かない。お互いの積み上げてきたもの、お互いの信じるスケートを、思い切りぶつけてくれるだろう。「技術的には二人ともが高いものを持っている。『世界選手権に行きたい!』その気持ちが大きい方が、勝てるのでしょう」(伊藤秀仁強化部長)
 ふたりともに、体調もメンタルも最高のコンディションでフリーを迎えてくれること祈るしかない。そしてすべてが終わった後、ふたりともが悔やむことなく結果を受け入れられる戦いであることを、祈るしかない。
 

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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全日本選手権女子SP終了 村主章枝3位、中野友加里4位 (1)

Img_7107s  浅田真央、安藤美姫がそろい踏みした第2グループも熱かった。しかし、第5グループの村主章枝、中野友加里の戦いも、実に見ごたえのある一戦だった。日本の全日本選手権は、いつからこんなに贅沢な試合になってしまったのだろうか。

 彼女ががんばると、全日本選手権はこんなに熱い! 久しぶりの村主章枝会心の演技に、大きな拍手を送りたくなるショートプログラムだった。
 まず「これは練習してきたな!」と思わせる切れ味鋭い動きから、「テイク・ファイブ」は始まった。ピンク色の新しい衣装も、しっかりくくったポニーテールにも、気合いのほどがうかがえる。
 もともと村主章枝といえばトウジャンプの高さがトレードマークだったが、今日のポーンと跳ね上がるフリップの気持ちよさは、10代の頃の村主章枝を彷彿とさせる爽快感だ。もちろん、高さもスピードも、若きジャンパーだったころほどの勢いはなかったかもしれない。でも、ジャンプに挑む助走時の、真剣なまなざし、着氷した時のきりっとした笑顔! なんとなく跳んでも高いジャンプになっていたころには感じなかった、年齢を重ねた選手のジャンプに対する真摯さが、村主章枝の跳躍をほんとうに気持ちのこもったものにさせていた。
 多くのベテラン選手が新採点システム対策に苦しみながら引退をしていったが、村主章枝の挑戦はまだまだ続いている。上下動を大きく取り入れたストレートラインステップなどにも果敢に挑み、観客からの大きな手拍子も、レベル3の判定も、両方を手に入れた。
 演技後には、村主章枝が「ほんとうにうれしかったです!」というスタンディングオベーションがお客さんから送られ、村主章枝は満面の笑顔を客席に返す。
 バックステージで記者に囲まれながらも、ほんとうに久しぶりにニコニコとうれしそうだった村主章枝。演技直後の声を聞いてみよう。

――久しぶりのいい演技にお客さんも大喜び。立ち上がっている方もたくさんいました。
章枝 ほんとうに、この年末の忙しい中、たくさんの方が応援に来てくださって。今シーズンはなかなか成績の出ていない私にも大きな声を出していただいて、うれしかったです。今回は久しぶりにロシアから帰国したんですが、余計に日本のファンの方たちのありがたみを感じています。自分のお金でチケットを買って見に来てくださって、失敗しても文句も言わずに応援を続けてくれる。感謝の気持ちでいっぱいです。

――お客さんの声援もありましたが、やはり「全日本に強い」村主章枝でしたね。
章枝 そんなことないですよ(笑)。去年のこともあるし、「全日本に強い」は、ないです。ただ長く出続けていると、いろいろな全日本選手権があるというだけ。

――昨年行けなかった世界選手権への思いは、強かった?
章枝 もちろんありましたが、先生から技術的な注意事項を何点かいただいていて、朝もその点を最終チェックしていたんです。それさえクリアすればできるんだ、やらねばならぬ! って気持ちの方が、今日は大きかったですね。

――スピード感もあり、非常にいいSPでした。
章枝 でも振付の先生、アナスターシャから見たら、50%くらいって言うと思いますよ! 滑りながら彼女の顔が思い浮かんじゃったけれど、「ロシアでは放送されないからいいや!」って(笑)。アナスターシャの指導はほんとうに勉強になるんですが、実は先生、私の妹と同い年なんです。

――明日のフリーも楽しみですが、どんな演技を見せてくれますか。
章枝 タンゴっぽい振付けをきちんと見せたいということ。それから今シーズンのテーマは「心」なので、今日は出来が良かったけれど、また初心に戻って。大切にしている「心」を表現できれば、と思います。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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女子シングル直前 ジュニアチャンピオンに注目(2) 水津瑠美「最終グループ目指して!」

Rumiimg_4546s  西野友毬選手をはじめ、今シーズンは才能あふれる選手たちがたくさん、ノービスからジュニアに上がった。しかし見事全日本ジュニアを制したのは、昨年の世界ジュニア代表・水津瑠美選手。大きな経験を着実にものにし、大人の魅力も漂う演技で、今年も全日本選手権に挑戦する。
 全日本ジュニアを制した直後のインタビューを聞いてみよう。

――ついに全日本ジュニアチャンピオンですね。
瑠美 うごくうれいです。今シーズンはフリー、ぼろぼろの演技ばかりだったけれど、そのなかではいい演技ができました。だけどやっぱり、ちょこちょこミスはあったかな? 3-2-2も最後のトウループも。でもループが今まではばらばらだったのが、きちんときれいに降りられたのは大きかったです。次の試合に向けては、パーフェクトにしたいです。

――大事な試合でいい滑りができた理由は?
瑠美 今までの試合が良くなかったし、練習でもパーフェクトな演技ができずにいました。それで一時期は自信がなくなっちゃっていたんですけど……。今日も不安がありました。でも、そういうときの精神的な持って生き方のコツを覚えたかもしれないです。周りは気にせず、自分の中でぐっと集中してできたかな。フリーでも1番を取ろうという気持ちじゃなく、自分の思うような演技をしようという気持ちで滑ったので、プレッシャーもあまり感じませんでした。

――まずは気持ちが強く持てるようになった。練習面ではどう取り組んできましたか?
瑠美 ジャンプはフリップを入れることと、跳べているジャンプの質を上げること。高くて回転の速いジャンプがプログラムの中でいつでも跳べるように練習しています。表現の面ではダンスの先生に陸の上でショートとフリーをチェックしてもらっているので、それを意識して滑るようにしています。

――次の試合は、全日本選手権ですね。
瑠美 はい。昨年は11位だったので、グーンと上げて、最終グループで滑って、パーフェクトな演技をしたいです。

――さらに2度目の世界ジュニア代表も決まりました。
瑠美 次はフリップも入れたいい演技をして、表彰台に乗れたらと思います。アメリカの二人が上手なんですけど、追いぬかすくらいの気持ちで! でも試合をしているときは表彰台を意識せず、自分のやって来たことを全部出し切れるように、って気持ちで。それができれば結果はついて来ると思います。

――無良選手が名古屋に移ってしまって、ちょっとさびしいですね。
瑠美 3歳の時からずっと一緒に練習してきたので、少しさびしいです。でも試合でも会えるので! 会った時にまた成長を見せ合えるように。お互いに頑張っていきたいです。

 ジュニアチャンピオンになって、取材陣も感心するほど自信を持った受け答えをしてくれるようになった水津選手。ジュニアの厳しい戦いを勝ち抜き、今回、シニアの全日本でもさらに自信をつけて。2度目の世界ジュニアでの飛躍を楽しみにしよう。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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全日本選手権男子SP終了 梅谷英生6位、北垣達矢7位  最後の全日本選手権(2)

Kitagakiimg_2667s  代々木、名古屋、大阪。3度の全日本選手権を体験した同志社大学の北垣達矢も、来年は都市銀行への就職も決まり、スケート靴に別れを告げるという。
「僕もスケートを14年間してきました。今年は最後ってことで、この大会で集大成を見せられるように。そのために毎日、がんばってきました!」
 体は決して大きくないが、上体も四肢もしなやかに動き、どんな踊りでも人の目を引いてしまう選手。去年滑ったタンゴは多くの人の印象に残ったが、今年のSP「プレリュード・クアドゥッカ」も、ちょっとエスニックで後半はスパニッシュな、踊りごたえのあるナンバーだ。
「この曲は以前、アメリカのアリッサ・シズニーが使っていた曲なんです。彼女はすごくスピンが上手で、踊りも上手、曲もいい曲だなって。いつか使いたいな、と思っていて、今年はその夢がようやくかないました」
 初めは大きく丁寧に、そしてセカンドジャンプの方が高い3回転-3回転がきれいに決まり、リラックスした表情になると、ぐっと自由に北垣達矢の体は動きだした。手先は気持ちよくピンと伸び、キャッチフットのスピンなども体の柔らかさだけでなく、彼の体の動きの華麗さを印象付けた。
「今日は今まで練習してきたことがほぼパーフェクトに出し切れました。特にステップは思っていた以上のレベル判定をもらえて。いつも1や2だったサーキュラーが、レベル3! これは収穫だな、と思います」
 いい笑顔だった。「スケートはずっと、僕にとって良きパートナーでした」という彼が、精一杯打ち込んで、自信を持って臨んだショートプログラムだ。ジャンプも全てクリーンに決め、トリプルアクセルを入れない構成でも、高い評価を受けて堂々の7位。
「男子のスケートっていうと、力強さを求められますよね。でも僕は体もちょっと小柄ですし、ふつうとは少し違う、スケートの美しいイメージを多くの人に見てもらえたらと思っています。柔軟性など、僕なりの体の特性も十分生かして……フィギュアスケートの美しさ、見せていけたら」
 滑りたい音楽もある。滑りたいスケートもある。豪快なだけでない、アーティスティックで繊細さの宿る北垣達矢のスケート、その集大成となるフリーは「CHESS」。
「僕の14年間かけて培ったもの、見ていただきたいです。まずスピンが得意なので、スピンをぜひ重点的に注目してください(笑)。それから、みどころとなるプログラムの中盤から終盤にかけてのステップも。盛り上がる曲なので、思い切り感情を入れて、滑ります!」

 梅谷英生、北垣達矢。誠実にスケートと向き合ってきたアスリートの魂を持って、春には新しい道を進むふたり。彼らの演技は、これが最後の全日本選手権であることを知らない観客の心にも、きっと届くだろう。

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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全日本選手権男子SP終了 梅谷英生6位、北垣達矢7位  最後の全日本選手権(1)

Umetaniimg_2576s  フィギュアスケーターの競技者生命は、びっくりするほど短い。今年の全日本選手権で戦っている選手たち、そのほとんどがほんの数年前まで全日本ジュニアの常連だったスケーターだし、ついこの間までジュニアグランプリシリーズでがんばっていた選手が、「今年で引退を考えています」という。
 全日本選手権も、一生のうちに出られるのは、数度。今年も何人かの選手が、「たぶん今年で最後の全日本選手権になる」そんな意気込みでこの大会に臨んだ。

 大阪大学で数学の勉強をしている梅谷英生は、今年でフィギュアスケートを始めて19年になる。すらりとした長身に恵まれ、長い脚を使ってぐんぐん伸びていくスケート、一プログラムに2度入れることもできる大きなトリプルアクセルが魅力だ。競技を続けながら、学業も尋常ではないレベルで努力をしてきたことも、「まあ、そこはなんとかなるものです」と笑って振り返る。
 27日、ショートプログラムで滑った「ウエストサードストーリー」は、ピアノだけで奏でられる粋なバージョンを使った。どんな音楽で滑っても持って生まれた気品を常に保ち、ちょっとおしゃれな彼だけの雰囲気も出せる梅谷英生に、ぴったりの選曲だ。この日は3回転-3回転こそ高く華麗に決めたものの、ぜひ跳びたかったトリプルアクセルがダブルに、トリプルルッツがお手付きに。ジャンプは決して満足のいく出来ではなかった。それでもすべてレベル4を取ったスピンなどで着実に点を重ね、フリーの最終グループに食い込む6位。
 やはり端正で都会的な、彼なりの「ウエストサイドストーリー」の魅力は、大きかった。サーキュラーステップには軽く腰に手を当てるポーズやポーンと跳ね上がるポップなどが散りばめられ、ただ高いレベルを取るためだけでなく、見ている人を楽しませてくれるステップシークエンス。長い脚で回るダイナミックなシットスピンは、ポジションも美しく氷に映えた。
「今年はジャンプだけじゃなくスピン、ステップもがんばろうと練習してきました。SPではそのスピン、ステップでいい評価がもらえて、良かったな」
 鍛錬を積んだエレメンツと、粋な振り付け。それを、一歩が大きい、よく伸びるスケーティングが支える。両手をスッと横に広げて印象的なポーズでフィニッシュしたとき、「もう終わっちゃったの?」と思ってしまうほど、中身の詰まった見ごたえのあるショートプログラムだった。
 おそらく、最後となる全日本選手権のSP。梅谷英生は、どんな思いで滑ったのだろうか。
「自分のできる限りのことを精一杯に。でもそれは、最後だからってわけでは、ないです。これまでやってきたことをしっかり出すって気持ちは、いつも変わらないので」
 最後の全日本選手権も、平常心。聡明な、彼らしい臨み方だ。
「スケート人生、楽しかったと思います。普通に日常生活を送っていたら味わうことのなかった緊張感、こういうスポーツをしているからこそ味わえる、すごい緊張感のなかにいられるのが、楽しかった。もちろん緊張に苦しめられる場面も、たくさんあったんですが」
 冷たく張りつめた試合の空気を愛した彼にとって、おそらく一番楽しく、一番苦しい一瞬が、今日、やってくる。フリーの音楽は「パイレーツ・オブ・カリビアン」。
「がんばって、ダイナミックな演技をします。スケートのダイナミックさ、見てもらえたら!」

photo/Masami Morita   text/Hirono Aoshima 


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全日本選手権男子SP終了 中庭健介3位「静かな闘志」

Nakaniwag_3363s  3月の東京世界選手権。客席で見ていた私の数列前に、ある男子選手とそのコーチ、関係者が座っていた。全員の演技が終わって、翌年の世界選手権の男子出場枠が3枠に確定した瞬間、全員が喜んだ。彼が出場できると決まったわけではない。でも、確実にチャンスが増えた。このことがいかに大きな意味を持つかが、彼らを見ていてよくわかった。

 世界選手権に向けて、残る枠は1つだと誰もが思っていただろう。しかし織田信成の欠場によって、枠は2つに増えた。どの選手も、この大会で織田信成に会うことを楽しみにしていたし、欠場したことをとても残念に思っていたが、現実として枠は2つに増えた。意識をしないはずはない。
 その2つの枠を狙える選手達の演技には、静かな闘志がこもっていた。誰もが、いちかばちかの勝負をしなかった。小塚崇彦は予定していたコンビネーションジャンプを3-3から3-2に変え、無良崇人はトリプルアクセルからのコンビネーションを3-3に変えた。といっても消極的になったのではない。いちかばちかの勝負ではなく、ミスをしない演技が勝負を分け、そして世界選手権につながるとわかっていたから変えたのだ。

 ミスをしないことの大切さを一番感じていたのは、中庭健介かもしれない。男子選手最年長の26歳。残されている選手生活は決して長くはない。枠が3つに増えた今年はチャンスだと、誰よりも自分が感じていた。

「(世界選手権の代表に)すごく手が届くっていう状況の全日本は初めての経験で、最初はそれを考えないようにしよう、世界選手権は後からついてくるものだっていう気持ちでのぞんでいたんですけど、今は『世界選手権で戦うためには』という気持ちになっています。織田くんが出場しないということは全然知りませんでしたけど、そのことを逆に意識して、そういう気持ちの中で勝つことができることが次の試合につながると考えているし、世界選手権に出たとしても、ただ出ただけでは申し訳ない、ひと桁の順位になりたいという目標があります」

 中庭健介には4回転に対するこだわりがある。でも今回はそのこだわりをショートプログラムについては捨てた。急遽変えたのではなく、最初から3-3のコンビネーションを入れたプログラムを予定し、その演技でどれだけ評価されるかを、世界選手権に向けて試した。いちかばちかではなく、確実なプログラムでの自分の評価を試したのだ。

 世界で認められるためには4回転は大きな武器になる。だからフリーでは絶対に4回転を入れると決めている。「4回転は消極的になったら絶対にできないジャンプ。このなみはやドームはきれいに4回転を決めたことがある相性のいい場所なので、決めたいと思います」

 若手もベテランも、本気で2つの枠を狙っている。おそらくフリーは、本気の戦いが見られるはずだ。ひょっとしたら、織田信成がそこにいないことを忘れてしまうぐらいに。

photo/Masami Morita   text/Seiho Imaizumi 


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全日本選手権開幕直前 ジュニアチャンピオンに注目!(1) 「無良崇人の挑戦」  

Img_6238  ついに2007年の全日本選手権が開幕。男子24名、女子30名、ダンス1組の日本のトップスケーターたちがエントリーしているが、並みいるシニア選手の中、男女各3名のジュニアの選手たちが、特別推薦で国内最高峰の競技会に挑戦する。
 シニアの選手たちはシーズン後半の国際大会派遣や来シーズンの強化選手指定をめぐり大きな緊張を強いられているが、世界ジュニアなどの代表も決まっているジュニア勢は、いたってのびのび。この場に立てる喜びを精一杯表してくれるだろう。
 まず紹介したいのは、今年初めて全日本ジュニアチャンピオンとなった無良崇人選手。全日本ジュニア直前に練習地を慣れ親しんだ東京・神宮から名古屋に移す(現在は岡山と名古屋で練習)という大きな決断をした。
 新しいコーチ、長久保裕氏に話を聞いてみよう。
 
――無良選手、念願の全日本ジュニア優勝、おめでとうございます。フリーはちょっとだけ、残念だったでしょうか。
長久保 ほんとに、ごめんなさい、です(笑)。何とか逃げ切れてよかったな、と思います。

――長久保先生のところに移られたのはいつごろ?
長久保 今までもちょくちょくね、相談されたらジャンプを見る機会はあったんです。でも2週間くらい前かな(取材日は全日本ジュニア2日目。11月25日)。ジュニアグランプリの2戦目が終わって、重松直樹先生から相談されて……おれは別にかまわないよ、ということで引き受けたんです。

――無良選手にとっては大きな決断ですね。シーズン途中、コーチとともに練習環境も大きく変えるという。
長久保 そうですね、とりあえず学校はお休みをもらって。名古屋(邦和スポーツランド)でこの2週間はずーっと練習してきました。下宿は成瀬葉里子先生のところで。

――2週間という短い期間で、どんな練習を?
長久保 試合前のこの時期、ジャンプを本格的に直し始めて、元のジャンプを壊してしまってはいけない。だから最初のうちはあまり手をつけずにいたんです。でもどうしてもね……。ついつい、手をかけちゃった(笑)。特にアクセルですが、直しているうちにすごくいいジャンプが跳べる時と、以前までのジャンプをやっちゃう時と、両方があって、ごちゃごちゃした状態に今はなっています。だから今日もひとつ目のトリプルアクセルは新しい跳び方がでいいジャンプだったんですが、二つ目のアクセル(転倒)は、ちょっと元に戻っちゃった。

――今までのアクセルと新しいアクセル。これは、どこが違うのでしょうか?
長久保 他のジャンプも同じですが、彼はまだまだ、力で跳ぶことが多すぎますね。だからプログラムの後半、どうしてもバテるんです。ジャンプは力だけじゃなくて、リズムも使えるんだよ、と、これをもうちょっと覚えさせたいと思っています。もちろんシチュエーションによっては、力で跳ばざるを得ないこともあります。バテてきたときには、もうリズムで跳ぶ余裕もなくなり、何が何でも力で跳ぶしかない。そういうのは彼、上手なんです(笑)。でもここにさらにリズム、タイミングで跳べるテクニックを加えていけば、もっと強い。今、直し始めているところですが、簡単ではないですよ。彼自身の体がタイミングを感じ取れるようにならないと、なかなか直るものではない。

――ではこのタイミングで跳ぶ、ということを覚えたら……無良選手のジャンプも変わりますね。
長久保 うん、もっと流れが出てくると思うんですよ。今まではジャンプを降りても、そこで流れが止まってしまっていた。だからどうしても、セカンドジャンプを力任せで跳ぶしかなかった。今は途中経過なので、リズムをつかめばよく回っていいジャンプになるんですが、回りすぎて回転が余ってしまうことも多いんです。この調整もなかなか難しいのですが……こうした過程を経ていかないと、4回転にもたどりつきませんからね。でも少しずつ、ちょっとずつ、進歩してくれてるな、と感じています。

――楽しみですね! さらに名古屋では、若松詩子先生の指導も受けているとか。
長久保 はい。振付の方は、彼女に任せっぱなしです。このまま全日本まで……がんばらせてみたいと思います! もうがんばらせるしかないですね。そして彼が今ままで「何となくやってきた」スケートに、目標を持たせたい。それも、僕が持たせるのではなく、彼自身の考えた目標を持たせたい。その目標に向かって、自分で練習すべきことも、見つけていけるように。

photo/Takayuki Honma   text/Hirono Aoshima 


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NHK杯4日目・男子シングルフリー 髙橋大輔1位、総合1位   笑顔のロミオ

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 ほぼ 4回転の失敗だけだった、と言っていいだろう。
 この日、彼がリンクに現れ、氷を一蹴りした瞬間、あまりの心地良さに見ていて気持ちがふわっとしてしまうほど、スケートが伸びていた。
 ひとりの人間がこれだけ大きな空間を、一瞬にして快感で満たしてしまうなんて、スケーティングの美とはなんて力を持っているんだろう……そんなことをプログラムが始まる前から思ってしまったのだ。
 氷上のロミオは、甘い言葉も透き通る歌声も持たないが、氷の上に立つ者だけが持ちえる武器、滑りの美しさを持って彼の思いを語りかける。
 音楽の始まりとともに彼が見せてくれたものは、助走の滑らかさと一体となって完成されるトリプルアクセル、足元がしっかり氷をつかむため、どんなに大きくても決してぶれないしなやかな腕や上半身の動き。髙橋大輔のプログラムは、どのエレメンツも、つなぎのどの動きも、すべてがスケーティングと一体になって形作られているようだ。
 4つ目のジャンプ、トリプルアクセルからのコンビネーションを成功させた時点で、「もう大丈夫だ、これは最後まで行ける!」とすっかり安心してしまったのも、彼のこの日のスケーティングがこの上なく安定して自信にあふれていたからかもしれない。このスケートに乗っていけば、永遠にだってミス無しの演技を続けていけるのではないか……。調子のいい、こんな日の髙橋大輔の滑りは、競技を見るハラハラした気持ちさえ、私たちから取り去ってしまう。後半はただただ彼の滑りや、大きく動く心をそのまま身体で表すような演技、昨シーズンよりさらにスピード感を増したステップを楽しむだけで良かった。安心して、髙橋大輔のスケートを見る幸せに身を任せていられた。
「今日はあまり何も考えずに滑っていたかな。ただ練習してきたことをやろう、ずっとそう思っていただけで」
 実際、彼の表情も心なしか明るく、滑る喜びにあふれていた。お客さんといっしょになってジャンプの成功を喜んで、これだけの声援を身に受けることを楽しんで。最後のストレートラインステップでは、これ以上ないくらい盛り上がる観客に囲まれて、彼の視線は、しっかり上を向いていた。まるで彼のめざすべき高い位置を、鋭いまなざしでキッと見据えるかのように。
 良く考えれば、「ロミオとジュリエット」は悲恋の物語だ。恋の悲劇と言えば世界中の誰もが一番に彼らを思い浮かべるほど、良く知られた儚いふたりの物語だ。でも今日の髙橋大輔のパワー、視線の強さ、振り上げておろす腕の溌剌さ。こんなに力強くて生命力にあふれたロミオなら、ジュリエットを救えたかもしれないな、と思ってしまう。
「実は『ロミオとジュリエット』のストーリー、まだちゃんと把握していないんです(笑)。だからロミオを演じきれているかどうかは分からない。今はロミオになるというより、音楽を感じて滑っているのかな」
 やはり髙橋大輔に、物語をそのままなぞる気持ちはなかった。確かに、後半の盛り上がりはちっとも悲劇的ではない。高らかに鳴るオーケストラに合わせてとる最後のポーズは、恋人を失い自らも命を絶つ悲しい青年ではなく、勇ましく戦って、何かに打ち勝ったロミオだ。
 でもそれでいいのだ、と思う。髙橋大輔のロミオは、勝利のロミオ。遥か高いところをめざし、決して諦めない意思を持ち、最後にはここにたどり着いたことを喜ぶ、強いロミオだ。見る人々も、悲恋に涙するのではなく、彼とともに歓喜のスタンディングオベーションを送る。シェイクスピアのロミオから少し離れて、世界チャンピオン、オリンピックチャンピオンを目指すスケーター、髙橋大輔の今の気持ちの充実をそのまま表す、そんな彼なりの「ロミオとジュリエット」だ。
「今日は4回転を失敗してもこの点数をもらえました。日本での試合だからかもしれないけれど(笑)。でもこれでちゃんとジャンプも跳んだら、もっと点をもらえるんだって、自信になったかな!」
 笑顔のロミオは、まだまだ強くなるつもりだ。

Photo/Takayuki Honma   Text/Hirono Aoshima

*髙橋大輔選手のインタビューは本日発売の『Cutting Edge2008』に掲載されています


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NHK杯3日目・男子シングルSP終了 南里康晴4位

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 25年ぶりに男子も3人の日本選手が世界選手権に参加する今シーズン。銀メダリストの髙橋大輔に続き、ワールドを狙う選手たちが続々と飛躍! そんな戦いを楽しみにしていた人も、多いのではないだろうか。
 しかしグランプリシリーズ。髙橋大輔以外の選手が、いまいちぴりっとしない。もっと跳べるはず、もっとできるはずの選手たちなのに、どうしても足踏みが続く。第一戦スケートアメリカで10位と出遅れた南里康晴も、そのひとりだ。
「アメリカの時はジャンプの調子は良かったのに、風邪で体調を崩してしまってあの順位に。だから今回、NHK杯では体調管理をしっかりしてきました。まず日頃していない手洗いとうがい! それから一週間前にインフルエンザの予防接種もちゃんと打ってきました」
 実は南里康晴のグランプリシリーズは、当初NHK杯一戦のみの予定だった。それが急遽スケートアメリカのエントリーが決まり、思わぬチャンスをつかんだというのに、ひいてしまった風邪。そのことがよほど悔しかったのだろう。
 おかげで体調万全で迎えたNHK杯。ショートプログラムの「月光」は、シーズン前からアイスショーなどで披露し、評判の高いプログラムだ。黒い端整な衣装に包まれた腕が、見えない月光を探るように、虚空を舞う。これまでの南里康晴は、ジャンプの直前にはどうしても振付けや演技がおろそかになりがちだったが、音楽を表現することに重点を置いた今年、ジャンプが頭の中にあっても身体が自然に美しい形を取るようになった。さらに得意のジャンプはトリプルアクセルを含め、3本ともクリーン! ショートプログラムが大得意だったジュニアの頃の南里康晴の勢いが、今日は戻ってきたようだ。
「NHK杯初出場だったけれど、プレッシャーはなかったですね。日本の一番手で出ているわけではないので、のびのびできたと思う」
 南里康晴のジャンプは美しい、と多くの選手やコーチが絶賛する。それを今までは、勇壮な映画音楽の中でバーンと決めて大きな拍手をもらっていたのだが、今日の音楽は純然たるクラシック。それもピアノの音色だけが厳かに響くピアノソナタだ。これが、南里康晴の美しいジャンプに、実によく合う! 豪快なサウンドトラックよりも繊細なピアノ曲こそが彼のジャンプにぴったりだったとは、意外な、でもうれしい発見だ。
「ジャンプもだけれど、ステップもうまくやれたつもりです。まだ自分の滑りを見てみないとわからないけれど」
 そう、実は南里康晴のステップは、シニアに上がって3年間で、いつの間にか味わい深いものになっていた。振付師パスカール・カメレンゴによる作品の良さもあるが、この「月光」でも、昨年のフリープログラム「カルメン」でも、お客さんはステップで大きな拍手を送る。今日は、スローパートでジャンプの美しさをたっぷり見せた後、すこし激しくなった音楽の中でサーキュラー、ストレートラインとともにレベル3のステップを披露。髙橋大輔のような派手さはないが、着実に上手くなっている脚さばきとドラマチックな上体の動きで、客席からの手拍子は次第次第に大きくなっていった。
「実はちょっとステップでは、疲れが脚に来ていたんですけれど……。でも今シーズンはレベルが取れるステップになっていると思います」
 クラシック曲が似合う美しいジャンプ。大きな見せ場にできるステップ。ジュニアの頃の南里康晴から、知らない間にずいぶん大人のスケーターになって、NHK杯に初お目見え。ひょっとしたら初めて南里康晴を見たお客さんは、とにかくジャンプが上手で、表現することなんて苦手な、シャイな九州男児のことなど、想像がつかないかもしれない。
 ワールドスタンディング順のため、2番目だった滑走順から大きくジャンプアップし、ショートプログラムは4位。明日はグランプリシリーズ出場5回目にして、初めての最終組入りが決まった。
「明日は順位に関係なく、自分の持っているものを全部出したいい演技をしたいです。フリーは去年と同じ『カルメン』。去年よりも情熱を感じるカルメンが、今年は滑れるかな」

Photo/Sunao Noto   Text/Hirono Aoshima


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NHK杯3日目・女子シングルフリー終了 武田奈也3位! 岡島功治コーチインタビュー再び

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 昨年、シニアデビューのシーズンに3位入賞の小塚崇彦に続き、今年もNHK杯にフレッシュなスターが誕生した。やはり今シーズン、シニア1年目。もちろんNHK杯初出場の武田奈也が、大きな身体も大きな笑顔も氷上いっぱいに広げ、SP5位からフリー3位、総合3位に!
 演技の出来とメダル獲得に、武田選手本人以上に喜んだのは、コーチの岡島功治氏だ。記者会見場でも、「最初は実感がなかったけれど、メダルやお花をもらって国旗が揚がったのを見た時、3位だ! って(笑)。またこういう大きな舞台で表彰台に乗りたいな、と思いました」そんなことを語る武田奈也選手を、目を細めて見守っていた。試合前のインタビューに続き、岡島コーチの喜びの声を聞こう。

――NHK杯で銅メダル獲得。おめでとうございます! 
岡島 ありがとうございます。今日は本人も言っていましたが、ジャンプにも試合にも「逃げなかった」。これがやはり大きかったですね。NHK杯が始まってからは、気持ちもずーっと落ち着いていましたし。ショートを自分のできる範囲のジャンプで挑むことにしたので、そこでまず自信を持って臨めたこともあると思うのですが、スケートカナダに比べるとショートもフリーもかなり落ち着いていて。カナダの時は、まわりがすごい人ばかりだということで、浮き足立ってしまって、ふわーんとしてた(笑)。でも一戦終わってここでは、回りを気にしないで自分の演技をしよう、と思えるようになった。もちろんメダルなんて考えてもいない。それがよかったのかな。とにかくカナダの経験は大きかったですね。

――明治神宮のリンク関係者の方からは、神宮のあの練習環境でこれだけがんばれたのがすごい、という声が聞かれました。スケート競技人口がどんどん増えて、でもリンクは少ない。選手たちの練習時間も、なかなかとれないとか。
岡島 とにかく今は、リンクにいる人の数がすごく多い。一般営業時間の練習は、かなりの混雑の中でやらなければならず、大変ですね。貸切時間も17、18名、多い時には30名選手がいて、その中での練習なので、曲合わせしてプログラムを通すことも1日1回できるかどうか。その1回さえも、曲をかけている選手が一番優先して滑れるはずなんですが、人が多すぎてスピードを出せないんです。都内や横浜の選手たちは今、みんなそういう状況ですね。

――しかたなく、武田選手も週末は中京大学のリンクへ。
岡島 そうです。でも中京での練習が、彼女にとって実になっていますね。基本はひとりですが、振付師の宮本賢二先生にも時々見ていただいて。プログラムの部分ではすごく努力しているし、先生にも恵まれています。プログラムを作ってくださった仙台の阿部奈々美先生、神宮のリンクで常時指導してくださり、アレンジを加えてくださる樋口豊先生、さらに上体の動きを宮本先生に見ていただいて。こんなにたくさんの方に教えていただくなんて、めったにないことなんですが。

――加えて岡島先生の下でジャンプも努力中。転倒にはなりましたが、今日も苦手なトリプルフリップに挑戦していました。公式練習では何度か着氷も!
岡島 フリップは練習では降りていますが、曲をかけたなかではなかなか跳べない。回転不足で転倒することが、まだ多いですね。でもルッツも合わせて練習は続けています。

――次の試合はついに全日本選手権。今回の結果が、大きな弾みになりそうですね。
岡島 本人も言っていますが、全日本はぜひフリップを跳んで! カナダの時にはサルコウも失敗したのですが、NHK杯でサルコウをクリアしたので、今度はフリップを。全日本ジュニア上位の3人も出場しますからかなりの激戦ですが、一歩一歩、進んでいってほしいですね。

 東京に帰ったら、今度はすぐに西野友毬選手とともにジュニアグランプリファイナルへ。多忙ななか、いつも愛情いっぱいに選手について語ってくれる岡島コーチ。選手たちとともに、コーチたちの長いハードな冬も、まだまだ続いていく。


Photo/Sunao Noto   Text/Hirono Aoshima


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